9話 伏兵
周囲の協力もあって、私へのヴェルナーの被害はとても減った。
たまに彼と出くわして気持ち悪い目で見られることはあるけれど、そういう時はほぼほぼベリザリオもいる。すっと私とヴェルナーの間に入って、視線を遮ってくれるのが常だ。
でも、そんな時にベリザリオを見るヴェルナーの目はとても怖い。
それに、ベリザリオへのちまちまとした嫌がらせがとても増えた。これに関しては誰が犯人か明白だ。だって、何かあった時に決まってヴェルナーが来て、嫌味を言っていくから。
意趣返しされるまでがお約束になっているから、止めればいいのに。
ただ、ベリザリオがたやすく妨害を蹴散らす度にヴェルナーの放つ空気が暗くなる。
それがとても怖い。
ベリザリオはケロッとしてるけど。
授業がお休みな日曜日。
学校の外にある喫茶店のテラス席で、いつもの4人で私達はまったりとした休日を過ごして――はいなかった。
「あれに反応するのもどうかと思って放置してきたんだが。さすがにウザい。潰していいと思うか?」
深い深い溜め息をベリザリオがついていたから。
「俺最近、今日は何しかけてくるか楽しみになってきたんだけど。1つ1つは大したことねぇけど、よくもまぁあれだけ嫌がらせ思いつくよな〜」
「私はいつあなたがヘマするのかが楽しみになってきたわ」
「大変参考になる意見をありがとう。おそらく、私とヴェルナー以外のほぼ全ての生徒が思っている事を端的に伝えてくれて」
嫌味たっぷりに言ったベリザリオは机に突っ伏して、眼鏡が邪魔だったのかそれを外した。そうして、首を回して私の方を見てくる。
「アウローラはどう思う?」
尋ねられたけれど即答できなかった。素顔のベリザリオ格好いいなとかばかり考えていたから。
うーんと少しだけ考えて、
「私はどうでもいいよ? 迷惑かけちゃってるだけだから」
そう答えた。
正直、エルメーテやディアーナの言った事もちょっとは思っている。
ヴェルナーの嫌がらせは色々あって、本当にレパートリー豊か。それに対するベリザリオの反応もなかなかに面白いから。
ネズミの死骸を送りつけられた時は、解剖してスケッチまでして臓器や筋肉のつき方の勉強素材にしていたし。
大量の虫が詰まった虫かごを部屋の前に置かれた時は、かごの蓋を開けた状態でヴェルナーの部屋に置き忘れ(ルームメイトさんがとばっちりくらってた)。
ケチャップをタバスコに入れ替えられていた時は、手が滑ったと言ってヴェルナーの皿にそれを投げ込んでいた。
サッカー中に飛んできた謎のボールを蹴り返して、ヴェルナーの顔に命中させたっていう武勇伝もあったかな。
他に何があったっけ。
シャワー室で着替えを隠された時はエルメーテの服を奪ったとか言ってた。あ、これは被害者エルメーテだね。
そんな感じで面白いのだけど、ヴェルナーの暗いオーラは怖い。無いとは思うけど、思い詰めたらナイフで刺してきそうな気がして。
だから、出来ることなら早く解決する方がいいんだろうなとは思う。
「やられてるあなたが面倒って思ってるなら潰しちゃえばいいと思うけど、どうせなら51勝してからにしてくれない? 私、あなたが51勝以上するに賭けてるのよ」
「俺も」
珈琲を飲みながらディアーナとエルメーテ。
そうなの。最近の恒例行事になってしまっているベリザリオとヴェルナーのやり取りは、賭けの対象にされてしまっている。それにほぼ全生徒が参加しているのだから、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
あと、ごめん。その賭けに私も参加している。ディアーナ達と同じ51勝以上で。ほとんどの人がここに賭けてたんじゃないかな。
「ちなみに、私は21勝から30勝で賭けている」
ぼそりとベリザリオが言った。途端にエルメーテとディアーナの顔色が変わる。
「おい待て。当事者が賭けてるってどういうことだ? お前なら賭けたところに勝数合わせられるだろ!? 後からお前の賭けたトコに賭けた奴が超有利じゃん!」
「私が賭けたのは参加締め切り直前だ。ついでに、21から30に賭けているのは私しかいない」
「私の記憶が確かなら、あなた今22連勝中よね」
ディアーナとエルメーテがベリザリオを凝視した。机から顔を上げたベリザリオはゆっくりと眼鏡をかける。若干俯いたまま口角をあげた。
「奇遇だな。これであいつが再起不能になれば、私は負けることなくひとり勝ちか。いや、まったくもって勝ち数を数えていなかった」
「嘘つけお前! 色々狙って今日この話しやがっただろ!」
「そんなわけないだろ。人を賭けの対象にして楽しみやがってこの野郎とか思ってないから安心しろ」
飄々とそんなことを言う。思っていることとセリフが真逆ですって、ここまでアピールしてくれるといっそ清々しく感じてしまう不思議。
本当に、こういう、ちょっとした日常の刺激くらいでおさまってくれればいいのだけど。
* * * *
ベリザリオの連勝記録が更新されるだけの日々が続く。
ヴェルナーの興味はベリザリオに勝つ事にすり替わったのか、私には目も向けなくなった。
だから油断していたのだと思う。
夕食後の自習で調べ物をしていた図書室に、いつの間にか私以外の女子がいなくなっている事に気付かなかった。独り歩きはしないようにとベリザリオに言われていたから、人の動きにだけは常に気を配っていたはずなのにだ。
どうしようと思ったけれど、一緒に帰ってくれる女子はいない。そう仲良くもない男子に頼むのはとても微妙だ。
ヴェルナーの姿が見えなかったから、1人でふらりと寮への帰路についた。
本校舎から女子寮まではきちんと道が舗装されていて、照明も困らない程度に設置されている。普通にそこを通れば危険は無い。というか、本来なら学内に危険なんて無い。
無いはずなのに――。
道の途中にヴェルナーがいた時は足が止まった。
あの粘着質な目で見られている気がした。
今すぐにその視線から逃げたいのだけど、行きたい所は彼の先。
横を通ろうとしたら、いつぞやみたいに捕まりそうな気がする。大回りしたら暗がりに入る。それはたぶん危ない。
お花畑と言われてしまう私でもそれくらいはわかる。
回れ右して本校舎に戻って、夜勤の先生に送ってくれと頼むのが正解なのだろう。
背中を見せるのが怖いから、前を向いたまま足を1歩引いた。
「行くべきはそっちじゃないだろう?」
ヴェルナーがこちらに寄ってくる。目をそらしたら気持ちで負けてしまいそうで、前を見据えたまま私は退がる。
「こんな時間まで寮に帰らないだなんていけない子だ。そっちに行ってどうする? 愛しい愛しいベリザリオの部屋にでも行くのか?」
ヴェルナーがポケットからナイフを出した。照明に照らされて鈍く光るそれを私に向けてくる。
「あいつに取られるくらいなら傷物にしてやるよ。顔でも身体でも、傷付いた姿なんて見せたくないだろう?」
言ったと思ったら雄叫びをあげながらこちらに駆けてくる。私は回れ右して逃げた。誰か気付いて助けてくれないかと叫びながら。
でも、世の中そんなに都合良くない。
13歳の私の足じゃヴェルナーにすぐに追いつかれた。持っていた勉強道具をとっさに投げつけてまた逃げる。でも、稼げた時間なんてほんの数秒だ。あっという間に追いつかれて腕を掴まれる。ナイフが振り上げられた。
たぶん、狙いは顔だ。顔を傷付けられるのは嫌だ。
効果があるのかわからなかったけど、自由な片腕を私は顔の前にかざした。