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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
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78話 研究所で掘り起こした真実

 日曜。

 気合いの入ったベリザリオが朝から研究所に出かけていった。実験一週間分の遅れを取り戻したいらしい。


 そのくせに忘れ物をしたようで、持ってきてくれと10時くらいに連絡が来た。

 フェルモやお義父様に頼んでも良かったのだけれど、暇だし、研究所を見てみたい気持ちもある。私が行くことにした。


 車で研究所まで送ってもらって、入り口で入所の手続きをする。ベリザリオがいる部屋と、そこまでの経路を教えてもらっていざ出発。


 したのだけれど。


 私、見事に迷子になりました。

 無機質な廊下に同じ扉がついているだけの、どこまで行っても似ている景色が続くものだから、あっという間に自分の居場所がわからなくなってしまった。

 部屋名の名札が全ての部屋には付いていないのも厄介だ。


 せめて現在地を知ろうと施設見取り図を探す。


「さっきからフラフラと、何をしているんです?」


 そうしていたら後ろから声がかけられた。

 振り向いてみると黒髪に眼鏡をかけた白衣の男性が立っている。白衣姿なのだから所員なのだろう。

 ただ、なんとなく会ったことがある人のような気がする。

 彼の胸から提がっている身分証に目を向けたら、知った名前が書かれていた。


「エアハルト、ここに就職してたんだ?」


 思ったことがぽろりと口に出た。

 エアハルト・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン。ル・ロゼの1つ上の先輩だ。といっても、彼に良い印象はないんだけど。

 それは相手も同じようで、表情が微妙に歪む。


「お前、まさかアウローラか? お前のような人間に用のある場所ではないはずだが。何しに来た?」

「ベリザリオに用があってきたんだよ。忘れ物を持ってきてって言われたから」


 むすっと、私は手にしていた封筒を見せた。エアハルトが仏頂面で手を出す。


「それなら私が届けておこう。帰れ」

「嫌だよ。私が頼まれたんだから、きちんと本人に手渡ししないと」


 エアハルトに見られたら困る中身かもしれないし。私は封筒を胸にぎゅっと抱き込む。忌々しそうに彼は舌打ちした。


「先輩のいる区画はこっちじゃない。ついてこい」


 非常に不服そうに彼が歩きだす。案内してくれるというのなら願ったりかなったりなので、私はついていった。

 こちらは見ずに彼が言う。


「お前、まだ先輩の周囲をうろちょろしてたんだな」

「うろちょろも何も結婚したよ」


 言ってやった。エアハルトが立ち止まって振り返る。私は左薬指にはまる結婚指輪をどうだとばかりに見せてやった。

 エアハルトが2度目の舌打ちをする。前を向いて再び歩きだした。


「それでも私は、お前は先輩に相応しくないと思う。お前含め、余計なことに割いているリソースも実験に向けるべきだ」

「そんなのエアハルトの考えでしょう? ベリザリオにはベリザリオの考えがあるし、あの人、息抜きもしないと頑張れない人だよ」

「何を馬鹿なことを。お前はあの人の科学の才能を知らないからそんなことを言えるんだ。実験に費やせばいい時間を他にとられる分だけ技術開発は遅れる。巡り巡って人類全体の損失だ」


 淡々と彼は言う。ベリザリオをモノのように言うので私はカチンときた。言い返した。そうしたらエアハルトも言い返してくる。

 不毛な言い合いがしばらく続いて、不毛すぎて互いに黙った。


 黙々と歩いていくと通路の雰囲気が変わる。

 その先にあった扉横にあるインターフォンをエアハルトが押した。すぐにベリザリオの声が返ってくる。


「はい」

「エアハルトです。アウローラを連れてきました」


 エアハルトが言うと、鍵の外れる音がして白衣姿のベリザリオが出てくる。


「すまないね。わざわざ案内してきたってことは、迷子になっていたんだろう? 彼女」

「ええ。それに、部外者がうろちょろするのは機密保持上よろしくないので、今後は来させない方がいいかと。では失礼します」


 余計なひと言を言ってエアハルトはいなくなった。私はこっそり「いー」とする。ベリザリオは呆れ顔で見ていた。


「なんか、昔もどこかでこんな光景を見たような気がするな。よく覚えていないが」


 招き入れるようにベリザリオが扉を広く開いてくれる。私は中に入った。そこには白衣姿のディアーナがいて、実験台に呆れまなこで頬杖をついている。


「卒業して随分経ってるのに、相性の悪さって治らないのね」

「ディアーナも来てたんだ?」

「そ。それもあってその人ここを離れられなかったのよ」


 目の前に広げられていた大量の紙をディアーナがまとめだした。ベリザリオもベリザリオで、私が渡した封筒の中身だけ確認して書類入れに入れる。


「急ぎで必要だったんじゃないの?」

「実験の次の工程で必要なデータだったんだが。アウローラが来るなら昼でも食べに行こうという話になってな。操作を止めた。午後から使わせてもらうよ」


 ベリザリオが白衣を脱いだ。ディアーナも白衣を脱いで椅子にかけている。出かける用意は万全のようだ。

 研究室に鍵をかけて外へ向かう。


「一昨日はデート楽しかった?」


 歩いている途中でディアーナが尋ねてきた。私はうなずく。


「うん。……あれ? 金曜デートだったの、ディアーナ知ってるんだ?」


 ベリザリオが話したのだろうか。彼の方を向いたら微妙にそっぽを向かれた。ディアーナの方からはくすくすと笑い声がする。


「行ったとは聞いていないのよ。ただ、行くための時間作りに巻き込まれたものだから。ベリザリオのことだから、時間が確保できたからには行ったんだろうなと思って」

「そうなんだ? ありがとう、時間をくれて。楽しかったよ」


 私は笑顔で答えた。ディアーナも笑顔を返してくれたのだけれど、気のせいか、若干黒いオーラが出ている。


「楽しんでもらえたのなら2時間残業した甲斐があったわ。本来ならその人がやるべき仕事を私に押し付けておきながら、肝心のアウローラを楽しませられていなかったら、シバこうかと思ってたのよね」


 うふふとディアーナは笑う。ベリザリオはそそくさと私達から距離を取っていた。いや、シバかれる可能性は消えたから逃げなくていいと思うんだけど。


 とりあえず、あのデートはディアーナの尊い犠牲の上に作ってもらえた時間だったわけで。ありがとうの気持ちを込めて彼女を抱きしめておいた。

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