77話 雷とおまけ
休日明けの月曜日。暴徒鎮圧戦における褒賞が発表された。
ベリザリオの場合は国務省長官への昇進の前倒し。それも、その週の金曜には代替わりなどという異例の早さでだ。
もちろんそんなのおかしい。内定していた昇進の前倒しだなんて、実質何も無いのと等しいから。
ベリザリオの妻として、彼の待遇の悪さが気に入らない。
「それってあんまりじゃありませんか?」
だから、この情報を教えてくれたお義爺様に私はぼやいた。気まずそうにお義爺様が頭を掻く。
「そう膨れんでくれ。褒賞を出さない代わりに軍規違反の罰則を帳消しにした。これが、アレにとって一番困らない落とし所のはずだ。というか、ここに持っていくのが限界だった」
金が入る代わりに枢機卿の位を剥奪とかよりいいだろう? と問われれば、イエスと言うより他にない。それに、つい、お義爺様に不満をぶつけてしまったけれど、彼が悪い案件でもない。
「それで、ベリザリオはどうして帰ってこないんです?」
話題を変えた。
時刻は23時。遅くなると夕方に連絡はきたけれど、理由は教えてもらえなかった。そのうえ時間が時間になってきたので、ベリザリオの事が気になってきた。
「利き手を怪我しているせいで、サイン系の仕事で詰まるみたいだな。その上、ただでさえ終戦処理が山積みだったところに、長官業務の引き継ぎも木曜までに完全に終わらせんとならなくなってな」
「日中は引き継ぎを優先させて、事務処理は急ぎのものから残業で消化とかしてそうですね」
「おお、大正解。そんな感じで仕事しとった。さすが付き合いが長いね」
お義爺様が拍手した。けれど私は嬉しくなんてない。こんなこと、誰だってそうする仕事の段取りだ。
「まぁ、仕事なら仕方ないですよね」
小さく息を吐いた。仕事を遅らせている原因の1つの利き手の怪我なんて、彼の自己責任的な部分もあったようだし。
それはそれとして、と、私は話の続きをする。
「あの、お義爺様。聖書の書き取りなんですけど、せめて期日を延ばすとかできないんですか? お話を聞いた感じだと、ここ1週間って、通常業務だけでも一番忙しい時期になると思うんですけど」
「あ」
お義爺様が今気付いたという表情をした。腕を組んで悩むようなそぶりを見せたのだけれど、最後は首を横に振る。
「いやいやダメだ。灸を据えるには、これくらいでないと効果がないはずだからな。アレが泣き言を言ってきたら尻を叩いてやりなさい」
そう言ってお義爺様はリビングから出ていった。
日が変わる直前くらいにベリザリオが帰ってきた。給仕さんにはもう休んでもらったから、私がご飯の用意をする。彼がご飯を食べる間は近くに座ってお喋りをした。食事が終わったら食器と台所を片付けて寝室に上がる。
ベリザリオも寝室にいた。けれど、くつろがずに書き物机に向かっている。お義爺様に言われた聖書の書き取りだろう。
「今日も頑張るの?」
「やらないと終わらない。爺様の場合、言いつけを守らなかった時の罰の方が大抵厄介になるんだ」
左手でペンを走らせながら彼は言う。左手で字を書くのも今日で3日目。初日より随分とスムーズになった。書き終わる頃には両利きになっているのではないだろうか。
……と。そんなことを考えている場合ではなかった。
私は台所に逆戻りしてホットミルクを作る。それを持って寝室に上がって、書き物机の邪魔にならない所に置いた。
「私はもう寝るけど頑張ってね。コップは明日洗うから、机の上に置いたままでいいよ」
軽く彼にキスしてベッドに潜り込んだ。
同じような生活が木曜まで続く。その日も彼は遅く帰ってきて、夕飯後は書き物机に向かっていた。私はホットミルクを持っていく。
「明日の夜、アウローラが暇なようならオペラに行こうか。チェネレントラの初公演のようだし」
いつもの場所にマグカップを置いたらベリザリオが言ってきた。
「行きたいけど、いいの? ベリザリオ時間ないんじゃない?」
「どれも目処はついた。聖書の書き取りも土曜に追い込めば終わる。最近遅くまで帰りを待っていてもらったり、ホットミルクを作ってもらってるから、礼も兼ねてかな」
ホットミルクに口をつけて彼は優しく笑う。チェネレントラは好きな演目だから、一緒に行ってくれるのであればもちろん嬉しい。
「うん、行く!」
全力でお誘いに乗った。
まぁ、結局、それまでの寝不足がたたって、公演中、いつものように彼は寝ていたのだけれど。時間が無い中でも私に時間を割いてくれた気持ちが嬉しかったから、寝かせておいてあげた。
『チェネレントラ』(伊: La Cenerentola):
ジョアキーノ・ロッシーニが作曲したイタリア語オペラ。童話の『シンデレラ』を元にした物語で、台本はヤコボ・フェレッティによる。




