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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
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76話 雷

 翌朝、いつもより早くベリザリオは出て行った。


 私も仕事に行く。気を揉んでも仕方ないから、暴動のことは気にしないようにして業務をこなした。

 終わったら、帰りがけに目に留まった教会に寄ってベリザリオの無事を祈る。

 どれだけ祈っても安心なんてできなかったけれど、遅くなったら家族に心配をかけるのはわかる。適当な時間には家に帰った。


 ベリザリオ1人いなくても日常は回る。使用人さん達も、デッラ・ローヴェレの人達も、いつもの通り動く。けれど、ベリザリオ1人いないせいで微妙に空気が重い。

 その上、お義爺様が今晩も帰ってこない。そのせいで、今日も何かトラブルが起きているのではないかと心配が尽きない。


「お義父様がまだだけど、食べましょうか」


 20時。デッラ・ローヴェレ家の夕食の時間がきたからだろう。お義母様が言った。卓に皿は用意されている。言葉に従って全員食事を始めた。

 いつも食事時は賑やかなものだけれど、今日は静かだ。そんな中、バタバタとお義爺様が帰ってきた。


「夕飯には間に合うかと思ったんだがな。遅刻か」


 お義爺様はそのまま席に着く。給仕さんが冷めた物を温め直しに動きだした。食べ始められるまでもう少し時間がありそうだったので、私は話しかける。


「お義爺様。今日も何かあったんですか?」

「あー。あったあった。ベリザリオのやつ乱を収めおった。明日帰ってくるんだが、戦勝パレードを開かないとならなくてな。その手配に追われておった」

「は? 解決したんですか? 本職の長官が指揮していても、追い詰めるまで3日かかってたんですよね?」


 フェルモの食事の手が止まった。表情は唖然としている。


「解決しとる。ボルジア卿は無傷で解放された。今日出た戦死者は、敵味方共に極少なかった。ほぼ完璧な勝利だ」


 グラスに注がれたワインをお義爺様はぐいっと飲んだ。飲みやすいワインだったと思うのだけれど、その顔はしかめられている。


「おめでたい事の割には渋い顔をしていますね」

「あいつ、軍規違反を2つやらかしているからな。それも多くの兵卒が見ている前でだ。無かったことにはできん。戦果に対する褒賞は出してやりたいが、軍規違反の罰則も与えねばならん。バランスの取り方が難し過ぎて胃が痛む」


 お義爺様の手が胃の辺りをさすった。これは本当に胃痛を起こしているのかもしれない。なんというか、夫がご迷惑をかけてすみません。

 それにしても、ベリザリオ何をしたんだろう?




 翌日は盛大にパレードが開かれた。ベリザリオも出るらしいから、私は仕事を休んで見に行く。イレーネちゃんとお義母様も一緒だ。


 ヴァチカンのメインストリートを、暴徒鎮圧に参加した人々が列を作って行進していく。

 先頭は銃を携えた兵士さん達だった。しばらく見ていると馬に乗った人達の列に変わる。中ほどの騎手は赤黒い服を着ていて、彼らに守られるように1台の車が走っていた。

 車の天井を開け笑顔で手を振っている中年男性を私は知らないけれど、ベリザリオと同じ真紅の司祭服を着ているから、あの人が暴徒に拘束されたとかいうボルジア卿だろう。


 けれど、私が見たい枢機卿は彼ではない。

 ベリザリオはと探してみたら、車のすぐ側を馬で並走していた。同じ枢機卿なのに、ベリザリオが馬なのは少し気に入らない。なのだけれど、卒なく乗馬している彼の姿は格好良くて、それが見れたから、まぁいいかなとも思う。


「お兄様が馬なのが納得いきませんわ。ですが、乗馬姿も素敵ですわ」


 イレーネちゃんが私の腕を引っ張りながらベリザリオを指す。うん、私もそう思った。あなたは私か。好きな人には似たような感想を持つということなのだろうけど。


 私達が見ている前を隊列は進んでいく。途中、少しばかり列が乱れたり程度のハプニングはあったけれど、粛々とパレードは進む。


 ベリザリオがだいぶ近くまで来た。その上こちらを向いた。目があった気がするから私は小さく手を振る。それまでも彼は笑顔だったけれど、表情をさらに柔らかくして手を振り返してくれた。

 周囲の女の子達から上がる黄色い声がすごい。

 あの笑顔は私のものだよと言いたかったけれど、そこはぐっと我慢。今はちょっとした優越感を抱くだけに留めておく。


「あら? お兄様、手、怪我なさっていらっしゃいませんこと?」

「そうだったかしらぁ?」

「包帯をなさっていた気がするのですけれど」


 イレーネちゃんとお義母様の話が耳に入ってくる。

 包帯なんてしていただろうか。私の意識は彼の顔の方にいっていた上に、手袋も同じ白だから気付かなかった。確認しようと目を凝らしてみたけれど、ベリザリオはもう遠くに行ってしまっていて、背中しか見えなかった。




 パレードの日の夜は教皇庁で晩餐会からの泊まりらしくて、お義爺様もベリザリオも帰ってこない。


 翌日の土曜日。

 昼過ぎにベリザリオは帰ってきた。服装はスーツで、いつもの感じで仕事から帰ってきたように見える。けれど、彼の放つ空気が微妙にピリッとしているような気がしないでもない。戦場を引きずっているのだろうか。

 それでも普通に出迎える私なのだけれど。


「おかえり」

「ただいま。じい、リビングに温湿布を持ってきてくれないか? アウローラは私と一緒に来て欲しい」


 そう言った彼はリビングに向かう。わけがわからないけれど、とりあえず私はついていった。ベリザリオがソファに座ったから私も隣に座る。


 爺やはすぐに湿布を持ってきてくれた。受け取ったベリザリオはそのまま私に湿布を渡して、自身は上着を脱ぎ始める。そうしてソファにうつ伏せに転がった。

 私は手の中の湿布と転がっているベリザリオを見比べる。


「ひょっとして、背中に湿布を貼って欲しいとか?」

「頼む。筋肉痛で泣きそうなんだ」


 情けない声で彼が言った。


「もー。どこが痛いの?」


 私は適当にベリザリオの背中を押していく。彼が「あいたたた」と言った所に湿布を貼っていった。


「定期的にジムにも行ってるのにね。こんなに筋肉ついてるのに筋肉痛になるんだ?」

「普段と運動強度が違うし、全身運動だったからな。一般人の私が戦闘のプロと同じ運動をするのは、短時間ならともかく、長時間は無理があり過ぎた」

「なのに湿布して帰ってこなかったね。昨日とか痛くなかったの?」

「痛かった。けど、筋肉痛だとバレると格好悪いから我慢……」

「……」


 ここは絶対痛いだろうなという場所を強めに押したらベリザリオが呻いた。湿布を貼って、上からぱちんと叩く。苦情の声が上がったけれど無視だ。身体の痛さよりプライドを優先させる姿勢も、ここまでくるといっそ清々しい。


 痛い場所を探してみたら、結局全身痛いみたいだし。

 右手には包帯が巻かれているし。手の甲から肘にかけて包帯は巻かれているから、怪我だとしたら割と大怪我だ。痛いに違いない。

 なのに、パレードでは笑顔で通していたのだから、根性は賞賛に値する。


「手、怪我したの?」

「ああ。ちょっと。調子に乗ったというか」


 はは、と、ベリザリオが乾いた笑いを漏らした。

 大方調子に乗って前に出過ぎて怪我したとかなのだろう。彼、これで武術とかも嗜んでいるから。気付いたら1人だけ前に出過ぎて敵に囲まれたとか……ありそう過ぎて困る。


「ベリザリオっ!」


 そこにお義爺様が怒鳴り込んできた。何を言われるのかわかっているのか、ベリザリオの手が耳を塞ぐように動く。そんな腕をお義爺様が掴んだ。


「この馬鹿孫が! 何を考えて軍規違反などしおった! それも2つだぞ!? わざとなのが明らか過ぎて庇いようもないだろうが!」

「ですが爺様、その軍規違反のお陰で早期決着ですよ? 流血も少なくですみましたし」

「言い訳はいらんっ!! クレーターだらけになった戦場跡を整地したりするのは誰だと思っとるんだ! それに、私の立場の苦しさがわかっとるのか!?」


 お義爺様の大音量の説教が降り注ぐ。ベリザリオの傍に座っているせいで私まで巻き添えだ。

 いやいや、それより。戦場跡がクレーターだらけって、この人何をしでかしてきたんだろう。湿布だらけでソファに転がってお義爺様に怒られている姿は、どう見ても残念な人なのだけれど。

 その残念な人がふてくされたように言う。


「それは悪いなとは思っていますけど」

「いや。お前、欠片くらいしか悪いと思っていないな。反省に至ってはゼロだ!」


 お義爺様がビシッとベリザリオを指差した。ベリザリオは目をそらす。私には、お義爺様の中で何かが切れた音がした気がした。

 達観の表情になったお義爺様が穏やかに告げる。


「お前への罰則に必ずある始末書なんだが。普通のものでは効果があるまい。聖書を全文書き写して提出しろ。手書きでな。来週いっぱいまでだぞ」

「は? 爺様、私、この手ですけど? なのに手書き? しかも期限がほんの1週間?」


 がばりとベリザリオが上体を起こした。包帯の巻かれた右手をお義爺様の方へ掲げていたけれど、お義爺様は「だからどうした」と一蹴だ。


「これなら多少はこたえるだろうからな。懲りたらこういう事はもうするんじゃないぞ!」


 再びぶりぶり怒りながらお義爺様は部屋を出ていった。


「悪魔過ぎる。戦場で戦っていた連中の方が天使だった」


 がっくりと、ベリザリオが肩を落とす。私は彼の肩をぽんぽんと叩いた。なんというか頑張って? 悪いことをしたならお仕置きは必要だと思うし。

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