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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
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75話 出征

 * * * *



 ベリザリオが枢機卿になってひと月が過ぎた。就任当初は煩かったモグリの記者も最近は静かになり、良い感じだ。

 けれど、そう簡単に平穏を享受させてくれないのが世の中というか。


「お義爺様もベリザリオも帰ってきませんね」


 リビングで時計を見ながら私はつぶやいた。

 時刻は22時を回っている。以前のベリザリオならいないことも多かったけれど、最近では帰宅している時間だ。近頃は1度帰ってきて夜中に出かけるから。

 お義爺様にしても、夜間の仕事が入っていない限り帰りは早い。


 何より、2人とも、遅くなる時は夕食時までに連絡をくれる。揃ってそれが無いのだから、電話すらできない状態になっているのかもしれない。


 私、お義母様、イレーネちゃんと、リビングで女性3人集まって話していると、玄関の方が急に騒がしくなった。

 何だろうと3人で騒ぎの方へ移動する。

 早歩きしていたベリザリオと出会い頭でぶつかりかけた。

 家の中で彼が早足で歩いているのは珍しい上に、司祭服のままなのはさらに珍しい。


「おかえり?」

「ただいま。ああ、婆や。何でもいいからすぐに食べられるようにしてくれ。じい、父様とフェルモをダイニングに呼んでくれ。食べながら話がしたい」


 それだけ言ってベリザリオは私達の前を素通りする。


「お兄様、なんだか難しいお顔をなさってましたわね」

「あそこまで余裕が無さそうなのは珍しいわねぇ」

「私達までダイニングにおしかけたら邪魔になりそうだよね?」


 女3人で顔を突きつけ話す。

 そうしているうちにお義爺様も帰ってきた。こちらはベリザリオと違ってスーツ姿だ。特段早歩きでもない。どちらかというと、ひたすらに疲れている。


「遅くまでお疲れ様ですお義父様。何かあったんですか?」


 のほほんとお義母様が尋ねた。


「ベリザリオが先に帰ってきただろう? 聞いてないのか?」

「何も言わずにご飯食べに行っちゃったんですよ、あの子」

「それで私に説明を求めるのか」


 嫌そうにお義爺様は顔をしかめた。けれど、女3人で圧をかけたからだろうか。乗り気では無い様子で話をしてくれる。


「現在ヴァチカンから北に100キロほどの所で戦闘が行われている。教皇庁の支配に反旗を翻している暴徒どもとだ」

「そのはなし存じておりますわ。確かニュースで言っていましたもの」

「そうそう。確か教皇庁が優勢で、そろそろかたが付きそうって話じゃなかったかしら」


 お義爺様の話をイレーネちゃんとお義母様が引き継ぐ。「今日の昼まではな」と、お義爺様が苦い顔でつぶやいた。


「開戦して今日で3日だ。ボルジア卿の指揮のもと、事態は終息の方向に向かっていた。けれど、その彼がここにきて暴徒側に拘束されてな。緊急で閣議が開かれて、ボルジア卿の解放交渉をする後任の指揮官として、ベリザリオを派遣することが決まった」


 その言葉に、一瞬で場の空気が凍りついた。すぐにお義母様が嚙みつく。


「正気ですか!? あの子は文官ですよ!? なのに戦場にですって!?」

「そう怒らんでくれ。閣議で満場一致で決まったことだ。あいつと私も賛成に票を入れた」

「2人まで賛成票を入れたですって?」

「交渉力があって、治安維持軍、異端審問官、所轄といった指揮系統の違う部隊でも統制できそうで、かつ、戦場である程度動ける人間となるとあいつしかいなかった。他の枢機卿では年寄り過ぎてな」

「だからって! 軍人から選べばいいじゃないですか! こういう時のための軍でしょう?」

「それが可能ならやっている。しかし、今回は、向こうが交渉の席についても良いと言ってきた条件が悪かった。こちらの交渉役に、ボルジア卿と同等以上の権限持ちを指定してきおったからな」


 だから、軍のみでの事態解決ができなくなった。ボルジア卿は軍部のトップだったから、他の軍人では権限不足を起こしてしまって。

 ボルジア卿は枢機卿の1人だ。軍部にいる枢機卿は彼1人。部署内では人員調達できない。となると、他所から引っ張ってくるしかない。


「能力の足りん者を投入しても戦闘が長引いて被害が拡大するだけだ。お前達の意見は求めていない。決定事項だしな」


 お義爺様が胸の前で腕を組んだ。もう話したくないようで去って行こうとする。


「あのお義爺様。ベリザリオはいつ発つんですか?」


 そんな背中に私は声をかけた。お義爺様が振り返る。


「明日の早朝予定だ。ベリザリオを向かわせるにも、あいつの仕事のやりくりもあったし。援軍も一緒に行かせるから用意が終わらんかった」


 その情報まではくれてお義爺様はいなくなった。彼の消えた廊下に私は頭をさげる。


「お義姉様」

「アウローラさん」


 イレーネちゃんとお義母様が心配そうに声をかけてきた。私はあえて微笑む。


「大丈夫ですよ。ベリザリオのことだから、サクッと片付けて「大したことなかったな」とか言って帰ってきますって。それに、私達が行くななんて言っちゃうと、彼を困らせそう」


 そう言って私はその場を離れた。ご飯とか、お義父様達との話を邪魔しては悪いだろうから、そちらには行かない。最終的にベリザリオが落ち着く場所、寝室へと向かう。

 帰ってきてからの彼は時間が惜しいようだった。明日からのために、色々さっさと終わらせて寝ておきたいのかもしれない。けれど、あの様子だと神経が高ぶっていて寝付きが悪そうだ。


 そんな彼に快適な眠りを提供するために、私はアロマランプを用意した。ランプ上部の皿に水を張って、リラックス効果のあるラベンダーのオイルを垂らす。ちょっとしたアクセントに、ほのかな甘味と温かさのあるクラリセージも加えておいた。スイッチを入れて寝室の隅に置く。


 優しい香りが部屋に回ってきた頃にベリザリオは部屋に上がってきた。入ってきた途端に鼻をひくひくさせる。


「良い匂いがしているね」


 言って、手にしていたハンガーにかかった司祭服を壁にかけた。


「司祭服この部屋にかけておくんだ? それじゃアロマ焚かない方が良いよね? 匂いがついちゃうし」


 私はアロマランプに向かう。


「いや、いいよ。この匂い、リラックス系の香りだろう? 戦場だとどうしても興奮に偏りがちになるから、何か落ち着ける要素がある方がいい」


 そう言った彼は脇目もふらずにベッドに入った。私の予想は正解だったようだ。もっと寝やすくなるように、枕元のライトだけ残して部屋の照明を消す。

 私もベッドに入った。ベリザリオの目は閉じているけれど、まだ眠ってはいないだろうから話しかける。


「明日は家から司祭服?」

「着替え場所が無いからね」

「軍服とかじゃないんだ?」

「そうだよ。真紅は枢機卿しか許されない色だから、一目で後任が来たとわかる。それだけでも多少は部隊の士気を上げられるはずだから、あの服は外せない。それにね、枢機卿の司祭服は強化繊維が織り込まれているから、下手な服より強いんだ」


 ベリザリオの腕が伸びてきた。私は軽く転がって彼の胸に収まる。優しく包み込んでくれる腕が温かい。


「私が戦場に行くのは爺様から聞いた?」

「うん」

「そういうことだけど。まぁ、なるべく早く終わらせて帰ってくるから。心配するなは無理だろうから、信じて待っていて欲しい」

「うん」


 返事して私は彼を見つめる。眉間に薄くだけれどしわが寄っていた。きっと、頭の中では難しいことを考えているのだろう。

 彼の眉間に指の腹を添えて優しく撫でる。


「帰ってきてから食べたいものとかある? 作って待ってるから。楽しみがあれば頑張れるよね」


 ベリザリオの目が薄く開いた。考えるように視線はあらぬ方を向く。答えが返ってくるまで少しかかった。


「それじゃあホットミルクを」

「そんなのでいいの?」

「私はあれが好きなんだ。それに、作ってくれるのはアウローラだけだから、家に帰ってきたんだなって落ち着く」


 ベリザリオが優しく笑う。眉間のしわは完全に無くなった。私は彼の顔から指を離してにこりと笑う。


「ご注文承りました。帰ってきたら作ってあげるね」

「ああ、頼む」


 穏やかに言った彼は再び目を閉じた。私を放して適度に距離をとる。本格的に寝の体勢に入るようだ。

 枕元のライトを消して私も寝ることにした。

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