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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
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71話 そして家族になる

 そしてやってきた結婚式当日。

 教会の扉の前で、お母さんが私に鈴蘭のブーケを渡してくる。


「いいアウローラ。ドレスの前を蹴るつもりで歩くのよ。そうすれば裾を踏まないから」

「お母さん、それ3度目」


 私は左手にブーケを持ち、右手でお父さんと腕を組んだ。


「用意はよろしいですか? 落ち着いてゆっくりお進みください」


 神父様が教会の扉を開けてくれる。

 礼拝堂へと敷かれたレッドカーペットを、お母さんを先導に私達は進んだ。オルガンが鳴り響く中、ヴァージンロードの途中にはダークブラウンのフロックコート姿のベリザリオが立っている。

 彼のいる所まで行くと、お父さんとベリザリオが互いに礼をした。エスコート役がお父さんからベリザリオに代わる。


 ベリザリオと腕を組み祭壇前へ進む。司式司祭を引き受けてくださったお爺様が笑顔で待っていた。教皇聖下に司式してもらえるカップルなんてそうそういないだろう。


 お爺様にお辞儀後、参列者全員で賛美歌を歌った。終わるとお爺様による祝詞の読みあげ、祈祷、聖書奉納、説教と続く。


「それでは成約の儀に移ります。新郎新婦は握手を」


 指示に従って私とベリザリオは握手する。結ばれた手の上にお爺様が首掛け布(ストラ)と手を置いた。そうしてベリザリオに顔を向ける。


「新郎ベリザリオ。あなたはいついかなる時も、死が2人を分かつ時まで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して堅く節操を守ることを誓いますか?」

「はい。誓います」


 ベリザリオが答える。同じ質問が私にもされた。


「はい。誓います」


 同じ答えを私も返す。


「誓いのキスを」


 私は軽く腰を落とした。ベリザリオが私のヴェールを上げる。やさしくキスしてくれた。


 身体を離した私達の前に2つの指輪が持ってこられる。その1つ。細い方をお爺様が手に取った。それを渡されたベリザリオは私の左手をとる。薬指に金の指輪をはめてくれた。

 残った指輪をお爺様は私に渡す。今度は私がベリザリオの左薬指に指輪をはめた。


 聖歌隊の歌声が礼拝堂に響く。静かになったらお爺様が再度聖書を朗読した。

 次はワインとパンが運ばれてくる。私とベリザリオは聖体拝領台の前にひざまずいた。そこに、ワインに浸されたパンが渡される。静かにそれを食べた。


「神と会衆との前において、2人が夫婦たる誓約をした宣言をします。証明書にそれぞれサインを」


 今度は結婚証明書が出されてくる。それに私達はサインした。最後にお爺様がサインする。


「式は滞りなく終了しました。これからは夫婦2人末長くお幸せに。おめでとう」


 お爺様がにこりと笑う。参列者席からは惜しみない拍手が贈られてきた。私達も笑顔で手を振る。

 ベリザリオと腕を組んで一礼して、出口へ向けて歩きだした。

 お父さんが涙目なのはわかる。エルメーテが男泣きしているのはなんでだろう。あ、うるさいってディアーナに叩かれた。

 おかしくてつい笑ってしまった。

 あちゃーって思ったのだけど、ベリザリオも笑っていたからいいよね。


 教会の外では、遠巻きにご近所の人達が様子を見ていた。

 すぐ近くに大学があるからか若い子が多い。といっても、24の私も大してかわらないのだけど。そんな彼らに向けて私は持っていたブーケを投げた。

 きゃあきゃあ言いながら女の子達が受け取ってくれる。

 ブーケを取った人が次結婚できるかはわからないけれど、取れた子はおめでとう。その子に手を振っておいた。


 そんな私達の前に車が停まる。


「よー。新婚さん乗ってく?」


 運転席からエルメーテが顔を出した。助手席にはディアーナが乗っている。


「奥様どうぞ」


 ベリザリオが後部座席の扉を開けてくれた。そこから私は乗り込む。彼自身は扉を閉めた後に逆に回って、そちらから乗っていた。エルメーテが車を出す。


「行き先、お前達の家でいいわけ?」

「ああ、頼む」

「両家のご家族が放置に見えんだけど?」

「各自解散と言ってある。後は好きにするだろ」

「それで済むのかよ。やっぱ参列者が少ないと楽だな。俺も式挙げる時は縁もゆかりもない田舎にすっかな〜」


 それで、自分の服はどうしようとかこうとか、半笑いしながらエルメーテが妄想を垂れ流しだした。一向に終わる気配が見えないので、私とベリザリオが聞き流す体勢にシフトし始めた頃、ぼそりとディアーナがつぶやく。


「あなたと結婚してくれる人がいればいいわね」

「お前してくれないの!? ヒドイ!」


 大声で叫びながらエルメーテが横を向いた。つられてハンドルも変に動く。もちろん車は大暴走だ。


「きゃあああ!?」

「結婚したその日に殺す気か!?」

「だから私が運転するって言ったのよ!」

「ぬぉおおおっ!? こういう時こそ輝く俺の超絶技能!!」


 騒いでいる間に車は通常運転に戻る。馬鹿笑いしているエルメーテ以外はぐったりだけれど。1人で喋っているエルメーテもしばらくしたら黙った。

 空気はすっかりただのドライブになる。うん。こっちの方がいい。





「今月中に人事が荒れるぞ。お前達も大人しくしておいた方がいい。身辺には気を付けろ」


 1時間ほど走った頃にぽつりとベリザリオが言った。


「ああ、仕込んどいたアレか。ムカつく程にお前の読み通りだな。まぁ、俺はいつもの通り暮らすけど」

「一番巻き添えくらいそうなのあなたでしょ? わかってるの?」

「ぬわっはっは。いまさら多少のスキャンダルごときで俺は揺るがん」


 エルメーテが陽気に笑う。ディアーナは頭が痛いとばかりにこめかみに指を添えた。私はベリザリオを向く。


「仕事の話?」

「仕事の話。アウローラは知らなくていい話だよ」


 柔らかな笑顔でベリザリオは答えてくれたけれど、それ以上話題には触れない。それはディアーナ達も同じだ。とりとめもない話が続く。


「なー、ベリザリオ。俺が結婚する時はお前が運転手してくれる?」

「結婚できればな」

「エルメーテ、うんと頑張らないとね」

「頑張ってどうにかなるものなのかしら」

「だからお前ら優しさが足りないんだって!」


 エルメーテが騒ぐと運転が荒れる。今度ばかりは彼は車を止めさせられて、運転席から引っ張りだされた。ゲストのはずのベリザリオがハンドルを握る。

 エルメーテが運転する車には乗らないようにしようと思った1日だった。




 ヴァチカンの家の前でベリザリオと2人降りる。着替えとかといった荷物は全部彼が持ってくれた。降ろすものを降ろした車は去っていく。私達は家に入った。


 玄関を閉めて荷物をおいた途端にベリザリオが私を壁際に拘束する。強くキスされた。息継ぎのタイミングをわざと外されているみたいで苦しい。唇を離してもらえた時には息が上がっていた。

 そんな私のあごに彼の手が添えられて上を向かされる。


「花嫁姿でそんな恍惚とした表情をされるとそそる」


 小悪魔の笑みでそんなことを言ってきた。


「自分でこんな状態にしたくせに」

「背徳的で、中々に楽しいじゃないか」


 ベリザリオが再び唇を重ねてきた。今度はゆったりとした柔らかいキスだ。自然と私の手は彼の背に回る。しばらくキスを楽しんで唇を離したら、おでこだけつけて2人で小さく笑った。


「指輪を外して貸してくれないか」


 自らの指輪を外しながらベリザリオが言う。よくわからなかったけれど、言葉には従ってみる。


「なんで?」

「2人で指輪の注文を出したあと、こっそり仕込みをしておいた」


 ベリザリオが2つの結婚指輪を合わせる。私の横にきて、合わせた指輪を見せてくれた。1つずつだと柄だと思っていた模様部分に文字が浮かび上がっている。


「なんだろう? ティ・ジューロ・エテルノ――」


 私は文字を読み上げていく。全文読み終えたら感動して口元を手で覆った。


 ――Ti giuro eterno amore


 永遠の愛を誓うと記されていた。教会で宣誓もしたけれど、あれは儀式の一環だ。こうして彫り込まれていると重みが違う。


「私の気持ちだ。重いかもしれないが受け取ってくれ」


 役目を終えた指輪をベリザリオは私の指に戻してくれる。自分の指輪は自分ではめようとしていたから、その手に私は手を添えた。指輪を受け取って、彼の左薬指に私が戻してあげる。


「私の気持ちも同じ。おそろいだね」

「そうなんだ? 最高だな」


 笑いながら抱き合う。

 24歳の夏の日。私はこの人と家族になった。

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