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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
70/83

70話 準備

 後日、両家の顔合わせを兼ねた食事会を開いた。

 顔を揃えたのは私達2人とそれぞれの両親、ベリザリオのお爺様。

 食事が落ち着いてきた頃に、結婚式の予定日と会場、列席希望の人を告げる。


 8月。

 古都ウルビーノの小さな教会で、二親等以内の家族とディアーナとエルメーテのみが見届けてくれる静かな結婚式。


 これが私達2人の提示した内容だ。まぁ、言った途端に全員から反対されちゃったんだけど。


 やれ、貧相すぎる。

 やれ、親戚をきちんと呼べ。あと分家も。

 やれ、職場の人達、特に上司くらいは招待しろ。

 やれ、式までの準備期間がなさすぎる。


 出てきた大きな不満はここら辺。といっても、こういう意見を出されるのはわかっていた。だから、希望の結婚式をしたい理由を1つずつ説明していく。


 まずは式場が小さすぎることについて。


「デンマーク旅行の帰りにウルビーノに寄ったんだけど、その時に教会にも行って。それで気に入ったの」

「で?」

「で? って、それだけだけど?」

「考え直しなさい」


 出だしから却下された。まぁ、予想していた反応ではあったのだけれど。

 仕方ないので2つ目の理由――というか、こちらがメイン――を言う。ずばり、目立ちたくないから。


 やろうと思えばサン・ピエトロ大聖堂での挙式もできるけれど、馬鹿みたいに目立つ。ゴシップ誌の格好のネタにされるわけで、運が悪いと私生活まで暴きたてられる。それは避けたい。


 なにせ、教皇庁の出世競争は上に行くほど猛烈な減点方式になるらしいのだ。失言1つで上司の心象や人物査定にバツがつく。たったそれだけで、出世コースからは脱落。

 ベリザリオが今いるのはそんな環境だ。スキャンダルの元になりそうな要素を排除して動こうとするのは自然なことだと思う。


 ここまで言ったらお爺様は納得していた。ベリザリオと同じ道を通っているから理解があるのだろう。彼のご両親はお爺様に追従する。

 私のお父さんも黙った。

 ベリザリオに枢機卿になれって言ったのは自分だから、仕方ないよね。


 それで、式場が狭いから大勢は列席できない。誰を呼んで誰を呼ばないで親戚内でごたつくくらいなら、いっそ平等に呼ばないのを選んだ。

 職場の上司がいないのは、陸の孤島とまで言われる不便なウルビーノにまでご足労いただくのが申し訳ないから。


 用意しておいた建前の理由でごり押す。

 本当は、ゲストを招待する準備や式当日に相手をするのが面倒だからというのもあって、ウルビーノの、あえて小さな教会を選んだんです。ごめんなさい。言わないけど。


「挙式の会場と列席者については飲もう。言ってもお前達の式だからな。だが、挙式日だ。準備期間が無さすぎる。これくらいどうにかならんのか?」


 渋い顔でお父さんが言った。ベリザリオのお母様の眉尻も下がっている。


「そうですよベリザリオさん。あなたのタキシードはすぐに作れるからいいけど、アウローラさんのドレスはどうするの? ポンと出来上がってくるものじゃないのよ? 10月とか11月くらいが楽だと思うけど」


 私とベリザリオは顔を見合わせた。すぐにベリザリオがお父さん達の方に向き直って、口を開く。


「8月中旬、これが動かせる限界です。9月を過ぎると人事異動が絡んで、私の仕事のスケジュールが見えなくなるので」

「せめて8月の最終週でもいいだろう? それか、仕事が落ち着いてから改めて日取りは決めるか」

「却下です。8月後半は私の都合で選べません。申し訳ありませんが、理由は言えませんが。あと、式の後ろ倒しもしない方がいいと私は考えています。こちらも理由はまだ言えません」

「それにね、私、ドレスにあんまりこだわり無いんだ。セミオーダーだったら余裕で間に合うんじゃないかな?」


 私はのほほんとそんな返しをした。

 高価で手の込んだドレスはたしかに素敵だけれど、そこまでの羨望はない。むしろ、私の中で最も幸せだったのは、フィレンツェの狭い部屋で貧しい2人暮らしをしていた頃だ。お金や地位なんてない方が心は豊かな気がする。


 そんな私の考えなのだけど、お父さんには通じないみたい。


「そんなものを着せて嫁がせられるか」


 睨まれた。これは説教が飛んでくるかなーと、私は首をすくめる。

 けれど、説教はいつまでも飛んでこない。それどころか、お父さんは黙って立ち上がった。


「申し訳ありませんが、ドレス作りの打ち合わせをしたいので先に失礼させていただきます。また違う日に時間をとって会食でもいたしましょう」


 お父さんが会釈する。お母さんも立ち上がった。私の方に目配せが飛んでくる。これはあれだよね? 私も一緒にフィレンツェに帰るよっていう。


「私も帰らないとダメ?」

「お前がいないと進まないだろうが。誰のドレスだと思っているんだ」


 ですよね。あはは、すみません。


「ごめんねベリザリオ。ちょっと行ってくる。すぐに帰ってこれると思うから」

「ゆっくりしておいで。素敵なドレスができるといいね」


 にこりと笑ったベリザリオとキスして、デッラ・ローヴェレの方々に挨拶してレストランを出る。





「それで、お前はどんなデザインのドレスがいいとか、少しはビジョンがあるのか?」


 外に出た途端お父さんが尋ねてきた。


「うーん。派手じゃないのがいいな。ベリザリオがシンプルなデザイン好きだし。あと、ヴェールはマリアヴェールがいい」

「マリアヴェールに合うシンプルなものってなると、クラシカルなデザインかしらねぇ」

「それじゃあ、そういうデザインのドレスを多目に持って来させるか。少し連絡をしてくる。先に行っていなさい」


 手帳をめくりながらお父さんは道をそれて行った。私とお母さんはのんびり駅に向かう。

 どんな式にしようかとベリザリオと話していた時から怒られそうな予感はしていたのだけれど、こういう予感に限って外れない。親の希望も入れていかないといけないだなんて。挙式するって大変。




 帰り着いた実家には大量のドレスと贔屓ひいきにしているお店の人達が待っていた。

 帰って早々なのに何着もドレスを試着させられる。中から気に入ったものを選んで、それをベースにデザイナーさんとデザインを詰めていく。終わったら、ドレスの大まかな感じに合わせてティアラやピアスといった小物の打ち合わせ。靴選びも待っていた。

 全身の採寸までされてようやく解放される。着せ替え人形にされていた私はぐったりだ。試着なのに、身体を締め付ける下着をつけさせられて苦しかったし。花嫁って大変。




 私のドレスの素材やデザインが決まったら、ドレスを作ってくれている工房にベリザリオも一緒に出向いた。お抱えのテイラーを連れて。

 結婚式の主役は花嫁だからって、彼側の服は私を引き立てるように作るらしい。


 といっても、布地の種類を決めたりタイの色をどうするか程度の話で終わっていた。普段からスーツを作ってもらっているテイラーだから、いまさら採寸はいらないらしい。


 私はあんなに大変だったのに、色選びが楽しそうですねベリザリオさん。なんて羨ましい。ううん。今では私もドレスの出来上がりを待っていればいいだけだから、気楽に楽しんではいるのだけど。

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