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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
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68話 事態はころころと

 オールボーにもう1泊だけして帰路につく。ヴェローナまでは来た道を戻って、そこからはイタリア半島の東側、アドリア海沿いを通った。


 ヴァチカンの我が家に帰り着いたのは旅行8日目、夕方。

 玄関の鍵が開いていて、「おや?」と思ったらイレーネちゃんがいた。ジョウロ片手に「おかえりなさいませ」と迎えてくれる。


「留守の間、たまに鉢植えに水やりをしてくれとイレーネに頼んでいったんだ。掃除もしておいてくれたみたいだな」

「わたくし家政婦ではありませんのよ。お兄様おわかりになられていらして?」

「わかっている。それに感謝もしている。おかげでアウローラが大切にしていた鉢植えは元気で、部屋も綺麗だ。ありがとう」


 ベリザリオがイレーネちゃんの頭をぽんぽんとする。


「大した手間ではありませんから構いませんわ。お兄様達もお土産をありがとうございました。屋敷に届いた物からいただきましたわ」


 照れた様子のイレーネちゃんは、視線を逸らしながら髪先を指で巻いた。

 そんな彼女の所に行って私はジョウロをもらう。

 2週間少し前に家を出る時、鉢植えのことなんて全く頭になかった。大切に世話をしていたはずなのだけれど。

 やはりいっぱいいっぱいだったのかもしれない。

 あのタイミングで里帰りして良かった。


 水やりの続きをしようと思ったのだけれど、ほとんどの鉢の土は湿っている。これ以上やると根腐れするので止めておいた。鉢の横の定位置にジョウロを置く。


「お手入れありがとうイレーネちゃん。時間あるならお茶でもしていく? こっちじゃあまり見ない珈琲豆なんかも買ってきたんだ」


 荷物を開いて自宅用のお土産を出す。

 私のトランクまで持ってベリザリオは奥に向かった。洗い物を出したりしておいてくれるのかもしれない。

 イレーネちゃんはお茶の用意を手伝ってくれるようで、私の横に来た。

 私は食器棚を指す。


「カップと、お菓子用のお皿出してもらっていい?」

「かしこまりましたわ。って、お姉様、その指輪!」


 イレーネちゃんが私の右手に顔を寄せた。私も自分の右手に視線を向けて、笑みを浮かべる。


「うん。くれたの。ベリザリオが」

「婚約指輪ですわね! プロポーズされましたのね!? ようやく腹をくくりましたのねお兄様! ああ、ついにわたくしにお義姉様ができる日が。嬉しくて涙が出そうですわ」


 感極まったようにイレーネちゃんが天井を仰いだ。満足してその姿勢をやめたかと思いきや、今度は私の方に興味津々といった様子で詰め寄ってくる。


「どちらでプロポーズされましたの? なんと言われましたの? どのような感じで言われましたの?」

「そんなに根掘り葉掘り聞くんじゃない。それに、なんでお前がそんなに興奮しているんだ?」


 奥からベリザリオが戻ってきた。そのまま彼は食器棚の前に来てカップや皿を出してくれる。お土産のお菓子を机の上に広げて、「お前どれ食べたい?」とイレーネちゃんに尋ねているあたりは、さすがお兄ちゃんだ。

 選ぶのが難しいようで、イレーネちゃんがお菓子を睨む。


「わたくしアウローラお姉様のおかげで姉妹の素晴らしさを知りましたわ。ですから、お姉様にはいなくならないで欲しかったんですの」

「ああそう。それじゃ、これからも仲良くやってくれ」

「もちろんですわ。あ、こうしてはいられませんわ。家に帰ってみんなに知らせないと!」


 はっとイレーネちゃんが顔を上げた。お菓子に興味を失ったようで玄関に走る。


「は? おいイレーネ! 報告は後日きちんとするからお前は何も――」


 ベリザリオが制止の声を上げているけれど、たぶん聞こえていない。言い終わる前にイレーネちゃんは出て行ってしまったし。彼は手で顔を覆っている。


「駄目だ。今晩には家中の全員がこの事を知る」

「あの様子だと喋るだろうねぇ」

「せめて先手を取るか」


 疲れた様子でベリザリオは電話に向かった。


「もしもし。ベリザリオだが、母様はいるか? 代わってくれ。――……。ああ、母様? ええ、今帰ってきました。ええ。それで、アウローラと正式に結婚することにしたので報告に伺いたいのですが、いつが都合がいいですか?」


 そんな話を彼はしている。両親への報告は来週でもいいかなって言っていたのだけれど。ヴァチカンに帰ってきた早々慌てて話を進めないとならなくなるだなんて、世の中思うようにいかないね。




 デッラ・ローヴェレへの挨拶の日取りはするっと決まって、報告自体も祝福してもらえた。

 実は、こちらの家のことは、私達2人とも全く心配していなかった。

 ありがたいことに普段から歓迎ムードで、むしろいつ結婚するんだ? と無言のプレッシャーを掛けられていたくらいだったから。


 考えてみればベリザリオはもうすぐ27だ。世間一般でも結婚がどうのと急かされ始める年齢だと聞く。

 加えて彼の場合は大きなおうちの跡取りなわけで。

 親戚からのせっつきなどもあったのかもしれない。


 そんな力も加わって私との結婚を決断してくれたのだろうか。

 ベリザリオには悪いけれど、外圧に私は感謝しようと思う。




 問題は……もちろん私の実家。というか、お父さんだ。

 結婚することになったから報告に帰りたいんだけどと、お母さんに伝えたのまではベリザリオと同じだった。

 けれど、返事がなかなか返ってこない。

 おかしいと思って、再度私から電話をかけた。


『それがね、お父さんが理由をあれやこれやつけてごねちゃって。日にちが決まらないのよ』


 と、お母さんまで呆れていた。

 もちろんそんなことでは私が困る。夜に再度電話をいれて、今度はお父さんに代わってもらう。

 けれど話はどこまでも平行線だ。いつの間にか親子喧嘩に発展して、最後は「話聞いてくれないなら絶縁するから!」と言い捨てて電話を切った。




 そんな喧嘩から1週間で返事がきた。

 指定された日は平日。

 私は呆れた。お父さんの嫌がらせだって丸わかりだったから。

 それでもベリザリオは笑っている。


「休みをとればいいだけだから、会ってくれるだけありがたいじゃないか」


 と。


 お父さん。私の未来の旦那様の爪の垢でも煎じて飲んだ方がいいのではないだろうか。少しは心が広くなれるだろうから。

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