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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
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66話 旧デンマーク領への旅2

 食事を終えたら再び高速鉄道に乗る。今晩の宿泊地、旧ドイツ領の中南部にある街ニュルンベルクを目指した。

 といっても、私とベリザリオは電車に揺られているだけだ。彼は早々に学術書を出して読書に没頭している。窓側の席をもらえた私は、景色を見つつニュルンベルクのガイドブックを眺めていた。

 それも一通り読み終えてしまってベリザリオに話しかける。


「行き先、なんで旧デンマーク領なの?」

「行ったことが無かったから」

「引退後の住処すみかの下見?」

「それもあるにはあるが――」


 ベリザリオの視線が私越しに外に外れた。しばらくしたら優しい笑みを向けてくれる。


「今はまだ内緒だ。教えられそうならじきわかる」


 けれど答えはくれず読書に戻った。教えてよと少し粘ってみたけれど、ベリザリオは「駄目です」としか言わない。

 諦めた私は座席前のミニテレビで映画やテレビ番組を見ながら時間を潰す。ベリザリオは気付いたら寝ていた。




 ニュルンベルクには日没前に着けた。まずはベリザリオが予約していたホテルにチェックインする。荷物だけ置いて観光に出かけた。


 中央広場につくと、片隅にある金色の塔の周りを回る。17メートルもある塔は4段構造になっていて、それぞれの段に偉人の像が置かれている。

 けれど私は偉人などに興味はない。願掛けのできるスポットだというから来たのだ。


「あ、あった」


 目的物を見つけた私は背伸びして上へと手を伸ばした。

 塔の周囲を覆う柵の上部にある継ぎ目の無い金色のリング。これを探していたのだ。

 時計回りに3回まわして、その間に心の中で祈れば願いが叶うらしいから。

 なのだけれど、他言した願いは叶わなくなるという。気をつけなければならない。


「聞いた話なんだが、金色の輪は観光客用の偽物らしいぞ」


 背後からベリザリオが言ってきた。

 私が回そうとしているのは、まさにその金色の輪なんですが。

 気になって振り返る。


「はい?」

「この街出身の奴がいつだったか言っていた気がする。確か、本物は柵と同色の地味なやつとかなんとか」


 ベリザリオが動きだした。先ほどの私のように上を見ながら柵の周りを回る。

 その足が止まった。

 柵に寄って手を上げたのは、目的物を見つけたからだろうか。


 金色の輪を放した私は彼のもとに行った。

 ベリザリオが伸ばした手の先には鈍く暗い色の輪がある。


「ガイドブックにはこんなの書いてなかったよ?」

「地元人しか知らないのかもな。とは言ってみたものの、どちらが本物の願掛けアイテムか私にはわからないが」


 言いながらベリザリオは鈍色の輪を回す。これは、どう見てもこちらが本物だと思っている。私もそう思うし。


 偽物は派手に、本物は地味に。


 隠しものをする時の常套手段だ。だから、彼が回し終わった後に私もこちらの輪を回した。


 ベリザリオが枢機卿になれますように。そう祈りながら。




 2日目。旧ドイツ領北部の街ハンブルクまで移動した。

 ここではミニチュアワンダーランドに立ち寄る。

 展示されているのは子供が喜びそうなミニチュアジオラマがほとんどなのだけれど、ところどころでベリザリオが変な反応を見せた。


「見てくれ。あの、川に浮かんでいる死体と警官達。なんでこんなものを作ったんだろうな? あ、あそこの地下墓地ではカルト集団が怪しい儀式してるぞ。それより何で森の中にペンギンの群がいるんだ? やばい、このシリーズ欲しくなってきた」


 買っていいですかとでも言いたげに彼は目を輝かせてくる。


「却下。だって、ベリザリオ、集めだしたら際限なく増やすじゃない。それにこれジオラマでしょう? そのうち自分で作りだしそう。家の中がジオラマで埋め尽くされたり材料が散乱するのは嫌」


 スパッと切り捨てた。そんなにせがむような顔をしても駄目です。




 ジオラマを諦めさせるために、後ろ髪を引かれまくりのベリザリオを連れて隣の施設に移動する。

 なんでも、ハンブルクの歴史を元に作られた体験型のお化け屋敷らしい。

 こちらも彼の行きたがっていた場所だからか、抵抗はあまりされなかった。


 いざ入ってみると、お化け屋敷というよりは、ハンブルクの黒歴史を俳優さん達に脅かされながら体験できる施設といった感じだ。


 海賊に襲われてみたり。

 黒死病ペストの死体が転がっていて鼠が走り回る部屋を突っ切らされたり。


 お化け怖いとは違った方向で怖い。そして疲れる。


 次は何だろうと進んでいたら背後で足音がした。

 振り返ると、赤黒い修道服を着た人がこちらに歩いてくるところだった。手には赤く汚れた鈍器を握っている。


「お前が魔女だな」


 修道服の人が言った。フードを深く被っていて顔が見えなかったけれど、女性らしい。

 ついでに、魔女と言われたくらいだから、彼女の言ったお前は私を指しているのだろうか。


「あの格好、異端審問官だな。中世のセットで異端審問官で魔女ってことは、ここ、魔女狩りのエリアか」


 冷静にベリザリオは分析している。どういう体験をさせてくれるのか気になったのか、興味深そうに異端審問官のお姉さんの方に歩いていく。


「お姉さんにあまり近付くと危ないんじゃない? その鈍器、赤いよ?」

「さすがに怪我を負わせはしないだろ。脅しくらいはされるかもしれないが」


 私の制止なんて無視してベリザリオは進む。そんな彼の足元に鈍器が振り下ろされた。

 床が鈍い音を立てる。

 ぎりぎりベリザリオの足には当たらなかったけれど、彼が避けたからだったように見えた。ベリザリオの表情も引きつっている。


「狙われた?」

「魔女は見つけ次第殺す。誓約書に何があっても自己責任と署名したはずだ。さぁ、覚悟しろ魔女ども」


 お姉さんが鈍器を振り上げる。その攻撃まで避けてベリザリオが叫んだ。


「この女やばいぞ! 逃げろアウローラ!」

「え!? でもベリザリオは!?」

「逃げるさ! 叩きのめしたら訴えられそうだからな!」


 ベリザリオはその場で攻撃をさばくだけで動かない。私が逃げる時間を稼いでくれているのだろうか。

 ともかく私は逃げた。

 逃げ道は狭くて暗い。1人だと怖いけれど、がむしゃらに進む。すぐ後ろから聞こえてくるドタバタとした音はベリザリオ達の足音だろうか。


 複数の足音が追ってくる。こんな時に限って別れ道があった。ベリザリオと迷子になるのは怖いけれど、どこかで合流できると信じて片方の道を選ぶ。

 しばらくしたら、追ってくる足音が軽めのものだけになった。


「残るはお前だけだぞ、魔女め」


 聞こえてきたのは異端審問官さんの声だ。

 ひょっとして、ベリザリオが負けた?

 嫌な考えが脳裏をよぎる。いや、さっきの別れ道で違う道に行っただけかもしれない。不安は意図的に無視して足を動かす。

 そうしたら、突然前方に頭から布を被った人物が出てきた。その上、「がおー」と私の進路を遮ってくる。


「きゃあああああっ!」


 私は無心で布の人を平手打ちした。「あいたっ」と、その人が情けない声をだす。

 ……声が思考に引っかかった。

 とても、知っている声なんですけど。


 無防備な布の人をぽかぽか叩いたら、痛い痛いと苦笑しながらベリザリオが顔を出す。

 私の後ろからは異端審問官さんが追いついてきていたけれど、好戦的な気配は皆無で、


「彼女さん強いですね」


 なんて苦笑していた。


「思ったよりたくましくて私も驚いた。いや、ありがとう。楽しめたよ」


 気楽にベリザリオは言って布を異端審問官さんに渡している。


 ひょっとして、この2人グル?


 そんな考えが私に浮かぶ。


「では続きをお楽しみください」


 異端審問官さんは手を振りながら去って行った。ベリザリオは笑顔で私の肩に腕を回してくる。


「じゃあ行こうか」


 などと言われても私は動かない。


「あの人、最初からベリザリオの仕込み?」


 疑念をぶつけてみた。


「いや。アウローラが逃げた後に悪戯を思いついてな。協力してくれって言ったらあの人いいよって言うし。話のわかる人って最高だな。叫んで逃げるアウローラもなかなかに良かった。非日常最高だ」


 楽しそうにベリザリオは笑う。

 これはつまりあれだろうか。私はこの人にからかわれたと。それも思いつきで。私の心配や恐怖は無駄だったと。


 カチン。


 ベリザリオの頬に本気で平手を叩きつけた。

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