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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
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63話 ボタンの掛け違いはどこまでも

 ベリザリオを私の結婚相手として認めない。


 お父さんにそう言われた気がするけれど、そんな意見もちろん拒否だ。

 いや、まずは落ち着こう。というか、なぜ私の結婚相手をお父さんにとやかく言われなければならないのだ。しかも突然。一方的に。

 イラッときた。怒りをぶつけるためにバンと机を叩く。


「ちょっと前までは気に入って色々教えてたじゃない!」

「予想外に才能がありそうだからエリートの道に戻してやってもいいと思っておったのだ。だが、あいつは教皇庁のキャリア組だろう? それなら話は別だ」


 憮然としたお父さんが腕を組む。


「私も知人から聞いただけだから実際のところは知らんが。教皇庁のキャリア組の出世競争は類を見ない厳しさだそうだ。まぁだろうな。キャリア入庁できるのは、世間ではエリートと呼ばれている連中のトップ層だけ。その中から更に選抜するのだから」


 そうして、その競争を勝ち抜けた者だけが高級官僚の席を手に入れられる。

 けれど、絶対的なパイが少な過ぎる。結果、生活の全てを仕事にかけても出世が頭打ちになる者がほとんど、という現象が起きる。

 限界を見極められる人間ならまだいい。そこそこの地位で満足するなり、他企業でキャリアアップを狙う道もある。


 辛いのは、無理だとわかっていながら教皇庁での出世に固執してしまう場合だ。

 もしベリザリオがこのパターンに陥った場合。

 もちろん本人は苦しむだろう。さらに、共にいる私だって苦しむのが目に見えている。


「娘をみすみすそんな目に合わせたくないからって反対するの? まだどうなるのかわからないのに?」

「当然だ。選帝侯であるなら目指すのは枢機卿、もしくは教皇だろう。確率論的に見てベリザリオの勝負は勝ち目が薄すぎる。手放しで応援などできん」


 話は終わりとばかりにお父さんが目を閉じた。

 あんまりな言い分に私はあんぐりとなる。リスクマネジメント的にはお父さんの意見が正しいけれど、世の中それだけで判断できるものではないだろう。


 それに、リスクを負うからこそ得られる利益だってある。

 その線で押すか? とも考えたけれど止めた。たぶん、この話題に関してお父さんはとても慎重だ。リスクなんて取らない。


 対抗手段として、私は理屈を捨てた。素直に自分の心と向き合って言葉を探す。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ベリザリオ負けないから」


 努めて落ち着いた調子で語りかけた。お父さんの目が片方だけ開く。


「なぜそう言い切れる?」

「んー? 勘?」


 そうとしか言えないから正直に白状した。

 お父さんの口がへの字になる。

 怒鳴られそうだったので、その前に私が口を開いた。


「お父さん。娘と、その娘が見込んだ人を信じてよ。お父さんだって、ベリザリオに才能を感じたから目をかけてたんでしょう? 信じようよ、商人の勘」


 にこりと笑いかけたらお父さんがたじろいだ。その視線はしばらくあちらこちらに泳いで、最後はそっぽを向く。


「ベリザリオの件はひとまず私の胸の中だけにしまっておく。そのうちケジメをつけて来なさい」


 珍しくもごもごと、小声でそんなことを言った。

 たぶん、本心では全く納得していないのだろう。だから「ケジメ」だなんて、どうとでも意味の取れる言葉を使ってきた。


 お父さん的には別れる報告を聞きたいのだろうけれど……。

 それはできない相談だ。

 いや、私がベリザリオに捨てられる可能性もまだ残っているから、別れの報告をする可能性はゼロじゃないけど。今の状態が状態だから笑えない。

 これ以上考えるとへこみそうだったから、軽く頭を振って雑念を振り払う。


「ありがとうお父さん。大好き」


 お父さんの頬に軽くキスして書斎を出た。




 それからはだらだらと日々を過ごす。

 といっても、2月の終わりということもあって外は寒い。暖炉の前で転がっているのがほとんどだ。

 暇を持て余してピアノを弾いてみたりもした。

 けれど、ル・ロゼを卒業してから触っていないものだから、指が動かない。なのにショパンを弾こうとして、何曲かはあえなく挫折。

 そんなこんなで過ぎていく毎日はいたって平和だ。


 心はいつの間にか軽くなっていた。

 特段お母さんやお姉ちゃんに愚痴を吐いてはいない。それでも元気になっているのだから、とても不思議だ。


 知らず知らずのうちに身体が疲れていて、それがストレスになっていたのだろうか。

 ダラけるだけで復活している自分を見ると、可能性は高く思える。

 なんにせよ、マイナス思考のどつぼから脱却できたようで何よりだ。




 そうして土曜。


「アウローラ明日帰るの?」


 夕食の席でお姉ちゃんが尋ねてきた。


「そうしようかな。そろそろダラけるのも飽きてきたし、ベリザリオも困ってるかもしれないから」


 少し考えて答える。

 ベリザリオのことだから、家を荒らすなんてことはないだろう。

 ただ、家事に時間を取られて、睡眠時間が削られる程度はしているかもしれない。


 ご飯は……あまり褒められない状態になっていそうな気がする。

 1人だと偏ったものばかり食べて、足りない栄養素はサプリメントで誤魔化したりするから、彼。

 料理できるのに、自分のためには頑張らないから。

 やはり帰りどきだろう。


 喋っているとインターフォンがなった。お手伝いさんが対応に出てくれる。


「ベリザリオ様がいらしておりますが、お通ししても?」


 尋ねられて、お喋りがピタリと止まった。みんなの視線が私に集中する。

 なんで? と一瞬思ったけれど、みんなは私とベリザリオが喧嘩していると思っているのだったという考えに思い至る。そんな事実はないから、すっかり忘れていたけど。

 問題ないと主張する代わりに、私は笑顔で立ちあがる。


「門を開けてあげて。玄関には私が行くからいいよ」


 そう言って玄関に向かった。

 外に出て出迎えようかと思ったのだけれど、ちょっと扉を開けて流れ込んできた空気は冷たい。寒さに負けて扉を閉めた。

 ドアノッカーが鳴ったらきちんと扉を開ける。


 そこにはベリザリオがいた。

 立派なカラーの花束を持っているから、ついそちらに目がいってしまう。喧嘩の仲直りや謝罪の時に彼はいつも花束をくれるから、今回も何かの謝罪なのだろうか。


 ふと視線を上げたら、ベリザリオが随分と深刻そうな顔をしていることに気付いた。小さく彼の口が動く。


「そんなに私を見たくなかったのか?」

「うん?」


 予想していなかった言葉が飛んできて、私の頭上にはてなマークが浮かんだ。

 何がどうしたら、私がベリザリオを見たくないという考え方になるのだろう? むしろ、私はベリザリオと会えて嬉しいのに。


「なんでそう思ったの?」

「1度開けかけた扉を閉めただろう? 隙間から私が見えて閉めたんじゃないのか?」


 いえ、そんなことないです。欠片も。全く。寒さに負けただけなので。今だって凄く寒いし。身体がぶるっと震えた。

 早く中に入って欲しいのだけれど、ベリザリオは玄関口で喋っている。


「カードも置いてあって、お前の金など受け取れるかと言われたのだと思った。私はアウローラの優しさに甘えて仕事にばかりかまけていたし。見限られてもおかしくない状態だった。期限を設けず実家に帰られた時点で、捨てられる一歩手前かと。実際アウローラは帰ってこないし」

「待って待って待って! 確かにカードは置いていったし、うちに帰るのもいつまでか決めていなかったけど!」


 慌てて私はベリザリオにしがみついた。

 私が何気なくした行動が、揃いも揃っておかしな受け取られ方をしている。このままだと非常によろしくないことになるのではなかろうか。

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