6話 水面の上と下
「そうなの?」
ディアーナ達に敵が多いと言われても信じられなくて、私はまばたきした。
だって、普段、3人は誰とでも上手くやっている気がしていたから。
何か頼まれては軽く解決して感謝されている姿をよく見る。先生達だって、3人の成績がとてもいいから、学校の誇りだ、将来が楽しみだと目をかけていると思う。
敵になりそうな人はと考えてみても、候補すらぱっとは浮かばない。
そんな私にディアーナは首を横に振った。
「表面上はね。でも、私達は選帝侯。もう出世競争は始まってるのよ」
ほつれた横髪を耳にかけながらディアーナが言う。
選帝侯出身の出来がいい人は、そのほとんどが教皇庁で働くことになる。言うなれば、上のポストを奪い合うことが確定している潜在的な敵だ。
そんな相手に不幸があれば、いい気味に決まっている。
言われてみれば、ディアーナはベリザリオとエルメーテとは仲良くしているけれど、他の選帝侯の子とは付かず離れずの距離を保っている。ベリザリオとエルメーテにしてもそうだ。
むしろ、ル・ロゼにおいて、選帝侯の子女は反目し合うのが普通というのだから、冷たい世界だ。
「まぁ、それでも。ル・ロゼ在学中くらいは気楽にやってられるかと思ってたんだけど。ままならないわね」
本当に面倒そうに溜め息がはかれた。これがディアーナの本心なんだと思う。
見える部分では握手して、水面下では蹴り合うなんて、大人の世界での話だと思っていた。
なのに、そんなのにすでに巻き込まれているだなんて、上の人は上なりに大変だ。
そんな話をしながら歩いていたら目的の男子トイレに着いた。トイレ入り口の壁にエルメーテが寄りかかっているから、ベリザリオはここにいるのだろう。
ぼーっとしているエルメーテに駆け寄った私は食い気味に質問した。
「ベリザリオどう?」
「死んでる」
「そんなのわかるよ! 他の情報だよ!」
他の症状は出てないかとか、吐いたら少しは楽そうになったのかとか。そういうものだ。
「ベリザリオ、自分から水を持っていってたわよね。何度も戻してた?」
私の横に来たディアーナはきちんと噛み砕いて質問をする。だからか細かく答えが返ってきた。
「吐いちゃ水を飲んで、また吐いてしてたぜ。のくせに、自分だと痙攣があって上手く飲めないから、俺に水を飲ませろって。いやー、大変だったぜ。吐くだけ吐いたらちょっと落ち着いたみたいだけど」
「痙攣まで起こしてるの? 他に不調は言ってた?」
「特には。てか、喋るどころじゃないって感じだったし」
そんな感じで2人は話を続ける。
聞いているだけで私は心配だ。
できれば様子を見に行きたいのだけど、エルメーテが外にいるくらいだから1人の方が落ち着くのだと思う。それに、男子トイレに入るのはさすがにはばかられる。
そうしていると先生達が来た。
「ベリザリオ・デッラ・ローヴェレは中に?」
養護の先生が尋ねてくる。エルメーテが頷いていた。
「エルメーテ・スフォルツァ。君にはローヴェレを運ぶ手伝いを頼みたい。ディアーナ・オルシーニ、アウローラ・ディ・メディチ。君達は自習に行きなさい。後は私達で面倒をみるから」
そう言うと先生はエルメーテを伴ってトイレへ入って行く。
自習に行けと言われても気になって居座っていたら、すぐにベリザリオを担いだエルメーテが出てきた。ようやく見れたベリザリオはげっそりしていて、目も閉じている。相変わらず顔色は悪い。
「これ以上は無理よアウローラ。行きましょう」
何も出来ない私には、そんな彼を置いて寮に戻るしかできなかった。
「ベリザリオ、何食べさせられたのかしら」
女子寮に戻りながらディアーナがつぶやく。
「食べさせられた?」
急になんの話だろうと私は問い返した。視線は上の方に向いたまま、ディアーナは話を続ける。
「あの人言ってたでしょう? 1人だけワイン煮込みが苦いって。それを食べてちょっとした後にアレだから、彼の皿にだけ何か入ってたんだろうけど。体調の悪くなってきたベリザリオもその可能性に行き着いて、胃の中身を戻したんでしょうし」
「ベリザリオの心配じゃなくて、食べさせられたものが気になるの?」
それはちょっと冷たいんじゃなかろうか。なのにディアーナは当たり前じゃないと返してきた。
「私達じゃ何も出来ないから先生達に任せるしかないし。具合が悪くなってすぐに吐いたのなら、ベリザリオもじき元気になるでしょうしね。今の私じゃ特定できないのが残念だわ。もっと勉強しなきゃ」
気合いを入れ直したらしき彼女は女子寮に入ったら別れていった。
気持ち、足取り軽く私は自室に向かう。
こんな時にアレだけど、少し複雑ながら私は嬉しいんだと思う。1番は、ベリザリオがそんなに重症じゃなさそうだから。あとは、ディアーナのベリザリオへの好意が思ったより薄そうだから、かな。
次の日の朝ご飯にベリザリオは来なかった。
体調が戻りきらなくて休みとだけ聞いた私は、いつものように午前の授業に出る。
お昼になったら食堂に行った。
お昼ご飯はビュッフェだから、お皿に好きなものを取って席に着く。そうして食べ始めた。
私がいつも一緒にご飯を食べているのはベリザリオ達だけど、クラスが違うから食堂に同じタイミングで集まれるとは限らない。それでもじき全員揃うのがわかっているから、先に食べながら待っていればいい。
お昼休みは短いのに私は食べるのが遅い。ベリザリオ達が来なくても先に食べ始めておくのが、いつからか暗黙の了解になった。
食べ進めていると隣に皿が置かれた。ディアーナかなと思って見上げてみると、そこにいるのは別の先輩女子。それもなにやら不機嫌そうだ。
私をじっと見てくるから、何か用があるのだろうか。でも、その人は何も言ってこない。
「えと」
「あなたみたいなお子様をベリザリオが彼女にするだなんて納得いかないんだけど」
話を促そうとした私の言葉に、彼女が被せてきた言葉がそれだった。