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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
57/83

57話 惚れたら負け? いいえ、勝ちです

 * * * *



 強制的に仲をとり持たれた私とイレーネちゃん。それでも、すぐに仲良くなるというのはやっぱり無理で、しばらく互いに様子を見合う日が続いた。

 それでも少しずつ距離は縮まる。

 騒動鎮静化から半年がたつ頃には、平日の夜でもイレーネちゃんがうちに遊びに来るようになった。デッラ・ローヴェレのお屋敷よりこちらの方が居心地がいいらしい。


 さらに言うと、今日も彼女は来ている。


「うん、わかった。帰り気を付けてね」


 受話器を置いた私は振り返る。


「ベリザリオ、今晩会食が入ったからご飯いらないって。イレーネちゃん、代わりに食べてく?」


 一緒に夕飯作りをしていた少女に尋ねた。彼女は顔をしかめる。


「またですの? お兄様、昨日も一昨日もそう言ってお帰りになりませんでしたわよね。あ、せっかくですから頂いて帰りますわ。料理の味見もできますし」

「うん、わかった」


 ベリザリオへの文句をこぼすイレーネちゃんを見ていたら自然と笑みが浮かんだ。

 残る理由に料理の味見を持ってくるあたりが彼女らしい。本当は、1人になると私が寂しがるだろうと気を使ってくれたのだろうけれど。

 気持ちがありがたいから私は笑顔を返す。


「ありがとうね。イレーネちゃんが残ってくれて嬉しい。1人だとやっぱりちょっと寂しいし。でも、遅くなり過ぎないうちに帰ってね。夜は危ないから」

「迎えの車を呼ぶのでお気になさらず。あ、でも、夕食がいらない連絡は先に入れねばなりませんわね。電話をお借りしますわ」


 イレーネちゃんが電話口に来る。

 私は流しに戻った。

 グラタン皿に硬くなったパンを入れる。そこに夕べの残りの牛の第二胃(ハチノス)のトマト煮込みを注ぎ、上からチーズをかけてオーブンに入れた。

 イレーネちゃんと私だけのご飯なら、これにサラダくらいで十分足りる。サラダはイレーネちゃんが作ってくれているから、私の仕事はひと段落だ。


 そこにイレーネちゃんが戻ってくる。何故か機嫌は悪い。


「お兄様、最近、わたくしがいる間にお帰りになられることが減りましたわ。わたくしが見ている範囲でですけれど、お掃除なんかもアウローラお姉様がなさっている事が多いですわ。お姉様との取り決めより仕事を優先されてますのよ? 不服ではありませんの?」

「仕方ないよ。今が踏ん張りどころってベリザリオ言ってたし。きちんとごめんって言ってくれてるし。それにほら、大変なことも2人で挑めば苦労は半分って言うし。家事の分だけでも彼の負担が減ればいいよね」


 私はスプーンとフォークを2組出して食卓に置いた。あとはグラスを出してっと。イレーネちゃんは完成したサラダを持ってきてくれる。


「お姉様達、本宅にお住みになられればよろしいのに。食事がいるいらないでお姉様がばたばたする事もなくなりますし、お兄様のお帰りが遅くなられても、その……寂しいこともなくなるでしょうし」


 イレーネちゃんの言葉の後ろの方がもごもごになった。気を使ってくれたのかもしれない。

 あのイレーネちゃんが最近とても懐いてくれて、ともすれば私の肩を持ってくれる。それは嬉しい。けれど、


「それはできないんじゃないかなぁ」


 そんな気がして私はつぶやいた。もちろん理由はある。


「私はまだデッラ・ローヴェレの人間じゃないから、お屋敷に住むのは分不相応だと思うんだよね。ベリザリオだけなら移れるだろうけど。今のところ、彼、引っ越したい感じなさそうだから、動かないんじゃないかな。それなら私が家を整えなきゃね」


 チーズが焦げるいい匂いがしてきたからオーブンを開けた。美味しそうな焼き色のついたそれを出して食卓に運ぶ。これで準備は全てなので席に着いた。

 グラスにワインを注いで食べ始める。


「なんでそこまで頑張れますの?」


 食べ始めてすぐにイレーネちゃんが言ってきた。何のことだかわからなくて私は目をしばたかせる。


「ん?」

「嫌がらせしたわたくしが言える事ではありませんけれど、お兄様と一緒にいるのは苦労が多いと思いますの。ですのにそこまで尽くせるだなんて、惚れた弱みというやつですの?」

「弱み?」


 弱みかと言われると違う気がするのだけれど。そもそもが尽くしてなどいないし。どれもこれもやりたいからやっているだけでも、外からは尽くしているように見えるのだろうか?


 考えてみたけれど答えは出そうにない。当たり前だ。他人の視点など私は持っていないのだから。


「そうかもね」


 だから、無難に相槌を打っておいた。

 それでもイレーネちゃんは大いに満足したようで、ひとつうなずいて続きを話し始める。


「恋愛は惚れたら負けと申しますけれど、本当でしたのね。わたくしそんなの嫌ですわ」

「負けなの?」

「負け以外のなんですの? 惚れていなければ、別れるの上等でもっと文句も言えるでしょうに。わたくし、ちやほやと尽くされたいですわ」


 また何やらわからない理論が出てきた。

 私は別段文句を我慢はしていない。昔はそんなこともあったけれど、我慢はすれ違いの原因だと気付いたから。私がスッキリするだけでベリザリオが本気で嫌がりそうな事は言わない程度の配慮はするけれど。


 それに、今まで私はベリザリオから十分大切にされてきた。彼の仕事がちょっと忙しくなって構ってもらえなくなったからといって、すぐにそっぽを向くのは愛が無い。

 だから、さっきのイレーネちゃんの意見には異論を唱える。


「私ね、惚れた方が勝ちだと思うよ? だって、小さなことでだって幸せを感じられるじゃない?」


 おしゃれをした時に可愛いねと言ってもらえたら嬉しい。

 作ったものを美味しそうに食べてもらえたら嬉しい。

 デートで一緒にはしゃぐのが楽しい。

 何かがあった時に、同じタイミングで同じ言動をしたら笑ってしまう。

 頭を優しく撫でられると自然と笑顔になれる。

 キスをされたり好きだよと言われただけで、気持ちはふわふわ空に昇れる。


 数えたらきりが無いけれど、どれも惚れているからこそ得られる感動だろう。その時の気持ちを思い出すだけでも心が温かくなる。顔には笑みが浮かぶ。

 イレーネちゃんが照れたような表情になって、少しそっぽを向いた。


「そんなに幸せそうなお顔をなさるのは卑怯ですわ。わたくしが申したことが的外れだと証明されているようで、少し恥ずかしいですし」

「イレーネちゃんも惚れた方が勝ち論者になれば、同じ表情になれるんじゃないかな?」

「それに異論はありませんけれど、相手が見つからなければ笑えませんわ。紹介してくださいますの? お兄様より良い男。わたくし最近気付いたのですけれど、ベリザリオお兄様のせいで男性に対するハードルがやたら上がっておりますわ」


 イレーネちゃんの発言に私の笑顔が固まった。

 ベリザリオが身近すぎたせいであれが基準になって、男性のハードルが上がるのはわかる。

 あれはちょっと規格外だとわかっていても比べてしまうのもわかる。


 なのに、それより良い男を連れてこいと簡単に言えてしまうのは、良家の令嬢ならではのわがままですか。ベリザリオみたいな人がイレーネちゃんと相性がいいのかもわからないのに。


「紹介は、たぶん、無理……かなー」


 だから適当に笑って誤魔化しておいた。「酷いですわ冷たいですわご自分だけずるいですわ」と言われても無理。本当に勘弁してください。

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