55話 vs妹4
ベリザリオは自分は部屋に入ってこずに扉を閉めてくれた。当事者だけで話ができるようにとの配慮だろう。
「こんな事までして何ですの? わたくしあなたに用なんてありませんわよ」
威勢良く言いながらもイレーネちゃんはじりじりと後ずさる。
「ごめんね。どうしてもイレーネちゃんとお話したくて、みんなに時間を作ってもらったの。だって、ずっとこのままだと嫌じゃない?」
逆に私はイレーネちゃんに寄った。何を言われても笑顔は崩さない。というか、笑顔が崩れてしまうほど痛烈な言葉は彼女から出てこない。
まぁそうだろう。私が本当に言われたくない事を知られるほど、私とイレーネちゃんは付き合っていないのだから。
「よく知りもしないで勝手なレッテルを貼って攻撃してこないんだから、イレーネちゃん、本当は悪い子じゃないよね。それにね、私はあなたとも仲良くなりたいの。だから、前に、ちょっとキツく言っちゃったのを水に流してもらいたくて」
私は家から持ってきたソレを紙袋から出した。
イレーネちゃんの目が大きく見開かれる。
「またヘタなマフラーが出てきましたわね。なんですの? わたくし用にも作ったとでも仰いますの? そんなもの欲しくありませんわよ」
「さすがにそんなことしないよ。これはね、イレーネちゃんがヘタクソって言った、昔ベリザリオにあげたマフラー。本当に下手だよね」
私はマフラーを撫でた。
勤め先が教皇庁本庁になって、ベリザリオからごめんと言われた品だ。見た目で侮られるわけにはいかないから、職場にはつけていけないと。
それでも休日は変わらず使ってくれている。恥ずかしいような、嬉しいような。
そんな品の、編み終わりの止め糸を私は思いっきり引いた。それはもう簡単にマフラーは解けていく。途中で変なふうに止まる部分は失敗している箇所なのだと思う。
「何をなさっていらっしゃいますの!? そんなことをしたら」
「いいんだよ。マフラーはまた作ればいいし。これさえ無くなっちゃえば、これ以上ベリザリオが恥ずかしい格好をすることも無くなるし」
イレーネちゃんがあたふたしているけれど、私は手を止めない。
そうして、マフラーはすっかり解けてただの毛糸になった。それを簡単にまとめて袋に戻す。
「喧嘩の原因は無くなったよ。だから、私達も意地の張り合いは止めよう? 私達がごたついてるとベリザリオの心配事が増えるだけだし。彼のことを好きな者同士、仲良くしてくれると嬉しいな」
握手を求めてイレーネちゃんに手を差しだした。イレーネちゃんはふるふると首を横に振っている。
「まだダメ? これが私にとって一番のケジメだったんだけど、他に何かして欲しいことってある?」
「違いますわよ! あなたお馬鹿ですの!? マフラーが無くなってしまったらお兄様が悲しまれるに決まっているじゃありませんの! あんなヘタクソでしたのに、お兄様はそれは大切そうになさってましたのよ!」
イレーネちゃんが私を素通りして戸口の方へ行く。そうして、勢いよく扉を開け放った。
扉に張り付いて様子をうかがっていたらしきご家族様(お父様とお母様とフェルモ)が、ごろんと部屋に転がってくる。
ベリザリオは、その脇でなんとも悲しそうな顔をしていた。
「アウローラ。お前が新しいマフラーをくれたら、私はそれを額に入れておこうと思っていた」
「それは止めて」
かなり本気で。見るたびに私が心苦しくなるから。
「お兄様おかしいですわ。あんな雑巾まがいの物にそんな愛着を持つだなんて」
イレーネちゃんは今度はベリザリオに食ってかかっている。ベリザリオがふっと笑った。
「物は見た目じゃないよ。あれはアウローラが初めて私に手作りしてくれた物だったから、それだけで何物にも代え難い価値がある」
「わかりませんわ。安物の既製品の方がまだマシですわ」
「金では買えない物があるってことさ。大概のものは買えてしまう私達だからこそ、その貴重さはわかっていると思うんだがな? もちろんお前も」
ベリザリオが少し真面目な表情になると、イレーネちゃんは顔をそらす。口はもごもごと「わかっていますわよ」とつぶやいていた。
ベリザリオは小さく笑って、次には手をぱんぱんと叩く。
「さぁ、もうこれくらいで仲良くなってくれ。これ以上私の何かが削られるとたまらん。イレーネも、アウローラの根性は十分理解しただろう? 今のお前じゃ勝てないよ。だから、握手で全て水に流してもらいなさい」
私とイレーネちゃんの間に立った彼は両者に視線を投げる。私はベリザリオの前に行って再度手を出した。イレーネちゃんはこちらを見てはいるけれど動かない。
「イレーネ」
「わかってますわよ! わたくしだって、自分がどれだけお兄様を困らせているのかくらい」
ひと叫びしたイレーネちゃんがツカツカと進みでてきた。手は出してきてくれる。けれど握手はしてくれない。
「その根性と、お兄様にご迷惑をおかけしたお詫びに、アウローラさんと呼んでさしあげてもよろしくてよ。お義姉様と呼べるようになるように精々頑張ってくださいませ」
そうして、随分と上から目線で言ってきた。ベリザリオはじめデッラ・ローヴェレの人達は渋面だ。
けれど私にはこれでも十分。イレーネちゃんにとって最大の譲歩だと丸わかりだから。イレーネちゃんの手を両手でしっかり包んだ。
「良かった。よろしくね。私、今までずっとお姉ちゃんしかいなかったから、妹みたいな子ができると思うと嬉しい」
「ですから、あなたとはまだ赤の他人!」
顔を赤くしたイレーネちゃんが私の手を振りほどく。それでも私は笑顔を保っていられた。だって、きちんと会話が成立しているから。
これから少しずつ仲良くなれるといいね。




