53話 vs妹2
私としてはそれなりに覚悟を決めて白状したのだけれど、お母様の様子に別段変化は見られない。
「そうなの?」
非難でもなんでもなく、ただの確認といった感じの合いの手が返ってきた。私はうなずく。
「私が掃除洗濯までやるのは休みの日だけで。いつも快適に過ごさせてもらっています」
「確か共働きだったわよね? それなら当然じゃないかしら。むしろ、息子が家事すらしない愚か者じゃなくて良かったわ」
幸いお母様は理解を示してくれた。それが嬉しくて私の緊張が少し解れる。
そこに珈琲も出てきて、挽きたての豆のいい香りが気分をさらに和らげてくれた。
ケーキが焼けるのを待ちながら台所でのお茶という素朴なシチュエーションも、私には好ましい。
そのお陰か滑らかに話題選びができるようになってきた。
それでも、共通の話題を探すとなるとベリザリオの事が多くなる。
主に、お互いが知らない時の彼の話。お母様からはル・ロゼ在学中や今の2人暮らしでの質問が飛んでくる。
「そういえば、あの子、編み物とかにも手を出したりしてる?」
「それは見たことありませんけど。どうして?」
「ちょっと前にね、やたらと編みが下手なマフラーをしていたことがあって。失敗している部分が見えないようにつけてたから、ぱっと見はわからなかったんだけど。自分で編んだのかしらって」
私は視線をそらした。
たぶん、私が編み物を始めてすぐの頃に作った物が犯人だ。ベリザリオ用にマフラーを編んでみたのだけれど、下手過ぎて作り直しかなと思っていた物を彼に奪われた事があるから。
「私のために作ってくれたんだろう? それなら今年はこれがいい。来年はもう少し上達した物を頼むよ」
などと笑って言われて、しかも彼は失敗している部分が隠れるように上手く使ってくれていたから、奪い返せなかった。
それならと、無駄にやる気が出た思い出がある。
目標ができたら編み物にも身が入るようになって、それまでより上達スピードは上がったかな。まだヘタクソだけど。
とまぁ、私にとっては甘い思い出のあるマフラーだけれど、ベリザリオの名誉を傷付けてしまうのは忍びない。
「それ、犯人は私です」
控え目に手を上げた。お母様が私を見て目をぱちぱちさせて、けれど、すぐに苦笑を浮かべる。
「編み物は要練習かしら」
それで流してくれた。
お母様って本当に良い人。ベリザリオのお母様がこの人で良かった。
なのだけれど、残念ながら全てが上手くはいっていないのが、この家と私の関係だ。
「あんなものしか作れなかったのにお兄様に着けさせるとか、その神経がわかりませんわ! 見た目を気にしないお兄様もお兄様ですわ!」
台所の戸口の陰からイレーネちゃんが主張してきた。
ケーキ作りの途中から覗かれていたのに私は気付いていた。お母様が何も反応しないから気付いていないふりをしていたのだけれど。
このタイミングで出てくるんだ。それもその主張だなんて。
立ちあがった私は彼女の前に行き笑顔を向ける。
「謝って?」
「なんでわたくしが謝らないといけませんの!? あんな酷い出来でしたのに!」
イレーネちゃんはやっぱり謝らない。それどころか自分が正しいと胸を張ってくる。
確かにあなたの言っているその部分は間違っていないのだけれど。
私は彼女の顔の高さあたりの壁に勢いよく片手を置いた。思ったより大きな音がして自分も驚いたけれど、気にせず勢いのままイレーネちゃんに顔を近付ける。
「そこじゃないよ。あのマフラーの出来が悪かったのは私もわかってる。でも、それでも喜んでつけてくれたベリザリオの優しさを馬鹿にしないで」
言い返してやった。
私を馬鹿にするのはいい。けれど、ベリザリオを馬鹿にするのは許さない。イレーネちゃんだってベリザリオが大好きなんだから、気持ちはわかるはずだ。
彼女は言い返してこない。顔を赤くさせて拳を握って、無言で口をパクパクさせて。結局何も言わずに逃げていってしまった。
「ちょっとイレーネさん待ちなさい!」
お母様がその後をバタバタと追いかけていく。
ああ、やってしまった。と、私は虚空を見つめた。
拝啓ベリザリオ。
あなたはお父さんとやってしまいましたが、私は妹さんとやってしまったようです。
母親って、息子の嫁候補より自分の娘が可愛いものですよね? ひょっとして、私はお母様まで敵に回してしまうかもしれません。
あなたの失敗から学んで同じ轍は踏まないぞと思っていたのにこのザマ。
似なくてもいい所が似てきて私はがっかりです。
敬具。
1人になってしまった台所で机に突っ伏して過ごす。
ピピピと音が鳴って私は顔を上げた。
ケーキの焼き上がりを知らせるタイマーだ。うるさいので止める。
あとはケーキをオーブンから出さねばならない。
ミトンはすぐそこにあった。けれど、ケーキクーラーが見つからない。お皿などに直接出してよいものなのだろうか。
とりあえずオーブンを開けて余計な熱を逃がした。
その上で探し物を再開。と思っていると、バタバタと足音が聞こえてくる。
「そろそろ焼き上がりの時間よね!? あ、出そうとしてくれてる?」
「はあ。ですけど、取りだした物をどこに置いたらいいのかわからなくて」
「ああ、クーラーね。すぐに用意するから、それ、オーブンから出してもらえる?」
お母様が棚からケーキクーラーを出す。私はオーブンからケーキを出して、型の中身をクーラーの上に出した。
幸い焼き過ぎにはなっていなくて、ドーナツ型のケーキはいい焼き色で収まっている。素朴な匂いが美味しそう。
「無事に完成してくれて良かったわ。ようやくのんびりお茶が飲めるわね」
胸をなでおろしたお母様が小皿を3枚出す。粗熱のとれたケーキをひとかけずつ皿に置いて、パンナコッタを添えてジャムとミントで飾り付け。少しの手入れで見た目がとても豪華になった。
珈琲も新しいものが用意される。こちらも3つ。
用意した物は盆に載せて私とお母様でリビングに運ぶ。机の上に3人分のお茶セットが置かれた。
ここには2人しかいないけれど、考えられる3人目は彼女だろう。
「イレーネちゃん、お茶に来てくれるんですか?」
「どうかしらぁ。声はかけておいたんだけど。あの子、変な所が頑固なのよね。まぁ、来るなら来るでいいし、来ないなら誰かにあげましょ」
サバサバとお母様は言う。
イレーネちゃんにキツイ事を言ったせいでお母様にまで嫌われたかと思ったけれど、それは回避できたみたい。
ひとつ息を吐いた私は作ったばかりのケーキにフォークを入れた。
私が作るものよりサクッと軽い。コーンスターチが入っているからかな。これはこれで美味しい。
全く手を付けられずに置かれたままのお茶セットがふと目に入った。こんなに美味しくできたのに、食べられないだなんてイレーネちゃんかわいそう。
「どうかした?」
「イレーネちゃんに謝りに行った方がいいのかなって。そうしたらお茶にも顔を出しやすいでしょうし」
「ああ、あの子? 悪いのはイレーネさんでしょう? 放っておけばいいのよ。それより私嬉しかったわ。あなたがベリザリオさんのために怒ってくれて。ベリザリオさん、いい子を見つけてきたなって感心しちゃった」
お母様が私ににっこり笑いかけてくれる。私はなんだか照れてしまって、髪をいじりながら下を向いた。
うっかりやってしまった行動が良い方向にも転がるだなんて。
とりあえず光栄です。




