表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Le Rosey編 才器の残照
5/83

5話 見えざる敵

 それから4日。

 ヴェルナーの姿を見ることもなく私は快適に過ごせている。それもこれも、特殊な生活環境のおかげだと思うのだけれど。


 私の通っている学校ル・ロゼは自由時間がほとんど無い。

 朝7時には起きて身だしなみを整えたり朝ご飯を食べた後、8時からは授業が始まる。途中、休憩と昼食を挟んで15:30まで授業が8限。16時から18時まではクラブ活動。

 30分休憩を挟んだ後に1時間勉強時間があって、ようやく夕食にたどり着いたと思ったら、就寝までの間にまた自習時間が挟まっている。


 クラス毎に動くことがほとんどなので、食事の時間とかに気をつければ、学年の違うヴェルナーとの遭遇率はぐっと下がる。いつもは堅苦しいだけの自由の無い生活が、今だけはありがたい。


「あいつが手ぇ出してこなくなって4日目だっけ? 日曜も近付いてきてないし、諦めたんじゃね?」


 夕食時間。

 私の斜め前でご飯を食べるエルメーテが呑気に言った。自称恋愛のプロである彼いわく、気になる子には毎日でも会いたいらしい。

 私もベリザリオには毎日会いたいから、その意見は納得できる。


「そんな簡単に諦めるようなタイプには見えなかったけど」


 これは横に座っているディアーナ。


「お前と違って一般人は繊細なのよ。恋心も負けるのよ」

「あなたの場合はスケベ心に連敗中みたいだけど」

「否定はしない」

「去勢したくなったらいつでも手術の手配してあげるわよ」


 うふふ。あはは。と、隣ではいつもの不穏な会話が流れる。どんな話題であってもこの2人は喧嘩を始めてしまう。なんでなんだろう。


「まぁ、大人しくしていてくれるならそれでいい。付きまとわれていると思うと、夜寝付きが悪くなったりするだろうからな」


 私の前で、横の2人を放置してベリザリオがまとめた。ちょうど空になった彼の前菜の皿が下げられて、次の皿と置き換えられる。

 このフォーマルスタイルの給仕、実はマナーの授業の一環である。

 夜だけなのだけど、食事すら授業にされてしまうから、平日は面倒くさい。


 でも、好きな面もあるの。

 それは、男子がジャケットとネクタイ着用という点。

 ル・ロゼは普段制服を着ないから、こんな時くらいしかみんな固い服装をしない。だけど、この時のベリザリオは普段よりきりりと見えて、見るたびに惚れ直してしまうくらい好きだ。


 そんなベリザリオの表情が少し陰った。マナー悪くフォークで皿の中の物を転がし、嫌々といった感じで口に運ぶ。嫌いな物が出てきた時に彼がとる行動だけれど、今の皿に彼の嫌いな物は見られない。


「嫌いな物増えた?」

「いや。ただ、今日のこれ苦いなと思って」


 そう言ってベリザリオは煮込まれたお肉の塊を転がす。

 私も自分の皿のお肉を食べてみた。けれど、苦いと言うほどの苦味は感じない。付け合わせのお野菜も何ともなかった。

 首を傾げる私をベリザリオが見てくる。


「その様子だと、苦いのは私だけか」

「一緒に作ってるはずなのにね」

「お前のにソースの焦げた部分入れたんじゃね? もしくは、新人がうっかりワインこぼしてたりしててな」

「亜鉛不足で味が分からなくなってる可能性もあるわよ。マルチミネラル持ってるから、取りに来るならあげるけど」


 口喧嘩しながらもこちらの話は聞いていたようで、エルメーテとディアーナも話題に入ってきた。


「同じものを食べていて私だけ亜鉛不足なんてなるものか?」

「ないと思うけど。そもそも献立自体が栄養価もある程度計算してあるはずだし」

「だよなぁ。まぁ、疲れてるのかもな。今日のクラブは走り込みがきつかったし」


 そう言ったベリザリオは観念した様子で食事を再開させる。

 出された物は基本的に全て食べないといけないので、美味しくないくらいでは残せない。あまり噛まずに飲み込んで水で流しこんでいるので、よほど美味しくないのだろう。


 それでもどうにか皿を平らげデザートと珈琲に到達できた時、ベリザリオがどれほど嬉しかったのかは表情を見ればわかる。ほくほくと嬉しそうに、子供みたいにケーキを食べるから、思わず可愛いなと思ってしまった。

 いつもベリザリオは凛としているけれど、可愛い彼もいる。新発見だ。


 そんなデザートと珈琲も無くなって、お喋りしているだけになってきた頃。ベリザリオが変な動きをしだした。

 手が腹部や胸あたりにいって、口元で止まる。うつむいたかと思ったら急に席を立った。食堂の脇に置いてある水のペットボトルを取って出口に向かう。途中で吐きそうな仕草をした。幸い我慢できたようだけれど、その場でうずくまってしまっている。


「おい、どうしたんだよベリザリオ」


 素早い動きでエルメーテがベリザリオの元に行った。ベリザリオの横にしゃがんで口元に顔を寄せる。


「あ? トイレに連れてけ? しかも水まで持ってけ? お前どんだけ偉いんだよ」


 言いながらもエルメーテはベリザリオをひょいと担ぐ。エルメーテってラグビー部で身体を鍛えまくっているから、こういう時たくましい。

 手荒く担がれたベリザリオの顔色は蒼白だけれど。


「うぉおお!? 俺の上で吐くなよ! マジで頼むぞ!! 根性みせろよベリザリオ!!!」


 半分叫びながらエルメーテは走って行った。


「どうしたんだろう急に」


 残された私は呆然とするしかない。他の生徒もざわざわと2人の出て行った方を見ている。ただ、ディアーナだけは、厳しい顔でベリザリオの席に視線を向けていた。


「ディアーナ?」

「ベリザリオ、ワイン煮込みが苦いって言ってたわよね?」

「言ってたね」

「苦い物を食べて、2、30分後に吐き気……」


 呟きながらディアーナは食堂の端に歩いていく。途中で食事担当の先生とぶつかっていた。そこで2人で難しい顔で話を始めている。

 ディアーナには何か気になることがあるのかもしれないけれど、私には全然わからない。

 ただ、最後に見たベリザリオはとても具合が悪そうだったから、それだけがとても心配だ。トイレに連れていけとか言っていたから、外で待っていれば出てきた彼と会えるだろうか。緊急度が高そうだったから、行っているのはきっと1番近くのトイレだ。


 今すぐにでも動きたいのだけど、ディアーナと先生の話はまだ続いている。


「ねぇディアーナ。私ベリザリオの所に――」


 声だけかけて先に移動しようと思ったら、途中で視界に嫌な影が入った。黒髪に灰色の目で嗤っている嫌な男子。声は聞こえなかったけれど、動いた口の発した言葉がわかった気がする。


 ――いい気味だ。ザマァみろ。


 絶対そんなことを言っていた。

 ベリザリオに何かしたのはあいつだ。そう思ったら頭がかぁっとなった。

 自分がモテないからってベリザリオに何かするなんて酷い。しかも隠れてコソコソしかけてくるなんて卑怯だ。


「ディアーナ、あのね、絶対ヴェル――」


 思いついた事を訴えようとディアーナに言いかけたら、言葉の途中で口を塞がれた。ディアーナは相変わらずの厳しい顔で首を横に振っている。

 この先を言うなということなのだろうか。


「先生。それじゃあ私達はこれで。帰りましょうアウローラ」


 軽く頭を下げたディアーナは私の腕を引く。1人じゃどうしようもなかったし、仕方なく引かれるに任せた。





「さっきは悪かったわね」


 食堂からある程度離れてからディアーナが言ってきた。ようやく話せる雰囲気になったので、食堂で言えなかったことを私は主張する。


「あれ、絶対ヴェルナーがやったんだよ」

「そうかもね。でも証拠が無い」

「だって、倒れたベリザリオを見て嗤ってたんだよ! ザマァみたいな事も」

「言ったのは聞いたの?」

「……聞いてない。言ったような気がしただけ」


 しょんぼりと答えた。横を歩くディアーナの話は続く。


「証拠の無い事を騒ぎ立てちゃダメよ。あなたが馬鹿にされるだけだから」

「でも」

「私達には敵が多い」


 ポツリとディアーナが言った。


「あなたはヴェルナーにしか目がいっていなかったみたいだけど、具合の悪くなったベリザリオを笑っていた連中は他にもいたわ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ