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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Vatican編 手を携えて
49/83

49話 顔合わせ

 ベリザリオのご両親への紹介。それは、結婚を考えるなら避けては通れないイベントだ。むしろ、紹介してもいいと思ってもらえたのが嬉しい。なので私は二つ返事で承諾した。



 * * * *



 それからぽんぽんと面会の日が決まって――現在。デッラ・ローヴェレの御邸宅の前。


 私はガチガチになっていた。少し歩くのにも同じ方の手と足が出てしまう。

 お屋敷の大きさに圧倒とかではない。なにせここは土地の無いヴァチカン。大きさだけならフィレンツェの方が大きい家はあった。

 絶大な権力を持つ選帝侯の屋敷というだけでも一般人はおののくのかもしれない。けれど、幸い私の近くには選帝侯が数人いた。彼らの人となりも知っていて耐性ができている。


 ここが恋人であるベリザリオのご実家。そして彼のご両親がいらっしゃる。その一点において私は緊張していた。


「そう緊張しなくてもいい。と言っても無理か。まぁ、適当にニコニコしていれば、そのうち緊張もとける……かも?」


 なんとも頼りにならない事を言ってベリザリオはインターフォンを押す。


「私だ」


 言うと庭先の柵が勝手に開いた。ベリザリオが歩きだしたから私もついていく。玄関にたどり着く頃には執事らしき格好の人が外に出てきていて、扉を開けてくれた。


「お帰りなさいませ」

「父様達は?」

「応接室で待っているようにとのお言いつけでございます」


 玄関を閉めた執事さんが歩き始める。ベリザリオが続いたから私もついていく。1室に通されて、「すぐにお茶をお持ちします」と言って執事さんはいなくなった。


「大丈夫かアウローラ? ほら、息を吐いて」


 ベリザリオが私の背をさすりながら言ってくる。

 何も考えずに私は彼の言葉に従った。何度か深呼吸しているとようやく落ち着いてくる。

 ベリザリオがほっとした表情になった。私の背を軽く押してソファに誘導してくれる。


「倒れるんじゃないかと思って焦った」

「私もこんなに緊張するだなんて思ってもみなかった」


 ソファに腰掛けた私は再度息を吐いた。軽く力は抜くけれど、いつベリザリオのご両親がいらっしゃるかわからない。姿勢だけは正しておく。

 私の横に座ったベリザリオがしたり顏で笑った。


「私がアウローラのご実家に初めて行った時の気持ちがわかった?」

「とても」


 私は苦笑を返す。

 家にご飯食べに来ない? とベリザリオを誘った時、珍しく彼が固まったのだ。その上、事前に私の家族の好みは把握していたにもかかわらず、追加で両親の趣味や性格といった細かな事まで尋ねてきた。

 ちょっとした食事会に何を大袈裟なと思ったものだけれど、今なら彼の気持ちがわかる。


 第一印象というのは大切だ。将来を考えている人のご両親との対面となれば、良い印象を与えたいという欲求が嫌でも先に立つ。この面会を前にして私のとった行動が、昔ベリザリオが行った事と同じだったのが笑える。


 でも、これだけ対策をたててきたのに緊張が凄い。気負い過ぎているのだと思う。考えていたらまた緊張してきたし。

 気を紛らわせるためにお喋りに逃げる。


「ベリザリオの時はさ、お父さんのせいで事前準備ぜんぶ吹き飛んじゃってたよね」

「本当に。お母様とお姉様は上手く乗り切れたと思ったんだけどな。お父様としでかした時は、もう終わったと思ったよ。あんな思いはもうしたくないな」


 ベリザリオが苦い顔に片手を置いて天井を仰ぎ、ソファの背もたれに寄りかかる。


 その時、ひと組の男女が部屋に入ってきた。彼らの後ろには案内をしてくれた執事さんの姿も見える。


 ねぇちょっとベリザリオ、あれご両親なんじゃないの? どことなくベリザリオ……より弟君のフェルモに似てるし。ダラダラしている場合じゃなくない?


 横からつんつんした。けれどベリザリオが動かない。仕方がないから私だけ立ちあがった。


「ああ、いい。気にしないで座っていてもらえれば。それみたいに楽にして欲しい」


 たぶんベリザリオのお父様……が座るように手を動かす。一礼して私は座った。ベリザリオのご両親も私達の対面に座る。執事さんは珈琲とお菓子を置いて出て行った。ベリザリオはようやく姿勢を正す。


「それで。紹介したいお嬢さんがいると聞いたんだが。そちらの彼女じゃないのか?」


 すぐにお父様が声をかけてきた。

 ベリザリオが私の方にちらりと視線を向ける。紹介するよと言われた気がするので、私はご両親の方を向いた。

 ベリザリオの手が軽く私の方へ向けられる。


「こちらアウローラ・ディ・メディチさん。今共に暮らしている女性です。これからはたまにこちらにも連れてきたいと思うので、仲良くしてもらえれば」

「あの、これ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノです。ワインがお好きだと伺ったので、折角ですのでトスカーナのものを」


 私はお土産に持ってきたワインを出す。どちらに渡そうか一瞬考えて、お父様に渡した。

 イタリアの家庭で一番強いのはお母様なものだけれど、表向きはお父様を立てている家庭もある。ベリザリオ情報によるとそのタイプのおうちだと聞いていたから、まずはお父様。


 お父様は笑顔でワインを受け取って、そのままお母様に渡していた。


「このワインは美味しいよねえ。深みがあるのに繊細で。妻が特に好きなんだ。ありがとう」

「ありがとうアウローラさん」


 お母様からも笑顔をいただける。とりあえずお土産関連で不手際はなかったみたい。


「喜んでいただけて私も嬉しいです」


 ほっとして、私の顔にも自然と笑みが浮かんだ。

 お菓子をどうぞと言われたので、とりあえず珈琲をいただく。ベリザリオが率先してお菓子を食べて、「これ美味しいから食べてごらん」と私に取ってくれるのは気遣いだろう。

 話題も、ありきたりだけれど場が和むようなものを選んでくれていて、自然に緊張が解れてくる。


 本当にベリザリオ様様。

 もう大丈夫。ありがとうって言いたいのだけど、言葉に出すわけにはいかないから、代わりににっこり笑いかけておいた。

 ベリザリオからも柔らかい笑みが返ってくる。言いたいことは伝わった、のかな。


 それに、ベリザリオのお陰で1つ発見できた。

 私だけでなくて、ベリザリオのご両親も緊張していたことだ。今は最初よりリラックスした雰囲気でニコニコしている。お母様なんて陽だまりみたいな空気を漂わせているし。その上でのほほんとつぶやく。


「フェルモさんから可愛らしいお嬢さんだって聞いていたんだけど、本当にお綺麗ねぇ」

「フェルモ?」


 ベリザリオの眉がピクリと動いた。お母様はすねたように唇を尖らせる。


「だってベリザリオさん、連れて来るからとだけ言って他のこと全然教えてくれなかったじゃない。メディチ家のお嬢さんとは言っていたけど、お母様、もっと他のことが知りたかったのよ」

「そこのところ、あれは、ル・ロゼで、彼女とずっと同じクラスだったそうじゃないか。だから少しな」

「それであいつは何と?」


 ベリザリオが尋ねると、お母様は考えるように上を向く。


「可愛くて、頑張り屋さんで、ちょっと鈍感で抜けてて。ご機嫌な時には花が咲いて」


 待って。可愛くて頑張り屋はいいけど、鈍感で抜けてるって褒めてないよね? それに、花が咲くって何?

 ベリザリオはベリザリオで、なんで「概ね合ってる」とか言ってるの?


「あとね、昔からベリザリオさんのことが大好きだったって」


 最後に満面の笑みで言い放たれた時、私はうっかり口の中のものを喉に詰まらせてしまった。咳き込む私の背をベリザリオがさすってくれる。ごめんありがとう。


 それにしても、フェルモ、なんて余計なことまで。

 ああ、お父様お母様。そんな微笑ましそうな視線で見ないでください。


「いいわよねぇ、そういうの。あなた達もうちょっとで付き合い始めて10年なんでしょう? それも一途に。お母様そういうのとっても好きよ。なのにベリザリオさんったら、自分のことをほとんど教えてくれないし、甘えてもくれないし」

「こらお前、止めないか」

「あらごめんなさい。ベリザリオさんが連れてきた子が話しやすそうだったものだからつい。お喋りできる相手が増えると思うと嬉しいわ」


 コロコロとお母様が笑う。そうすると周囲もふわっと明るくなった。

 ベリザリオのお母様って、驕った感じも嫌味さも無くてとても親しみやすい。好きになれそうな人で良かった。


 ほんわかとした空気が部屋に流れる。だったのに、


「騙されたら駄目でしてよ、お母様! お父様!!」


 女の子の大声が突然部屋に割り込んできた。

 なんだなんだと全員が向いた視線の先では、フェルモに似た女の子が部屋の扉を開け放っている。


「わたくし絶対に認めませんわ、そんな人がお兄様の彼女だなんて! 見た目だけ――」

「おい馬鹿イレーネ! 騒ぐと覗きがバレ――、いやもうバレたからどうしようもないとして、これ以上邪魔したら兄様に殺される!」


 そんな彼女を後ろからフェルモが羽交い締めにして、口も押さえて後ずさる。


「ご、ごゆっくりー!!」


 それだけ言って逃げて行った。


「あいつら……。フェルモは後でシメておくか」


 ぼそりとベリザリオが言った。表情は笑顔だけど、人によっていろんな感情が見えるんだよね、この顔。フェルモには、それはそれは怒っているように見えたのだろう。

 というか、フェルモ、ベリザリオに頭が上がらないのは相変わらずなんだね。

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