47話 懲りない男2
家に帰り着いてみるとベリザリオ1人だった。
「エルメーテは?」
「謝るのに手ぶらだとあんまりだろうから、適当な物を買いに行かせた。一緒に行ければ良かったんだが、この通り私は手が離せないからな。近くの店を教えたし、そろそろ帰ってくると思うんだが」
言いながら、ベリザリオはピザ生地を直径20センチくらいまで伸ばしてソースを塗っていく。トッピングはそれぞれ好きにやりなさいと、ダイニング机の上に置かれた具材セットを示された。
買ってきた物を適当に置いて私とディアーナは手を洗う。ソースまで塗った生地を1枚ずつもらって具材に手を伸ばした。
私はスライスした玉ねぎを薄く散らす。上には色んな種類のキノコを盛った。最後にベーコンを置いてっと。秋のキノコピザ完成。
「こういうのって楽しいよね」
「そうね。好みがモロに出るし」
ディアーナは蒸し鶏とほうれん草とトマトで土手を作って真ん中に卵を割りいれている。上からチーズを散らして完成みたい。これはこれでおいしそう。
ベリザリオのは潔いまでにサラミ山盛りだ。
「サラミしかないね?」
「こっそりベーコンも混ざってる」
「肉ピザ?」
「だな」
「で、残ってる1枚があの馬鹿の分かしら」
ソースを塗るまでで止まっている生地をディアーナが手元に寄せた。でも盛り付けはせずに冷蔵庫に向かう。
「ちょっと具を作るから材料をちょうだい。あとコンロ借りるわよ」
と言って、冷蔵庫から人参と玉葱、エリンギを取り出している。手早く細切りにしてフライパンで炒め始めた。そこに大量に投入された唐辛子と唐辛子パウダー、と、いくつかの調味料達。
「あんなの食える奴いるのか?」
「食べてみたいなら作ってみてもいいよ?」
「やめてくれ。あんなのが食卓にあがってき続けるようになった日には家出する自信がある」
「ベリザリオ辛すぎるの食べられないもんね」
「大丈夫だ。特に困ってないから」
部外者2人が喋っている前で調理は進む。
見ているだけで辛そうなそれが取り出されたフライパンに、今度は牛の薄切り肉が入れられた。またもや投入される唐辛子パウダーと、今度はマヨネーズ。こっちはまだ食べられるかもしれない。
作ったばかりのそれをディアーナは皿に取って戻ってきて、まずは野菜炒めをピザ生地に盛った。それを隠すように上から肉が盛られていく。
見た目だけなら肉ピザ2号だ。
エルメーテの大好きな牛肉山盛りに見えるから、彼はさぞかし喜ぶだろう。食べたら地獄を見そうだけど。
エルメーテ、人参も玉葱もエリンギも嫌いだから。味はお察しだろうし。
制作過程は見なかったことにしておこう。
問題有りすぎなピザも含めてオーブンに入れて、ベリザリオはパスタの用意を始める。ベーコンと卵とチーズが出てるからカルボナーラかな。お湯が沸くのを待っている間に冷蔵庫からサラダを出していた。
完成しているっぽい牛テールのトマト煮込みを私は皿につぐ。うん、今日も美味しそう。
買ってきた物はディアーナがお皿に盛り付けてくれているし。この調子ならもうすぐ用意は終わるだろう。
なのにエルメーテが帰ってこない。
私はベリザリオの横に寄って小声で話しかけた。
「エルメーテさ。ナンパに夢中になってたりしないかな?」
「そうかもしれないが……。ディアーナに見つかりさえしなければ今はいい。フィレンツェは人口も観光客も多いから、そうそう遭遇はしないだろうしな。幸いディアーナはここにいるし。問題は起きないんじゃないか?」
「でも、もしものもしもがあったら?」
「運命だな。これだけ浮気の発覚率が低い状態でバレるんだから。徹底的に縁がないんだろうとしか」
沸いたお湯にベリザリオはパスタを入れる。完成して時間が経つと美味しくないものを作り出したのだから、もうすぐ帰ってくると思っているのだろう。ピザも焼いているし。
ディアーナは暇になったようでテラスに移動していた。
私もそちらに行って横に並ぶ。窓は開けたままにしておいた。食べ物の匂いが部屋に充満していたから、いい換気になると思って。
テラスのへりに寄りかかりながら、ディアーナは気持ち良さそうにしている。
「この部屋、テラスの開放感は素晴らしいわよね」
「うん。私も好き。もうすぐしたら昼間でも寒くなるから、出なくなるだろうけど」
「そればかりは仕方ないわね」
くすっと笑ってディアーナがアパートの下の方に目を向けた。かと思うと表情が一気に険しくなる。
私も下を見てみたらエルメーテが見えた。
それはもう大きな花束を抱えている。誠意というやつなのだろう。
それはいいのだけれど、それ以外がよろしくない。
彼の顔が向いているのは道の先からやってくる若い子の方だ。
いそいそと身だしなみチェックまで始めた。そうして、すれ違いざまにわざとらしくハンカチを落とす。
そうか、あれがエルメーテのナンパの取っ掛かりの1つか。
エルメーテを見ている私の気持ちがどんどん冷めていっている気がした。あ、ディアーナの放つ空気は私の数倍冷たい。
いつもの私だったら怖がってディアーナから距離を取りそうなのだけど、不思議と今日は平気。感情が同じ方向を向いているからかもしれない。ほら、お互い笑顔で笑いあえる。
そこにベリザリオが来た。
「どうしたお前達。そんなにニコニコして。何か面白いものでも見えるのか?」
平和そうにそう言われたものだから、女2人で無言で下を指した。
そこには絶賛ナンパ中のエルメーテがいる。
それを目撃したベリザリオの顔色が一瞬で変わり、下に向けて何か叫びそうにして結局何も言わなかった。それっきり無言で台所に逆戻りする。
パスタ作ってる途中だし仕方ないよね。
オーブンから出したエルメーテのピザに何か細工を足していたみたいだけど、それも仕方ない。
「ほんと盛んな人よねぇ。その情熱を他の所に回して欲しいんだけど。まぁ、赤の他人だからどうでもいいわ」
侮蔑の視線を一瞬だけ向けてディアーナが室内に入った。私も部屋に戻る。
この後起こること? ご想像にお任せしますで。




