45話 懲りない男
不機嫌なベリザリオが玄関に行く。扉は開けないままで言った。
「何時だと思ってるんだ。ご近所迷惑を考えろ。泣くならホテルでも借りてそこで泣け」
「ヒドイ! 親友ならあたたかく家に迎え入れて事情を聞いてくれるもんだろ!?」
「お前と友だったことなど無い。どことなり行って野たれ死ね」
なかなかに酷い言葉を叩きつけてベリザリオは扉から離れる。エルメーテの泣き言は止まらない。扉もたまにドンドン叩かれる。
ベリザリオがイライラと机を指でトントンする速度が次第に上がり、次は立ち上がってうろうろしだして、最後は諦めたように玄関を開けていた。
エルメーテは笑顔を振りまきながら部屋に入ってくる。これ土産とか言って、ワインとサラミの詰め合わせを私に渡してきた。
サラミを選んできているあたりベリザリオの好みをよくわかっている。ワインのドメーヌもベリザリオの好きな銘柄だ。
常習犯なんだろうね。ベリザリオの怒りを和らげる方法を心得てる。
むしろ今日のお土産、全力でベリザリオの機嫌取りに振り切ってるよね。
でもまぁ、これだけ貰っても、面倒ごとに巻き込まれるベリザリオはたまったものじゃないのだろうけど。
「それで今度はどうした。集会は明日の昼だったはずだが?」
ベリザリオがグラスを出してワインを注いでいく。私はサラミを皿に盛る。ナッツも添えておいた。1番に手を伸ばすのがエルメーテなものだから、やっぱりエルメーテだなって思う。
「ディアーナに振られた」
「あそう。明日というか、昼までには謝って許してもらっておいてくれ」
「それができるなら頼みに来ねえよ。会ってすらもらえないんだぜ? 電話は居留守、手紙はスルー。ストーキングしても無視。通行妨害したら鉄拳制裁。酷くね!?」
「むしろ通報されなくて良かったな」
私もベリザリオと同意見だからうなずく。
だってストーキングとか怖い。その上、道をふさいで移動の邪魔までしてくるんでしょう? ディアーナが可哀想になってくる。
それにしても、何がどうしてこんな関係になっているのだろう、ディアーナとエルメーテ。
「エルメーテはどうしてディアーナに振られたの?」
「彼女が増えたのがバレた」
「また?」
あまりにもお決まりの原因で、そんな言葉が出た。私はそれだけでも十分呆れたのだけど、ベリザリオには情報が足りなかったみたい。
「今度は何人だ」
そんな質問が付け足された。待って。何人って何? 彼女ってそんなにぽんぽん増えるものだっけ?
「2人」
しかも何この答え。信じられない。むしろ振られて当然だと思う。冷ややかにエルメーテを見たら、その視線が嫌だったのか、顔の前に手をかざされた。
ずっとそうして反省していればいいのに、すぐに開き直ったように主張してくる。
「そりゃ俺も悪いぜ!? でもよ、だからってあいつまで男作らなくてもよくね!?」
「お前との関係は切るって宣言されたんだろ? 二股かけられるよりよっぽど親切じゃないか。むしろようやく決断したのかあいつ」
興味なさそうにベリザリオは返す。彼的には自分達で昼までに解決しろというスタンスを変える気はないようで、エルメーテが何を言おうと聞き流している。
「お願いします助けてください。あいつ無しじゃ俺生きて行けない。何番目の男でもいいから俺との関係も続けてって頼むの付き合って」
エルメーテがついに土下座した。ベリザリオが無視していると彼の方にすり寄って行っている。
「お願いしますベリザリオ様」
「断る」
一言。それで終了だ。エルメーテが泣き真似してもベリザリオは徹底無視。
そうしたらエルメーテが私の方を向いた。ベリザリオじゃらちがあかないと判断したのか、こちらににじり寄ってくる。
「お願いしますアウローラ様。なんなら俺を抱いて癒して。たまにはこいつと以外――」
エルメーテの脳天にベリザリオのかかとが落ちた。
当たりどころが悪かったのか、エルメーテは目を回している。
ガムテープをとってきたベリザリオは据わった目でエルメーテの口と目にテープを貼り付ける。そのまま身体にまでテープを巻いてすまきにして――
最後は言葉通り床に転がした。
「これで安全だな。もう寝よう。色々疲れた。ああ、大丈夫だとは思うが鍵は忘れないようにな」
げっそりとベリザリオが言う。私もなんとなく疲れたからうなずいておいた。
翌朝。
ドタバタと騒がしくて私の目が覚めた。音の出所はどうにもリビングで、くぐもった声までする。ベリザリオの呆れ声も混ざっているような。
夕べの流れを考えるなら、すまき状態のエルメーテが騒いで、ベリザリオが対応しているといったところだろうか。
個室から出て行こうとしたら目の前をエルメーテが走って行った。行き先はトイレだ。確かにあの歳で粗相はしたくないだろう。
これは騒ぐのも仕方ないかなと思いながらリビングに行く。
リビングではガムテープのゴミをベリザリオがゴミ箱に捨てていた。
「おはよ。元気だねエルメーテ」
「おはよう。なんだってあいつは何をするにも大騒ぎなんだ」
頭が痛そうに彼は漏らす。言いながら床に散らかっていた毛布を拾って畳んでソファに置いていた。風邪をひかないようにかけておいてあげたのだろうか。
ベリザリオが途中までしていた朝ご飯の用意は私が代わる。珈琲やパンは3人分出ている。ぶつぶつ言いながらも最低限の世話はしてくれるのだから面倒見の良い人だ。
ずっとうるさいエルメーテの愚痴や泣き言も、止めずに言わせてあげているし。ほとんど聞き流してはいるようだけど。
よくよく思い出してみたら、ル・ロゼにいた頃から2人はこんな感じだった。なんやかんや言いながら、関係性は変わらないで仲も良いのだろう。
それはいいのだけど、困る時もある。
「そろそろ買い物に行こうと思うんだけど、エルメーテはどうする?」
10時が近くなって私は尋ねた。
今日はお昼にエルメーテとディアーナが来るから、難しい話の前にパーティをしようと言っていたのだ。足りない物の買い出しは今日行けばいいかとベリザリオと話していたのだけれど、予定外の人物が1人。
「ん? お前達が出かけるなら俺も行くけど。途中でフィレンツェの可愛いお姉さん観察もできるし」
「ディアーナとの破局を決定的にしたいのか? お前は私と留守番だ。調理の手伝いでもしろ」
「俺ってもてなされる側じゃねぇの?」
「変な時間に来たお前が悪いんだろ」
ベリザリオが立ち上がった。お前も立てとばかりにエルメーテへとあごをしゃくる。それでもエルメーテが動かないものだから蹴り飛ばしていた。
ベリザリオって普段温厚で寛大だけど、エルメーテには容赦ないよね。そうでもしないと動かないエルメーテの自業自得なんだろうけど。
エルメーテのお尻を蹴って台所に追い立てながらベリザリオが言ってくる。
「というわけで、私はこの馬鹿と何品か作っておくから、すまないが1人で行ってきてくれ。重い荷物があれば下から呼んでもらえれば取りに降りてくる」
「うん。じゃあ行ってくる。エルメーテも手伝いよろしく。お土産買ってくるね」
鞭だけだと可哀想だから、エルメーテにも優しく言って家を出た。




