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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Firenze編 幸せの在り処
43/83

43話 腹黒さんなりの理由

 その機会は意外とすぐにやってきた。

 私だけ放置されているのが悔しくて、お父さんとベリザリオが勉強している横で私も勉強していたら、ちょっと休憩とお父さんが席を立ったから。

 私はすぐさま動いてベリザリオの真横に引っ付く。


「ねぇ、聞いていい?」

「何?」

「ベリザリオ、なんで金融の勉強してるの?」


 尋ねると、彼はきょとんとする。少し考えるようなそぶりを見せた後、


「趣味」


 ぽそりとつぶやいた。

 そんなはずがない。いや、可能性は皆無じゃないけど、やっぱり違うだろう。嘘つくなって私がぽかぽか叩いたら、笑いながら腕を掴まれた。


「冗談だよ。そうだな。教皇庁の出世の仕組みは知ってる?」


 知らない私は首を横に振る。

 ベリザリオが私のノートの1番後ろのページを開いて三角形を描いた。そこに、下から上へと走る矢印が2本描き足される。


「教皇庁の採用には大きく分けて2種類あるんだが、1番上まで出世できるルートは片方だけなんだ。もちろん私やエルメーテ、ディアーナなんかは登れる方で入庁している。ただ、こっちのルートは面倒も多い」


 片方の矢印にバツがされた。もう片方の矢印をベリザリオは指でトントンと叩く。


「こっち入庁だと、助祭と司祭研修が義務付けられているんだ。なんてったって、最終到達点が枢機卿や教皇だからな。教会儀礼が出来ないとお話にならない。あとは、教皇庁がただの宗教組織だった頃の名残かな。その組織の正統な継承者である、慈愛で世を統べていると言い張るためのアリバイ作りというか」

「それの何が面倒なの?」


 教会組織なのだから当然だと思うのだけれど。問題がわからなくて私は首をかしげた。


「無駄だと思わないか? 今やっている教会研修。現在の教皇庁の本体は行政部門で、出世競争自体は官僚としての能力で行われるんだ。私も本庁に戻れば国務省の官僚の1人になる。教会業務には一切携わらない。なのに、上まで登りきれなければ役に立たない教会研修させるんだから面倒だよなぁと」


 それなりに楽しくはあるけど、と、彼は頬をかく。


「話が逸れたな。で、最終的に、私は国務省の長官を務める枢機卿になりたいんだが。業務の中に財務なんかもあってな。関連知識は広く持っておいた方が有能な人間アピールできるかと思って」

「呆れた」


 お父さんに合わせてくれているのかなと思っていたのに、実際の理由はどこまでも現実的で俗物的だ。


 私が呆れまなこでベリザリオを見ると、彼は視線をそらした。あの答えが私の中での彼の印象を下げる可能性はきっちり心得ていたのだろう。話してくれただけ良くはあるのだけれど。


 もちろん、ベリザリオが良い人というイメージは少しダウン――しかけたのだけど、何かが私の中でストップをかけた。

 心の声に従って考えてみる。

 そうしたら、地の彼は昔からこんな感じじゃなかったかという気がした。ディアーナやエルメーテといつも先を見て、自分達に有利になるように手を打ちながら動いていた。それこそこんな風に。


 どうにも私は彼の本質を忘れかけていたらしい。

 なぜだと考えてみれば、最近は、神父としての彼ばかり見ていたからだろうか。彼自身も、人目がある場所では神父の仮面を外さない。それが私の認識を狂わせていたのだろう。

 当のベリザリオは、私の様子をうかがうようにチラチラ視線を向けてくる。


「私は腹黒で貪欲だからね。後々利になるものは拾っていきたい」

「うん、大丈夫。知ってるから」


 正確には思いだしただけど。笑顔で返した。するとベリザリオが傷付いたような仕草をする。

 あれ? もしかして、私の中では良い人でいたかった?

 うつむいていた彼の顔を覗き込んだら、あごを掴まれて誤魔化すようにキスをされた。ほんの軽くだったけど。

 都合が悪いとベリザリオはすぐにキスで誤魔化す。

 そんなことをされると私は何も言えなくなってしまうから、ズルいと思うの。


 私が唇をとがらすと、彼は笑って私の唇をつつく。ひとしきり遊んだら満足したのか、くつろいだ姿勢で珈琲を飲み始めた。


「まぁ、それを抜きにしてもお父様は有能な方だと思うよ。金融経済のことだけじゃなくて、関連付けて色々教えてくださるし。私はまだ若造だからとてもありがたい。アウローラの事がなくても、個人的な関係を保っておきたいなと思う人物ではある」


 のんびり喋って、一息ついたらしき彼はおもむろに私のノートをめくりだす。しばらくしたら特定のページを行ったり来たりしだした。少しの間何か考えるように上を見ていて、


「アウローラは卒論の調子どう?」


 そのページを開いたまま私に返してくる。

 開かれているページこそ卒論のためのこざこざを書いてあるページなんですけど。論文に書く文章をちょっと考えてみたりもしていて、担当教授から赤を入れられまくっている。

 その様を見れば、難航ぶりは一目瞭然だと思うのだけれど。


「まぁまぁ、ぼちぼち」


 なのにこんな返事をしたのだから、私の意地張り度も大概だ。


「修正したところ、また間違えてるけど」

「え!?」

「ここ」


 ベリザリオがノートの一部分を指でトントンとする。指摘されてもどこが悪いのかわからない。かじりつくようにノートに顔を寄せて中身を吟味していったら、言い回しが微妙に適してないことに気付いた。


 この人、パッと見ただけでこれに気付いたのだろうか。このままだと私の方が専門のはずの経済ですら追い抜かれてしまいそうだ。

 それはちょっとよろしくない気がする。何より私がへこむ。


「うはぁあああ!」


 なんとなく叫んで、ベリザリオに猫パンチした。



 * * * *



 そしてやってきた7月。卒論発表テージの日。

 大学の、前方に机が置かれているだけの部屋で私は緊張していた。机の周囲には経済学部の教授が数人集まっている。


 逆サイドの、部屋後方にいるのは、この発表組の親類友人達。そこでみんなしてこそこそ喋っていた。私の家族とベリザリオ達もそこに混ざっている。

 チラッとそちらを見たらベリザリオと目があって、笑顔で手を振ってもらえたから、少し落ち着いた私は前を向いた。


「次、アウローラ・ディ・メディチ」


 呼ばれた私は前に行って机の上に論文を出す。担当教授が私の紹介をしてくれて、その後は他の教授達からいくつか質問が飛んできた。それに答えて、ってしていた時間は15分か20分くらいだったと思う。私の発表は無事終わって次の子の発表に移った。

 組全員の発表が終わったら一旦全員外に出される。しばらくしたらまた中に呼ばれて、個々の点数の発表が始まった。


「アウローラ・ディ・メディチ、110点満点。卒業おめでとう」


 私の点数が発表されると周囲のみんながおめでとうと言ってくれる。全員の点数発表が終わったら部屋を出た。合格をもらった生徒で集まってはしゃいで、そのあと各人の家族達のもとに散る。


「満点卒業おめでとうアウローラ」


 ディアーナが私の頭に月桂樹の冠を乗せてくれた。


「ありがとう。ディアーナ達も満点だったの?」

「俺達は賞賛付きの満点。まぁ当然だな! ほい、おめでとさん」


 エルメーテはガハハと笑いながら花束をくれる。

 賞賛付きの満点って、卒論の出来が物凄く良くて、かつ、他の成績も良い人が貰える最上級の評価なんだけど。下手したら嫌味になる告白も、エルメーテが言うと、どこまでも普通の評価のように聞こえるから不思議。


「おめでとう。よく頑張ったね」


 ベリザリオがくれたのも花束だ。エルメーテとの違いは、リボンの部分に鍵が付いていること。


「ベリザリオ、これ」


 私がまじまじと鍵を見つめていたら、「いつでもどうぞ」と、ベリザリオにはサラリと笑って流された。嬉しくなった私は彼に抱きつく。


「行く! 行くよ! すぐに行く!」


 卒論発表前のデートで同棲用の部屋を見にいっていて、だいたい決めてはいたけれど、まさか契約してくれていただなんて。嬉しすぎて涙出そう。


「おい、なんだそれは」


 お父さんの凍える声も今なら怖くない。――ごめんやっぱり怖いかも。


「エルメーテ、ディアーナ。悪いが私達は一旦退く」


 ぼそりと言ったベリザリオが私から微妙に身体を離して1歩引いた。私は彼と手をつなぐ。そのまま2人で一目散に逃げ出した。


「は!? お前が男相手に逃げをうつって何事!? 雲より高いプライドは!? どういう心境の変化!?」

「世の中勝てない相手はいるっ!! 私は学んだ!」

「待ちなさいお前達! きちんと説明せんかっ!」


 お父さんの怒鳴り声が聞こえなくなるまで走って、安全そうになったら歩きながら笑う。休憩するためにベンチに腰かけて寄り添った。


 必死に走ったせいで脳に酸素がいっていないのか頭が働かない。でも幸せだけは感じる。

 勉強も、すれ違いも、大変だったけど乗り越えられて良かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 親父さん、最初はヒデー、私はこうはなるまい。と思いましたけど、だんだん好きになってきました(笑) 付き合えばだんだん良さが分かってくる、スルメのような人物ですね! お小言は色々言われそう…
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