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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Firenze編 幸せの在り処
42/83

42話 間違っても呼んではいけない

 ベリザリオはいつものようにサッパリになって浴室から出てきた。

 下りたままの前髪が少し邪魔そうだけど。

 あ、整髪料がないからセットできないのか。私のならあるけど、それでもいいのかな?


「前髪邪魔そうだね? 私のムース使う?」

「うん? まぁ、これくらいなら――」

「私の整髪料を貸そう。きちんと整えなさい」


 そう言ってお父さんはずんずん歩いていく。

 どういう風の吹き回しかわからなかったのだと思う。ベリザリオが固まっていたら、


「早く来ないか!」


 お父さんは怒鳴ってきた。慌てた様子でベリザリオが追いつくと、仏頂面のお父さんも動きだす。


「素直じゃないわねぇ。まぁ、喧嘩しているよりはいいけど。さてと、私達は今のうちにご飯の用意しちゃいましょ」


 台所に移動するお母さんに私はついていく。パスタを仕上げてお皿に盛ってダイニングに運んだ。あとは付け合せとワインとお水を用意してっと。

 お父さんはさっさと戻ってきて早々にダイニングの自分の席に座っていた。そこに、いつもの髪型になったベリザリオもやってくる。


「ありがとうございますシニョーレ。助かりました」

「コジモだ」

「?」


 微笑むベリザリオの顔に疑問の色が混ざった。お父さんはヒゲをなでる。


「ファーストネームで呼びなさい。私はコジモという」

「コジモ……さん?」

「私のことはアウローラみたいにお母さんって呼んでくれればいいわよ」


 ご機嫌のお母さんも話題に混ざった。とたんにお父さんの眉が急角度になる。


「間違っても私をお父さんなんて呼ぶんじゃないぞ! 私はお前の父親になんてなっていないからな!」


 そこは譲らないんだ。お父さん、なんて面倒くさい。

 でも、ベリザリオは楽しそうにしている。


「私のことはベリザリオとお呼びください。これからもよろしくお願いします。お母さん、コジモさん」


 笑顔も、作り物じゃなくて素になっているような。

 そんな彼をお父さんが呼んだ。そうして自分の隣の席を引いたのは、そこに座りなさいということだろうか。ベリザリオもそうとったのか、素直にそこに座っている。

 そうしたら、お父さんがベリザリオのグラスにワインを注いだ。自分のグラスにも注いで何やら話し始めている。


 これって、丸くおさまったって見ればいいのかな? あの2人の行動原理ぜんぜんわからないけど。そんな私の肩をお母さんが叩いた。


「さぁさ。ご飯にしましょ。お昼になる前に2人とも二日酔いが治って良かったわね」


 そうだね。家族とベリザリオが仲良くなってくれれば私も嬉しいし。安心したらお腹すいちゃった。



 * * * *



 それからは、お母さんがベリザリオをご飯に誘うことが増えた。けれど、彼と連絡をつけるのはちょっとした手間だ。誘いを毎度毎度するのも面倒になって、金曜日の晩ご飯に来れるようなら来なさいという話で落ち着いた。

 来れない時は彼の方から連絡がくるので、料理を作りすぎるという事態もあまり発生しない。


 ベリザリオと一緒に過ごせる時間が増えて私としては嬉しい限り……と言いたいところなんだけど、実際はそうじゃないのが悲しいところ。

 ご飯が終わったらすぐにお父さんがベリザリオを独占しちゃうから。


 最初の頃はチェスの勝負が続いて、しばらくしたら仕事の話をするようになった。

 最近では、お父さんがベリザリオに何やら教育をしている。盗み聞いてみたら金融や経済の話だった。経済学部にいる私でもギリギリついていけるかいけないかレベルの。

 仕事柄お父さんがそちらに明るいのはわかるのだけど。なんでこんなことしているんだろう、この人達。




 今日も今日とて、晩ご飯を食べ終わった男性2人はリビングに移る。

 勉強会の邪魔をするわけにもいかないので、珈琲だけ差し入れて私はダイニングに戻った。そこで珈琲を飲んでいるお母さんに愚痴る。


「お父さんがベリザリオとっちゃうから、私がベリザリオと喋れないんだけど」

「あなたはデートの時に喋れるからいいじゃない。たまにはお父さんにも譲ってあげて。男の子がいると嬉しいのよ。うちってほら、女の子しかいないから」


 コロコロとお母さんは笑う。

 けれどお母さん、そのデートに充てられる時間のいくらかがこの会食に充てられているんですが。タイミングが悪いと、2週間とかひと月とかデートは無しなんですが。

 私だって彼とじゃれたいのに。


 しゅんってなっていたら、


「ねぇえ、アウローラ」


 お母さんが呼んできた。そうして唐突に言ってくる。


「ベリザリオさんって、神父様辞めるつもりはないのかしら?」

「なんで?」

「あの人、ベリザリオさんを後継ぎにしたがってる気がするのよね。彼って先を読む力はあるし物覚えも良いんでしょう? 金融の入り組んだ話もすんなり理解してくれるらしいし。最近ね、事あるごとに神父にさせておくのがもったいないって言うものだから」

「跡はお姉ちゃんに継がせるんでしょう?」


 むしろお断りと私は首を振った。

 急にそんな事を言われても困ることしかない。


 だいたいが、ベリザリオにはベリザリオでエルメーテを教皇にするという目標があるはずだ。そのために、自分も枢機卿まではなると言っていた。

 ご実家のデッラ・ローヴェレ家のことだってある。

 うちの事にまで手を回すのはさすがにちょっと無理だろう。


 うん?


 引っかかりがあって私は指を口元に添えた。

 お父さんの事情は置いておいてだ。ベリザリオはどうして金融の勉強なんてしているのだろう?


 お父さんとの話題作りのため?

 興味があるから?

 まさかのまさかで銀行家もいいと思ったとか?


 考えても答えはピンとこない。覚えていたら今度聞いてみよう。

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