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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Firenze編 幸せの在り処
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41話 意地の張り合いのゆくえ3

 翌朝。

 すっかり陽が昇ってもベリザリオが起きてこない。部屋に行ってみたらまだ寝ていた。

 それはいい。問題は部屋の酒臭さだ。居座りたくないレベルだったので、私はカーテンを開けて窓を全開にした。


「ぅ……」


 背後から小さな呻き声が聞こえる。振り返ってみたら、ベリザリオが掛布団の中に逃げていくところだった。光がさしこんでまぶしかったのかもしれない。それか、冷たい空気から逃げたか。

 布団を剥ぐのは可哀想だったので、芋虫になっている彼を布団の上から叩く。


「ベリザリオ朝だよ。ご飯食べられる? シャワー浴びれる? 動けるようならどうぞってお母さん言ってるよ」

「ムリ」


 死にそうな声が布団の中から返ってきた。

 そんな彼を放置して私は台所に行く。そこではお母さんが珈琲を淹れていた。


「彼どうって?」

「ムリって。布団にくるまって死んでる」

「まるっきりあの人と一緒ねぇ。困った人達だこと」


 お母さんは皿を2つ出して、そこにピクルスやザワークラウトを盛っていく。

 私は牛乳を鍋にいれて火にかけた。蜂蜜をちょっとだけ入れてゆっくり混ぜる。ほどよく温まったら火から下ろしてマグカップに注いだ。

 ベリザリオ用に作ったのだけど、ついでだからお父さんの分まで。


 お盆にホットミルクとピクルスなんかの皿を載せて、お母さんはお父さんの所に、私はベリザリオの所に戻った。ベッド脇の卓にお盆を置いて布団を叩く。


「ベリザリオ、頑張って起きてちょっと何か食べて飲もう? その方が早く気分よくなるらしいよ」


 お母さんに教えられたことをそのまま伝える。

 ベリザリオの頭が布団からわずかに出て、まぶしそうに目を細めた。


「太陽が黄色いな」

「うん。そうだね」


 適当に返事して流す。太陽が黄色いのは常識だから。なぜそんなことを言ってきたのかがわからない。まだ酔っ払っているのだろうか。まともに相手しないのがきっと正解だ。

 私がとりあえずニコニコしていたら、億劫そうにベリザリオが身を起こした。掛布団の上にそのまま寝てしまいそうに身体は曲がっているけれど。


「調子どう?」


 私はマグカップを両手で包む。うん、これくらいなら火傷しないで飲みやすいかな。温度を確認して、慎重に彼に握らせた。


「気持ち悪い。頭痛い。光がまぶしい。だるい。死ぬ」


 ぽつりぽつりと悲しい症状が報告される。実際非常に辛そうだ。

 それでもホットミルクはゆっくり飲んでくれる。半分飲んだあたりで限界を迎えたようで、私にマグカップを返してベッドの中に逆戻りしていたけど。


「偉いねベリザリオ。半分も飲めたよ。それじゃあ、もうちょっと頑張って固形物も食べよう?」


 マグカップを盆に戻した私はピクルスの皿を持つ。小ぶりのピクルスをフォークに刺して彼の方に出した。

 ベリザリオがこちらを向く。

 起きはしなかったけれど小さく口を開けたので、そこに私はフォークを持っていった。そこから彼が物を食べてくれる。


 体調不良のところ申し訳ないのだけれど、その姿、とっても可愛い。なんだかムズムズする。母性本能がくすぐられるってこういうのをいうのだろうか。


 ベリザリオには本当に悪いのだけど、私、今、幸せです。

 余計なことばかりしてくれたお父さんだけど、お父さんの馬鹿な提案のおかげで彼のこんな姿を見れたから、水に流してあげてもいい。


「ピクルスって二日酔いに効くとか?」


 口をもごもごさせながらベリザリオが聞いてきた。


「らしいよ。お母さんが言ってた」

「お母様詳しいんだ?」

「みたい。お父さんが昔は飲みすぎたりしてたのかな? わかんないけど」


 ピクルスだけだと飽きそうだから、今度はザワークラウトをフォークですくう。食べにくかったのかベリザリオが身体を起こした。それでも自分でフォークは持たないんだね。

 フォークは持たないけど、ホットミルクの残りを飲むんだ?

 あ、美味しくなさそうな顔になった。飲み合わせ悪そうだもんね。ホットミルクと発酵食品。その顔もどことなく可愛い。


 ああ神様。私がキュン死しそうです。

 普段しっかりしている人が弱味を見せてくれたり甘えてくれるとギャップでやられるとは聞いていたけれど。

 すごいですね破壊力。すでに恋に落ちてるのに、あと3回くらい恋できそう。


「お父様、酒を飲むことにかけては猛者なのかもな。昨夜の最後あたりは記憶が無いんだが、途中から勝てる気がしなくなったんだよ」


 顔面崩壊しかけている私と対照的にベリザリオの表情は苦い。気分の悪さからくる表情なのか、昨夜の飲み比べの感想からくるものなのかはわからないけれど。


「私なんかより――できる――は世の――ゴロゴロいる――」

「うん?」


 ベリザリオがぼそっと何か言ったのだけど、半分夢の世界にいた私はかなり聞き逃した。聞き返しても、ベリザリオはそっと微笑むだけだ。


「なんでもない。金輪際深酒はしないでおこうと思っただけ。ごちそうさま」


 空になったマグカップを私に返して、ベリザリオはまた布団にくるまった。





 お昼前になって、突然ドタドタと階段を駆け下りる音がしてきた。なんだろうと思って廊下に顔を出してみるとベリザリオと遭遇する。


「仕事! いやもう今更どうしようもないからとりあえず電話か!? それに私の服は!?」


 慌てに慌てた様子でベリザリオがまくしたててくる。彼の片手はパジャマのズボンが落ちないように押さえっ放しだ。男物の着替えがお父さんのしかなかったから仕方ない。お父さん、お腹がちょっと出てるから。

 そもそもが、パジャマに着替えさせなければならなかった主な理由が、ベリザリオが雨でぐちょぐちょになった庭で寝たからなのだけど。泥んこになってたから、服。


 それはそれとして。彼の求める答えの全てを持っている私は特に慌てる必要性を感じない。ベリザリオが落ち着いてくれないものかと、人差し指を口元に添えてゆっくり話した。


「お仕事はね、ベリザリオが朝起きて来なかった時点でお母さんが教会に電話してたよ。今日休ませてくださいって。服はもうちょっと待って。あと少しでアイロン終わるから」

「は? え?」


 ベリザリオがぽかんとなる。私が言ったことはわかるけどわかんない。そんな顔をしている。

 そうこう話していたらお父さんとお母さんもリビングから出てくる。お母さんはニコニコだ。


「ベリザリオさんおはよう。元気になったみたいね」

「おはようございます。ご迷惑をおかけしたようで」


 ベリザリオが頭をさげる。


「さっさとシャワーを浴びてこい。臭くてかなわん」


 お父さんは偉そうにそんな事を言った。

 さっきまで自分も死んでいてお酒臭かったのによく言うよ。

 お母さんも私と同意見なのか、ベリザリオから見えないであろう角度でお父さんのお尻をつねっていた。ベリザリオには笑顔を向ける。


「そんな言われても場所わからないわよねぇ。アウローラ案内してあげて」


 ほほほと笑いながらお母さんはお父さんをリビングに押しこんでいった。

 お父さんはしつこく文句を言っている。シャワーを浴びてこいって言うくらいだから、ベリザリオを受け入れはしているんだろうけど。照れ隠しなんだろうけど。

 言動が大人げなさ過ぎる。


 私は軽く溜め息をついて、「こっち」とベリザリオの袖を引いた。歩きながら話題をふる。


「お昼はトマトソースのパスタだって。食べられそうで良かったね」

「そうなんだ? いや、それはいいんだが。私、こんなにお世話になっていていいのか?」

「いいんじゃない? お母さん、なんやかんやで嬉しそうだし。シャワー浴びてる間に服脱衣所に置いておくね」


 浴室まで案内したら私はアイロンがけに戻る。きっちりアイロンをかけ終わったら丁寧に畳んだ。うん、綺麗にできた。

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