38話 意地と意地
翌日にベリザリオと会った時、我が家でのご飯に誘った。彼の次のお休みは平日だったから、夜ご飯にどうぞという話で落ち着く。
* * * *
そうしてやってきたベリザリオが我が家にやってくる日。
お手伝いさんがいるから普段はあまり料理をしないお母さんだけど、今日は自分も作ると言って気合が入っていた。大学から帰ったら私もお手伝い。だって、私が作った物を食べてもらえたら嬉しいし。
料理がある程度できたらダイニングを整えに行く。テーブルクロスをピンと張って、シルバーを置いていく。グラスまでは出しておいた。
時計を見たら19:45。
20時でっていう話をしておいたから、もうすぐベリザリオは来るだろうか。イタリア領の人間にしては彼は時間にきっちりしているから、こういう時に時間が読みやすくていい。
と思っていたのだけれど、20:30を過ぎてもベリザリオは来ない。
彼が来ていないからかお父さんもダイニングにいなくて、私、お母さん、お姉ちゃんの3人で暇を持て余していた。
「来ないわねぇ。急なお仕事でも入ったのかしら」
「ベリザリオなら連絡くれそうだけど」
「よねぇ。誠実そうな人だったものねぇ」
「お姉ちゃんの彼氏さんそろそろ来るんじゃないの?」
「あー。かも」
とか言っていたらチャイムが鳴った。
誰だ? と女3人玄関まで行ってみると、そこにいたのはお姉ちゃんの彼氏さん。申し訳ないけれど、全員ちょっと落胆した。
そんな空気に気付かずへらへらしているのだから、お姉ちゃんの彼氏さんもある意味凄い。
「こんばんは。ご招待どうも。ってか、表でおじさんと誰か睨み合ってたけど、あれ、アウローラちゃんの彼氏じゃないの?」
んん? お父さんと睨み合ってる? いやいや。あの猫かぶりが完璧なベリザリオに限ってそれは……ないよね?
ないと思ったけれど、私は慌てて外に出た。
玄関扉を出てすぐには誰もいない。
庭の中でお父さんは腕を組んで突っ立っていた。顔は門の方を向いて唇を引き結んでいる。
そのまま外に向かって歩いてみれば、門の所で笑顔で立っているベリザリオ。笑顔だけれど、これは絶対笑っていない。
むしろ両者から不穏な空気すら感じる。睨み合っていると言われるはずだ。
「ベリザリオ入らないの?」
門を開けながら私は尋ねた。すると、後ろからお父さんの声が飛んでくる。
「誰が門を開けなさいと言った」
「だって、開けないとベリザリオ入れないじゃない」
「誰がその男をうちに入れてもいいと言った」
「え?」
まさかそこ? 今この状態でそれ? というか、お父さんがベリザリオを入れなくてこの状態!?
「なんで!? ベリザリオをご飯に呼ぶよって話してる時、お父さんもいたじゃない! 何も言わなかったじゃない!」
「呼んでいいとも言わなかったはずだぞ」
何その屁理屈。ちょっとカチンときた。私の頬がふくれる。
「いいよベリザリオ。お父さんなんて放っとこう。寒いから中に入って」
ベリザリオの手を引いた。手、冷たい。ずっと外にいて寒かったんだろうなと、かわいそうになる。けれど彼は動かない。笑顔のままで言ってくる。
「それは駄目だよ。私はここで許可が下りるのを待つから、アウローラは部屋に帰りなさい。あ、これお土産だから、先に持って行って貰えると嬉しい」
「入れもしない奴の土産なんぞ受け取るんじゃない」
カチン。いちいち突っかかってこないでよお父さん。お父さんの言うことは無視だ。
「基本私は喧嘩を売られても無視するんだが」
袋を渡しながらベリザリオが言ってきた。
「買った喧嘩は勝つ主義だ。お前のお父様だろうとな」
お得意の笑顔が崩れて戦意満々の顔が見えた。すぐに作り物の笑顔に上塗りされたのだけど。
「そういうわけだから、私のことは気にしないで欲しい。夕食は先に食べるなりなんなりしておいてくれ」
私には本物の笑顔を向けてそう言うものだから、従うしかなくなってしまった。
ベリザリオを置いてその場を離れる。
お父さんは私とベリザリオが喋っていたのが不満だったみたいだけど、そんなの知らない。横を通り過ぎる時に醸し出していた構ってって空気にはそっぽを向いてあげた。傷付いた顔をしても知らないんだから。
「お母さん、お父さんが馬鹿なことしてるんだけど!」
ダイニングに戻ってすぐに私は叫んだ。部屋で喋っていた3人が私を見る。
私は彼らに外での馬鹿な話を聞かせてやった。
お母さんはまぁまぁと呆れるだけで、お姉ちゃんは1人で笑っている。彼氏さんは微妙顔だ。
「あれよ。アウローラが彼氏と喧嘩して沈んでた時期があったじゃない。あの時、お父さん、すっごいアウローラを心配してて、相手の男許さんとかぶつぶつ言ってたのよね。それ引っ張ってるんじゃない?」
「私とベリザリオの関係にお父さん関係無いじゃない」
「あの人、アウローラが大好きだものねぇ」
「俺、あんな試練食らわなくて良かったわ。絶対ココロ折れる」
とかなんとか、こちらの気持ちも知らないで部外者はケラケラ笑っている。
「寒さに負けてお腹が空いたら部屋に逃げてくるでしょ。待っているのも馬鹿馬鹿しいし、先に食べてましょ」
お母さんなんてこんなことを言いだす始末だ。でも、あの馬鹿げた意地の張り合いがいつ終わるのかわからないのは確かだし、お腹もすいた。
結局私もご飯の用意に加わる。
そして食べ始める。
だらだら食べて喋ってあくびが出だしても、外の2人はやってこない。彼氏さんは帰っていった。
そして日付が変わって、ようやくお父さんが家に入ってきた。けれど1人だ。
「ふっ。根性無しが」
震えながらお父さんはそんなことを言っている。ということは、ベリザリオは帰ったってこと?
「ああ、帰った。これでわかったろう? アウローラ。あんな男はやめなさい」
「なに馬鹿なこと言ってるの?」
「親に向かって馬鹿とはなんだ」
「お父さんが大馬鹿に決まってるじゃない! せっかく仲直りできたのに、またベリザリオに嫌われたらどうしてくれるの!? お父さんなんて大っ嫌い!!」
大声で言い放った私は自分の部屋に駆け込んだ。ベッドに飛び込んで掛布団を頭からかぶる。
またベリザリオと距離ができてしまったらと思うと怖くなって涙が出てきた。家族に恋路を邪魔されるだなんて予想外過ぎる。
私が本当に振られたら、一生お父さんを恨んでやるんだから。
そんな騒動があった次の日。早朝。お姉ちゃんは仕事に出かけて行った。んだけど、すぐに叫びながら戻ってきた。
「大変! 大変よ! 門の外にアウローラの彼氏いるんだけど!?」
「!?」
その報告に、ダイニングでだらだらしていた私達一家の間に緊張が走った。私は何も考えず外に走る。
みぞれが降っていたけど無視。
庭を抜けて門を出たら、ちょっと横の、通交の邪魔にならない所に傘をさしたベリザリオが立っていた。
「ベリザリオ?」
私の口から名前がこぼれた。彼は私の方を向いて微笑む。
「おはようアウローラ。寒そうな格好だね。それに濡れる。早く家に帰りなさい」
そう言われて思い出した。私はパジャマ姿だ。それに傘も持っていない。確かに濡れるし寒い。だからベリザリオの横に引っ付いた。
ベリザリオは「持っててくれ」と私に傘を渡すと、首からマフラーを外す。
「目が腫れている。夕べ泣いたの? それとも寝不足?」
言いながらマフラーを私に巻いてくれた。終わると傘をまた持って、気持ち私の方の面が多くなるようにさしてくれる。
「寝不足」
本当のことを言ったら彼が気にしそうだから嘘をついた。嘘だってばれてそうだったけど。「そう」と流してくれたのは優しさだろう。
「お父様、風邪引いてなかったか? うっかり遅くまで粘ってしまって、最後はかなり寒くなっていて少し慌てた」
ベリザリオが聞いてくる。
ひょっとして、お父さんの体調を考えて、ベリザリオは一旦退いたのだろうか。それで、朝になったからまた続きをしにきたとか。
尋ねたら、再戦には同意をもらえたけど、お父さんの体調をおもんばかっての部分ははぐらかされた。
まぁ、お父さんのことはこの際いい。自業自得だから。大切なのはベリザリオだ。
「今日仕事じゃないの?」
聞いていた限りベリザリオに連休は無かった。昨日が休日だったのだから、今日は仕事日のはずだ。
「有給」
言われて、なんとなく私は頭を下げた。
うちの父のためにすみません。この調子だと、中に入れてもらえるまでベリザリオ仕事に行かないんじゃなかろうか。
なんてことをさせてくれるのだお父さん。わずかばかりの恨みを込めて家を睨むと、外からほど近い3階の部屋の窓に薄く人影が見えた。
あれ、ひょっとしてお父さんじゃなかろうか。今日は部屋から見てるだけとかズルい。
「アウローラ」
ベリザリオが呼んだ。私は振り向く。
「今日学校だろう? 授業があるんじゃないのか? 遅刻はしないようにね」
自分は仕事をさぼっておいてそんなことを言う。けれど授業は大切だ。先々のためには大学は好成績で出ておく方がいいし。
「ベリザリオも風邪ひかないでね」
貸してもらっていたマフラーを返して私は家に帰った。




