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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Firenze編 幸せの在り処
37/83

37話 父

「同棲の話を出しはしたが、細かい事はまだ何も決めていない」


 ハンカチで口周りを拭きつつベリザリオが言った。珈琲は気分じゃなくなったのかティラミスに手が伸びる。私もティラミスに手を出した。


「そんな段階で話してくれるなんて珍しいね?」

「最初はアウローラが卒業したお祝いに鍵を渡そうかと思っていた。だけど、結果だけを与えられるのは嫌なんだろう? それに、これは、アウローラの生活にも直接関わることになるかもしれない事だから」


 だから計画が真っ白な段階で話してくれた。そういうことだろうか。

 ほとんど勢いで「もっと相談しろ」と言ったのだけれど、ベリザリオが真剣に受け止めてくれているのが嬉しい。


 彼の真摯な対応に私も何か返したくなった。けれど、適当と思えるものが思いつかない。だって、ベリザリオが私に求めてきたものって、笑顔で隣にいてくれって事だけだったような気がするから。

 そんな当たり前なことではなくて、彼のためになりそうなこと――。となると、非常に難しくて。


 考えるのに夢中になって私は腕を組んだ。かなり本気で悩んだ。

 けれど、その姿がベリザリオに誤解を与えてしまったようで、


「駄目か? ああ、いや。すぐに決められる事じゃないな。答えはしばらく考えてもらってからで――」


 気弱そうに彼が言ってくる。

 その声で私の意識が現実に戻った。慌てて首をぶんぶんと振った私は、今度は笑顔でベリザリオの手に自分の手を重ねる。


「ううん。すぐに答えられるよ。だってね、私、ベリザリオが1人暮らしの話を初めてしてくれた時から一緒に暮らしたいって思ってたんだもの」

「じゃあ」

「もちろん一緒に暮らすよ。誘って貰えて嬉しい。あのね、あの時ベリザリオ家事できるって言うから、転がり込む理由が見つけられなくて私へこんでたの」

「それは……。私は返す答えを間違えたな」


 困ったようにベリザリオが笑った。私の手の下にあった彼の手が動いて指を絡めてくる。特に何を言ったりするわけじゃないのだけど、心がほっこり温まる。しばらくそうしていて、そのままだと飲み食いし難いから、どちらからともなく指を離した。

 ティラミスを口に運びつつベリザリオが言ってくる。


「よし。じゃぁ、アウローラのご家族の好きな物を教えてくれ」

「え? なんで?」


 突然話題が飛んで私は目をぱちぱちさせた。何がどうつながったら、同棲と私の家族の好きな物が連続した話になるのだろう。


「周囲にいるのが私達のせいで感覚が麻痺しているようだが、メディチ家は歴史も家格もある名家だ。どこの馬の骨ともわからない男と娘の同棲なんて認めてくれないかもしれない。機会を見て少しずつお近付きになる」

「そんなに気にしなくても、お母さんとお姉ちゃんはベリザリオ気に入ってたよ?」

「まだお父様がいるだろう?」

「お父さん? お父さん私に甘いらしいから、反対しないんじゃないかな?」


 私にはよくわからないのだけど、お母さんもお姉ちゃんもお父さんは私に甘いと言う。甘やかしすぎと。私からしてみれば、末っ子だから自由にさせてくれているだけに感じるのだけど。

 そんなものだから、私にとってお父さんは障害じゃない。なのにベリザリオは難しい顔になる。


「溺愛してるのか。マズイな。娘に手を出すとは何事だって殴られるくらいはするかもしれん」


 え? え? 何その経路不明の思考結果。男の人だと考え方が違うのかな?

 よくわからないけれど、とりあえず家族の好みを教えておいた。



 * * * *



 2月14日。夕方。

 授業が終わって家に帰り着いた途端に、お母さんがはしゃぎ声をあげながら私に駆け寄ってきた。手には真っ赤な薔薇の花束が抱えられている。


「アウローラ、これ、ベリザリオさんから!」

「見ればわかるよ。なんでお母さんが興奮してるの?」


 若い娘のようにはしゃいでいるお母さんから花束一式を受けとった。

 本当は私がはしゃぎたいのだけど、お母さんに先にやられてしまっていてやり難い。そんなの気にしないで喜べばいいのだろうか。実に騒がしくなりそうだけれど。


 ベリザリオからのバレンタインプレゼントは花束とカードとちょっとしたお菓子。

 去年もこれが家に届いた。

 その時もお母さんは騒いでいた気がするけど、今年の方が騒いでいる気がする。

 贈り主本人を見たからだろうか。「彼みたいな人から告白されたらお母さん気絶しちゃうわ」 とか言っているし。


 そんなお母さんのはしゃぎが急に止まった。花束を見て、置き時計を見て、最後は私に顔を向ける。


「あなた随分と早く帰ってきたのね。きちんと彼にプレゼントあげてきたの?」

「ううん。ベリザリオ、今日時間取れないって言ってたし」

「教会に預けてくるとかあるじゃない?」

「個人宛の物は受け取らないんだって。教会への寄進オンリー」

「あらまぁ。融通がきかないのねぇ」


 私もそう思う。だからうなずく。

 本当に教会は融通がきかない。個人への贈り物だけでなく、個人呼び出し、電話の取り次ぎ、そういったものの全てを余程のことがなければしてくれないから。

 どれか1つでも開放してくれれば、もっとベリザリオと連絡を取りやすいのに。


 でも、今日ばかりはその融通のきかなさが有難い。

 恋人同士がプレゼントを贈り合うのが基本のバレンタインデーだけれど、中には片想いの相手にプレゼントを贈るという人もいる。ベリザリオに贈りたいという女子だっているだろう。

 外面そとづらの良い彼のことだから、くれるというのなら笑顔で受け取る。

 私としてはそれが面白くない。

 事前に弾いてもらえればそんな嫉妬をしなくていいのだから、教会様様だ。それに、私はきちんと別口で会えるし。


「明日の夜会おうって約束してるから。その時渡すつもり」


 1日遅れではあるけれど、直接会えるのだからそれでいい。想像してみたら今から楽しみで、自然と顔がほころぶ。


「デート? デートね? 仲直りできたみたいで良かったじゃない」


 きゃー、と、お母さんは私を叩く。痛い、痛いよお母さん。それに、私とベリザリオがギクシャクしてたの知ってたの? 話してないのに。


「お母さん気付いてたの?」

「そりゃあ気付くわよ。あなたずーーーっと元気ないんですもの。彼から手紙が来ても嬉しそうにしてないし、デートに行く気配もないし。これは喧嘩したなって、お姉ちゃんと話してたのよ」


 あ、そうなんだ。それってほとんど全部バレてしまっているよね。昔から私はわかりやすいと言われていたけど、そういうバレ方するんだ。というかわかりやすすぎるね私。少ししゅんとなった。

 そんな私の横でお母さんは嬉しそうにはしゃいでいる。


「あなた達の仲直りのお祝いしましょう。ああ、でも、大袈裟にすると彼が萎縮するかもしれないわね。そうね、今度暇がある時にでもうちにご飯を食べに来ない? って誘っておいて。お母さん、彼とはもっとお話してみたいし」


 一方的に言ってきたお母さんは、その後は料理は何がいいかとかぶつぶつ言っている。

 そんな所にお父さんも帰ってきた。考え事に夢中なお母さんをちらっと見て、すぐに私を向く。


「母さんは何を騒いでいるんだ?」

「別にたいし――」

「あなた。この子の彼氏さん、お仕事で動けなくてもプレゼントは今日届くように送ってきてくれたんですよ。見てくださいよこれ。素敵だと思いません?」


 私の前にお母さんがしゃしゃり出て力強く言った。指は私の持っている花束を指している。お父さんの視線がこちらに向けられた。

 お父さんの表情に変化は無い。ただ、手があご髭にいっただけで。


「その彼の名前はなんと?」

「ベリザリオさん?」

「下の名前は」

「あらやだ忘れちゃったわ。なんだったかしら?」

「ベリザリオ・ジョルジョ・ヴィドー」


 私が答えた。本名は違うのだけど、お母さん達にベリザリオ自身がこう名乗っていたし。私が本名を教えるということはしない方がいいだろう。

 そんな事は知らないお母さんは、答えを得られて嬉しそうだ。


「そうそう。ヴィドーさん。私は会ったことがあるんですけどね、とても物腰の柔らかいいい人でしたよ。さすが神父様って感じの」

「ふむ。神父か」


 対照的に、お父さんは相変わらず髭をいじりながら奥へ行く。あれ? なんかあんまり印象良くないような?

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