33話 疑惑の彼女2
「見ていたの?」
やや機嫌悪そうにディアーナが言った。その答えはベリザリオと共にいた事実を肯定するものだ。けれど、悪いと思っていそうな感じは全くない。
いつもお花畑と言われる私でも、これには少しイラッとする。
「何か言う事はないの?」
「私が? なぜ? 何を?」
ますます不機嫌そうにディアーナが眉根を寄せた。その態度に私の不機嫌度だって上がる。つい声が大きくなった。
「何をって、ベリザリオと――」
「待ってちょうだい。あなたたぶん何かを猛烈に勘違いしているわ」
ディアーナが私の口に片手を添える。もう片方の手の指は、頭が痛そうに自分のこめかみに添えられていた。小さく「これか」とつぶやいたような気がしたのは気のせいだろうか。
私の口の前から手をどけたディアーナがだるそうに口を開く。
「その日だけど、私とベリザリオの2人だけじゃなかったわよ。あなたが私達を見たホテル、すぐにエルメーテも来たでしょう?」
「え? エルメーテ?」
言われて私はぽかんとする。その時の様子を思い出してみようとしてみたけれど、エルメーテが来た記憶なんてない。
私の反応でディアーナは察したのか、溜め息をつく。
「そこまでは見なかったのね。そうね、あの日は私とベリザリオの2人で先に動いたから、そこだけあなたは見たんでしょうね。それで早合点して見るのを止めたのかしら?」
えっと。……はい。たぶんそうだと思います。なんとなく私は小さくなった。ディアーナの話は続く。
「あそこのホテルでね、私達会合してるのよ。だいたい月1ペースくらいで。だってほら、研修先、私はヴァチカン、エルメーテはミラノでしょう? 地理的にここが真ん中で集まるのにちょうどいいのよ」
「そんなことベリザリオ全然教えてくれなかったよ? みんな揃うなら私も呼んでくれればいいのに」
「仕事がらみのドロドロした話だから、あなたに聞かせたくないんじゃない? 見なくていい醜いものはなるべく見せたくないって言ってたし。私達にまで口止めしてるのよ? 過保護よねぇ」
山場は越えたと思ったのか、ディアーナが食事を再開させる。私も食べ始めた。
あれだけ泣いたり悩んだりベリザリオに冷たい事をしたりしたのに、事実がこれというのがちょっと悲しい。ベリザリオが潔白だったってわかったのは良かったのだけど。
それでも、彼からの手紙の頻度が落ちて、中身も少なくなっている事実は残っているわけで。
気持ちがディアーナに移ったからでなければ、それはなんで? 私の中に新たな疑問が湧いてくる。
けれど、私の状態に気付いていないらしきディアーナからは、これまでの延長線上の話が投げられてきた。
「あなたが勘違いをしてから今日までずいぶん日にちがあったじゃない。彼に聞こうとは思わなかったの?」
「会うタイミングが無かったっていうか。仕事で疲れてる時に会ってって言うのも悪いかなって思うし。あとは、広場で見たのが私の勘違いだった時、ベリザリオに嫌われるのが嫌だったっていうか」
私はナイフとフォークを置いて、胸の前で両の人差し指をうじうじさせた。
そうだ。結局のところは、嫌われるのを怖がった私が、1人で勝手に想像を変な方に転がした結果の勘違いだったわけだし。
なんだかごめんなさい。
「あなた、ベリザリオときちんと会ってる?」
「最近会ってない」
最近どころか、ずいぶん会っていない気がするけど。
「話は?」
「それも全然」
ディアーナがナイフとフォークを置いた。そうして、またこめかみを押さえる。
「呆れた」
心底呆れたわ。わざわざ彼女は2度言った。なんか本当にすみません。
「あなた達コミュニケーション不足なのよ。嫌われたくないって何? 言わなきゃ気持ちなんてお互いわからないものでしょ? その程度で壊れる程度の関係ならさっさと捨てればいいのよ。あなた可愛いんだから、男なんてすぐに見つかるわ」
「違うよディアーナ。私別れたいわけじゃ。というか、別れたくないんだけど」
「わかってるわよ。ベリザリオもそう思ってるから私に泣きついてきたんでしょうし」
ディアーナの暴露に私の思考が止まった。
「誰が?」
「ベリザリオが」
「誰に?」
「私に」
「泣きついた?」
「信じられないでしょう? 私も信じられなかったわ。『アウローラが絶対何か抱えてるはずなんだが、話してもらえないんだ。会ってももらえない。どうしたらいいんだ』って。あなた達、なんで揃いも揃って自分達2人で解決しないで私を間に入れるのよ」
面倒だから止めてよと言いつつ、それでもディアーナは動いてくれている。
ベリザリオもどうにかしようと動いてくれたんだ。気持ちが離れていないのが知れて、ほっとしたら涙が出てきた。
私がすぐに泣くのは慣れっこのディアーナは全く反応しない。さすがだ。
「私どうしたらいいのかな? ベリザリオにちょっと酷い態度とっちゃったんだけど」
「謝ればいいんじゃない? お互いにね。あなたは不貞を疑ったこと。ベリザリオは隠し事しまくってることかしらね。そもそもが、あの馬鹿がきちんとアウローラにも色々教えてればこんな問題は起こらなかったんだから」
「許してもらえるかな?」
「知らないわ。でも、何年一緒にいるの? あなたの方が彼の答えは予想できるでしょう?」
ディアーナの突き放し方が酷い。でも、心配していないからこその態度だというのもわかる。うん。私にもベリザリオの答えは予想がつくし。
「許してくれそうだけど――」
それは間違いない。けれど、よくよく見てみるとベリザリオの顔が見えない。あれだけ知っていたはずの彼の中身が見えなくて、影のように見えるのはなぜだろう。
「ディアーナ。私最近ベリザリオがわからないみたいなの」
「私だってエルメーテがわからないわよ。あの馬鹿本当に何考えてるのかしら」
ディアーナが苦虫を噛み潰したような顔になる。そうしてエルメーテに対する文句を垂れ流し始めた。本当に凄い量で、私は若干引いた。
それでもそんなディアーナが羨ましい。私は不満を言えるだけのベリザリオの悪い面すら知らないから。
「私ね、本当の彼って知らないと思うの。あのね、ミケランジェロ広場でディアーナ達を見た日、ベリザリオが悩んでる風だったの。でも私は中身の見当もつかないような有様だし」
「そうなの? 気付かなかったわ」
「うん。でもね、私も、ディアーナがエルメーテに文句を言えるくらいベリザリオを知っていれば、わかるのかもしれなかったのにね。ちょっと妬いちゃう」
自然と微妙な笑顔が浮かんだ。
ディアーナは呆れ顔で私を見ている。溜め息をついたと思ったら言ってきた。
「アウローラ。ベリザリオとちょっと喧嘩してきなさい。彼を殴りつけてくるだけでもいいわよ。『私の前で格好つけるな』って」
「え? なんで?」
「それくらいしないとあの馬鹿変わらないでしょ。あなたもね。あなたは主張が弱すぎ。ベリザリオはベリザリオで本心が見えにくいのよ。弱い所を隠す癖があるから。だから、私にまで強がるなボケって怒れば、意思疎通も今より改善するんじゃない? その悩みとやらもボロッと聞き出せれば儲けものね」
言われてみればその通りで、思わず私は手を叩いてしまった。さすがディアーナ。頼りになる。
「ディアーナなんかたくましいね」
「これくらいじゃないとうちの馬鹿とやっていけないのよ。私もあなたみたいに甘やかされて暮らしたいわ」
溜め息をついたディアーナからまた愚痴が流れてくる。とりあえず私はそれを聞く。色々アドバイスをくれて背中を押してくれたお礼が、今はそれくらいしかできないから。
それにしても、ベリザリオと仲直りして喧嘩かぁ。1歩目を踏み出すのがとても怖いのだけど。それに方法どうしよう。




