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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Firenze編 幸せの在り処
27/83

27話 近くて遠い人

 * * * *



 フィレンツェでの大学生活も1年が過ぎた。勉強はそれなりに大変だけれど、まぁそれだけのことであり、平穏な日々だ。

 けれど、そうずっと平穏が続かないのが世の中。

 あと1年頑張ろうと思った矢先にベリザリオから連絡があった。


 大学は無事卒業できて助祭研修も終わった。次は司祭研修がある。

 その研修先がフィレンツェになった、と。




 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。

 ヨーロッパでも5本の指に入る巨大な教会で日曜のミサが行われている。それに私は参加していた。参加している人はとても多い。ミサが始まる前に礼拝堂入り口が閉じられていたから、収容制限の800人入っているはず。

 周辺には他の教会もあるのだから皆そちらに行けばいいのに。

 と、自らもこの教会に来ていながら思う。


 聖書の朗読と司祭様の説教が終わった。

 司式司祭様以外の司祭様達が信者に無発酵パン(ホスチア)を配っていく。

 この司祭様の中にベリザリオがいたのはチラッと見えていたのだけれど、いかんせん司祭様も信者も多い。今日も彼からパンをもらえなかった。


 残念に思いながらパンを食べる。やる気なく口を動かしていたら、聖歌が歌われてミサが終わった。

 それで司祭様達はすっと奥に引っ込んでしまうから、ベリザリオと接点が持てない。それでも今日は彼がミサに出てきてくれていただけ良かった。姿が見れたから。かなり遠くに、人に邪魔されながらだったけど。


 フィレンツェに移動になったとベリザリオから聞いて2カ月。実は全く会えていない。会おうとはしているのだけれど休みが合わない。ミサにもいたりいなかったり。いても私の所には来ない。

 距離的には近くにいるだけ辛い。


「もー、元気ないんだから。さてはあなたの目当ての人、今日パンくれた人じゃなかったんでしょ」


 大聖堂の出口に向かいながら3歳上のお姉ちゃんが言ってきた。

 私は何も教えていないのだけど、色々勝手に想像されて(しかも限りなく合ってる)、ミサにまで強引についてこられて今の状態である。


「お姉ちゃんに関係ないじゃない」

「関係あるでしょ。だって妹の彼氏よ? 見たいじゃない。仲良くしたいじゃない。いじりたいじゃない」

「それ単におもちゃにしたいだけなんじゃ?」

「商家の娘たるもの誰とでも仲良くできなきゃね」


 キュピンと、どこに向けたか謎のキメ顔をお姉ちゃんは作る。なんだか相手するのが面倒になってきたので放置だ。私が引いてもお姉ちゃんは陽気に喋っているし。


「というかね。最近イケメンな司祭が赴任してきたって聞いて見に来たんだけど、人多過ぎてよくわかんなかったのよね。残念だわ」

「そんな情報どこで拾ってるの?」

「友達から? だってほら回ってくるじゃない? イケメン情報と可愛い子情報」

「まぁ確かに」


 私達はのんきに喋る。けれど、周囲はなんだか慌ただしくなってきた。なんだろうと思いながら外に出てみると、周囲の人々が口々に何か叫びながらこちらを指している。正確には私達のちょっと上をだ。

 後ろがつっかえない程度まで出入り口の扉から離れて振り返ってみると、壁面装飾の隙間に男の子がしがみついて泣いていた。


 受け止めるから飛び降りろと言っている人もいるけれど、少年のいる高さは5メートルくらいあるし、下は石畳だ。無防備に飛ぶのは危ないだろう。


「あれ、よく登れたわよね」


 お姉ちゃんが感心したようにつぶやく。私はうなずいた。

 壁面は一面装飾が施されているから、出っ張りを辿っていけば登れなくはないかもしれない。けれど、それを大人がやろうとすれば、途中で装飾が折れて落ちてしまいそうだ。


 有効な手を打てずに騒いでいたら3人の神父様が出てきた。1人はベリザリオで脚立を持っている。彼はそれを壁に立てかけて声を張り上げた。


「君、自力で降りてこれるかな?」


 少年が力強く首を横に振る。

 私はあーあと思ったけれど、その反応は神父様3人にとって想定内だったみたい。2人が脚立を押さえてベリザリオが登っていく。少年のいる装飾の近くにベリザリオの片足がかかった。足長いなとか思ってごめんなさい。私の思いをよそに彼は手を広げる。


「ほら、おいで。ここまで迎えに来てもらえれば動けるだろう?」


 少年は相変わらず泣いている。それに動かない。むしろ奥に逃げている。

 そんな彼の背にベリザリオの片腕が回った。そこから力尽くで強引に引っ張りだしたのだと思う。少年の鳴き声が大きくなったから。

 脚立に重心を戻したらしきベリザリオは、まず少年に脚立を握らせていた。あとは自分が下になりつつ、少年が降りるのに合わせてゆっくり降りる。


 地面にたどり着くと少年が盛大に泣いた。そんな彼を母親らしき人が抱きしめる。「良かった」を連発していた。けれど、我に返ったようにベリザリオにありがとうと言いだす。


「あの、少しですが」


 そうして財布を出した。ベリザリオはやんわりと手振りでそれを遮る。けれど、教会の方へ腕を向けた。


「寄進でしたら担当の者に。私はこの子が無事だっただけで何よりですので」


 そうして、少年に優しい眼差しを向けて彼もしゃがむ。少年の頭をぽんぽんして話しかけた。


「あそこまで登れたのは凄かったね。でも、今度からはもう少し安全な場所を登ってくれると、お母さんも私も嬉しい」


 少年がうなずく。ベリザリオはもう1回だけ少年の頭を叩いて立ち上がった。脚立を押さえたりと手伝いをしてくれていた人にお礼を言って教会に消える。

 その後に続いた母子と何人かの人は寄進にでも行ったのかもしれない。


 やっぱりベリザリオだなぁ。と、私は消える彼らを見送っていた。

 少し前までちょっとした騒ぎだったのに、ベリザリオが来たとたんに解決してしまった。去り方もスマートで清々しさすら感じる。何事も簡単そうに解決していく姿がなんとも彼らしい。


「噂の新任イケメン、絶対彼だよねぇ」


 お姉ちゃんがのんきに言った。


「ベリザリオ、やっぱり格好いいよね」


 私は同意する。それに、久々にこんな近くで彼を見れて、なんか幸せだ。


「アウローラ。彼の名前知ってるんだ?」


 お姉ちゃんのセリフに私はハッとした。何も考えずに名前を言ってしまったけれど、普通はこんなに大きな教会の1司祭の名前なんて知らない。

 ゆっくりとお姉ちゃんの方を見ると、彼女ははは〜んといった表情をしていた。駄目だ。これはもう色々ばれた気がする。


「あの人がアウローラがミサに行くようになった原因で、指輪の彼氏か」


 きゃーと、私は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。何も悪くも恥ずかしくもないのだけど、黙っていたのがばれたからか恥ずかしい。

 お姉ちゃんもしゃがみ込んできた。そうして心配そうに見てくる。


「あれ絶対競争率高いよー。イケメン情報と一緒に狙ってる子多いって話も聞いたし」

「知ってる」


 だって、ベリザリオ昔から凄いもててたし。実際格好いいし。ル・ロゼにいた頃だって、彼と別れろって散々言われたんだから。


「ね。私も狙っていい?」

「止めてよー! お姉ちゃん彼氏いるじゃない!!」

「うふ。冗談」


 笑って誤魔化しても冗談に聞こえないから止めてよ。ベリザリオの姿は見れたけど、面と向かって会ってはいないから、私は不安なままなんだから。


「おねーちゃん」


 そうこう騒いでいる私の背を誰かが叩いてきた。振り返ってみると、さっきベリザリオに助けられた子とお母さんがいる。叩かれたのだから、呼ばれたのは私だろうか。


「これ、しんぷさまがわたしてって」


 そう言って、少年は折りたたんだ紙を掲げてくる。どうということはない。大聖堂の入り口に置かれているパンフレットだ。なぜこんな物を寄越されたのだろう。それに神父様とは誰だろう?


 頭にはてなばかり浮かべて紙を開いてみても、やはり大聖堂のパンフレットだった。けれど、余白の部分に明らかな走り書きで文字が綴られている。



 ――都合が良いようなら19時にノヴェッラ広場近くのア・カーサ・カフェで会おう。20時までに来ないようなら帰るから返事はいらない。ベリザリオ



 思ってもみなかった伝言に、そのパンフレットを私は凝視していたと思う。むしろ拝んでいたというか。


「ちょっと」


 お姉ちゃんに肩を叩かれて我に返ったくらいだったから、一瞬だろうけど、違う世界にトリップしてしまっていたのは間違いない。ぽかんとしている少年に私は慌てて笑顔を向けた。


「届けてくれてありがとう。すごく嬉しい」


 少年の頭をなでなでする。その子はとても嬉しそうににっこりした。本当に可愛い。ベリザリオも頭撫でさせてくれたらいいのに。

 私が手を離したら少年はお母さんの足に引っ付く。そのまま2人で去って行った。


「アウローラって本当にわかりやすいわよねぇ」

「裏を読まなくていいから楽でいいでしょ?」


 お姉ちゃんに何を言われようとも今なら華麗に流せる。

 あの人数の中でベリザリオも私に気付いてくれていて、連絡をとってきてくれた。これが嬉しくないはずがない。足取りだって軽くなって当然だと思うの。

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