26話 それぞれの道
トレヴィの泉でコイン投げできたら気が抜けてしまった。ベリザリオと抱き合っている安心感と幸福感、それに寝不足も手伝って、猛烈に眠たくなってくる。うっかりあくびが出た。
あ。と思ったのだけど、ベリザリオもあくびをしている。
「眠いな」
「ほとんど寝てないもんね」
「ホテルに戻って寝直すか」
「うん」
2人してあくびをして来た道を戻る。
朝日が登ってきていて、光を反射させている泉はキラキラしていてとても綺麗だ。けれど、今の私達にはまぶしすぎる。普通にスルーだ。デートには素敵なシチェーションなのだろうけれど。
でもね、そんな事に固執しないでいい関係。それが私にはとても心地いい。私にとってはこの関係の方がキラキラ輝く宝物だ。
ベリザリオの部屋に戻った途端に2人そろって撃沈した。
けれど、やはり昨日の昼寝が効いている。私が先に目覚めた。
ベリザリオの髪にそっと触れてみても彼は起きない。うっかり触ってしまったけれど、眠る邪魔はしたくないから起きなくて良かった。
「せっかくの休みを私のために割いてくれてありがとう。本当はゆっくり休みたかったよね」
髪に触れても起きないようなので、ゆっくり撫でる。感謝と、ゆっくり休んで欲しいという気持ちを込めて。
ベリザリオ達の今の生活だけれど、聞いた限りだと中々にハードだ。
教会に住み込んでの助祭研修は早朝から夜にまで及ぶ。司祭様のお手伝いをやるんだろうなくらいに思っていたのだけれど、教会のちょっとした補修で日曜大工もやるらしい。これには驚いた。あとは教区での福祉作業などなど。業務は多岐に渡る。
それだけでも大変だろうに、大学で取れていない単位の勉強もある。
ちょっと考えただけでも、1日の時間が24時間じゃ足りないくらい忙しいのはわかる。たまの休みはゆっくり休むか、普段追いついていない部分を勉強するなりしたいだろう。
それを、私の為に割いてくれた気遣いが嬉しい。
嬉しいはずなのに、また胸がチクチクする。時間はありそうなので、なんでだろうと考える。
結果、自分にかなと思った。私は流されてばかりだから。
ル・ロゼへの入学だけでなく、経済学部への進学も父に勧められたからだ。「将来のお前のためだよ」と言われ、間違ってはいないから、特に熱意もなくそれに従った。
でもベリザリオ達は違う。きちんと夢を持って、その実現のために走り続けている。だから仕事も勉強も遊びも全力だ。その姿勢がとてもまぶしい。
私の中のどこかは自分の駄目さに気付いていて、警告を発してきているのだろう。
いつだったか、私はベリザリオにふさわしくないと言われた。
その指摘は言われる前から私の中にある。それこそずっと付きまとってくるから、あえて見ないようにしているくらいに。
家格、財力、学力、その他もろもろ。ベリザリオの方が私よりずっと上だ。彼はそんなもの気にしないと言ってくれているけれど、周囲は違う。私があまりにふがいなければ、そのうち強引にでも引き離されるだろう。
「悩みごと?」
気付いたらベリザリオが目覚めていた。空色の瞳が心配そうに私に向けられている。私はあえて笑った。
「なんで?」
「真面目な顔してたから」
真面目な顔をしていたら悩みごとを心配されるだなんて、私は普段どんな顔をしているのだろう。聞いてみてもいいけれど、「可愛い顔」とかなんとか、微妙に的外れな答えが返ってきそうな気がする。こういう時にベリザリオは役に立たない。だから顔のことは忘れる。
「ちょっとね、将来のことを考えてたんだ」
自分の髪を指で巻き取った。本当はベリザリオの髪に触りたいのだけど、彼、微妙に嫌がるから。起きてしまったら触れない。それでも何かに触れたいから、自前のに触るしかない。
髪に触れているとなんだか落ち着く。それに、単純行動を繰り返している方が考えがまとまりやすい気がする。
「私ね、大学も、お父さんに言われたからとりあえず行っとこうくらいに思ってたんだけど、やっぱり本気で勉強しようかなって」
「それで?」
「卒業後は家の手伝いをするのは変わらないんだろうけど。でもね、ベリザリオが田舎に引っ込みたくなった時には、私が支えてあげられるくらいになれたらなって」
「面倒みてくれるんだ?」
ベリザリオが笑った。
「任せてよ」
私も笑う。
ベリザリオが起き上がってきた。そんな彼の手に私は手を重ねる。そうして指を絡めた。
「だからね。ううん、だからっていうわけじゃないんだけど」
ベリザリオが不思議そうに私を見てくる。私は笑みを浮かべた。
「ペアリングつけたいの。しばらくお互いに離れて勉強するしかないけど、つながっていられるように」
あと、他の女の人にベリザリオを取られないように。信じていないわけじゃないのだけど、ヴァチカンには綺麗な人が多いから。その人達への牽制。
「欲しいんだ?」
「私があげたいの。いや?」
答えを求めて首をかしげる。ベリザリオが笑った。つながったままの私の手を引いてくるものだから、彼の胸に顔をうずめてしまった。
そんな私の耳元で彼はささやいてくる。
「嫌なはずがない。私はもっと昔からお前に指輪をあげたかったんだから。もらう側になるとは思ってもいなかったけど」
「驚いた?」
「とても。でも、それ以上に嬉しいよ。アウローラと同じものを身に付けていられるのが」
それに、男避けにもなるし。笑いながら彼は私を解放してくれる。ベッドから出て背伸びした。
「よし、じゃあ買い物だな」
「良い物あるといいね。ベリザリオ、髪ぐちゃぐちゃだよ」
私もベッドから出る。洗面所に向かう彼の横に並んで笑いあった。
またしばらく会えない日が続くけど頑張ろう。私はベリザリオと同じ道は歩めない。けれど、同じ場所を目指して歩くことはできる。そうすれば、いずれ道が重なることもあるだろう。
そのために今は頑張るだけだ。




