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25話 トレヴィの泉

 目覚ましの音に私は目を覚ました。かけた本人も気付いてはいるようだけれど、動きが非常に緩慢だ。仕方ないので、ベリザリオの腕の中から抜け出して私が止める。


 朝の5時。確かにこの時間なら動いている人は少ないだろう。私の愛しい人も動けていないみたいだけど。

 昼寝していた私と違ってベリザリオは日中働いていたわけだし、疲れていて起きれなくても仕方ない。でも、ここで寝過ごすと、後に辛い試練が待っているのが見えている。可哀想だけど起きてもらわないと。


「起きてベリザリオ。目覚まし鳴ったよ」


 彼の身体を揺すりながら口付ける。反応は帰ってきた。反射みたいな感じの動きだけど。

 ど?

 ベリザリオの腕が私の腰に回って、かと思ったら引き倒された。そのまま私の上に乗って愛撫をしてくる。のくせに顔は半分寝ている。

 だめだ、これは完全に寝ぼけている。


「もう、違うの! 起きて!!」


 ベリザリオの胸を力一杯押して、彼を上からどけた。

 服を着て、冷蔵庫から牛乳を出す。それと豆をコーヒーメーカーに入れて、カフェオレのスイッチを押した。床に脱ぎ捨てられているベリザリオの服を集めてベッドの上に置く。

 さすがの彼も身を起こしてはいた。うつむいて、まだぐったりしているけど。


「私部屋で化粧したりしてくるから、ベリザリオも出掛ける用意しておいてね。カフェオレ作ってあるから飲んで」

「はい……」


 彼の返事を確認して自分の部屋に戻る。

 とりあえずシャワーを浴びることにした。荷物から自前のシャンプーと石鹸を出して、それを使う。


「ベリザリオ。寝起き弱いのなおってなかったなぁ」


 思い出したら笑いが出た。寝起きが悪いとかいう迷惑なものではなく、通常状態まであがってくるのがひたすらに遅いのだ。あの状態の時は反応も素直で非常に可愛い。めったに見られないけれど、好きな彼の一面の1つだ。


 それに、優しいのも昔から変わらない。

 彼は私の気持ちを尊重してくれる。自分の希望を主張しても、最後の決定権は私にくれる。

 飴が口移しで欲しいと言ったあれは、流す選択肢が残っていた。

 今晩だって、最後まで私の部屋番号は聞いてこなかった。口ではああ言っていたけれど、私が本気で嫌だと言ったら付いて来なかっただろう。この部屋が私の避難場所だと思っているだろうから。

 逃げ道をいつも1本は残しておいてくれているのが、なんともベリザリオらしい。


 なんとなく胸がチクチクした。

 よくわからなくて私は首をかしげる。いくら考えても犯人が見つからなかったから、とりあえず忘れた。着替えて、髪をといて、化粧をする。


 ベリザリオの部屋に戻ったら、彼の身だしなみもすっかり整っていた。テンションも通常状態だ。


「おかえり。珈琲飲む?」


 聞いてきてくれたから私はうなずく。机の上には飲みかけのカフェオレがあった。テレビを見ながらのんびり珈琲タイムしていたみたい。

 準備に時間がかかってスミマセン。


「アウローラが一緒に寝てくれていて良かった。私1人だと起きれなかったかもしれない」


 新しいカフェオレを持ったベリザリオが戻ってきた。それを私にくれて、そのまま私の横に座る。軽くキスされた。


「飲み終わったら行こうか。この時間なら快適そうだ」


 ベリザリオは飲みかけの珈琲を飲む。私は作ってもらいたての物をいただいた。ひとくち飲んでほうっと息を吐き、なんとなく話しかける。


「ベリザリオって、昔から人混み嫌いだったっけ?」

「そうでもなかったんだが、生活場所がヴァチカンに移ってから段々と。ロールくらいの田舎がちょうど住みやすかった気がする」

「でも、ベリザリオのご実家ってヴァチカンだよね? 小さい頃住んでいたのに?」

「そんな頃の記憶なんて無い。ノーカンで」

「色々大変だね」

「まったくだ。あ、でもこれは内緒で。教皇庁のお偉いさんにバレたら出世に響くかもしれないから」


 お茶目にベリザリオが人差し指を口の前に立てる。


「言わないよ」


 私も同じことをした。

 ベリザリオがこうやってたまに零してくれる彼の欠点を聞くのはとても好き。それだけ私のことを信頼してくれているのだと実感できるから。彼も弱い所だらけの普通の人なのだと、近くに感じられるから。


「それじゃあ行きましょうか。お姫様」


 立ち上がったベリザリオが手を差しだしてきた。その手に私は手を乗せる。そのまま引っ張り上げられた。




 まだまだ眠っている街を2人で歩く。そう遠くなかったのもあって、目的のトレヴィ広場にはすぐに着いた。

 この広場にある宮殿の壁と一体化した噴水。それがトレヴィの泉と言われている。レリーフの刻まれた壁の前面部分が池というデザインになっていて、その周囲にベンチがいくつも設置されているのだけど、そこにも今は誰もいない。


「本当に私達で独占だな」


 嬉しそうにベリザリオが笑う。そんな彼は何も考えていない様子で財布からコインを2枚出した。それで終わりだと思うのだけど、ベリザリオは微妙な姿勢で止まっている。


「どうしたの?」

「いや。アウローラが投げたい枚数が、まさか3枚だったりしないよなー、と」

「しないよ! 2枚! 2枚以外受け付けません!!」


 私は叫んで、彼の財布を強引にしまわせた。ベリザリオは笑っている。またからかわれたらしい。

 こんな大切なジンクスさえからかいの材料にするだなんて、ベリザリオは重罪人だ。だけど、絶対に3枚が選ばれないとわかっているから言っているというのが私にもわかる。

 これはこれで嬉しいから気分は複雑だ。


 なんでコインの枚数で私が焦ったのかというと、そこにジンクスがあるから。後ろ向きにコインを投げて泉に入れば、その枚数によって願いが叶うと言われている。


 1枚だと、再びこの地を訪れられる。

 2枚なら、好きな相手と一生添い遂げられる。

 3枚なら、嫌な相手と別れられる。


 といった具合に。だから、3枚だけは何がなんでもありえない。


「ここら辺ぐらいからでいいかな」


 適当なベンチの後ろでベリザリオが私の手にコインを握らせた。その下に彼の手が添えられる。


「いくよ?」

「せーの」


 2人で言って、後ろ向きにコインを投げた。何を思ったのか2人して上を向いてしまって、途中でコインの軌跡を追えなくなる。あーあって顔を見合わせていたら、ぼちゃん、ぼちゃんと2度音がした。

 私達の他に人はいないから、どちらも私達の投げたコインが立てた音だ。……たぶん。


「入った?」

「入ったと思う」


 見れていないのだから、若干疑問が残るのは仕方ない。それでも時間の経過とともに疑問は消え失せて、私達ははしゃぎながら抱き合った。


「やった! 入った! 入ったぞ!!」


 本当に嬉しそうに言いながらベリザリオが私を抱いてくるくる回る。私だって嬉しいから、きゃあきゃあ叫ぶのが止められない。朝っぱらから2人で騒いで、それに満足したら黙ってキスした。

 こんな楽しみ方ができたのもこの時間に来たお陰だ。色々いい感じに流れていて、私達は神様に祝福されているんじゃないかとすら感じる。


「アウローラ、こっちに」


 ベリザリオが私の手を引いた。彼が向かうのは泉の右側。止まった先では壁から水の筋が流れ出ている。彼はその水をすくって飲んだ。喉が渇いていたのだろうか。


「ここの水は愛の水と言われていて、愛する者と飲めば一生添い遂げられると言われている」


 聞いてすぐに、私もこぼれ出てくる水を手ですくった。冷たくて気持ちいい。口に含んでも美味しい水だった。だから、つい、もうひと口欲しくなる。

 この水のジンクスを知っていて飲みに来たということは、ベリザリオもずっと私と一緒にいたいと思ってくれているのだろうか。コインが入った時も大喜びしていたし。

 先の事を話したことはないけれど、そうであってくれると嬉しい。笑みがこぼれた。


「幸せそうだね」

「うん」

「その顔が見れて私も幸せだ」


 ベリザリオが私の腰に手を回して私を引き寄せる。私も彼の腰に手を回した。こうしていられるだけでとても幸せだ。どうかこの幸せが永遠に続きますように。

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