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24話 助祭の休業日

 お店を出たらそのままお開きになった。

 ベリザリオと手を繋いで街を歩く。夏の夜風がお酒で火照った身体に気持ちいい。


「楽しかったね」

「それは良かった。あいつらも久々にアウローラに会えて喜んでいたし」


 穏やかにベリザリオが言う。風に乗ってふんわりと良い香りがした。香りを追った私はベリザリオの腕を抱き込んで彼に寄る。

 やっぱり出所はここだ。

 ル・ロゼにいた頃とは違う匂い。爽やかっていう系統は同じだけど、ムスクとか、もっと色んな匂いが混ざっている。今はお酒の匂いも混ざってるのだろうけど。

 ベリザリオの香水はいつも薄いから、もっと嗅いでみたくてつい近付いてしまう。罠だとわかっているのに引っ付くのを止められないのが少し悔しい。


「いい匂いだね。香水変えた?」

「変えた。アウローラも匂いが変わったね」

「大人の階段登ってみました。この香水どう?」

「好きだよ」


 ベリザリオが少しだけ屈んで軽くキスをする。すぐにまた歩き出して優しい目で流し見てきた。


「明日したい事は?」


 尋ねられて考える。ベリザリオに会うことばかり考えていたから、正直その他はどうでも良かったというか。それでも1つやりたい事があった。


「トレヴィの泉に行きたいな。それでコイン投げるの。今からでもいいけど」

「あー、あそこか」


 ベリザリオが微妙な反応をする。なんとも乗り気ではない感じだ。


「嫌?」

「嫌じゃない。ただあそこいつ行っても人だらけなんだよ。今の時間だと、それはもうカップルだらけだろうな。そんな所に突っ込みたくないというか、人混みが嫌いというか」

「そんなに大人気なんだ?」

「みたいだな。他の場所に上手くばらけてデートすればいいだろうに」

「でも私達も行くんだから、その人だかりの一組だね」


 私は笑顔を向ける。ベリザリオがきょとんとした。何度かまばたきして困ったように笑う。


「そうだな」


 そう言って歩いていく方向を変えたのは、トレヴィの泉に進路を変えてくれたからかもしれない。


「トレヴィの泉って空いている時間ないの?」

「どうだろうな? 早朝ならかろうじて人がいないとかどうとか聞いた気もするが」


 ベリザリオがやや上に視線を向ける。私は「ね」と彼の腕を引いた。


「じゃあ、空いてる朝早くに行こう? それで私達で泉独占とか?」

「どれだけ早く行くつもりなんだ」


 ベリザリオが苦笑する。

 あれ? この案も微妙? 2人の希望をすり合わせた良い案だと思ったのだけど。


「駄目?」

「起きれるように頑張ります。それじゃあ早くホテルに帰って寝ないとな」


 ベリザリオの進路がまた変わった。というか元に戻った。さっきまでもホテルに向かって歩いてくれていたみたい。




 ホテルに着いた。

 飲み会前みたいにロビーでお別れかと思ったら、今度の彼は私と腕を組んだままエレベーターに直行する。上層階あたりのボタンを押した。そのまま階床ボタンを隠すような場所に居座ってしまったから、私には正確な行き先が見えない。

 私の部屋のある階層じゃなかった。そもそも部屋番号を教えていないし。

 上の方にはラウンジなんかもあったはずだから、そこに行きたいのだろうか。明日早いから早く寝ないとと言っていたような気がするのだけど。お酒のせいで記憶が飛んだとか? 酔っているようには見えないけれど。


「ラウンジで二次会?」

「さてどうだろうねぇ」


 悠然と笑うベリザリオは答えをくれない。目的階に着いたようで、すいっとエレベーターを降りた。降りた先はラウンジなんかじゃなくて、宿泊エリアの廊下に見える。


「どこだったかな」


 ベリザリオが財布から1枚のカードを出した。このホテルのカードキーだ。あれ? あれ? と、私が自分のカードを確認しようとしたら、ベリザリオに「アウローラのじゃないよ」と笑われた。


 そのカードで1室の扉を開けた彼はそれを照明用のソケットに挿し、


「1人だと寂しいので、泊まっていきませんか?」


 言ってくる。

 扉の向こうに見える部屋は私の部屋よりずっと広い。スイートかジュニアスイート、そこら辺だろう。こんな部屋を用意して、私が断らないとわかっていながら選択を委ねてくるのだから、確信犯だ。

 でもこれ、断ったらどうなるのだろう?


「帰るって言ったら?」

「一緒にアウローラの部屋に行く」


 即答された。

 これは、選択を委ねているように見せて、実質1択っていうアレですね。私も一緒にいたいからいいんだけど。


「いつ部屋取ったの?」


 部屋に入る。ベリザリオは腕時計を外して財布とアトマイザーはサイドテーブルに置いて、備え付けの時計で目覚ましをセットしていた。


「アウローラがこのホテルに泊まるって決めたらすぐに。でも、アウローラが教会に来てしまった時には焦った。研修が終わった後でチェックインだけして拾いに行こうと思っていたから。まぁ、本を置きに行ってもらっている間に挽回できたからOKだったが」

「用意良すぎ」


 私は部屋を見て回る。

 部屋数が無いからジュニアスイートなんだろうね。それでもベッドは大きいし、部屋も浴室もとても広い。私の部屋より数段快適そうだ。あ、コーヒーメーカーまである。これいいな。


「用意の良い男が好きだろう?」


 そんな私を背後からベリザリオが抱きしめてきた。

 手は服の中に入ってきているし、息使いが若干荒いから、完全にスイッチが切り替わっている。つい数分前までの紳士はどこへやらだ。


「神父様、淫らなことしていいんですか?」

「愛し合う者同士は励めと教義は言っている。産み育てよと」

「本当に?」


 なんか今考えましたって風に聞こえたんだけど。


「司祭は妻帯禁止とかいう馬鹿げたしきたりは数百年前のものだ。それに助祭は明日まで休業。関係無い」


 彼の唇が私の唇をふさいで、これ以上の私の小さな抵抗を妨げる。それがとろけるように甘いから、いつもいつも私の抵抗心は消えてなくなってしまう。

 身体から力が抜けた。吐息と声が漏れる。


 ベリザリオの唇が離れた。そうして、優しく私をお姫様だっこしてくれる。とろん、と、私は彼にしなだれた。


「明日起こしてね」

「了解」


 実際起こしてくれるのは目覚ましなんだろうけど。寝かしてもらえるのかもわからないけれど。

 思考を全部放り投げて私はベリザリオに身を委ねた。

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