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23話 憧れの世界

 キスを楽しんだ後はホテルに向かう。

 一緒に部屋まで来るかと思ったベリザリオだけれど、ロビーで待っていると言って付いてこなかった。少し拍子抜けだ。


 本はサイドテーブルに置いた。飴は特に邪魔じゃないから鞄に入れたままにしておく。化粧直しだけして部屋を出た。

 その後はベリザリオと手を繋いで予約したお店に向かう。


「ディアーナとエルメーテって結局どうなってるの?」

「手紙には書いて寄こさなかったっけ?」

「ないね。ル・ロゼにいる間は喧嘩ばっかりしてたし、ベリザリオの手紙には書かれてこないし。ちょっと気になってたんだよね」

「あの2人の関係ねぇ」


 少し苦い顔になったベリザリオがあごをさする。これはあれだ。エルメーテとディアーナの騒ぎに巻き込まれたくないと、ベリザリオがいつも浮かべていたあの表情だ。相変わらず、あの2人に巻き込まれると面倒くさいのだろうか。


「とりあえずエルメーテの恋は実った。大学に入学してから付き合いだしたからな」

「そうなんだ?」

「けど数日で振られた」

「なんで!?」

「エルメーテの奴、今までの女と全員別れるって条件で付き合って貰える事になってたんだが」

「別れてなかったの?」

「それどころかディアーナ以外にも増えてな」


 なんかもう続きを聞かなくても結末がわかる。ディアーナにこっぴどく叱られて捨てられたのだろう。でも、あのエルメーテがその程度で引き退るだろうか。


「正解。あいつ、最初は自分1人でディアーナに復縁を求めてたんだが、相手にされなくてな。助けてくれって私にまで泣きついてきだしたんだよ」

「あー。なんかわかる」

「で、2人がかりで土下座したら1回目だからって許してもらえて」


 ベリザリオまで土下座させられたんだ。エルメーテ、なんて余計なことを。


「2度目3度目がやってくるわけだ」

「最低」

「あいつらと付き合うのはいいんだが、いざこざだけは当人達で解決して欲しいんだ。私はもう本気で関わりたくない」


 げんなりとベリザリオがこぼした。声は疲れきっている。本気で嫌なのだろう。

 これは、後で久しぶりに会っても振らない方がいい話題だ。間違っても口にしないよう、頭のメモ帳に書き込んでおく。


「着いた。ここだよ。ああ、あいつらもう来てるな」


 ベリザリオが手を振ると、テラス席にいた2人が反応した。3年ぶりのディアーナとエルメーテだ。私は軽く走って2人のもとに行きディアーナの横に座る。


「2人とも久しぶり! 元気だった?」

「お陰様で。あなたも元気そうね」

「にしても随分と女らしくなったな。スリーサイズいく――」


 エルメーテの頬にディアーナの左ストレートがきまり、顔真正面からはスチールのお盆が襲う。エルメーテ、お盆だけは直撃ギリギリでキャッチしていた。

 お盆を投げたであろうベリザリオはひょうひょうと私の横に座る。


「なんか飛んできたな。治安が悪いにもほどがある」

「お前達の最近の俺への仕打ち、限度って言葉が迷子になってると思うの」

「エルメーテへの折檻には、最初から優しさ成分も限度って成分も含まれていないわ。だから大丈夫」

「辛い! 彼女と親友が厳し過ぎて俺辛えわー」


 エルメーテが大袈裟に机に突っ伏す。その上にディアーナはメニューを広げた。ベリザリオもディアーナも全く気にせず注文品を選んでいく。勢いに乗って私も食べたい物を選んだ。

 完全に無視されていたエルメーテが「がおー」と起き上がっても、ベリザリオとディアーナのセリフは「早くお前も選べ」と平然としたものだ。

 3年ぶりでも雰囲気は昔とそう変わりなくて、とても嬉しい。


 久しぶりに会ったディアーナはますます美人になっていた。これぞクールビューティという感じ。

 エルメーテは巨大化している。昔もラグビーをしていてガッチリしてたのだけど、一回り大きくなったような。鍛えた? それとも太った? どうでもいっか。

 ベリザリオも少しガッシリなったかな。でも、それより大人っぽさとセクシーさが増した気がする。惚れてる補正が掛かっているのは否定しない。


 お酒はすぐに届いた。

 それぞれの手元にお酒が渡ったので飲み会スタート。あとは適当に頼む。


「そういえば、アウローラこの後の進路どうすんだ?」


 チーズをかじりながらエルメーテが聞いてきた。


「フィレンツェ大学だよ。経済学部」

「てなるとあれだな。そのまま家の手伝いか。メディチ家の銀行デカイもんなぁ」

「エルメーテは教皇になれそうなの?」


 私はカナッペをくわえ聞き返す。

 エルメーテの夢なんだけど、なんと教皇になることなの。ル・ロゼに在学している頃からずっと言っていた。4人だけの秘密ではあるのだけど。

 さらに驚くべきは、エルメーテの夢にベリザリオとディアーナも協力的なこと。教皇選出選挙コンクラーベという選挙でエルメーテに票を入れる約束までしているんだって。

 その教皇選出選挙は枢機卿だけで行われるから、2人も枢機卿にならないといけないわけで。出世の難易度は全員変わらないとかなんとか。


 険しい道のりなのはわかっているはずなのに、エルメーテはグラスを持ってゲハハと笑う。


「ヨユーヨユー。盟友達が俺を教皇に押し上げてくれるはずだから」

「これが教皇になっていいのかと最近心配になる事が多いんだが」

「奇遇ね。私もよ」


 対照的に、協力者の2人は本気で悩み顔だ。次の瞬間には年長者3人の間に張りつめた空気が流れた。

 それから始まるお互いの文句合戦。

 出るわ出るわ。むしろよく知っているなという事柄までぶちまけられてくる。


 そんな感じでしばらく騒いでいて、最初にベリザリオが離脱した。怠そうに手をしっしとする。


「なんでもいいからお前さっさと教皇になってくれ。そしたら私は教皇庁を辞める」

「あ? そんで何すんのよお前?」


 エルメーテがぽかんとした。私もぽかん。だってその話は初めて聞いたから。すごく気になる。

 けれど、ベリザリオも明確な目標を持っていたわけではないみたい。そうだなぁ、と、のんびりあごをなでた。


「人が少ない所でのんびり暮らしたい。農家にでも転職して葡萄でも作るか」

「枢機卿から農家って落差凄くね?」

「そうか? 私の中ではそうでもないんだが」


 ううん。それはベリザリオの中でだけだと思うの。だってほら、ディアーナもすっごい呆れた顔してるもん。


「それで、どこら辺にまで引っ込みたいのよ。ポーランド? デンマーク?」

「あー。そうだな。もうどうせならヨーロッパの外とか」


 ベリザリオが爆弾発言をするものだから、全員の口から溜め息が漏れる。


「無理ゲー」


 エルメーテの口からは言葉も漏れた。

 理由は簡単。私達の生きる世界に、ヨーロッパ以外では人類が生きられる土地が無いから。

 昔にあった第五次世界大戦で世界中が放射能汚染されてしまって、ヨーロッパの一部しか綺麗な土地がないと教えられてきた。海も汚染されているらしいから、私達は海にさえ近寄れない。

 そんな状態なのに外の世界に行きたいと言うのだから、呆れられるのは仕方ない。


「あなた化学得意じゃない。除染方法とかないの?」

「無理。今の私程度でできるなら、世界はとっくに開いている」

「それもそうか」


 頭のいい3人が揃って大きな溜め息をついた。ベリザリオは何を考えているのか、ぼおっと焦点の合わぬ目でどこかを見つめている。しばらくそうしていて、急に笑顔になった。


「でも、外の世界を見るために除染っていうのは面白いよな。挑戦してみるか」

「実現できたら俺らも連れてってくれよ、外」


 まったくもって期待していない様子でエルメーテは手を振る。ディアーナも似たような反応。私はベリザリオのやる事は何だって応援したいから、ファイトと応援する。ベリザリオは優しく笑ってくれた。


「そうだな。みんなでバカンスにでも行こう」


 そうして穏やかに言う。私好きだな。ベリザリオのこの穏やかな喋り方。田舎に引っ込んだ方が落ち着いて暮らせるというのなら、それでもいいと思うんだ。




 それからも取り留めの無い話題があがる。

 喋り疲れてきた頃に、あくびをしたベリザリオが腕時計を見た。そうして周囲に尋ねる。


「ガリアーノを頼むが、他にもいる奴は?」


 私とディアーナは手を挙げた。

 ガリアーノはちょっと強い食後酒。そろそろお開きにしますよという合図だ。


「俺サンブカ」


 エルメーテは違う飲み物を要求した。途端にベリザリオとディアーナが厳しい表情になる。


「それは止めろ。前それ飲んで潰れただろ。重い奴が潰れると動かすのが大変だから止めろ」

「今日は大丈夫だって」


 ダイジョーブダイジョーブと、エルメーテは頑として譲らない。けれど、


「潰れたら捨てて帰るわよ」


 ディアーナの一言で黙った。その後は身を小さくして小さく挙手する。


「俺にもガリアーノで」


 こういう時に頼りになるのはやっぱりディアーナだよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ディアーナとエルメーテの関係、もうここまで来たら、理屈じゃないんだと思い始めました! 欠点を補って余りある、とまではいかなくても、エルメーテに良いところがあるのは分かるし、何だかんだでデ…
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