20話 ハッピーバレンタイン2
ふわふわした気分で夕ご飯まで済ます。
その後の自習時間は今日はお休み。
気持ちおしゃれして、上からコートを着込む。夕方お菓子屋さんで受け取ってきておいたケーキを持って部屋を出た。
少し歩いただけでも私と似たような子をちょいちょい見かける。
バレンタインを楽しむという1点において、みんな目的は同じだろう。今日だけは学校もその行動を目こぼしてくれるから、ありがたい柔軟性だ。
校舎の階段を登って中層階のベランダに出る。風に当たらないように建物の影に入った。
ここからだとグシュタードの町の夜景が見える。雪原に淡い灯りが点在する程度のささやかなものなのだけれど。そのささやかさが優しく感じられて、私はとても好き。
こんないい場所なのに、室外で寒いのもあって誰も来ない。ベリザリオと2人で過ごすにはもってこいの穴場だ。
約束の時間より20分早く来たからベリザリオはまだいない。
手鏡を出して髪が乱れていないかチェックする。リップOK、服も問題無い。あとは彼が来るのを待つだけだ。
それから5分も待っていないと思う。ベリザリオが来た。こちらを確認すると微笑んでくれる。久しく見ていなかった優しい顔だ。
「早かったね」
「今来たとこ」
毎年ベリザリオが言ってくれていた言葉を今年は私が言う。ベリザリオは扉を閉めてこちらに来ると、
「ハッピーバレンタイン」
赤い薔薇を1輪出してきた。私がそれを受け取ると、小さくて可愛い紙袋もくれる。中にマカロンとかお菓子が入っていて美味しいんだよね。
これが、いつもベリザリオのくれるプレゼントだ。
「ありがとう。ハッピーバレンタイン」
用意しておいたプレゼントを私も彼に渡す。
「ありがとう。開けていい?」
私の真横に来て座りながらベリザリオが言った。私も座ってこくんとうなずく。
袋の中からカードが取り出された。それを見たベリザリオは目を細めて薄く笑い、そのまま戻す。次は個包装されたケーキが取り出された。
「今年はガトーショコラか。美味しそうだね」
そう言ってベリザリオは私に1つくれる。
「私も開けていい?」
「どうぞ」
私も彼からのプレゼント袋を開けた。
そうしたら、中からリボンのかかった小さな箱が出てくる。リボンにはカードが挟まっていて、「ti amo(愛している)」と一言書かれていた。
彼のメッセージカードはいつもシンプルなのだけど、それが逆に好ましい。
カードの確認を終えたら小箱の処理にかかる。やたらとしっかりた箱だ。小洒落たお菓子なのだろう。
と、思っていたのに、中には可愛いネックレスが入っていた。
予想外の物が出てきたものだから、私はぽかんとするしかない。
「このデザインだと不服?」
そんなはずがない。なので首を横にふる。
小さな石がはまっている雫型でシルバーのペンダントトップは上品かつ清楚な感じだ。シンプルだからどんな服にでも合わせられるだろう。むしろ、素晴らしいチョイスだと言いたい。
「つけたアウローラが見たいから、私が付けていい?」
こくんこくん。
私がうなずくと、ベリザリオはちょっと笑ってネックレスを手に取った。
私は彼に背を向ける。
ネックレスを付ける邪魔になったようで、髪は軽くまとめて前に持ってこられた。コートの首元を開けろと言われた私はボタンを外す。
少し肌寒くなった胸元と首回りに、ゆっくりと、ひんやり冷たい金属の感触が触れた。
ネックレスをつけ終わったベリザリオは髪を元どおり後ろに流してくれる。そうして、私の前に身を乗り出してきて胸元を見た。たいそうな笑顔だった。
「似合ってる。良かった」
うん、それを貰えた私も嬉しい。でも、そのまま胸元にキスされたのは恥ずかしい。顔が赤くなったのがわかった。そんな私を見たベリザリオは更に嬉しそうに笑う。そのまま私をぎゅーっと抱きしめて言った。
「私はもうすぐ卒業だからね。アウローラの側にいれなくなる代わりに何か残しておきたかった。最初は指輪にしようかと思ったんだが、お前はまだ成長期だろう? サイズが合わなくなりそうだからこっちにしたんだ。気が向いた時にでも付けてくれると嬉しい」
どうも、卒業の壁というのはベリザリオの中にもあったらしい。離ればなれになる不安を和らげるための手段を講じてくれたのが嬉しい。
「にしても、今回は失敗した」
苦々しそうにベリザリオが言った。
なんでも、こっそりプレゼントを用意するために、ディアーナに私の指輪のサイズを調べてくれるように頼んだらしい。代わりに、バレンタインまでエルメーテを近寄らせるなと言いつけられてしまったみたいで。
その仕事中、私に近付き過ぎているエルメーテを見るたびに殺意が湧いたというから恐ろしい。
「こんなことなら、最初からプレゼント候補をネックレス1本に絞っておけば良かった。いらぬストレス過ぎた」
あと何日か長引けば、ベリザリオとディアーナで、エルメーテをす巻にして雪山に捨てていたかもしれないと彼は笑う。冗談だか本気だかわからないから怖い。だけど、なんかおかしい。
彼の腕の中で私は笑った。抱いてくれているベリザリオが温かい。いつかは手放さねばならないであろう温もりだけれれど、今は私だけのものだ。不安を忘れたくて彼の胸に顔をうずめる。
「卒業しても、ベリザリオは私だけの彼氏でいてくれる?」
「当たり前だろう? 心配?」
心配だ。とても。すぐ近くにはエルメーテっていう悪い例がいるし、ベリザリオは格好いいから、周囲の人たちが放っておかないだろう。
そんな私をあやすようにベリザリオは私の頭を撫でる。そうして、落ち着いた声でゆっくりと言ってくれた。
「手紙を書く。あと、時間がある時は会いにくるよ」
ベリザリオが私のあごに手を添えた。上を向かされて口をふさがれる。私は彼の背に腕を回して力を込めた。
忘れよう。今この瞬間だけは、お互いさえ感じていれればいいのだから。




