2話 羨望と友情
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授業が休みの土曜日。
私はベリザリオと女友達の3人で買い物にやってきた。石鹸やシャンプーといったお風呂用品が売っているお店に。
なぜこんな場所にいるのかというと、話は1週間前に遡る。
しつこい男子に絡まれながらも、どうにか夕食の時間に間に合った私とベリザリオ。食べている時の話題で、夕食に遅れかけた理由は何だという話になったのだ。それで、ここの石鹸をあの日にどうしても欲しかったからと話したら、ベリザリオが興味を示した。
一緒に食事をとっていた女友達も話にのって、今この状態である。
正直に言うと、ベリザリオと2人で来れた方がデートみたいで嬉しかった。
けれど、3人でも悪くない。
女友達の名前はディアーナ。私が入学した時にルームメイトだった人で、ベリザリオと同い年の16歳。栗色の髪と同色の涼やかな瞳の、スタイルも抜群の美人さんだ。
その彼女がベリザリオと仲良くしていたから、流れで私も彼とお近付きになれた。友達であると同時にキューピッドみたいに思っている大切な人だ。
「あ、これね。アウローラがいつも使ってるやつ」
ピンクの石鹸を指してディアーナが言った。石鹸の山の側にベリザリオも行って鼻をすんすんさせている。
「なんだか甘い匂いがするな。良い石鹸だというから試してみたかったんだが、私が使うには無理か」
「試してみれば? スイーツ王子とかあだ名がつくかもしれないけど」
「止めてくれ。どう考えても合わないだろう。見た目からして女子専用にしか思えないぞ」
ベリザリオがげんなりとする。ディアーナも苦笑して私の方を向いた。
「女子みんなは無理よ。私にも甘過ぎるもの。これが合うのはアウローラみたいな子くらいよ」
「まぁそうだな」
こちらを向いてくれたベリザリオの目は笑っていた。急に笑顔を向けられた私はドギマギしてしまう。
不意打ちなんてズルイ。それに、こっそりベリザリオの事を考えていたから、何か恥ずかしくなってしまった。
私がこの石鹸を使っているのには理由がある。ベリザリオからの印象を良くしたいからだ。
甘い匂いをさせていたら可愛いと思ってくれないかな、とか。
自然成分で作られていて肌が綺麗になるらしいから、そっちが好かれるよね、とか。
そう聞いたら飛びつくしかない。そして、できれば毎日使いたい。
そんな物なのに、切らしていたのを私は忘れていた。けれどこの石鹸、学内では買えない代物である。それでもどうしても欲しくて、ご飯前に慌てて買いに行ってあの騒ぎである。
口が裂けても言えないけれど。
「もう。そんなに照れないでよ。いいじゃない。可愛い女の子らしいものが似合うんだから。堂々と褒められなさい」
ふふっとディアーナが笑った。ベリザリオも笑う。
ひょっとして、2人とも、私が照れたのは褒められたせいだと思ったのだろうか。そこら辺の会話は右から左だったから、正直あまり聞いていなかったのだけれど。
勘違いしてもらえてなんか助かった……気がする。
あ、でも、2人のこの石鹸に対する印象は悪くないみたい。それが知れただけでも嬉しい。ご機嫌よろしく私は他の石鹸の山の方に行った。
「あのね、ディアーナはこっちのサッパリ系の香りの石鹸とか気に入ると思うよ。ベリザリオは香りと洗い上がりがスッキリのコレとか使いやすいんじゃないかな? 洗顔用のやつなんだけど」
それぞれに合いそうな石鹸を両手に取る。
笑顔の2人は私の横に来て、買い物籠の中にそれを入れてくれた。
「あれ? 即決?」
「アウローラが選んだのなら失敗はないでしょうし」
「ここの商品については私達よりずっと詳しそうだしな」
それからの2人は商品を見て回りながらお店をブラブラする。途中でベリザリオは私がいつも使っている石鹸を手に取っていた。
「ベリザリオそれ使うの?」
「無理を言わないでくれ。この前みたいな事がまたあると困るから、アウローラの予備かな。プレゼントしよう」
ぽいぽいと、ピンクの塊が3つ籠に入る。
どうしよう。彼からのプレゼントだと思うと顔がにやけそうになる。ありがとうと言うべきなのだろうけれど、ちょっと待って欲しい。今力を抜いたら表情が決壊する。
「ねぇ、ちょっと」
そんな私とベリザリオの間にディアーナが入ってきた。その上、耳を貸せといった様子で指を動かしている。私とベリザリオは顔を寄せた。
「顔は動かさないで確認して。なんか、学校から私達をつけてきてる馬鹿がいるんだけど。店の外側の石鹸の山の向こうね。あれが最近アウローラにしつこい彼?」
小さな声でディアーナが言ってくる。
気持ち悪くなって私の血の気が引いた。
「ああ、あいつだな。まだ諦めてないのか」
苦い声でベリザリオが言っているからそうなのだろう。怖くて、私にそちらは見れない。
「どうするの? アウローラが嫌がってるみたいだから、怒鳴りつけて追い払ってもいいけど」
「意味が無いだろうな。たまたま行動ルートが一緒だっただけだと言われてしまえばそれまでだし」
それで2人が黙る。けれど、すぐにベリザリオが口を開いた。
「あいつとアウローラの間にきっちり割り込んどくか」
「ああ。それはいいわね」
よくわからない事を2人は言う。ベリザリオを見上げた私に彼は笑顔を向けてきた。
「さて、どこまでだったら私はアウローラに叱られないと思う?」
相変わらず謎な事をベリザリオが言う。何が何やら分からなくて首をかしげている私をチラリとディアーナが見た。
「おでこにチューくらいならいいんじゃない? で、手でも繋いで歩けば」
「ベリザリオとディアーナが?」
「あなたにベリザリオがよ」
「んお、おでっ、ちゅ!?」
驚きすぎて、何を言っているやらよくわからない言葉を私は叫んでしまった。
なんで唐突にそんな事に!?
ううん、してもらえたら嬉しいけど倒れそう。
感情がまとまらなくて、言葉も上手く出てこない私は身振り手振りでバタバタするしかない。
ディアーナには苦笑されて、ベリザリオには苦い表情をされた。
「盛大に私が振られたぞ。どうしてくれるんだ」
「欠片も傷付いてないんだからいいじゃない。ま、この感じだと手を繋ぐくらいが限界ね」
とかなんとか、年長者2人で勝手に話を進めている。
「まぁ、先に会計を済ませてくるか。その間にアウローラに説明をしておいてくれ」
そう言ったベリザリオはディアーナの籠も持って会計に行った。ディアーナは私の耳に手を添えてくる。
「あのね、あそこから見てる馬鹿に、あなたとベリザリオが仲良くしてる姿を見せつけて諦めさせようかと思って。それが駄目でも、ベリザリオに嫉妬した馬鹿の意識が彼の方に向けばいいなって。だから、ベリザリオが戻ってきたら手でも繋いで学校まで帰ってみて」
「それってベリザリオが危なくない?」
手が繋げれば、私はとても嬉しいけれど。ディアーナはコロコロ笑った。
「大丈夫よ。あの人護身術の成績とてもいいから。道中で襲ってくるようなら私も手助けするし。私も護身術の成績いいの知ってるでしょう?」
うん。知っている。
2人とも護身術だけじゃなくて他の成績も群を抜いていて、入学してから学年主席と次席を独占してるって。
「それで、私は手を繋いでもらえるのかな?」
会計を終えて戻ってきたベリザリオが私に手を出した。私はそろそろと手を重ねる。ベリザリオがぎゅっと握ってくれた時には心臓が飛び出るかと思った。
嬉しいのだけど、汗かいてないかなと心配だったり、ストーカーが気になったり。色々気持ちが忙しい。
「それじゃあ帰ろうか」
対照的に、何事もなさそうに彼は言う。ごく自然にディアーナはベリザリオと逆隣に来てくれた。
頼りになる2人に挟まれて私は歩く。
繋いでいるベリザリオの骨ばった手は大きくて温かい。こうしてくれているだけで、包まれている気がして不安がスッとなくなる。
でもね、別の不安が首をもたげるの。
私から見たベリザリオとディアーナはとっても優秀で、頼りになって、見た目も良くて、とてもお似合いなの。2人が付き合っていないのは知っているけど、互いをどう思っているのかはわからない。
ディアーナの事は大好きなのに、同じだけ嫉妬もしてしまう。
この気持ちはどうしたらいいんだろう。