19話 ハッピーバレンタイン
学校に帰ったらエルメーテを探したのだけど見つからない。晩ご飯前になって、ディアーナではない女子とのデートから帰ってきたらしき彼を見つけた。
彼女複数人持ちなのに、さらに欲しがるってなんだろう。
本命だからとかなんとか、そんなの関係ない気がする。そんな汚い身体で私の大切な友達に言い寄らないで欲しい。普通にイラっとした。
私が見ているのに気付いているのかいないのか、彼は連れの彼女とキスをして別れる。その後は笑顔で私に手を振ってきた。
「お前も今から飯?」
「エルメーテを探してたんだけど」
「え? 俺を探してたの? ひょっとして例のアレか!?」
エルメーテのテンションがわかりやすく上がる。逆に私のテンションはなんか下がった。
「よしよし。物事は上手く回っている。神様ありがとう! さ、アウローラ、中で飯でも食いながらゆっくり話そうぜ」
そう言って彼が私の肩に回した手も不快だ。いつもだったら、調子いいなぁくらいでなんともない行為なのだけれど。
エルメーテを見たくなくて顔を逸らしたら、顔を向けた先からベリザリオとディアーナが歩いてきてた。
ディアーナが苦虫を噛み潰したような表情になる。
ベリザリオの表情は変わらなかったけれど、片眉がピクっと動いた気がする。
あああ。2人のその反応の原因は間違いなく横のこの人ですよね。
私は慌ててエルメーテを引き剥がそうとしたのだけど、エルメーテは逆に私に顔を寄せてくる。
「ヤバイな、ディアーナが来た。アウローラ、先にディアーナの情報だけくれ」
それで図々しく要求してきた。誰のせいで歩いてくる2人が不穏な空気を発しているのかわかっているのだろうか。
でも、話をしないとエルメーテが放してくれそうにない。
仕方がないので、私は彼の耳に手を添えて内緒話した。
途中でベリザリオとディアーナが横に来る。2人は話しかけてこない。ベリザリオだけがエルメーテの頭にゲンコツを落として通り過ぎて行った。
情報交換を終えてベリザリオ達の方を見ると、2人がけの席に座っている。あれはもう、わかりやすい「こっち来るな」のアピールだ。
なのにエルメーテは図太く2人の方に行く。そのうえ文句を申し立てた。
「なんでお前らそこ座ってんだよ。俺らが座れねーじゃん」
「どことなり座れ。席は空いている」
「いやだって、他の席になるとディアーナと離れるじゃん。お前代わってくれる?」
「食事中に動きたくない。諦めろ」
それっきりベリザリオは黙る。ディアーナは元から何も喋っていないし、そもそもこちらを見ていない。
これは、あれだろうか。
エルメーテがまた何かしでかしてディアーナがキレて、ベリザリオもディアーナの側についた――そんな構図な気がする。
「ちぇー。なんだよお前ら冷てえな。行こうぜアウローラ。なんなら俺と付き合おうぜ」
拗ねたようにエルメーテが回れ右した。その上、またしても私の肩に腕を回してくる。そんな私達の横を2本のナイフがかすめていった。
それが飛んできた方を見ると、ベリザリオとディアーナの手元からナイフが無くなっている。こちらを見ずにベリザリオが立ち上がった。
「手が滑ったな。ああ、いい。お前の分も私が取ってこよう」
そうして、新しいナイフを2本持ってきて、1本はディアーナに渡す。2人して何事も無かったかのように食事を再開した。
「近く、危なそうだから、もうちょいあっち行こうぜ」
今度は私に触れずにエルメーテが言ってくる。私としては行きたくないけれど、行くしかない。なんか、巻き込まれ事故が大惨事になってきているような気が。
事件が起きています。ぜんぜんベリザリオに会えません。
食事はいつもベリザリオとディアーナで固まっているし、自習時間も彼が図書室に来ない。午後からのスポーツの時間でも捕まらない。目撃情報によると、相変わらずベリザリオはディアーナと一緒らしい。
「これはいよいよ俺ら捨てられたか」
「捨てられてないよ! ひとくくりにしないでよ!!」
バレンタインの日の朝。食堂で私は頭を抱えた。
いやもう、本当に捨てられてたらどうしようと思うと泣きそうになる。最初から認められていないエルメーテと違って、こちらは捨てられたら致命傷なのだ。しばらく立ち直れない自信がある。
妄想とは厄介なもので、1度始まってしまうとなかなか止まらない。幸せな時は幸せな方に昇り続けるけれど、悪いことを考えだすとどこまでも転がり落ちていく。
卓に突っ伏していたら指に何かが触れた気がした。なんだろうと思って顔を上げると、折り畳まれた紙切れが落ちる。食堂の出口からはベリザリオとディアーナが出ていった。
「それ、ベリザリオが置いてったぜ」
エルメーテが先ほど落ちた紙切れを指す。私は慌てて紙を拾って開いた。
中にはベリザリオの筆跡で「いつもの場所でいつもの時間に待っている」とだけ書かれている。署名はない。けれど、開いたときにベリザリオがつけている香水の香りがしたので、差出人の特定には十分だ。
良かった。捨てられてなかった。
そう思ったら世界がぱあっと明るくなった。
「お前わかりやすすぎ。俺はこんなに不幸なのに」
エルメーテの嫉妬も今は許そう。なんならこの幸せな気持ちを分けてあげてもいいくらい。