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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Le Rosey編 才器の残照
18/83

18話 指輪の夢

 * * * *



 2月。

 恋人達、もしくは恋人が欲しい人にとっての一大イベントがあるが故に、どこかそわそわとした月である。

 そして、ソワソワが止まらない男子が私の前にも1人。


「な。頼む! それとなくディアーナの指輪のサイズ調べてきてくれ! ついでに好みも」


 朝食の席でエルメーテが私を拝んできた。こんなお願いをできるくらいの状態なので、まだディアーナはいない。ベリザリオもいない。

 ただ、このお願いを気安く引き受けると危険な気がすると、私の本能が警告を発している。


 ちょっと前のスノボ勝負から始まったゴタゴタも、元はエルメーテのお願いから始まった。あのあと数日ディアーナの機嫌が恐ろしく悪かったし、できればしばらく地雷は踏みたくない。流すのが正解だ。


「代わりにベリザリオの情報流すからよ」

「ん」


 なのに、ぶら下げられた対価のせいで「待った」がかかる。私の心の中の変化を察したらしきエルメーテが悪い顔になった。


「欲しいだろ〜あいつの情報。俺ぜったい誰よりあいつの事知ってるぜ? なんてったって、あいつとは8年も同部屋だったからな!」

「私がエルメーテと取引したこと誰にも言わない?」

「言わない言わない。俺らってあのSSコンビに虐げられてる同志でもあるし、仲良くしようぜ」

「SSコンビ?」

「そりゃあもうディアーナとベリザリオに決まってんだろ。あいつらSっ気が強すぎ。いつも虐められる俺かわいそう」

「エルメーテが怒られるのは自業自得だし。同列にされるのは拒否」

「ヒドイ!」


 エルメーテが大袈裟に嘆いて卓に突っ伏した。このまま放置していると嘘泣きを始めそうな勢いだ。こういうことをするから「ウザイ」とあしらわれているのに、彼は気付いていないのだろうか。


 そんな、ちょっと賑やかな時間を過ごしていたら、ベリザリオとディアーナが連れだって食堂に入ってきた。何か喋っていた2人はこちらを見て仲良く眉をしかめる。そうして、私とエルメーテから少し離れて座った。


「あれ? お前達なんでそこ? こっち来ねーの?」

「朝からウザイのは御免よ」

「同上」


 だそうだ。

 あああ。なんか巻き込まれ事故な予感。エルメーテのせいでベリザリオとの朝の触れ合いの時間が無くなったじゃない!




 土曜日。

 私はディアーナと出かけることに成功した。2人でぶらぶらとグシュタードのメインストリートを歩く。バレンタイン直前なのもあって、貴金属店にお客が多い気がする。


「ねぇ、ちょっとそこのお店入らない? リング見てみたいんだけど」


 ディアーナが一軒の貴金属店を指した。都合のいいことに行きたかった場所だ。お店にさえ入れれば、ディアーナに指輪を試着してもらう機会だって作れるだろう。


「行こう行こう! 普段より可愛いデザイン増えてるといいね」

「そうね」


 お店に入る。店内は微妙にカップルが多かった。男同士や女同士の組もぼちぼちいる。相手にサプライズプレゼントする為に、友達と見に来たという感じだろうか。


 お客さんを見ながらそんな事を考えていたら、おやっと引っかかった。

 ディアーナがこういうお店に行きたがるなんて珍しい。ひょっとして、バレンタインに誰かにあげるのだろうか。もしかしてエルメーテ? 私、結局2人が付き合う事になったのか知らないのだけど、どうなったのだろう。


 あれ以来、エルメーテがしつこくディアーナに言い寄っては張り倒される光景をよく見るから、告白失敗していそうなのだけど。


「ねぇディアーナ、エルメーテとど――」


 どうなったの? と聞こうと思ったら、ディアーナから負のオーラがあふれた。


「あの馬鹿となんですって?」


 このオーラは良くない。非常に良くない。これ以上突っ込むと確実に地雷を踏み抜く。私は大慌てでふるふると首を横に振った。


「う、ううん。エルメーテいつもしつこくて大変だね」

「そうね。あの馬鹿のせいで毎日ストレスが貯まる一方だわ」


 ディアーナが忌々しそうに吐き捨てる。それで、一瞬漂った負のオーラが消えた。


「そんなのは今はいいわ。せっかくここに来たんだから品物を見ましょうよ。ほら、普段は見ないようなデザインの物もあるわよ」

「うん、そうだね」


 そうそう、今はそれどころじゃない。エルメーテからの頼まれごとをどうにかしなくちゃ。

 それにしても、展示されている物はどれも綺麗。私にはまだ縁遠いアイテムだから入らない種類のお店なのだけど、普段より可愛らしい物が多いんだろうなとは思う。


 ハートの形やピンクゴールドのネックレスが多かったりするし、ペアのアイテムもたくさんある。

 そんな中にベリザリオに似合いそうな指輪を見つけた。ペアのタイプだから一緒につけられたら嬉しいのだけど、私のお小遣いで手の出る値段じゃない。


 中等学年の私に毎月支給されるお小遣いは多くない。高等学年になれば増えるらしいけど、それでも高いと思う。買う人は早くからお金を貯めているのだろうか。バレンタインにはいつもケーキをあげていた私だから、高額なもののための貯金はすっかり抜け落ちていた。


「あなた、そういうのが好きなの?」


 よほどじっと見ていたのだろう。ディアーナに尋ねられた。私が好きなのかと言われれば違うような気がするけれど。


「うーん? でも、なんかいいなって」

「せっかくだし付けさせてもらえば?」

「でも私買わないよ?」


 というか買えない。ちょっとしょぼんとしていたら、店員さんが来て私の見ていた指輪を出してくれた。


「つけるだけならタダですし、どうぞ。つける指のサイズはいくらですか?」


 聞いてくる。せっかくだからつけてみたいのだけど、今まで指輪を買ったことが無いからサイズがわからない。わからないって言ったら、店員さんがサイズを調べてくれた。


 私の見ていたペアリングの女の子物は緩やかなひねりのある細めのもので、可愛くて繊細な感じ。シンプルな男物がベリザリオに合いそうだなと思って見ていたのだけど、私にも意外と似合う。

 店員さんが右の薬指につけてくれたものだから、1人でちょっと舞い上がった。

 店員さんはディアーナにも声をかけている。


「そちらのお嬢さんもどうですか?」

「え、私は――」

「ディアーナも一緒につけようよ」


 むしろつけてください。そうすれば、ディアーナの好みと指輪のサイズがわかって、エルメーテからの頼まれごとを達成できるから。恋のために若干友達を売るような気がしなくもないけど、指輪のサイズを聞いてくるくらいだからプレゼントする気なんだよね?

 欲しい物を貰えるのなら、まぁ、そう悪いことでもない? ということで。


 少し困っていたディアーナだったけれど、小さく笑って1つの指輪を指した。


「そうね。せっかくだし。これを」


 シンプルなゴールドシルバーの指輪だ。飾り気はないのだけど、それが逆にディアーナを引き立ててくれている感じ。とても似合う。


「お2人共よくお似合いですね。どうせなら、彼氏さんにでもねだってみられてはいかがです?」


 店員さんが笑った。

 なるほど。私達が買わなくても、彼氏側に買わせる手もあるんだ。良い物をつけると欲しくなってしまうものだし。

 そこまで計算してだなんて、店員さん恐ろしい。


「ベリザリオにねだってみれば?」


 冗談めかしてディアーナが言った。でもこれ高すぎるんだよね。良い物だけど。だから、おねだりするには尻込みする。


「考えとく」


 どちらとも取れない答えを返しながら指輪を外した。ディアーナも返品している。それでお店を出た。


「なんか楽しかったね」


 足取り軽く通りを歩く。ディアーナの好みと指輪のサイズはわかったし、幸せな夢は見れたし。あの指輪じゃなくていいから、いつかベリザリオとお揃いの指輪を薬指にはめたいなぁ。

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