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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Le Rosey編 才器の残照
15/83

15話 30回目の一生のお願い

 * * * *



「ディアーナ、ベリザリオってどんな服装が好きなの? あと髪型も」

「何でそれを私が知っていると思うのか理解に苦しむわ」


「ディアーナ、ベリザリオの好きな化粧の仕方教えて!」

「そんなの知らないわよ!」


「ディアーナ――」

「あなた達2人で解決しなさいよ!!」


「エルメーテ……はいいや」

「ヒドイっ!」




 穏やかに時は流れる。

 ベリザリオと付き合い始めて2年。私は15歳になった。そんな冬。




 ロールから東に移動すること少し。アルプス山脈の標高1千メートルに位置するウインターリゾート地グシュタード。1月から3月の間、ル・ロゼのキャンパスはこちらに移る。

 授業は午前中でお終いになって、午後からはひたすらにウインタースポーツ。

 遊び放題というわけではない。文武両道の一環として、強制的に運動時間にされている。


 とは言っても、誰と何をするかは自由だ。私とベリザリオにとっては絶好のデート時間であり、とても楽しい。

 そんな私達2人のもとに、今日はある人物が乱入してきていた。


「頼む! このとーり! 一生のお願い!!」

「断る。帰れ」


 土下座した上に顔の前で手を合わせて拝んでくるエルメーテを、ベリザリオが一言で切り捨てた。

 けれど、その程度で引き退るエルメーテではない。ベリザリオにしがみ付いてわめきたてている。


「俺達親友だろ!? 酷くね!? せめて頼みが何かくらい聞くだろ!?」

「やかましい! だいたいお前の一生は何度あるんだ!? 一生のお願いをされたのはもう30回目だぞ!」

「俺の記憶には無い! だから1度目でOK」

「鳥よりも粗末な頭だな」

「それほどでも」


 男子2人が睨み合う。いつまでもじゃれていると話が進みそうになかったので、私も話に加わった。


「エルメーテは何をお願いに来たの?」

「おぉぉさすがアウローラ様。俺の女神。ぜひともベッドの中で話を――」


 言葉が終わる前にベリザリオがエルメーテを背負い投げた。その上、尻もちをついたエルメーテの頭に踵落としまできめる。なんの冗談か、木に積もっていた雪がエルメーテの上にだけ落ちた。

 できた雪山を見て、ベリザリオは首の前で指を横一線に動かしている。えと、「速やかに死んで地獄に落ちろ」って意味だったかな?


 そこにディアーナがスノーボードで滑ってきて、雪山に盛大に雪を飛ばして止まる。


「あなた達だけ? エルメーテから、あなた達と一緒にいるから来いって言われたんだけど」

「そうなのか? まぁ、今ごろ地獄に落ちてるといいな」


 ベリザリオは笑顔でそんな事を言う。雪山からはエルメーテが這い出てきた。


「しぶといなお前」

「それが俺の持ち味」

「あそう。次はもっと深く埋めるわ」

「ヤメテ! お前本当にやりそうだからヤメテ! 本気で死ぬから!」

「あなたまたアウローラに手を出そうとしたんでしょ。少しは学習したらどうなのよ。で、話って何?」


 這い出てくるエルメーテをディアーナが呆れまなこで見る。ようやく雪山から出れたエルメーテは雪を軽く払って、びしっとディアーナを指差した。


「ディアーナ。お前にスノボ勝負を申し込む! 俺の方が早かったら彼女になってくれ!」


 大声が雪原にこだまして、後には沈黙だけが落ちる。しばらくしたら、頭が痛そうにディアーナがこめかみに指を添えた。


「寝言は寝て言ってくれない?」

「めっちゃ起きてる。ほれほれ」


 前屈みなエルメーテがディアーナの方に近寄っていく。かなり近くまで来たエルメーテをディアーナは回し蹴りし、ひるんだ彼の頭に踵を落とした。

 雪の上にノックダウンしたエルメーテの頭にディアーナの靴が乗る。


「遺言はあるかしら」

「いいじゃん。いつもお前の方が早いじゃん。哀れな俺に情けをかけてくれてもいいじゃん。ちなみに、あの2人も俺達に付き合って一緒に滑ってくれるらしい」


 エルメーテが私とベリザリオの方を指す。ベリザリオが明らかにげんなりとした。ディアーナはディアーナで不機嫌にこちらを見てくる。


「それ本当なの?」

「手伝えば、グシュタードにいる間の私達2人の遊び代を出してくれるらしいからな」


 実に自然にベリザリオが返した。

 ディアーナに踏まれるエルメーテの顔は百面相だ。ベリザリオの表情は動いていないけれど、エルメーテの表情がころころ変わる。

 2人の間では意思疎通ができているのだろう。


(お前それ要求酷すぎね?)

(値下げは一切無しだ。嫌なら自力でどうにかしろ)

(そこをなんとか)

(この話は無かったことで)

(待って! 見捨てないで! わかった、それで飲むからっ!!)


 ニュアンス的にはこんな感じだろうか。泣きそうな悟ったような表情になったエルメーテがディアーナの靴の下から抜け出す。そうして、図太く彼女の肩に手を回して押しやっていた。


「ていうわけだから、スタートに行こうぜディアーナ。あいつらは後ろからゆっくり来るだろうし」

「ちょっと! 私は受けるとは言っていないわよ! 聞きなさいよ、この馬鹿!!」


 ディアーナの抵抗などなんのそのである。エルメーテは私達に目配せしてリフト乗り場に消えた。

 後には私とベリザリオだけが残される。


「あれが一生のお願い?」

「だな。また面倒な頼みを。不正がバレたら私まで殺されること間違いなしなんだが」


 ぶつぶつ言いながらもベリザリオは雪に刺しておいたスノーボードを取る。私の分も持ってきてくれた。


「正直私はこの話に関わりたくない。不正に気付いたディアーナにシバかれるのも、恋が成就するまでエルメーテに付きまとわれるのも御免だ」

「でも私、あの2人結構お似合いだと思うよ。2人も恋人同士になれば、ダブルデートしても楽しそうだよね」


 そんな気がして、何も考えずに言う。ベリザリオは頭が痛そうに額を手で覆った。


「アウローラがそう言うなら手は貸すが。私とお前でディアーナの滑る邪魔でもして、エルメーテが先にゴールできるようにしてやろう。でもそれまでだ。それでも駄目だったら、あいつが駄目男だったってことで」

「うん。わかった。私頑張るね」

「アウローラはスノボ今年始めたばかりで、まだあまり滑れないだろう? スタート地点で失敗を装ってディアーナの邪魔をして、あとはゆっくり降りておいで。私はゴール近くでディアーナの妨害をするから。下で待ってる」

「うん」


 悪巧みの相談を終えたら2人乗りのリフトに乗る。これからはしばしの空の散歩だ。


「エルメーテってディアーナにも興味あったんだ?」

「むしろディアーナが本命なんだよ」


 ベリザリオが苦い顔になった。私には言っている意味がよくわからない。


「ディアーナに笑われたらどうしようって手を出し切らなかったらしくてな。ちょっと小手先の技術を磨いたり、嫉妬心を煽ろうと他の女と絡んでたらあの状態」

「最低」

「まぁ、私としては、あいつの気持ちもわからなくはないが」


 本気の時ほど男は臆病なんだよとベリザリオは苦笑する。

 その気持ちはわからないでもないけど、だからって、あの行動はないと思う。

 ぷーっと膨れていたらベリザリオに頬を突かれた。そのまま軽くキスされる。この人は、こういうちょっとしたチャンスを見逃さない。愛されてる感じを確認できるから大歓迎だけど。

 そういう触れ合いをしている途中でふと思った。


「エルメーテ、なんで急に告白しようと思ったのかな?」

「もうすぐ私達は卒業だからな。大学も同じだから会いはするんだが、今ほどの頻度ではあり得ない。だから、繋ぎ止めておく何かが欲しいんだろうな」


 リフトの降り口が見えてきた。ベリザリオが顔を離す。そうして、すいっと降りていった。私も降りる。

 エルメーテ達が手を振っている方にベリザリオは滑っていった。


 ベリザリオに言われて思い出したけれど、こうしてグシュタードで4人で遊べるのも今年で最後だ。冬季講習が終わったら春休みになって、5月、6月と授業を受けて彼らは卒業。

 今みたいに私だけ置いていかれるのだろうか。ベリザリオと私の関係もそれで終わるのだろうか。


「ほら、アウローラも早く」


 不安はあったけれど、3人が笑って呼んでくれるから、ひとまず忘れて暖かな居場所に向かった。

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