13話 花の村2
「失敗した。眠い。完全に昼を食べ過ぎた」
あくびしたベリザリオがぼそっと言った。同意と私もあくびする。ベリザリオがこちらを見ていたのに気付いて慌てて口元を手で隠した。
「アウローラも眠い?」
「あはは、ベリザリオと一緒……かな? でも大丈夫だよ。お散歩の続きしよう?」
とは言ってみたものの、言葉の最後あたりであくびが出た。我ながら説得力ゼロだったと思う。だってベリザリオが鼻で笑ったし。
「アウローラが大丈夫でも私が眠い。少し寝させてくれ」
そう言って彼はのんびり歩いていく。横を私も歩く。
「お昼寝できそうな場所あるの?」
「村を回っている途中で広場があった。ベンチが空いているといいんだが」
そう言うベリザリオの目はとろんとしている。たまに眠気を払うみたいに頭を振って、目をぱちぱちさせるのが少し可愛い。
うっかりずっと見ていたら、こちらを向いたベリザリオと目があった。彼は「何か?」という感じで視線で問いかけてきてくれる。
ごめんなさい、なんでもないです。
見惚れてたなんて言えないから、私は首を横に振って前を向いた。
少し行くと教会が見えてくる。その前は広場になっていて、ベンチもあって、みんな思い思いにくつろいでいた。でも残念。全部埋まってしまっていてる。
「空いてないね」と言おうとしたら、大きな木の下のベンチに座っていた人がどいた。
「いい場所が空いたな」
気持ち早足でベリザリオはそこに歩いていって椅子を確保。安心したように背もたれに寄りかかった。その横に私はちょこんと座る。
ベリザリオは眼眼を外してジャケットの胸ポケットに入れていた。
「アウローラは大丈夫らしいから、先に私に寝させてくれ。10分でいい。時計持ってる?」
そうして聞いてくる。眼鏡が無くなると視線が直接ぶつかってまぶしい。って、そんなことを考えている場合じゃなかった。腕時計をしていなかった私には首を横に振るしかできなかったけど。
ベリザリオは着けていた腕時計を外して私に渡してくる。あ、ちょっと指が触った。やった。じゃない!
「それじゃあお願いします。ああ。変な人が来たらきちんと起こすように」
1人でわたわたしている私を置いてベリザリオは腕を組んだ。そのままうつむいてピクリともしなくなる。すぐに小さな寝息が聞こえてきた。
無防備に眠る彼もとても格好いい。でも、可愛くも感じる。なんとなくほっぺのあたりをつつきたくなったのだけど、起こしてしまいそうだから我慢。
昔は姿を見れるだけでよかった。それが、いつでも近くにいたくなった。お喋りだってしたい。もっとベリザリオの事を教えてもらいたい。それに手だって握りたい。
ううん。最近は他の場所も触りたいし触って欲しい。他の子も、誰かを好きになったらこんな風に思うのかな。
座り場所を少しだけベリザリオの方に寄せた。急に引っ付くと起こすかもしれないから、ゆっくりゆっくり近付く。お互いの身体が軽く触れ合うくらいの距離が限界っぽかったから、そこで止まった。
触れている部分から伝わってくる彼の体温が気持ちいい。それに、眼を閉じて歩いていた時に感じた香りがしてきた。弱い匂いだし、感じない時も多いから捕まえるのが大変なのだけど、出どころを探ってみると、どうやらベリザリオみたい。
香水つけてるのかな。種類なんだろう。もっと嗅ぎたいな。とか思っていたら、横の彼が身じろぐ。
あわわと、私は慌ててベリザリオから離れた。
ベリザリオの目が開く。といっても半開きだけど。しばらくそのままぼーっとしていて、何度かまばたきしたかと思うと背伸びした。そうして私に笑顔を向けてくる。
「だいぶ眠気が飛んだな。起こさないでいてくれたんだ? 私はどれだけ寝てた?」
言われて私は慌てて時計を見る。
「15分」
本当は起こすのを忘れていただけなのだけど、言わない方が良さそうだから笑顔で隠す。腕時計はベリザリオに返した。
「長時間じゃなくて良かったよ。それじゃあ昼寝の番を代わろう。私が起きているから好きに寝ていいよ」
腕時計をはめたベリザリオは眼鏡もかける。
私は寝るか迷った。実をいうと、昼寝の番をしている間に結構興奮したせいで、眠気はだいぶ飛んでいる。このまま普通に散歩の続きだってできるだろう。
でも、せっかくの気遣いだし。ここで我慢したせいで変な時に眠くなっても嫌だし。
「うん。じゃあちょっと寝るね」
そう言ってうつむいて目を閉じた。そうしたら、意外にも一瞬で意識が遠のく。やっぱり眠かったみたい。
なんとなく意識が戻って、目を開けたらベリザリオと目があった。それはもう真正面から向き合う感じで。
頭が回っていないせいか何も考えられない。
お互いに視線をそらせないで見つめ合っていたのだけど、
「うひゃぁああっ!」
叫び声を上げながら私は跳ね起きた。上げた頭がベリザリオのあごに当たって、彼の口から「ごふっ」とかいう声が漏れる。ついでに、私の身体の上から何かが落ちた。
ベリザリオのジャケットに見えた。あれ? と思って彼を見るとジャケットが無い。足元には彼の物と思われる物が落ちている。
「ベリザリオ、かけてくれたの?」
「少し暗くなってきたからね。風邪をひくといけないし」
頭突きで眼鏡がズレたみたいで、ベリザリオが眼鏡のフレームに手を添えていた。今更気付いたのだけど、いつもと違う眼鏡だ。その後の彼は落ちていたジャケットを払って着込む。
「もう眠くない?」
「うん」
私はこくんとうなずいた。
なにゆえか身体をひねった姿勢になっていて疲れるから、真っ直ぐに向き直る。座っているベリザリオに対して90度の角度の向きになった。お尻の位置も、微妙にズレて、というか離れている。
寝付いた時はちょっと離れたくらいの場所で、彼と同じ方向を向いていたはずなのだけれど。
その上、目覚めた時のシチュエーションが何やらおかしかったような気がする。うーんと思い返してみると、あれはどう考えても憧れのあれだ。喋ろうとすると声が震える。
「ねぇ、私、なんか膝枕されてたような」
「ああ。なんか段々倒れてきて、ほっといたらああなってたな」
ベリザリオは思い出すようにちょっと上に視線を向けて、どうということなさそうに言った。
いえいえ、あなたにとってはどうということなくても、私にとっては一大事です。そんな素晴らしい状況だったのに寝ていて意識がなかったなんて、勿体なさすぎる!
それに、起きた時の感じだと、私、仰向けに寝てたよね? 寝顔を見られていたかと思うと恥ずかしい。1人で「あー」とか「うー」とかうめいていたら、
「可愛い寝顔だったよ」
ベリザリオがトドメをさしてきた。
私の頭がぽんっと音を立てて何かが出ていく。
本当におかしそうにベリザリオは笑っていた。
ああ、完全にからかわれて遊ばれていますね私。でもどうしようもない。
色々疲れてガックリしている私の頭にベリザリオが手を置いた。そして、お決まりのぽんぽんをしてくる。
「その元気なら途中で寝落ちもなさそうだな。暗くなってきたし、帰るか」
立ち上がった彼は背伸びしていた。それが終わると船着き場へ歩き出す。
周囲は夕方……すらも終わりそうな色合いになっている。ひょっとしなくても寝過ぎだよ私。
「なんで起こしてくれなかったの?」
「気持ち良さそうに寝てるから、別にいいかなって」
ベリザリオは良くても私は良くない。せっかく手に入れたデートの日だったのに、昼寝で時間を浪費してしまっただなんて悲しすぎる。私の馬鹿と説教してやりたい。
船着き場にはすぐに着いた。あと1時間もしたら2人の時間は終わりなんだと思うとちょっと切ない。
だったのだけど。
「ニヨン行きもう終わってるのか。ジュネーブ経由で帰るしかないな」
フェリーの時刻表を見ていたベリザリオがそんな事を言った。声を拾った私も時刻表を見に行く。見たいのは次のフェリーの時間。のはずはない。ジュネーブに着くまでにかかる時間だ。
案内には約1時間半とあった。それに、ジュネーブから学校まででも30分以上かかる。
デート時間がのびた!
喜びのあまり胸の前でぐっと拳を握ってしまった。横でベリザリオがよく分からない顔をしていた気がするけど、気にしない!