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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Le Rosey編 才器の残照
11/83

11話 お叱りと仲直り

 夕食の前に私とエルメーテとディアーナは男子寮に向かう。


「おーいベリザリオ。ディアーナとアウローラが様子見にきてくれたぞ。顔出せよ」


 ベリザリオの部屋の窓の下からエルメーテが声を張り上げた。

 窓に変化は無い。

 それでもしつこくエルメーテが呼び続けていると、気だるそうなベリザリオが窓を開けた。


「うるさいぞ」

「だってお前出てこねーんだもん」

「出ない自由だってあるはずだ」

「つれねぇ事言うなよ。お前が1人で暇してるだろうから、ちょっと話し相手になってやろうっていう俺達の気遣いわかるだろ?」

「暇はしていない。帰れ」


 バタンと窓が閉じた。


「珍しく、凄まじいまでの機嫌の悪さね」

「生理にでもなったんじゃね? あいつ」


 ぶつぶつ言ったディアーナとエルメーテの2人は、今度は2人がかりでベリザリオを呼び始めた。馬鹿とか短気とかブサイクとか、悪口みたいなフレーズも混ざりだしたのは、2人も機嫌が悪くなってきたからだろう。

 こんな時こそ私も参加して空気を和ますべきなのだろうけれど、怖くてできない。ベリザリオの不機嫌の原因が私のような気がしたから。


 だって、会った時はいつも優しく笑ってくれるベリザリオが、全然私の方を見てくれなかった。ううん、たぶん視界の端には入ったのだろうけど、目を合わせないように意図的に避けられた。


 今までそんなことなかったから、とても辛い。どう声をかけるのが正解なのかもわからない。

 いつもの通りにするのがいいのだろうけど、いつもの通りって何?

 このままずっと話せなくなったら。

 一緒にいるのすら拒否されるようになったらどうしようと思ったら、涙が出てきた。


「え、ちょっとアウローラどうしたの!?」

「おいベリザリオ! お前が意地悪するからアウローラが泣き出したじゃねーか!!」


 ディアーナは私を抱きしめてよしよししてくれる。エルメーテの悪口はヒートアップする一方だ。


「なぜ泣かしたのが私になるんだ」


 本当に疲れた様子でベリザリオが再度顔を出した。今度の彼は私の方に視線を向けてくれる。でも、その表情は、今まで向けられた事のない冷たさだ。


「アウローラ」

「ひゃいっ!」


 ベリザリオに急に呼ばれたものだから変な声が出た。彼は視線を外さぬまま言ってくる。


「私は怒っている。前にお前に言ったね。独り歩きはしないようにしろと。なぜ言いつけを守らなかった」

「ごめんなさい」


 謝るしかできなかった。

 だって、最近ヴェルナー近寄ってこないからとか、ちょっとした距離だからって、勝手に判断して1人でぶらぶらしたのは完全に私が悪いから。

 いつだって、ディアーナも、ベリザリオも、エルメーテや他の子達だって、私に気を配ってくれていたのに。


「自分の身を守るつもりの無かった奴のために労力を割いていたのが残念だ。話すことは無い。帰りなさい」


 静かにそう言ったベリザリオは窓を閉めて、カーテンも引いた。

 再度呼ぶなんてしなくても突きつけられた言葉でわかる。もう、今の状態でこれ以上の会話は無理だと。


「俺、あんなあいつ見たの初めてなんだけど。これ、これ以上粘ったらヤバそうじゃね?」

「私だって初めてよ。ああ、泣かないでアウローラ。とにかくご飯に行きましょう。お腹が満たされたら気持ちも落ち着いたりするし。その前に顔洗わなきゃね」


 2人がオロオロとしながらこの場から離れるよう促す。これ以上ベリザリオに呆れられたくないから泣きたくないのに、涙は止まってくれない。

 ねぇ神様、どうしたらベリザリオと元の関係に戻れますか?



 * * * *



 ベリザリオの謹慎が解けたのは4日後だった。

 朝、食堂に入ってきた彼は何事も無かったかのように笑顔を振りまく。そうして、いつものように私の前に座った。笑顔は崩れない。心を隠した作り物の笑顔だったけど。


「おはようベリザリオ」

「おはよう」


 短い挨拶だけ交わして食べ始めた。少し前に怒られたばかりの私がベリザリオに話しかけるなんて出来ない。エルメーテとディアーナだって、微妙な空気を感じているのか無言だ。

 そんな中、穏やかにベリザリオが口を開く。


「アウローラ」

「ひゃいっ!」


 またやってしまった。あああと1人で小さくなる。そんな私の頭にベリザリオが手を置いて、ぽんぽんと叩いた。


「すまない。お前がそんなに怯えているのは私のせいだね。あの時はちょっと気が立っていたんだ。八つ当たりで怒ってしまってすまない。できれば水に流して、これまでみたいに笑ってもらえると嬉しいんだが」


 言葉は優しい。恐る恐る上目遣いに見ると、いつもの優しい眼差しのベリザリオがいた。


「私はお許しをもらえるのかな? 駄目だと、今度は私が泣きそうなんだが」

「ももちろんだよ! 許さないはずなんてないよ!!」


 頭に置かれたベリザリオの手を私はうっかり握りしめていた。握った手も、首も、ぶんぶんと縦にふる。


「ああそう。それは良かったよ。わかったから首を振るのは止めなさい。捻挫しそうだ」


 苦笑した彼が手を引いた。せっかく繋げていた手が離れてしまって残念だったけれど、仲直りできただけで嬉しい。

 もう、これだけで今日はハッピーだ。

 横にいるディアーナとエルメーテが「はぁ」と息を吐いた。そうして、なぜか私の頭の上あたりに視線をさまよわせる。


「これあれ? 花畑が広がってるっていうの? スゲーな幸せオーラ」

「アウローラはお花畑の方がいいわ。ここ数日きつかったし」

「だな」


 そんな事を2人は言う。よくわからないのだけど、微妙に馬鹿にされているような。


「アウローラはいつもの通りが可愛いってことだよ。ほら、早く食べないと授業が始まる」


 ベリザリオに指摘されて、大慌てで私は食事を再開させた。気持ちが軽くなったらご飯も美味しい。うっかり食べ過ぎてしまって授業中凄く眠くなったのだけど、それはご愛嬌。




 るんるんで午前中の授業を終えてお昼の時間。

 皿に料理を取る私の横にベリザリオが来た。それで、ちょっと屈んだかなと思ったら、


「今度の休みにジュネーブに行かないか?」


 耳元で小声で言ってくる。

 不意打ち気味にあまりに近くに彼の顔が来たものだから、「うひゃい」とか私は叫んでしまった。

 周囲のみんなが私を見てくる。

 ごめんなさい、何でもないです。ベリザリオには苦笑された。

 私が変な反応を返してしまったからか彼の背はもう伸びていて、皿に盛り付けをしながら言ってくる。気持ち、いつもより小声で。


「この前泣かせてしまっただろう? お詫びで何かプレゼントさせて欲しいんだが、私では何が喜んでもらえるかよくわからないんだ。だから、自分で選んでもらえると嬉しい」

「別にそんな事してもらわなくていいよ? 悪かったのは私だし」

「それだと私の気がおさまらないんだ。駄目かな?」


 気持ち、ベリザリオが屈む。顔が近くなって私の頬が熱くなった。

 顔、赤くなってないかな。ベリザリオにおかしく思われてないかな。

 ごまかすのも狙って、私は首を大きく縦に振った。その途中で「あ」と言葉を漏らす。


「どうした?」

「あのね、何か買ってもらえるより、イヴォワールに連れて行ってもらえる方が嬉しい」

「イヴォワール? 対岸の?」

「うん」


 私はこくんとうなずいた。

 ベリザリオはちょっと考えるような顔で少し上の方を見ている。「あそこ、エルメーテのやつ猛烈に興味なさそうだよなぁ」とか小声でつぶやいているのが聞こえたから、ディアーナとエルメーテを誘ったらどういう反応をするかを考えているのだと思う。

 でもでも、わがままな私は2人で行きたいと思うの。この話を知っているのは私達2人だけだから、行こうと思えば2人で行ける。


「ベリザリオこれ持って」


 私はベリザリオにお皿を渡した。その上で背伸びする。けれど、目的の高さまでちょっと足りない。


「もうちょっと屈んで?」

「うん?」


 ベリザリオが屈んでくれたから、彼の耳元を手で覆ってこそっと言った。


「あのね、2人で行きたいの。仲直りのデート」


 言ってしまった。ああ、顔が熱い。絶対真っ赤になってるよ私。ベリザリオは一瞬きょとんとして、私の顔を見て笑った。


「この前怖がらせたばかりの私と2人は嫌じゃないのか?」


 そんなはずない。むしろ大歓迎。なので、私は首を横にふる。ベリザリオの目が柔らかく細くなった。そうして、私のお皿を返してくる。


「お姫様がお望みなら従うしかないな。細かくはまた後で詰めよう」


 唇に人差し指を立ててベリザリオは席に行った。その背中を私はしばらく見つめてしまっていたのだけど、我に返って慌てて席に着く。

 心の中の私は大はしゃぎしていて、自然とにやけてしまう顔を抑えるのが大変になってしまった。でも、勇気を出して良かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作品、読ませて頂きました。世界観は、現代的な要素もあり、中世ヨーロッパの様な格差社会の面もあって、素敵だと思いました。 ほのぼのとした、主人公達の日常的背景や、ベルザリオさんの事がどんどん…
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