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銀行家の娘とエリートの徒然日記  作者: 夕立
Le Rosey編 才器の残照
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1話 私の所有

 9歳のとき親に転校させられた。

「お前の将来のためだから」と、行きたくもなかった旧スイス領のエリート寄宿校に。


 お菓子で私を釣って試験を受けさせたお父さんに文句を言って家を出てきたのだけれど。

 撤回して感謝しようと思う。

 この学校に来れたお陰で私の王子様に出逢えたのだから。




挿絵(By みてみん)

銀行家の娘とエリートの徒然日記




 * * * *



 13歳に成長した私は学内の庭を走っていた。

 時刻は19:30を回っている。夕食の時間だ。寄宿校というのは規律にうるさいので、決められた時間から外れることは基本許されない。夕食にありつくには「夕食の時間」に食堂に行くしかないのだ。

 部屋にお菓子くらいなら持っているけれど、できればきちんとした食事がしたい。20時までに食堂に入らないと皿を出してもらえないから、それはもう急いでいた。


「そんなに急いでどうしたんだ? アウローラ」


 なのに呼び止める声がする。

 悪いけれどそれどころではない。心の中だけで謝って聞こえなかったことにして、足は止めない。


「だから待てって言ってるだろ!」


 そうしたら進路に1人の男子が飛び出てきた。残念ながら声の主だ。難聴を装ってやり過ごす作戦は失敗したらしい。

 これはもう強行突破しかない。私は覚悟を決めた。


「ごめん急いでるの、お腹空いてるから。用があるならまた今度にしてくれる?」


 言いながら彼の横を通り抜けようとする。けれど、途中で腕を掴まれた。


「なら返事だけしていってくれればいい。俺と付き合ってくれ」


 図々しくもそんな事を言ってくる。私の機嫌は悪くなる一方だ。

 彼にはこれまでも何度も言い寄られている。その度に断っているのに、まだわからないのだろうか。


 それに、こんな状態じゃ雰囲気も何もない。

 お姫様扱いしろとは言わないけれど、少しくらい時と場所を考えてくれてもいいではないか。

 しつこい彼は13歳の私の2つ上。いくら男子がガサツだといっても、それくらいの配慮は出来ていいはずだ。


「もう、しつこい! そんなの今はどうでもいいの! 私はご飯が食べたいの!!」


 空腹なのも手伝って乱暴に手を振った。それでも彼の手が離れない。それどころか掴む力が強くなっている気がする。


「だから返事を。yesと言ってくれさえすれば放すからさ」

「そういう脅し方は男として情けないんじゃないか?」


 そんな彼の手首を別の手が掴んだ。眼鏡をかけた男子がにっこりと笑っている。放つ空気は笑顔と真逆な気がするけれど。


「うるさいぞベリザリオ。これは俺とアウローラの問題だ。お前は関係ないだろ。引っ込んでろ」

「関係ない?」


 私と同じ金髪をした男子――ベリザリオの眉が片方だけ動いた気がした。それでも笑顔は崩れない。口調もそのままだ。


「君は随分と彼女に言い寄ってはふられているようだが、まだ諦めないのか?」

「ふられてない! 返事を貰えてないだけだ!」

「ああ、そう。それならそれでもいい。ただ、私は私のものに手を出されるのは好きじゃない」

「お前のもの?」


 しつこい男子がきょとんとした。私もぽかんだ。私がベリザリオのものと聞こえたような気がしたから。


「これ以上彼女に絡むようならそれなりの対応をするが、覚悟はあるんだな?」


 普段より低い声でベリザリオが言った。私の方からだと顔が見えないけれど、笑いながら凄むとかいう器用なことをしていそうな気がする。


「……。くそ」


 しつこい男子は悔しそうに言い捨てて走って行った。

 彼の後姿を見送って、ベリザリオがやれやれといった感じでため息をつく。私も一気に脱力した。私のせいじゃないのに随分と疲れた気がする。

 そんな私をベリザリオが切れ長の眼で見てくる。


「また面倒臭い奴に絡まれたもんだな。あのままだと食いっぱぐれるところだったぞ」

「うん。あの、ベリザリオ」

「お喋りは食堂に行ってからにしよう。お前がいないってディアーナが心配し通しでな。探しに来たんだ。私もまだ何も食べていない。夕食抜きは辛い」


 そう言って彼はゆっくりと走りだした。たぶん、私の足の速さに合わせてくれているんだと思う。

 私も走りだした。ベリザリオの少しだけ後ろに続きながら彼の背中を眺める。


 3つ先輩のベリザリオ。私が片想いしている人。


 さっき、しつこい男子を追い払うために言っていた「ベリザリオのもの」という言葉。あれはどう受け止めればいいのだろう。

 言葉通りの意味だと嬉しいけれど、そんなことはないだろうし。


「ねぇベリザリオ。さっき言ってた私がベリザリオのものって」

「そんなこと言ったか?」

「言ったよ」


 多分だけど。ベリザリオがしばらく黙った。


「私の友と言ったつもりだったが、言い間違えたな」


 そうしてぽりぽりと頭を掻く。これは少し困らせてしまうかもしれない。かと思いきや、


「まぁいい。言い間違えたついでに、言い寄ってくる相手がウザい時は私の名前を使えばいい。いくらかは追い払えるだろうから。最近お前に寄ってくる悪い虫が多いみたいだし」


 あっけらかんと彼は言ってきた。破格の対応すぎて私が驚く、と同時に心配にもなる。


「でも、そんなことしたらベリザリオに変な噂が立っちゃうよ?」

「ディアーナと付き合ってるがアウローラと付き合ってるになるだけだろう? 幸い私はフリーだからね。誰を悲しませるわけでもないから別に構わない。アウローラに付き合いたい相手が出来たら、自分で噂を否定してもらえばいいし。ああ、どうにか間に合いそうだな」


 食堂が見えてきてベリザリオが足を緩める。私も横にならんだ。

 食堂に入った私達2人に友達が「こっちこっち」と手を振ってくれたから、手を振り返しながらそちらに向かう。


 ねぇベリザリオ。私は本当にあなたのものになれればいいと思っているのだけど、あなたはどう思う?

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