37-34.[異世界側のお話です]妻の形見を持たせる(11)形見の正体
「今、トルテラが居た?」、「すぐ横に?」
凄い衝撃だった。今までも、石の記憶で何度も見てきたが、今回の現実感は特別だった。
”すぐ横”と言っても、部屋の外だったが、数歩の距離だった。
直接目視できたが、気配察知があれば壁の向こうであっても絶対に気づく距離だ。
ヨコハマの女は気配察知の能力を持っていない可能性が高い。
トルテラもヨコハマに魔法は無いと言っていた。
実際に、トルテラと一緒に生活をしはじめた当時、トルテラは目で見ないと、
存在を確認できなかった。
普通だったら、気配察知で回避できるものに、当時は簡単に引っかかった。
気配察知自体を知らないように見えた。
だから、すぐ横にいても気付かないかもしれない。
それにしても、いきなりだった。
今までさんざん探し回っていたのに、いきなり、すぐそこに居るのが見えたのだ。
ほとんど不意打ちと言って良いレベルだった。
リナがヨコハマの女の体を乗っ取った状態で見たので直接見たように感じたのだ。
リナ達があれだけ必死に【妻の形見】を渡そうと足掻いていたのに、見えたのは”平和な日常の景色”という感じだった。
「平民だったね」
見たことの無いような物が溢れていたが、生活感のある部屋だった。
※このときの洋子さんは裕福ではなかったので、異世界側のヒロインさん達にも
無事、平民の暮らしに見えたようです。
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リーディアはなぜか涙が溢れる。何かを思う前に勝手に涙が出た。
本人の感覚では驚いたに近かった。
「トルテラは、あんなに近くに居たのか……
私の気持ちよりも先に涙が出るのか……」
リナとエスティアには、リーディアの言う意味が理解できた。
リーディアは、感極まると大泣きする。
ところが、涙を流して”私の気持ちよりも先に涙が出るのか”と言ったのだ。
驚いて、先に涙が出てしまったのだ。
リナとエスティアも、驚いたのでよくわかる。
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リナもトルテラが見えたことには驚いたが、もう1つ驚いたことがあった。
「ヨコハマの女は大きいんだな。
トルテラの肩の高さくらいの背丈があるんじゃないか?」
これにはエスティアも同感だった。
トルテラが見えて驚いたが、同時にトルテラが予想外に小さかったことにも驚いた。
ヨコハマの女は自分たちよりはだいぶ体が大きいのだ。
「そうだったかもしれない。トルテラもそんなこと言ってたかも」
トルテラは、エスティア達の世界の人間はとても小さいと感じていた。
トルテラは、この世界では巨大な老人だったが、ヨコハマではそんなに目立つほど大きいわけでもなければ、年齢もそんなに高い方ではないと言っていた。
実際にそう言っていたし、エスティアとリナは、最初にトルテラと会ったシーンを石の記憶で読んで知っている。トルテラにとっては、エスティアたちの体格は子供サイズだ。
当然、ヨコハマの女の目から見れば、トルテラの巨体もそこまで巨大ではない。
「あれじゃ、私たちが小さく見えても仕方ないな」
エスティアは、少々引っかかるものを感じる。
「でも変な感じ」
「なんだ?」
「空の上で会った時は、私とそんなに(体のサイズは)変わらなかったと思う」
エスティアは、ヨコハマの呪いの女を間近で見ているが、大きいという印象は無かった。
あれは夢の中のようなもので、実際に対面したわけではないのだろうと考える。
とはいえ、エスティアは確実に、鎧に乗って空高くまで会いに行ったのだ。
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3人とも呆けていた。
リーディアは、ここで仕切りなおす。
「それよりもだ、目的を達成できたのではないか?」
「今ので【妻の形見】を渡したってこと?」
「やるべきことをやった。私はそう思っている。
形見をトルテラのカバンに入れた。
形見についてはベスに確認できた。
確認したうえで渡すことに成功した」
「トルテラはあの後、受け取るのかしら?」
※返却します!
「ベスの反応から考えると、あれは予定通りだったように見えた」
「ああ。……ベスは【妻の形見】のことは知っていたようだったな」
予定通り。リナが会いに行くことを知っていたのかもしれない。
「私たちが会いに行くことも知っていたのか?」
「ヨコハマの呪いの女が石を読んだと思っていたようだったな」
エスティアは疑問に思う。
「なんで伝えなかったのかしら?」
リナが話をしに行くことを知っていたなら理解できる。
だが、石を読んだと思ったようだった。
そうであれば、石を読む前に、話して聞かせれば良いのにと思う。
「ベスはなぜ、【妻の形見】のことをヨコハマの女に伝えなかったのだ?」
「確かに、【妻の形見】のことを知っているとは思っていなかったようだったな」
「忘れてたとか……」
ベスは、トルテラをこの世界に連れてくるために、わざわざ、ヨコハマに行ったのだ。
その目的を忘れるわけがない。
「忘れていたという感じでもなかったな。
教えていないのに、なぜ知っているのか疑問に思ったように見えた」
「やっぱり、私たちが行くことを知ってたんじゃない?」
「竜の考えることはわからないからな」
「……竜と言えば、気になったことがある」
「ああ」
「話し方がイグニスそっくりだったが、あれがオーテルなのか?」
それが謎だった。
「竜が皆あの言葉遣いで無いことは確定しているからな。
プルエクサは全く違う話し方だ」
「イグニスにそっくりだった」
「それだけじゃないんだ」
「なにが?」
「オーテルとトルテラが話す場面を見たが、オーテルは、あんな話し方はしていなかった」
「じゃあ、話をしたのはイグニス……つまりディアガルドだったってこと?」
「わからない。ただ、私にはイグニスとの差が分からなかった」
「謎だな……」
「だが、渡すことには成功したと思う」
「私も、成功したと思っている」
だが、1つ、大きな疑問が残っている。
「ところで、形見は、あれはいったい何だったのだ?」
今のシーンは、リーディアとエスティアにも見えていたが、実際に行動できたのはリナだけだった。
ところが、実はリナにも、あれが何なのかはよくわからなかった。
「それが、私もよくわからず(カバンに)入れた。
とても薄い布でできていた。ただ、パンツかもしれないと思った」
「あれが?」
「”身に着けるもの”だから、ヨコハマの女の大きさってことよね?」
「確かに、大きさ的にも合わないな」
「あれがパンツなのか?」
リナは少しではあるが、ヨコハマの女性向けの下着を見たことがある。
とても面積が小さなものだった。なので、布の大きさとしては、それほど大きくはない。
だが、あの大きさには無理があるように思う。
「体の大きさに対してとても小さいとは私も思った。
ただ、ヨコハマのパンツは布の面積がかなり少ない」
「それにしても、あそこまで小さいのは変じゃないか?」
※変じゃないです
「身に着けると言っていたが、あれがアクセサリーとは思えなかった」
”アクセサリーとは思えなかった”
それには、リーディアもエスティアも同意する。
「そうだな。あんなにきれいな布がたくさんあるのに、
あれをアクセサリーとして使わないだろう」
「体を拭く布か?」
「よくわからない。ただ、複雑な形だった。
広げて見たわけではないから、なんとも言えないが、
あれがタオルだったとは思えない」
「身に着けるものって言ってたし、タオルってことは無いと思う」
「ただ、あれが何であろうと、ベスがあれで良いと言ったから、
あれで良かったはずだ」
「ベスは股の布って言わなかった?」
「言ったか?」、「私は聞かなかったと思う」
「あれ? ベスが、人間の股の布って言ったように思ったのだけど」
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リナはそんな言葉は聞かなかったと思う。
「私はその言葉は聞いていないと思う。ただ、パンツではないかと思った」
「あの布と一緒に胸の形をした布が置いてあった。
おそらく下着を脱いで、セットで置いてあったのではないか?」
リナはパッと目に入った布を手に取った。
2つから選んだわけではない。
「そんなのあったか? 気付かなかった」
エスティアも胸の形に合うようなものは見た。
わざわざあんなに凝ったものを下着として使うのには疑問を感じるが、胸の形に合わせた下着のようなものはあった。
「ああ、あれは胸の形だったのね。
確かに胸に合いそうな形のものがあった。
リナがカバンに入れた布の近くにあった。
でも、あんなに凝ったものが下着なの?」
凝ったものと言われても、リナは見た記憶が無い。
「そうか、私は見えたものを手に取るだけで精いっぱいだった。
見えたというなら見える範囲にあったのだろう」
リナはちょうど見たところにあった布を手に取った。
胸に合う形のものが近くにあったことには気づかなかった。
「見えにくい場所に置いたように見えた。
脱いだ下着がセットで置いてあったのだと思う」
「だから、胸の形をしていない方がパンツ?」
「そう考えるのが自然だと思う」
「信じられないわ。あんなに小さいんでしょ?
トルテラ見た時の目線の高さ考えたら、相当体大きいわよ」
「確かに、トルテラもヨコハマの人間は大きいとは言ってたが、
それでパンツがあの大きさというのは驚きだな」
「この世界には存在しないような布があるようだな。
我々から見たら、神の国で作られたもののように見えるだろう」
「人間が作ったものなのよね?」
「ああ。すべて人間が作ったものだった」
リナは知っている。実際に作っているところを見たわけではないが、トルテラはすべて人工物、人間が作ったものであることを知っていた。
「見ていないから仕方がないと思うが、ヨコハマにはとても凝った下着がたくさんある。
特別なものではなく、日常で使うものとして売られている。
トルテラにとっても高いものではない。
だから、あの布は少し合わないように思った。もっときれいなものがあるはずなんだ」
※まあ、洋子さんも、よりによってなんであれを選ぶか!!と焦っていた代物です。
「人間がそんなもの作れるのね。何をしたら、そんなの作れるのかしら?
トルテラが戻ってきたら聞いてみようかな」
「もし本当に、あれがパンツだとしたら、かなり薄い生地だと思う」
「破れないか?」
「私もそう思った。だが、破れないのだろう」
「妻の形見は確実にトルテラに届いたのよね?」
「持って帰ると言っていたな。
あれがトルテラのカバンだったら、持ち帰るのではないか?」
「持ち帰るということは、妻とは別居なのだな」
「ヨコハマでは夫婦は一緒に子育てすると言っていた」
「でも、娘はもう大きいから一緒でなくても良いんじゃない?」
「だから手放しても構わないのか」
3人は納得した。
※3人が見たのはベスが存在する時代なので、
栫井(トルテラ)と洋子は結婚していません。
「あ、」
リナが、突然何かに気付いた。
「どうした?」
「こういうことか」
リーディアは気付く。
「記憶が生まれたのか?」
「ああ。記憶が生まれる……確かに、奇妙だ。
知っていることが、今更思い出せるようになる。
いや、でも、少し珍しいか。私は死に方が2種類ある」
「2種類?」
「エスティアが死ぬと、しばらく後に私は川に落ちる。溺れはしないが家まで帰れなかった。
エスティアが助かると、崖から落ちた時死ぬ」
「ああ、私が死ぬのはイノシシの時で、崖から落ちたのは、あのトルテラが衰弱したときね」
「そうか。呪いの女が2人で生活していると、そうなるのか」
先に死ぬエスティアの記憶は1つしか生まれなかった。
だが、後から死ぬリナにはエスティアが死んだ場合と、死ななかった場合の2つの記憶が生まれるのだ。
「やっぱり、私はあの時死ぬはずだったのか。
私は本当は自分が死ぬはずだったことを知っていたのかもしれない。
だから私はトルテラの面倒を一生見ようと思った」
「これで、全員の記憶が揃った」
「ええ」
リナにも記憶が生まれた。
これで全員の記憶が生まれた。
トルテラが戻ってくる可能性が高い。
「私はすぐにでもランデルに行こうと思う。
ジェローネに会って伝えなければならないことがある」
「私もラハイテスに確認しなければならないことがある」
「何?」
「ラハイテスに何かを渡さなければならないんだが、何を渡すのかがわからないんだ」
「どういうこと?」
「ラハイテスは、その何かに心当たりがあるかもしれない」
エスティアには、よく意味が分からなかった。
そこにイグニスがやってくる。
「大変じゃ、カリオ神殿跡地が戻っておる」
イグニスは各地のストーンサークルを使えば、短時間で調べて戻ってくることが出来る。
「え? さっき伝えたばかりなんだけど」
エスティアの感覚ではそうだった。
「トルテラは戻った?」
「見ておらぬ。ここにもおらぬか」
ヨコハマの女が神殿を再建してくれたのだ。
神話は変わっていない。
妻の形見も渡した。トルテラも戻ってくるはずだ。
だが、いつ戻るかは分からない。
だとしたら、急ぐべきはランデル攻めを止めさせること。
「ディアガルドは城壁のサークルを使ってこっちにくることはできる?」
エスティアはいきなり聞くが、リナとリーディアは、トルテラがいつ戻るか分からない段階で、竜がこちらの世界に来るのは無理があると思った。
「今は狭い故、もう少し待てば来られるであろう」
時間の感覚は、竜と人間では大きく異なる。
リナとリーディアは、漠然と数十日といったスケールの期間を予想した。
ところが、予想外の回答が。
「いつごろ?」
「わからぬが、明後日頃には来られるようになるじゃろう」
僅か2~3日で結果が分かる。
こうなると、どう動くかで、悩みが発生する。
「どう動くか?」
「え?」
「トルテラが戻るなら全員で向かった方が良いか?」
明後日まで待てば、竜が人間の世界にやってくることを見せることができる。
竜が現れれば、トルテラが健在であるという噂が流れる。
竜がランデルに加勢する可能性があると相手が思ってくれれば、尚良い。
だが、竜が出るのを全員で待つ必要はない。
エスティアはそう判断し、リーディアとリナには先に出発するよう言う。
「私たちは後から行くから、リーディアとリナは先に出て。
リーディアは、私たち、残りのメンバーの出発準備を進めるように指示してくれる?」
「いいのか?」
「ええ、そうするのが良いと思う」
リーディアも、それで納得してくれるなら、それが良いと思っている。
「済まない。先に行かせてもらう」
「ええ」
遂に時が動き出した。
トルテラが戻る。




