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3DAYS  作者: 来生尚
9/20

2DAY・7

 私は今まで、何かになりたいとか強く願った事はない。

 子供の頃、漠然と描いていた未来は、その時の自分の延長線上にあるものだった。

 ずっと、パンを焼いているんだろうな。

 別にパンを作るの嫌いじゃないし、それでもいいやって思ってた。

 この小さな村から外へ出るという発想自体、皆無だった。

 近くの村におつかいにいったり、お祭りを見に行ったりする事はあったけれど。それ以外で外に出た事はない。

 ずっとこの村の中で生活するもんだって思っていたし、極端な話、死ぬまでこの村で生活するもんだと思っていた。


 この村にいる限り、生まれてからずっと、自分の役割は決まっていた。


 パン屋のササちゃん。


 私を表すのは、この短い言葉で十分だった。

 私は一生パン屋の娘。

 結婚したら、結婚相手の家の仕事をするかもしれないけれど、ママの手伝いでパンを焼く事は決定事項みたいなもんだったし。

 例えばカラのとこみたいなブドウ畑をやりたいとか、ルアのとこみたいに金物屋さんをやりたいとか、そういう風に何かになりたいなんて思ったこともない。



 ルア……か。

 ずっと意識の隅に追いやっておいた名前に、気持ちが一気に沈みこむ。

 ウィズと話していると、色々話が飛ぶから混乱するけれど、でもすごく前向きな気持ちになれた。

 本当は気軽に話せるような立場の人じゃないんだけれど、そういうことを考えなくてもいいようにしてくれるし、私のこともちゃんと考えて助言してくれる。

 だから、すごく前向きな気持ちになっていたのに。

 ルアのことを思い出しただけで、どんよりとした気持ちになる。

 何で今更結婚なんて言い出したんだろう。

 そんな事思っているなら、こんなに放っておく事ないじゃない。

 喧嘩別れしたみたいになって、村を出て行ったクセに。

 それとも暢気に、何年でも待ち続けていると思ったのかしら。

 そりゃ、確かに待ってたけれど……。

 巫女に選ばれなかったら、喜んでいたと思うけれど。

 でも巫女に選ばれなかったら、ルアは村に帰ってこなかったわけでしょ。

 そうしたら、ずーっとこの先も何の音沙汰もないままだった可能性もあるし。

 何て楽天家なんだろう、ルアって。

 ずっとずっと昔のままの気持ちで、待ち続けていると思っていたのかな。


 傍にいなきゃ、気持ちを持続するのは難しいよ。

 だって、生まれた時からずっと一緒だったんだよ。

 いるのが当たり前だったのに、あっさりいなくなって。音信不通でほったらかし。

 他に好きな人ができるとか、思わなかったのかな。

 確かに、今他に好きな人とか気になる人とかいないけれど、でも私の中では、半ば終わった恋なんだもん。

 手紙の一つもよこさないから、もうルアにとって私はどうでもいい存在だと思っていたのに。

 何で今頃になって。

 それに、どうして今なの。

 もう少し早ければ、違ったのに。

 例えば、約束通り一年前だったら、多分こんなに悩まなかった。

 ずっとあのまま一緒にいられたら良かったのに。

 私だって、心の底からルアがいなくなっても構わないなんて思っていたわけじゃない。

 何でそんな事もわかってくれなかったんだろう。

 一番傍にいたはずなのに。


 でも、そんな事今考えていたってしょうがない。


 ルアと結婚かー。

 ずっと一緒で、いつの間にかお互いを好きになっていて、付き合うようになって。

 今でも恋人になった日の事は、鮮明に覚えている。

 思い出すと、なんだかすごく昔のようだけれど、つい昨日の事のように思えてくる。

 あの日、言い出したのは私だったけれど、ルアが嬉しそうな顔をして「やった」って小さく言ったあの瞬間、ルアに好きだって思われてるんだってわかって、本当にすごく嬉しかったの。

 私はなんだかんだ言っても、確かにしょっちゅう喧嘩もしていたけれど、結婚するならルアだなって思っていた。

 

 そう、自分が思い描いていた通りの未来がやってきた。

 なのに、心の底から喜べない。


 ルアのこと好きかって聞かれたら、答えは「嫌いじゃない」か「わからない」かな。

 どうしたらいいんだろう。

 でも、今、ルアと結婚なんて無理だよ。

 全部ルアのために投げ打ってしまうなんて、できないもの。

 こんなに仰々しく扱われ、王族まで来て巫女になる儀式をしているのに。

 ウィズの言葉を借りるなら、辞退してもいいんだろうけれど。

 でも私が巫女になる為に、沢山の人が準備してくれているのに。

 村のみんなも期待しているのに。

 だけれど、ルアのこと、巫女になるからもういいや、なんていう風にあっさり切り捨てる事もできない。


 あー。もうっ。

 どうしたいのよー。


 ルアと話せた時間も短かったからなのかわからないけれど、今の自分の気持ちがよくわからない。

 あの時、本当は私嬉しかったの。

 ああ、やっと村に帰ってきてくれて、私を迎えに来てくれたんだって思ったから。

 だけれどそうじゃなくって、仕事で立ち寄っただけだって言われてムカついた。

 嘘つきって思った。

 でもさ、こういう風に思うのって、ルアのことが好きだからじゃないのかなーって思う。

 でも、巫女を簡単には捨てられない。


 周りの人のこともあるけど、やっぱり巫女は私の中で特別なんだもの。

 相応しいかどうかなんてわからないけれど、巫女に対する憧れは嘘じゃないし、選ばれた時嬉しかったのも事実。

 じゃあ巫女になるかって聞かれたら、また答えにつまる。

 やってみなければわからないから、向いているかどうかなんて誰にもわからないし。

 だけど明らかに、今巫女様に比べたら向いていない気がする。

 そこを自分なりに修正して巫女らしくなれば問題ないってウィズは言うけれど、そんなの自信ないよ。

 もし水竜に失望されたら、どうしよう。

 神官たちが私にダメだしをするみたいに……。

 考えるだけで怖くなってくる。

 ウィズのあの自信を分けて欲しいよ。




 この先の未来。

 子供の頃の私が全く想像もしていなかった「巫女」に選ばれた事。

 どうしたい。

 巫女も、ルアも。

 今すぐなんて、答えは出せない。

 でもウィズに巫女になる事を前向きに考えるって、ちゃんと説明できるような答えを出すって約束したんだから、自分の気持ちから逃げていたら、いつまでも答えは見つけられない。

 ルアに会わなければ、こんなに迷う事はなかったのに。

 思い出すのは、一緒にいたあの頃の楽しい思い出ばかり。

 ササって呼ぶ、ルアの笑顔。仕草。

 あの頃のままだったら良かったのに。


 でも、もうあの頃と同じじゃいられない。


 神殿から持ってきた書物を開き、この後の儀式の事を確認する。

 少しでもルアの事を頭から排除しないと、過去に捕らわれてしまって、未来を考えられなくなりそうな気がするから。

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