2DAY・5
「ササ。ちょっといい?」
ドアを叩く音と共に、ウィズの声がドアの向こうから聞こえてくる。
誰にも会うことは出来ないはずなのに。
ウィズは例外なのかな、と思いながらドアを開く。
儀式の時に着ていた服と違って、簡素な装飾の服を着ている。でも生地がしっかりしていて、やっぱり王族なんだなと改めて思う。
「祭宮様。どうぞ」
今のウィズが朝会ったウィズと同一人物だとしても、その立場を知ってしまった以上、朝のように接することは出来ない。
「ササ、俺の事忘れてないよな? 朝、会ったこと忘れてないよな」
「ええ。忘れていません。水竜の祠にご一緒させて頂きました」
顔を曇らせて、ウィズは大きく溜息をつく。
「俺が王族だから、そうやって話すの?」
溜息交じりの言葉は、まるで責めるような強ささえ持っている。
「……ウィズしか知らなければ、違うかもしれません。でも私は祭宮のカイ・ウィズラール殿下にもお会いしました」
「それは、やっぱり俺が王族だからって事だよな」
ドアを後ろ手で閉め、ウィズは窓際にあるソファに腰掛ける。
それを目で追い、ウィズの前のソファに座る。
「俺はね、ササとちゃんと向き合いたいんだ。ササと同じ高さで、ササの決断の手伝いがしたい」
真剣な目に、胸の鼓動が早くなる。
深い意味はないのかもしれないけれど、その真摯な瞳に心が騒ぐ。
でも、その言葉に即答は出来なかった。
祭宮じゃない、ウィズとして、決断の手伝いをしてくれるというのは、どういう意味なんだろう。
「全てを見届けるのが祭宮様の役目、じゃないの……ですか」
役目じゃないの?と聞き返しそうになって、慌てて言葉を付け加える。
「そうだね。祭宮は見届けるのが役目だよ。決断の手伝いなんて、しないな、普通」
不意に浮かべた笑みが、嘲笑されたかのように見え、顔が熱くなる。
ウィズから見て、決断の手伝いをしてあげなくてはならないように見えるっていうように聞こえる。
「俺は祭宮になって、初めて巫女候補に会うから、何が正しいかなんてわからない。でも、俺はササの手伝いをしたいって思った」
嘲笑は、ウィズ自身に向けられたものだと、その言葉で気がつく。
ウィズもまた、模索している最中なのかもしれない。
「どうして、そう思ったんですか」
「ササ。何度も言って悪いけれど、本当にそういう畏まったの、やめてくれないか。次にそういう話し方したら怒るよ」
茶目っ気たっぷりの笑顔を見せて、ウィズが笑う。
きっとウィズには敵わない。いくら言ったって聞いてくれないに違いない。
「サーシャじゃない、ササに会った時、ササは水竜に聴いてみたいことがあるって言っただろ。水竜の巫女候補が、あの時のササだと儀式の時に会ってわかって、ササは何かを迷っているような気がしたんだ」
何事もなかったかのように、先ほどの疑問に答えるウィズの顔は、また真剣なものに変わっていた。
ウィズには迷っているように見えるのだろうか。
でも迷いなんかない。むしろ、選べと言われたことに戸惑いがあるだけ。
「迷ってなんか、ない」
決して迷っているわけじゃないから。
少し考えてから、ウィズがゆっくりと口を開く。
「ならどうして、辞退してもいいって言った時に、あんなに辛そうな顔をしたの。本当に決めている人間なら、ああいう顔はしないはずだろ」
返す言葉が見つからず、視線が宙をさまよう。
図星だから、何も言い返せない。
「本当はさ、この村の中を色々散策してみたかったんだけれど、部下が出してくれないんだよな。俺の部下って頭硬くってさ。外に出るなって言うんだよな」
突然話題を変えて、ウィズは窓の外に目を向ける。
そういえば「巫女が生まれた村」を見たいと言っていたのを思い出す。
思わず苦笑してしまう。
祭宮が村をあちこち歩き回ったら警備も大変だろうし、色々周りも気を使うからしょうがないだろう。
そういう意味ではウィズの祭宮という立場と、巫女候補としての自分の立場が似ているような気がする。
「せっかくこの村に詳しい部下まで連れてきたのに、全然意味がない」
「この村に詳しい?」
咄嗟にルアのことが頭に浮かぶ。
「この村の出身の者が、近衛の中にいたんだ。本人も行きたいというから、わざわざ連れて来たのに、昨日はそいつが酔いつぶれるし、俺の目論見台無しだよ」
「そう」
頭の中はルアのことに捕らわれていて、条件反射のように答えるが、ウィズはそれには気が付いてはいないらしい。
「年齢も同じくらいだから、ササも知っているかもしれないね。あとでここに来るように伝えるよ。ずっと一人でいても、息が詰まるでしょ」
「もし、時間があれば」
努めて冷静に答えるが、心臓の鼓動はどんどん早くなる。でもウィズには気が付かれないように細心の注意を払う。
「そうだね。ササも色々立てこんでるしね」
その言葉に、ほっとする。
ルアに会いたくない。会ったら自分の中にある何かが崩れてしまいそうな気がするから。
ルアの事が好きかって聞かれても、わからないとしか言えない。
でも確かに三年前、ルアがこの村を出た時には、ルアの事が好きだった。
「ササ、何を考えてるの」
目の前にウィズがいたのを忘れ、ルアのことを考えていたことを見透かされて、咄嗟に言葉が出てこない。
でも、これはウィズに言うようなことじゃない。
なんて言ってごまかそうかと思ってウィズを見ると、少し首を傾げて優しそうな笑みを浮かべる。
その笑い方や雰囲気はやっぱり今巫女様に似ている気がするから、このことを聞いてみよう。
そうすればルアのことを話さなくて済む。
「ウィズが誰かに似ているような気がして、考えてたの」
本当に機会があれば聞いてみようと思っていた。
でも、それをストレートに伝えていいかわからないので、遠まわしに聞いてみる。
「ウィズの笑った顔、誰かに似ているというか、どこかで見たことがあるような気がして」
「ああ、それなら簡単だよ。今巫女様だろ、きっと」
あまりにもあっさりと、考えていなかったわけではないけれど、思いがけない答えを出すので、なんて答えたらいいか戸惑う。
「詳しくは教えられないけれど、俺と今巫女様は比較的近い血縁関係にあるからね。だからだと思うよ」
言われてみれば確かに、どの部分がというわけではないけれど、全体的な顔の作りが似ている気がしてくる。
今巫女様の上品な笑顔と、ウィズが浮かべる祭宮としての作り物みたいな笑顔。
その両方を思い浮かべてみると、血が繋がってるんだなってわかる気がする。
「あまり驚かないのな、つまらない」
「そんなことないよ。結構驚いてるって」
「そんな風には見えないけど」
「そうかな。でも、どこかで見たことがある気がするって、初めて会ったときから思っていたから」
くすくすとウィズは笑い、そしてちょっと残念そうな顔をする。
「これで驚かせられるかなと思っていたのにな」
「十分驚いているけど、納得したの。色々」
「色々?」
間髪いれずにウィズが聞き返してきたので、どうしようかと一瞬ためらうけれど、きっと隠そうとしたって、この人には暴かれてしまうだろうと思って、素直に話すことにする。
「今巫女様がご立派なのは、やっぱりそういう環境で育ったからなんだなって」
少し身を乗り出すように、膝の上に両肘を置き、頬杖をつきながらウィズが「どういうこと?」と聞き返してくる。
「どうしたら今巫女様みたいに、巫女らしくなれるのかなってずっと思っていたの。半年前、神殿に呼ばれてから巫女らしい立ち居振舞いを神官たちから教わったけど、今巫女様みたいになれないのはどうしてだろうって、悩んでいたの」
「それが儀式のときに、あんな顔をした理由の一つ?」
小さく頷いて、更に言葉を続ける。
「どうしてこんなに違うんだろうって考えてた。今巫女様は話し方も立ち方も歩き方も全て、自分が思い描いていた巫女様の姿、そのものだから」
今巫女様のお姿を思い出し、自分の現状と比較して、心が重たくなる。
「ただのパン屋の娘の私と、王族だった今巫女様。その育ちの違いが、巫女としての振る舞いに繋がっているんだなって、自分なりに納得したの」
ウィズを見返すけれど、ウィズは何も答えない。
「人が思い描く巫女像を具現することができない私は、巫女に相応しくないような気がする」
心の中に抱え込んでいて、誰にも言えなかった言葉を口に出してしまう。
「俺は相応しくないとは思わないよ。でも、そうは思えない?」
余計なことを言ってしまったと後悔する。
そんなこと、誰にも話すつもりはなかったのに。
ウィズの顔が曇っていくのを見て、「祭宮」を失望させてしまったんだと気がつき、更にどうしようもない気持ちに駆られる。
ウィズが相応しいと言ってくれても、それを信じることが出来ない自分が悲しい。
だから、ウィズの疑問に素直に返事が出来ない。
信じられない。と突き放すことも出来ないから。
「どうして、ウィズは私が巫女に相応しいと思うの?」
「勘」
踏ん反り返って、偉そうにそう言うと、窓の外に目を移してしまう。
どっと体の力が抜ける。
もっともらしい答えが返ってくるのかと思っていたのに。
それを、ただ一言で言い切るウィズが憎たらしく思えてくる。
こんなに人が悩んでいて、それもわかっているのに「勘」って何。
しかも何でこの人、いつもこんなに自信満々なんだろう。
こんな風に自信に満ち溢れた人なら、あなたは特別な人ですって言われたら信じるんだろうな。
ちょっとウィズがうらやましい。
それは出自がそうさせているのか、それとも育ち方がそうさせたのか、どちらにしても私の持っていない、確固たる自分を持っているんだろう。
憎たらしいし、うらやましい。




