表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3DAYS  作者: 来生尚
12/20

2DAY・10

 ウィズの姿が視界から消えて、足音が二つ、ドアの向こうに遠ざかる。

 気持ちと同じくらい重たくなっている頭を上げ、ドアの傍に置いてある箱を見る。

 これを持っていたルアはどんな気持ちだったんだろう。


 傷つけたくは無いのに、きっと傷つけてしまった。

 二人で話す機会も拒否してしまった。

 まるでルアの全てを拒否するかのように、顔を見ようともしなかった。

 ルアが持っていた箱を手にとると、不思議と涙が出てくる。


 ごめんね。本当にごめんね。


 いくら拭っても、涙が止め処なく落ちてくる。

 これを着るという事は、水竜の巫女にまた一歩近づくこと。

 巫女になれば、ルアには会えない。

 巫女にならなくても、この村にいる限りは、もうルアに会えない。


 子供の頃からずっと一緒だった。

 あの日、ルアが村を出るまでずっと。

 短気で、単細胞で、人の気持ちなんて全然わかってくれないけれど、でもいつも一番傍にいてくれたのはルアだった。

 涙は止まらないし、箱を開ける勇気がなかなか出てこない。

 胸の中は後悔でいっぱいで、もう前になんか進めない。

 箱の上には涙の跡が点々とついていく。


 どうしたらいいの。

 この箱を開けて、巫女になるための儀式をすればいいの。

 それともこの箱を開けずに、今巫女になることを辞めるの。


 どっちも選べない。

 私にはどちらも選べないよ。

 教えて。誰か教えて欲しい。


 涙を堪えようとすればするほど、涙が大粒になり、嗚咽を押さえることすらできない。

 声が聞こえたら、きっと外の兵士に気付かれてしまう。

 床に座り込み、両手で顔を覆い、声が漏れないようにする。

 それでも、どうしても涙が止められない。

 押し殺している声が、自然と指の間から漏れていく。

 気付かれないようにしなきゃ。

 こんな風に泣いているなんて、みっともないよ。

 でも、でも……。



 カチャっと、ドアノブを捻る音がする。

 ノックもしないで、人が入ってくる。

 もしも着替え中だったらどうするのよ。

 そんな責めるような言葉が浮かんできて、ドアのほうを睨みつける。

 睨みつけたのはドアじゃなくてウィズで、ウィズは静かにドアを閉める。

「ササ、こっち」

 手を引かれ、ソファに座らされる。

 何も言わず、ウィズは黙って横に座っている。

 涙が引くのを待つかのように。

 ウィズはどう思っているんだろう。

 私のこと、情けないって思っているかな。くだらない事で悩んでって。

 ウィズにはこんな姿、見られたくなかったのに。

 必死に顔を袖でこすり、無理やり涙を止めようとしてみる。


「辛いよな」


 ウィズの優しい言葉に、また涙が溢れてくる。

 短い言葉なのに、全部わかっているよって言われたみたいで、声を上げて泣きそうになる。

 でもそんな、みっともないこと出来ないから、天を仰ぎ両手で顔を覆う。

 どんなに歯を食いしばって我慢しても、涙が止まらない。


「辞めるか」


 静かにウィズが呟く。

 辞められたら、どんなに楽だろう。

 でも辞めることも選べない。

 ぐしゃぐしゃの顔のまま、顔を横に振る。

「お願い。水竜の巫女になれって言ってよ」

 涙声で訴えると、ウィズは苦しそうな顔をする。

「言えるわけないだろう。俺は、全てを見守るために来たって言っただろう」

 瞬きをすると、涙がまた落ちる。

 ポタン、とウィズの手の上に。


「ササ、お前にしか選べないんだよ。巫女になるか、ならないかは」

 うんうんと、首を縦に振る。

「見ているだけっていうのも辛いもんだな。他人の一言でササの意思が変わらないように、その為に人を遠ざけたのに、俺が余計なことを言いそうだ」

「余計なことって……?」

 問い掛けた声が鼻声になって、うまく喋れない。

「余計なことは、余計なことだよ」



 苦笑し、ゆっくりとウィズはソファから立ち上がる。

 そして窓際に立ち、カーテンを少し開け、外の様子を伺う。

 もうすぐ、月の支配する時間がくる。

 水竜の大祭が始まる時間が、迫っている。

「今選ばなくていい。水竜の神殿に着く、その時まで」

 カーテンを閉め、ウィズが振り返る。

「辞めることも選べないなら、儀式に出な。後で巫女になりたかったって後悔しないように」


 ドアの傍まで歩いて、ルアが置いていった服の箱を手に取る。

 箱を持って目の前に立ち、すっと目の前に箱を差し出す。

 無表情なウィズの顔からは、何を考えているのか、さっぱり読み取れない。

 目線を箱に移し、大きく息を吐いてから、箱を受け取る。

「外で待っている」

 ウィズはそれ以上何も言おうとはせず、くるりと背を向けてドアの向こうに消えていった。



 手渡された箱の中に入っていたのは、おそらく神殿で用意してくれたものだろう。

 幾度と無く見たことがある、巫女様がお召しになっているものとよく似ている服だった。

 これを着ることに躊躇いがないわけじゃない。

 でも巫女にならないことを選べない今、これを着なければ、後悔するかもしれない。

 まだ決められないなら、ぎりぎりまで悩んでもいいのなら、今は着よう。

 そして儀式に出よう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ