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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第三十二話 地の恵みは使いよう

 地中深くに落ちて行ったレオ、ルーク、ジェナの3人は無事だった。骨折等の怪我をする事無く、かすり傷程度のもので済んだ。


 レオとジェナの活躍が無ければ、今頃3人共かすり傷では済まなかっただろう。もっと悪ければ、全員瓦礫やら土砂やらで埋まって圧死していたはずだ。


 軍人フェブレイの一撃で足場を失ったあの時、落ち行く中でレオが真下に向かって氷の層を何重にも作り、それをクッション代わりにする事で落下の衝撃をやわらげていた。

 それに加え、ジェナが自身の魔法で水晶の柱を作り出し、皆を包むようにドーム状にそれを張り巡らせていた。彼女の水晶が天井になって、上から降り注ぐ瓦礫や岩を防いでくれた。おかげで落下物による怪我も回避出来た訳だ。


 三人共クッションになった砕けた氷の中に埋まっていたが、レオが魔法を解除すると、氷の欠片がキラキラと弱々しい輝きを見せながら空気中に消えて行った。


 各々落下した時の姿勢になったまま土埃を纏って居た。


「助かった……。レオさんとジェナちゃんが居なかったら死んでたかも……」


 と言うか、二人が居なければ明らかにお陀仏だったと思ったルークだった。一緒に地下に落ちた仲間がレオとジェナでなく、シャルとシーナだったら、まず大怪我は免れなかっただろう。


 尻もちをついていたジェナはその場に立ち上がり、被っていた土埃をはたいて落とした。


「レオもルークも大丈夫?」

「うん」


 二人はジェナに怪我をしていない事を報告すると、それぞれ時間差で立ち上がった。


 瓦礫が未だに崩れているのか、上の方から岩と岩がぶつかるような音が薄っすらと聞こえた。ただ、乾いた岩同士が当たって鳴る高めの音ではなく、もっとずっしりとした重みのあるものだった。

 しかも、薄っすらとしか聞き取れなかったと言う事は、大量の瓦礫や土砂が水晶で作られた天井の上に積もっているのだろう。


 やっと暗さに目が慣れて来た。


「薄暗いな……」


 かろうじて真っ暗ではなかった。もしそうなら、薄暗いだなんて感想は出ない。


 地下に落ちたのに真っ暗闇ではなかったのは、遺跡内に生えている光る鉱石が足元を照らしていたからだ。黄色い光をじんわりと闇の中に伸ばしていた。


 レオの目線の先には奥の方へと続く人工的な道が続いていた。壁は、光る石の周りだけをくり抜いたように造られており、明らかにその鉱石が灯火となる事を考えた構造となっていた。


「ここは、遺跡の中なんだね」


 ルークは瓦礫が崩れて来るのを恐れて静かな声で喋った。


「古代の人はあの石で明かりを灯ってたのか……面白いな……」

「それはゼレグライト鉱石……」

「物知りちゃんか」

「ジェナちゃんは宝石とか詳しいんですよ~。自分の部屋とかも石でいっぱいで、館に宝石の保管場所を何室かレイヴンから借りてたり」


 これはレオも聞いた事が無いジェナの新たな側面だった。


(石が好きとか、なかなかいい趣味してるじゃんか)


 気に入った綺麗な石を見つけては蒐集していた頃の児童期の自分を思い出し、レオはどことなく懐かしい純粋な気分を取り戻していた。


「宝石好きなのか。結晶とか綺麗だもんなー」


 ジェナはこくりとうなずいた。彼女も同意見だった。ジェナにとって鉱石や宝石は「神秘」そのものなのだ。


 ジェナからの熱い眼差しを感じ取りつつ、レオはゆっくりと上を向いた。ジェナが作った水晶の天井がゼレグライト鉱石の光を反射して黄色く映っていた。

 どのくらい落ちたか確認しようとしたが、光が遮られていたので分からなかった。


「多分、随分落ちちゃったよな……。こっから上に戻れるのか?」

「魔法解いたら瓦礫落ちて来るよ?」


 ジェナの正論が薄暗い空間で静かにこだました。


 レオも自分の質問がバカみたいだったと今更感じた。同じ場所から出る必要性などどこにも無い。


「そう……だよな。このまま進んで出るしかないのか」

「行こう。ここに居ても時間の無駄」


 ごもっともな意見だ。ジェナは案外切り替えが早いのかも知れない、と思わせる素早い判断だ。ここに留まっても助けが来る訳ではないので、レオも遺跡の先を進む事に同意だった。


 先へ進もうとした所で、床に落ちていた見慣れぬ物をルークが見つけた。


 しゃがんでそれを手に取ってみると案外軽かった。蓋を開けてみて初めてその物が何か分かった。


「あ、コレ……懐中時計だったんだ」

「おっと、チェーンが外れて落ちてたか」

「レオさんのでしたか」

「そうそう、大事な物なんだ。見つけてくれてあんがとよ。そのまま行く所だった……」


 レオは焦りながらルークの方へ戻って、金の懐中時計を返してもらった。

 そこへ、蓋が開いたままの時計をジェナが食い入るように覗いて来た。興味津々な顔はちょっぴり可愛らしい。


「でも、懐中時計にしては変……時計盤じゃないのがある」

「ああ、これね……。オレも気になってたけど、なんの為にあんのか貰った人に聞くの忘れちゃってさ、分からないんだ。壊れてて針が動かないし」


 本来ならば羅針盤のような役割を果たしそうな箇所なのだが、そこだけが昔っから壊れているらしく、何も反応を示さないのだ。


「あれ? 壊れててもレオさん〈修復魔法〉使えるんじゃ……」

「そうなんだけど、〈修復魔法〉ってのは無い物は修復出来ないからさぁ……。ネジとか部品がどっか行ってると直んないんだ。一応魔法をかけてみた事はあるんだけど、結局直らなかったから、やっぱり何か欠けてるんだと思う」

「そっか……」


 レオの言う通り〈修復魔法〉とは言え、何も万能な魔法ではない。部品が失われていれば、修復の仕様が無い。術者ではないルークには、それがよく分かっていなかった。自分以外の魔法や能力について知らないと言う事はよくある事だ。


「――動いた」

「え!?」


 ジェナの声に反応したレオとルークが同時に驚きの言葉を口にした。全員レオの手の中にある懐中時計を覗き込んだ。なんの変化も無いように思えたが、ルークが真っ先に気付いた。


「ホントだ……さっきと針の向きが違う……」

「でも、何を指してんだ……」


 その針は遺跡の先を黙って向いていた。レオはその場でくるくる回って確かめたが、北を指す羅針盤のように、変わらず遺跡の通路を指している。


「通路? を指してるのか?」

「このまま進めって事ですかね……」

「そうか……だから屋外で開いても反応が無かったのか」


 今日のレオは冴えている。

 開けた場所で針が動かない事、閉鎖された空間で出口へと続くであろうただ1つの通路を針が指した事。この2つを総合して、なんとなくだが懐中時計のもう一つの使い道が分かった気がした。


「多分こいつは、出口に導いてくれてる時計なんだ。“脱出時計”と言った所か?」

「大丈夫なのかなぁ……」


 ルークの口から不安が漏れ出た。


 確かに「脱出時計」と言われてみれば、なんとなくそれっぽいが、確証がある訳ではないだろう。それを信じて進むとなると、遺跡で迷子になってしまうかも知れない不安で心が曇った。


「なぁーにを言うか! 今はコレを当てにして進むしかないだろ……」

「シーナとシャルが待ってる。早く行かないと」


 ジェナの言う通り、きっと遺跡の出口でシーナとシャルは待っているはずだ。シーナはともかく、シャルならきっとそうする。レオはそう確信していた。


「迷ったら僕泣きますから」

「ジェナも居るし、なんとかなるだろっ」


 レオはジェナの肩を2回叩いた。


「なんで私……」


 その自信がどこから来るのかジェナは知りたくなった。特に、「ジェナも居るし」と言う部分が気になった。

 もし遺跡内で迷えば、自分が何をしたってどうにもならない。無論、レオの言葉が冗談交じりのふざけたものだったとしても、自分が居た所でどうにも対処が出来ないので困るのだ。さっきまでは石の話で共感出来る所を見つけたが、今はただならぬ食い違いを感じていた。


 こうしてレオ達は懐中時計の針を疑いつつも先を進む事にした。



 ◆



 少し遡るが、地上に居たシャルとシーナは陥没した大穴を覗いていた。


「どうしよう……相当深いよ、これ……」


 砂埃を未だに漂わせている岩々の下に仲間が埋まっていると思うと、シーナは想像しただけで落ち着いていられなかった。


 仮に助け出すとして、どうやって重そうな岩などをどかせばいいのか見当もつかなかった。自分の魔法ではかえって逆効果だろうし、ましてや隣のシャルには魔法などは使えない。もはや、どうにも出来ない問題に思えた。


「先に進も?」

「え……?」


 シャルは優しい口調で姉に立つよう促した。正直、シーナにとってその言葉は予想外のものだった。


「レオもきっと遺跡を抜けて待ってると思うよ」


 レオ達が生きている前提で話を進める妹にシーナはたくましさを感じた。互いに信じ合えればここまで平常心を保てるのか、と感心と共にちょっとした羨望が滲んで来た。


 果たして自分が今のレオ達と同じような状況に陥った時に、シャルは狼狽えずに信じて先で待っていてくれるのだろうか……レオも今のシャルと同じように想ってくれるのだろうか……。


 姿が見えなくなった自分を必死になって探すレオとシャルの姿が瞼の裏に浮かんだ。


 目の前から突如として消えた者を血眼になって探し求める事は、すなわち、その者が生きていると信じられていないと言う事になる。居なくなった相手と密な関係にあろうが無かろうがだ。

 これに従うと、シーナ自身はレオを信じきれていなかった事になり、見えなくなった自分を捜索するレオとシャルが浮かんで来たと言う事は、二人共そこまでシーナを信じていない事になる。転じて、シーナは潜在的にレオとシャルの二人が自分を信じてくれていないと感じているのだ。


 仲間が居なくなれば、心配して探すのが普通であり当たり前だ。しかし、普通を超えて信頼し合うのが真の運命共同体と言うものである。その点では、シーナはレオとシャルと同じ質の芯になれていない。


 この事を今自覚したシーナは、レオとシャルの何人も切り離せない強い結び付きが羨ましくなった。


(――って、ダメダメ! だったら、レオとシャルを信じなきゃ!)


「そうね……きっと、なんとかして目的地に向かうはずよね。行こっか」


 外からの救出は諦める事にした。救出不可能ならば、レオ達を信じて先を行くしかない。


 姉妹は武器をしまい、並んで歩いた。


 一皮剥けたシーナの横顔はシャルを喜ばせるものだった。と言うのも、姉にはいつまでも「頼れるお姉ちゃん」で居て欲しいのだ。特に今のような2人だけの状況においては、今までのレオがして来てくれたみたいに、シーナに引っ張って行ってもらいたい思いが強くなる。


 シャルは、心配事で曇りきったシーナの表情は好きではない。いつも通りの晴れ晴れした顔つきの方が好きだし、そっちの方が似合っていると思っている。そうでなくては、自分が大好きな姉ではなくなってしまう。

 シーナは滅多な事では内に秘める不安を外には出さないので、先程のように暗い表情をされると、自分まで同じ気分になってしまうのだ。


 ただ、今は違う。今はもう、すっかりいつものシーナである。そして、胸に抱いている想いも同じ色のものだ。


(待っててね、レオ。お姉ちゃんと迎えに行くからね)



 シャルとシーナは山の中へと続く遺跡の洞窟へと足を進める。遺跡に入ってほんの僅かで暗がりになってしまうくらい奥深くにまで道が続いていた。入り口付近には苔があったものの、奥に行くにしたがって、古びた壁が剥き出しになった通路へと変わった。


 外の気温は半袖で過ごせるほどだったが、洞窟の中の空気は肌をひんやりとさせるものだった。やはり日中も陽が当たらないので涼しいのだろう。


 不規則な間隔でゼレグライト鉱石が生えており、姉妹の足元を照らしてくれた。ただ、その明るさは微弱なもので、仄かな明るさしか放っていない。それでも、真っ暗闇の中を手探りで進むよりはマシである。


 とうとうシャルが愚痴をこぼす。


「全然明るくないねー、電気のスイッチどこなんだろ?」

「……多分電気は通ってないと思うけど?」

「そうなんだ」

「んー、それにしても暗いわね……光る石じゃ全然明るくないじゃない。〈マナ虫〉がかろうじて棲みついてるみたいだから、虫が居る所は他より多少は明るいけど……」


 洞窟のそこらを飛んでいる〈マナ虫〉はキラキラを纏っているので、彼らの周りだけは他よりも明るい。


 だが、彼らも生き物だ。「照らしてくださいっ」と真剣に頼んだとしても、好きな所を照らしてくれる訳ではない。そして何より、〈マナ虫〉は好き勝手に動く。


 そこでシャルは、側に飛んで来た〈マナ虫〉を手で捕まえ、虫を臨時のランプにした。これなら好きな所へ明かりを持って行ける。シーナには出ない発想だ。


(野性的だなぁ……可愛い)


「お化けとか出そうだね~」

「やめて!?」


 シャルが余計な事を言うので、シーナは怖がって妹にしがみついた。

 急に抱き締められたものだから、シャルは思わず手に力を入れそうになって〈マナ虫〉を握り潰す所だった。ひしゃげる寸前になった〈マナ虫〉が「みゅーっ! みゅー!」と必死に声を上げている。


「お姉ちゃんっ、そんなに抱きつかれたら歩けない……」

「だってぇえ~」


 シャルもビックリするぐらいシーナは怖がりだった。姉の威厳が見事にすっ飛んだ訳だが、そもそもシャルはシーナに威厳があるとは思っていない。なので、心を惹かれるシーナのギャップを目の当たりにした妹は、これまで以上に姉が愛おしく感じた。


「大丈夫だよ~。お化けなんて出て来ても倒せばいいんだよ」

「でも、どうやって……」

「お化けの目に唐辛子を突き刺す」

「唐辛子無い! どうしよう!」

「あたしの鞄に入ってるから、いざとなったら使って!」

「私が倒すの!? 無理無理!!」

「お姉ちゃんなら出来る! ……でも、お化けなんて出ないと思うけどねー」

「あ、なんか、シャルってレオに似て来た? いや、レオがシャルに似て来たのかしら……? でも、さっきのお化け撃退法だって、レオが言う冗談みたいだし――」


 怖さを紛らわす為か、シーナは終始シャルに話しかけ続けた。いくらおしゃべりなシャルでも、喋りたくない時に話しかけられれば疲れる。姉との会話が好きなシャルも、今回ばかりは少し迷惑そうだ。


(あんな事言わなきゃよかった……)


 シャルは少し後悔していた。姉がこんなにもお化け嫌いだとは知らなかった。見せた事の無いシーナの可愛らしい側面が分かった一方で、長々と内容の無いおしゃべりをされ続けると言う被害をこうむる羽目となった。



 幅のある道に沿ってずっと進んで行くと、姉妹は大部屋の空間に出た。そこは他の部屋よりも明かりが多く、苔むしてはいたが祭壇のような立派な建造物があり、何か重要な場所だった雰囲気を帯びていた。当時の人々がここを大切にしていた事はまず間違い無いだろう。


 至る所に水路が設けられており、可視化した大粒の魔粒子が湧き出ている。湧き出る魔粒子をシャルがちょこんと触れると、簡単に弾けて空気に拡散してしまった。まさに、淡く光る小さなシャボン玉だ。


「なんか凄いとこに着いちゃったわね……なに? 祭場?」

「広いねこの部屋。お家が入っちゃいそう」


 それくらいの大部屋だと言う事だ。天井も高く、石造りにしては組み合わされた石同士の接合部に隙間がほとんど無く、緻密な計算を元に造られた場所と言える。ここは、太古の技術が詰まった遺跡だった。


「ん?」


 シーナが匂いを嗅ぎ始めた。


「なんか匂うの?」

「このアーチの向こうの通路……多分、外と繋がってる」

「なんで!? 匂い嗅いで分かるものなの!? シャルもやってみる!」


 妹が自分の真似をするのでシーナは優しく微笑んだ。


「何も分かんなぁい……」

「私、こう見えて鼻が利くのよ~。シャルは目がいいみたいね、レオから聞いたわ」

「うん。お姉ちゃん匂いに敏感なんだ……今度からちゃんと体洗お……」


 風呂に入っても、体を洗わないでサボる事は頻繁にある。面倒だったので毎日は洗わなかったのだが、シーナの鼻が利くのであれば、今後はそうも行かないみたいだ。


「シャルはいつもいい匂いだから大丈夫よっ」


 シャルが深刻な重い顔をしていたので、シーナはそう言って励ました。


「今だって、すぅはー……すぅはー……」

「ひゃう、くすぐったい」

「いい匂い……」


 シャルに抱きついて妹のいい香りを吸い込み続けている姉は満足そうな笑みを浮かべた。第三者から見れば、変な性癖を持った人物だと捉えられかねないだろう。


「じゃぁ、早く行ってみよ! レオ居るかもよ」

「そうね」


 シーナはシャルの匂いを嗅ぐのをやめて、アーチの向こうを見つめた。通路からは微かに外の香りが含まれた空気が通って来ていた。


 シャルとシーナは外を目指してその通路を進んで行った。



 ◆



 金色の懐中時計の羅針盤は、通路の突き当たりに来る度に、その指す方向を変える。空の上から誰かが透視して道案内をしているのでは? と思わされるほど正確なものだった。


 レオ達は針の向きが変わる度に指し示す通路を辿った。かれこれ20分ほど歩き続けただろうか。未だに出口は見えない。


 そろそろ腹減りが襲って来る頃合いだが、残念な事に誰も食料を持って来ていなかった。それもそのはず、今回の依頼はささっと終わる簡単なものだと誰もが思っていたからだ。ここまで歩かされるとは想定外だった。


「まだ?」

「まだまだ……針が道順教えてくれてんだからもう少し待ってくれ」

「む……」


 ジェナが何度聞いてもレオの返答は変わらなかった。その態度も、回答を求める度に適当なものになっていた。


 延々と続く殺風景な通路をただただ歩くだけでは退屈でしかない。特にジェナは他の2人よりもそう感じていた。


「レオ、面白い事言って」

「……そう言えば、今日ナマコグラタンを作らないといけないんだ。あ、いっけねぇー! まだナマコを獲りに行ってなかったんだ! よーし、こうなったら――」

「――それなんの話?」


 レオは黙り込んでしまった……。


「ジェナちゃん……不用意に突っ込んじゃダメだと思うよ……」

「そうなの?」

「そうだよ! もうオチが言えねぇじゃんか!」


 単なる思い付きの小話なので、オチを粉砕されたくらいではレオも怒らない。ただ、面白い事を言ってくれと言う要望だったので、最後まで言わせて欲しかった所も少なからずある。



 ジェナを中央に挟んで三人は遺跡の奥へと進む。ジェナが前に出している右手を〈浄化魔法〉で光らせて辺りを照らしながら歩いて行くので、こうでもしないと明かりが偏ってしまうのだ。


 〈浄化魔法〉……レオには聞き慣れない魔法だ。これも〈保管魔法〉などと同様に、どこの属性にも分類出来ない稀有な魔法だとジェナは語ってくれた。色々なものを浄化させる効果があるらしいのだが、面倒臭がってそれ以上は教えてくれなかった。やはり面白い事を言えなかったせいだろうか。


「〈マナ虫〉が居るから光は多少あるけど、やっぱりジェナちゃんの魔法が無かったら足元見にくいね」

「時計の針がどこ指してんのか見にくいしな。浄化の魔法って光も出せんのか……あれ? 光魔法じゃね?」

「浄化する時に出る光を利用してるだけ」


 レオを含め、この魔法を知らない多くの者が誤解しがちだ。〈浄化魔法〉はものを浄化するだけの魔法であり、透き通った湖を思わせる薄い水色の光は、その際に発生するただの副次的な光に過ぎない。そこを理解していなければ、光魔法と混同してしまう。


 レオは右隣で歩いているジェナの横顔をじーっと見つめた。ジェナが桃色の瞳を左にやったので、送られて来ていた視線に気が付いた。


「なに?」

「いや……浄化の魔法で大気汚染とか食い止められるのかなぁとか……」

「そんな面倒な事しない……」

「そっか」


 今の回答で空気も浄化可能だと言う事が判明した。ジェナの魔法の清浄能力についても気になる所だが、それを聞いては道具扱いしているような感じになってしまう。


「でも、暗いエリアにはやっぱり照明要員が必要だよな。あの姉妹今頃どうしてんだろ……心配だ」


 何より、シーナがシャルに色々と振り回されていそうで心配だった。この遺跡に来るまでで随分と疲れている様子だったので、シャルの言動に悩まされていそうだ。


 しかし、そう思ったのも数秒ほどの事。なんだかんだ言って、シャルはシーナの気持ちを汲み取って大人しくしていそうだ。姉の心情を読めない妹ではないだろう。


「レオさん、あの二人と仲いいですよね」

「四六時中一緒に居るからなぁー。色々大変だけど放って置けなくてさ」

「ふふ、なんだかお母さんみたいですね」


 今のレオの発言もそうだが、ルークは常日頃からレオの銀髪姉妹への対応が母親っぽいと思っていた。決して性別による分業の点で感じているのではなく、母親そのものが本来持つ本能的な部分で「母らしい」と見ていた。


 姉妹と仲良く接しながらも、実は静かに二人を見守っていたり、大変だと言いつつも、面倒をかけられている事が嬉しそうだったり。これほどまでに心を込めて姉妹と付き合っているのだから、母親らしさが無いとは誰も言えないだろう。


 ただ、かけられた言葉に対して、レオは返したい事が一つあった。


「そりゃルークの事だろ? お菓子とか作ってくれるし、気が利くし」


 母親みたいと言われれば、そうなのかも知れないとレオは思った。確かに、あの銀髪姉妹を見ていると世話を焼きたくなる。レオには「母性」と言うものは分からなかったが、そう言う気持ちを「母性」と言うのかも知れないと思っていた。だとすれば、ルークの言う通りである。


 だが、そう言った点ではルークも負けていない事を知っていた。自分なんかよりも気配りが上手に出来るし、争いを好まないルークの方がよっぽど「お母さん気質」があるとレオは思っていた。


「えーっ、僕がですか?」

「ルークが作るお菓子美味しい」


 ルークの手作りお菓子を思い出したのか、ジェナは少し微笑みなながらそう呟いた。


「オレもお菓子作りしようかな……」

「今度一緒にやりましょ? やってみると意外と面白いですよ」

「そうだな。でも今は食べ物の話はしないでおこう……ジェナのお腹が鳴ってる……」

「……私じゃない……レオでしょ」



 三人は更に奥へと進み、階段を二回上がった。まだまだ出口は見えないが、時計の針を信じて足を動かした。途中、足場の崩れた場所も何ヶ所かあったものの、レオとジェナの魔法で難無く通過。石で出来た床を靴底で鳴らしながら進んだ。


「ジェナって爺ちゃんと何かあるのか?」

「……」


 あまり喋らないジェナも人からの質問があれば答える。しかし、今回ばかりはあからさまに嫌な顔つきをしていた。


(うわぁ……なんでレオさんこう言う時にその話聞くかなぁー……)


 祖父であるグレンの話題はジェナの前では厳禁である。それが緋月内でのルールだ。

 今までのジェナの素振りからも、レオだって察していない訳ではないだろうが、仲間の沈黙が身に刺さる今の状況で彼女に聞くとは、どうかしているとしか思えない。


 ただ、レオは聞くのをやめない。ジェナの嫌な領域に深入りするつもりはさらさら無いが、同じ仲間として一応知っておきたかったと言うのが本心だ。


「なんか、険悪って言うか、そんな感じだったから……聞かない方がいいか……」

「私は……祖父を倒さないといけないの」

「だから避けてるってか?」

「……そう。私の両親を追放したの……〈七賢人〉の息子には相応しくないって……」


 レオとルークは開いていた口を閉じた。気の利いた言葉を返せれば良かったのだが、こう言う時に限ってなかなか出て来ない。


 何も言えないのが普通だ。沈黙は間違っていない。


 レオとルークでなくとも、この話題では第三者は完全に蚊帳の外である。不可視の隔たりがある空間で語られるジェナの立場をただただ外から見守るしかないのだ。励ましや慰めの言葉は、今の重苦しい空気では逆効果だろう。


 口を閉ざす事が正解としたが、両隣の二人が黙ってしまっては、かえって話すのが気まずいはずだ。しかし、ジェナは続けた。


「祖父のやった事も分からない訳じゃない……私のお父さんとお母さんは、ある失敗をして一族の名誉を穢した。でも、それでも、私にとっては大切な人……。恥晒しだったとしても、私の父と母である事には変わりない……だから、二人を蔑ろにした祖父は許せない。私が倒さないといけないのはそう言う事。倒して二人に謝ってもらう……その為にダンの元で修行してる」


 とてもゆっくりで落ち着いた口調だった。根底に煮える思いがあるのだろうが、ジェナは表情一つ変えなかった。彼女らしい語り方だ。


「複雑なんだな……」

「僕も初めて聞いた……」

「……誰にも話した事無いから」


 これまで誰一人として踏み込んだ質問をして来なかったからだ。周りの空気を悪くしてしまうような話題を進んで仲間に喋る人間がどこに居るのか。ジェナから言わせてみれば、祖父を敵視している経緯を「喋らなかった」のではなく、「喋る時期が来なかった」だけである。


「誰にだって超えなきゃいけない壁ってのがある……。ジェナの壁が、偶然にも自分の爺さんだったってだけだ。自分を信じて超えて見せろ」

「……分かってる」


 余計なお節介だと言わんばかりに、ジェナは小声でそう呟いた。



「お、着いたんじゃね?」


 風が吹いて来た。涼しい風だ。淀んだ空気の中を進み続け、ようやく外界の存在を感じ取れた。


 皆の前方に廊下を照らす一筋の光が見えた。どの程度の幅があるのか分からないが、そこから外に出られる事は間違い無い。万が一、壁の隙間から体が通らなければ破壊すればいい。

 とにかく、三人は一斉に光の差す場所へと駆けた。


 レオの懐中時計の案内通り、壁に出来た割れ目から外に出られた。


「外だ! ――レオさん、あそこ! シーナさんとシャルちゃんですよ!!」


 遺跡を出るとそこは長い階段の頂上になっており、地上の景色が一望出来るほどの高さがある場所だった。その上からシャルとシーナの姿を捉える事が出来た。


 姉妹は巨大なサソリと交戦中だった。ルークが驚いたのも無理もない。明らかに「魔物」に分類される体躯のサソリだ。


 サソリの数は1体だけだったが、シャルもシーナも相当苦戦しているように見えた。


「なんだ、あのサソリ……デカすぎ……〈アビスゲート〉の副産物か」

「気持ち悪い」

「二人共そんなのんきな事言ってないで助けに行かないと!」


 ルークが階段を走って下りて行く。それに続いてレオとジェナの二人も駆け下りる。一段一段なんて下りていられない。3人は二段飛ばし、三段飛ばしで走った。



 ようやく5人の合流が果たされる時が来た。


 行方が分からなくなっていた3人の存在に最初に気付いたのはシャルだった。武器を出して向かって来たレオ達に手を振って呼び寄せる。


 紺のロングスカートを土で汚したシーナも彼らに気付き、その姿を瞳に映した瞬間に安堵が湧き上がった。しかし、表情に出たのは別の感情だった。


「ちょっとレオ! 遅いじゃない!」

「すまんな。ま、お互い無事でよかったじゃん」

「レオさん来ますよ!」


 レオ達にサソリの剛腕が振り落とされた。大きな鉄球が落下したような衝撃と共に地面が揺れる。サソリは節々をキシキシと鳴らしながら大地を陥没させた太い鋏を引き抜き、新手の存在を確認した。


 さっきは高台から見ていたので分かりにくかったが、サソリの巨体は凄まじく、腹を地に着けて尾を省いた状態でもレオの家一階相当の高さがあった。魔物でなければ、ここまで巨大化しないだろう。

 黒い光沢を持つ甲殻と赤く光る複数の眼が不気味さを掻き立てている。何もせずとも、恐怖を感じさせる重量感を誇っていた。


 レオ達は仲間同士で連携しながら襲い掛かった。しかし、相手の外骨格は堅く、斬り付けても火花を散らすだけでなかなか刃を通さなかった。さながら生きた金属だ。


 それでも五人は果敢に攻め続ける。


 特に警戒するべきは、サソリ特有の武器だった。その鋏は大振りで、鋏まれれば一溜りもない。人間なんて枝みたいにへし折られてしまうだろう。


 更に、サソリの尻尾の先端は剣状になっており、むやみやたらに振り回すので、レオ達はそれを抑えるのに苦労した。無尽蔵にも思える強大な力は、人間の力で簡単に封じ込める事が出来るようなものではない。


 獲物を狙って大暴れをするサソリをどうにかするには、凶器のどれか1つを潰した方が得策だ。そこでレオとシャルは、漆黒の甲殻が連なる尻尾のちょうど節と節の間を何度も斬り付けた。同じ箇所を攻撃し続け、なんとか一番厄介な尻尾を斬り落とす事に成功した。


 邪魔な尻尾が無くなった所で、シーナが魔節槍で相手の動きを封じ、その隙にルークが渾身の一撃を頭部に食らわせる。ルークが持つ自身の攻撃を透過させる能力によって、彼の斬撃はサソリの厚い甲殻を貫通。そのまま頭の内部を破壊した。


 しかし、それでもサソリは動きを止める事は無かった。弱るどころか、更に凶暴化した。


 剣状の先端を失った短い尻尾を激しく地面に打ち付け、大きく広げた荒々しい腕をしきりに振り回し、猛烈な攻撃をがむしゃらに放ち続ける。思考能力が停止しているのに、その体だけが敵を求めて荒れ狂っている感じだ。

 黒い塊の暴走マシンは誰にも止められそうになかった。


「くっそ、これじゃ近づけねぇ!」

「これだけ暴れられちゃうと……どうにもね……」


 次の一手を考えているレオとシーナの間をジェナが通り過ぎ、一人敵前に出た。


 とどめを刺したのはジェナだった。


 極限にまで硬度を上げ、極限にまで鋭くした水晶の柱をジェナは何本も地面から突き破らせて生成した。サソリの背に水晶の針山が出来上がる。突き上げて来た勢いと自身の巨体の重さで、サソリは敢え無く串刺しになった。


 サソリは体液を大量に地面に流しながら動かなくなった。これだけの人数でやっと仕留める事が出来た。


「やっと倒せましたね……」


 ほっと一息ついたルークは、右に担いでいた剣を青白い光と共に消し去った。誰も怪我せずに済んでよかったの一言に尽きる。


「なんだったのよコイツ……見た事無いわ……」

「魔物ですよ……多分」

「そうだな。コイツの甲殻とか剥ぎ取ったら売れるかな? いや、食べたら実は美味しかったり……」

「ほんと!?」


 妹の食い付き具合を見たシーナは嫌そうな顔を露わにした。正直、想像しただけで気分が悪くなった。


「やめておきなさいよ……それに、この魔物も〈アビスゲート〉由来の生物なんでしょ? 変な病気貰っても知らないわよ……?」


 レオの話を聞いてさっきまで笑顔だったシャルだが、急に真面目な顔をし始めた。


「だから……やっぱり〈アビスゲート〉なんて開けちゃダメだよね。こんなのがいっぱい出て来るんでしょ?」

「その通り。だから僕達が早く開口点を見つけて、それを潰さないと」

「だな。でも、やっぱルークの能力便利だな……装甲で固めてる奴にはよく効くね」


 いくら重層的な防御態勢を取っていても、ルークの〈攻撃透過〉の前では無意味だ。彼の能力が発動している間は、攻撃をどんなに防ごうと、結局は防げずに終わる。今回の戦闘はその利便性を証明する形となった。


 ただ、弱点もしっかりある。


「躱されちゃ無意味ですけどね……」

「そう言うなって。今回はルークが活躍したんだからよ」

「わーい、おめでとぉー」

「なんか照れるなぁ……」


 レオとシャルに褒められ、ルークは少し顔を赤くしてはにかんだ。だが、横目で彼らのやり取りを見ていたジェナは面白くなさそうだった。


「最後は私が仕留めたのに……」

「そうね……」


 レオは別にジェナを忘れていた訳ではない。ちゃんと見ていたので分かっている。ジェナの不満も納得は出来ていた。しかし、あくまで彼女はとどめを刺した本人で、MVPはルークにあると思っていた。


 ルークは誰よりも早く戦闘中の姉妹に加勢しに行ったし、しかも、自分の能力を最大限に発揮していた。十分に活躍した彼にこそMVPを捧げるに相応しい。


(でも……そんな説明でジェナが納得してくれる訳ねぇ……)


「じゃ……こうしよう。この依頼が終わって報酬を貰うだろ? 半分はジェナが貰う……」

「いらない……別に報酬が目当てじゃないし……」


 報酬が目当てなら、そもそも今回の依頼には参加していないだろう。大体、開口点探しの報酬が何かも知らされていないのに、それを目当てにしてレオ達と同伴するほどジェナは軽率ではない。報酬が欲しければ、もっといい物を確実に貰えるであろう依頼を受ける。それがジェナと言う少女だ。


 ただ、今回の目的はレオとシャルを知る事だ。最初から報酬などジェナの眼中に無い。


(やっぱりレオさん、分かってないのかなぁ……)


 ルークがレオにひそひそ声で話す。


「レオさん……お爺さんから貰う報酬なんて、ジェナちゃんが貰う訳……」

「そ、そうか」

「それに、分けられない報酬だったらどうするつもりなの?」


 依頼を達成した報酬に、希少価値のある特大の魔石をどーんと渡される事なんてざらである。砕いてしまえば価値が下がるだけなので、こうなっては分けられやしない。バカげているがそう言う事もあり得るのだ。


「それもそうだな。なら、今度どっかの店屋行ったら何か奢るよ。それでいい?」

「うん」

「私も奢って欲しいかなぁー……ちらっ」

「奢るも何も、いつもオレが払ってんだろ……」

「それは私の生活費だから“奢ってる”とは言えないわよ」

「どっちにしろ、こっちが奢ってるようなもんだろォ」


 奢る奢らないの話をしている時点で、レオとシーナの二人は恋愛関係には無いんだな、と悟ったルークとジェナであった。




 レオ達は地図に従って目的地まで歩いて行った。太陽も傾いているので早めに探さなければならない。帰りが遅くなるのは誰だってごめんだ。


 地図を片手に持ったレオは辺りをしきりに見渡した。


 周りの景色を見ながら現在地を照らし合わせると、大体バツ印の辺りに来ていた。ただ、見た限りでは開口点らしきものは見当たらない。と言うか――。


(開口点って一体なんなんだよ……)


 詳細は不明だ。グレンも開口点については特に話してくれなかった。話すべき立場に居たのに教えてくれなかった、と言えよう。〈七賢人〉しか知らない情報なので、あまり人に言えないのだろう。だが、それではあまりにも情報がお粗末すぎる。


 行けば分かると言っておきながら、到着しても分からないと言う事態に陥った。一体何が“行けば分かる”なのか、レオにもさっぱり分からない。


 頭に浮き出た愚痴をくどくどと心の中に垂れ流す。すると突然、ピリピリするような感覚が身体に走った。


「ん? なんだ?」

「確かに感じるわね……凄い魔力」


 膨大な魔力を大地から感じるのだ。感じ方は人によってそれぞれだろうが、この場に身を晒す事が刺すようで若干の痛みを感じる者も恐らく居るだろう。


(やっぱりそうだった……あの時感じた魔力……)


 昼前にジェナが感知した魔力の源はここ、開口点のある場所だった。まさかとは思っていたが、本当に地面から伝わって来る魔力が開口点のものだとは本人も思っていなかった。


 誰もが魔力の圧を感じ取っていた。一見辺りには何も無いが、明らかにこの土地は他の場所とは違う、と身体が語りかけて来るのだ。


 足を進めると更に肌が刺激され、身体を通る魔力も騒ぎ始める。魔法を使って魔力を消費しろ! と言っているようだった。こんな事今までに味わった事が無い。もちろんレオ以外のメンバーも同じ感想を持っていた。


 先頭を歩いていたレオとシーナが歩きを止めた。


「とりあえず、ダンに報告すればいいんだよな?」

「はい、今しますね」


 ルークは携帯電話を取り出し、それを耳に当てた。


「あ、ダン? 開口点見つけたんだけど、この後どうすればいいの? ……うん、え? そんな簡単に出来るの? …………分かった。じゃ、終わったら帰るから。ありがとー」

「なんだって?」


 携帯電話を再び保管してしまい込んだルークにシーナが聞いた。

 ルークは魔力を感じる足元を見て言う。


「地面に大きな亀裂を作れば、地下の魔力が大気に放出されて〈アビスゲート〉を開けなく出来るって」

「そう言う事ね……」

「そんな簡単なら、なんで自分達でやらねぇんだよ」

「うーん……」


 レオの質問にルークは下を向いたまま考え込んでしまった。


 確かに、開口点がある場所には、なんの予備知識も無い自分達でも簡単に辿り着けた。しかも、開口点を無くす方法も複雑なものではない。一般人である自分達がわざわざ手伝うほどの事でも無い気がした。


「それは無理よ……。開口点って多分だけど、魔力の地脈が一時的に溜まって出来たものの事を言ってるんだと思うわ。地下にある魔力の溜まり場は、常に同じ所にある訳じゃない。つまり、今回私達が地下魔力を放出させても、またどこかで開口点が生まれる……そりゃ〈七賢人〉でも止められない訳だわ」


 腕を前で組んだシーナの仮説は皆を納得させるものだった。

 いくら魔法使いの最高峰が集う〈七賢人〉でも、各地に点々と存在する地下魔力の溜まり場を7人だけで潰して回るのは困難だ。そもそも、自然発生する地中の魔力をどうにかするなんて言う話自体に無理がある。


 開口点を潰す事は、つまり……。


「〈アビスゲート〉を開けなくさせる一時的な措置って事か……」

「恐らく、〈アビスゲート〉を開こうとしている犯人を見つけ出すまで、こうして続けるつもりなんでしょうね……」

「それじゃあ鼬ごっこじゃないですか!」


(鼬ごっこ、ねぇ……)


 ルークの言う事も分かる。だからこうして〈七賢人〉は同僚ではない〈緋月〉の人間に頼んで、手間のかかる開口点を潰してもらっている。その間に自分達は黒幕の捜査。レオはそう考えた。そうすれば7人しか居ない彼らも、ある程度余裕を持って動く事が出来るだろう。


「〈アビスゲート〉を開かせない為には仕方が無いのか……敵さんは一体なんの為に開けようってんだ……」


 難しい顔をしているレオにジェナが声を掛ける。


「悩んでいても進まない。早く地下の魔力をどうにかしよう」

「ジェナちゃんの言う通りだね。みんな、地面に向かって魔法を使って出来るだけ傷を付けよう」

「あたし魔法使えないんだけど……剣でやるのはちょっと……」


 シャルが手を低くく挙げて申し訳なさそうにしていた。本当なら皆と一緒に頑張りたい所だが、そうも行かないのだ。シャルは破壊力のある技を持ち合わせていない。


「シャルは見ててくれればいいよ。剣の斬れ味落ちちゃうもんな」

「そうよ。でも、応援してくれればより一層頑張れる気がする!」

「分かった! お姉ちゃん頑張れっ、レオも頑張れっ、ルークも頑張れっ、ジェナちゃんも頑張れっ! おー!!」



 レオは氷魔法で地を砕き、ジェナは水晶を生成して地面を抉り、シーナは〈破導〉で大地を割り、ルークはその剣で地中深くにまで斬撃を透過させた。4人の攻撃を受けた場所は地層が丸出しになるほどに削られた。


 すると、大量の魔力が足元から抜けて行くのを感じた。目に見えるほどの大きな魔粒子が至る所から沸き上がり、幻想的な風景を作り出した。蛍のように淡く発光する魔粒子は空へと飛び立って行く。


 渾身に鳥肌が立った……寒気とか恐怖とか嫌悪から来るものではない。そうでなければ、ここまで人を魅了させる事が出来るだろうか。なんとも言えない感覚に皆が染まった。その身が魔力の海に包まれる……そんな妙な感覚だった。肌がピリピリして、時にチクリとした痛さを覚えるくらいだ。


 それが続いたのも僅かな間で、気付けば土が掘り返されたなんの変哲もないただの大地に戻っていた。夕方の空に点々と浮いていた光も既に消えている。



 アビスゲート由来の魔物がどう言う特徴を持ってるのか……それはそのうち書きたいと思います。

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