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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第三十一話 世界を脅かす者達

 ダンからの知らせを受けてレオ達三人は〈スカーレット・ルナ〉の大広間に集まっていた。とうとう開口点へと向かう日が来た。


 レイヴンが居ただけの静かなホールは、シャルの声で一気に騒がしくなった。


「アビスゲート探し楽しみだね!」

「そんなに楽しいものじゃないと思うけど……?」


 レオは姉妹の会話を黙って聞いていた。大広間に差し込む日の光が暖かくて気持ちが良かった。鳥のさえずりが今にも耳に聞こえて来そうなくらいの心地良さ。

 ただ、胸の内の曇りは晴れなかった。


(本当に楽しいもんじゃないと思う……。一歩間違えれば、きっと見るもの全てが悪夢に変わるかも知れねぇ……)


 かつての情報から〈アビスゲート〉がどれほどの厄災をもたらして来たか知っている。邪悪な魔物を送り込み、この地の安寧を脅かし、多くの犠牲を出した。

 もしもそれが、開口点と呼ばれる場所で開かれるものなら、そこに行く以上は気を引き締めて向かわなければならない。


(もしも……じゃない。多分そこで〈アビスゲート〉は開かれる)


 頭の中の文献によると、これまでに何度か出現した〈アビスゲート〉の全ては、それぞれ不規則な現れ方をしたと言う。同じ場所に出来た事は一度も無かったらしい。それは、開口点と極めて似ていると言える。


 この前の七賢グレンが言ったように、開口点の目星を付ける必要があるのなら、それもまた不規則に現れるものの可能性が高い。

 その事と繋げれば、過去に〈アビスゲート〉が前触れも無く出現したのも納得が出来てしまう。〈アビスゲート〉と開口点に関連性があると見るのはごくごく自然であり、ここまで来れば誰でもそう睨むだろう。



 ダンが大広間の階段から下りて来た。恐らく〈緋月〉のメンバーの中では最年長かも知れない。無精髭が似合うその顔は、レオから言わせてみれば「おっさん」だ。


 ダンはルークとジェナも連れて来ていた。


「よう、お前ら。準備出来たか?」

「ああ」

「ついでに、暇そうな二人も連れて行ってくれ」

「どうもー……」

「よろしく」


 ルークとジェナが面倒事に巻き込まれてしまったと言う顔で挨拶をして来た。特にルークの方は、上手く断れずに連れて来られたような感じだった。


 それもそのはず、こなすべき依頼も無く、緋月内の仕事も非番だった暇人のルークは、ダンの頼みを断る事が出来なかった。ジェナと食堂で雑談していた所、運悪くダンに捕まってしまったのだ。


(特にやる事とか無いからいいけど……なんで僕なんだろ)


 乗り気な顔をしていないルークの様子を確認したレオは少し苦笑いを浮かべ、頭の角度を少し上げてダンを見た。


「ダンも来るのか?」

「俺は他ん所行くからよ、お前らだけで頑張れ。ま、そんなけ人数居れば大丈夫だろ」

「みんなで楽しくやるぞー!」

「…………」

「あれ?」


 シャルの呼び掛けには誰も答えなかった。ジェナのノリが悪いのは分かるが、大広間に居た皆もどうも乗り気ではなかったらしい。朝方からテンションを上げて行くのは辛いのだろう。

 しかしながら、今日のシャルはちょっと元気がありすぎる。悪い事ではないものの、それでは皆がついて行けない。


 ルークが若干申し訳なさそうな表情をしながらシャルに一言かける。


「シャルちゃん……この依頼は危険かも知れないんだよ? もっと慎重に行かなきゃ……」

「でもでも~、辛い仕事なら、やっぱり楽しくやらなきゃダメだよー? 体が持たないよ?」

「そうね、力を合わせて楽しくやりましょ?」

「おー!」


 シャルは姉の呼び掛けに全力で答えた。


「で、ダン? 私達はどうしたらいいのかしら?」

「向こうに行ったらグレン爺さんが詳しい行き方を教えてくれる。とりあえずハルトリエ地方の〈アシュタ〉に向かってくれ」


 ハルトリエ地方は〈エレクシア王国〉の南にある国〈グランニュート〉にあると言う。大陸中部に位置すると言う事もあって〈エレクシア〉よりも温暖な国だ。そこの〈アシュタ〉と言う町にグレンが待っているらしい。


 他の開口点を目指すと言うダンとは一旦ここでお別れだ。一行は緋月内に設置されてある〈転移魔石〉の小部屋へ行き、グレンの待つ〈アシュタ〉へと飛んだ。




 5人は暗い部屋に出た。転移した直後こそ〈転移魔石〉が光り輝いて明るかったものの、すぐに光の力が弱まって薄暗くなった。ただ、この魔石の虹色の輝きだけは、いつもそこにあった。


 壁が石で出来ており、樽の無い古代のワインセラーのような所だ。しかし、元がなんの為の空間なのかは全くもって分からなかった。しかも、明かりが無いおかげで微量の気味の悪さを漂わせているものだった。


 この転移先はどうも長い間使われて来なかったらしい。シーナが口を押えて咳き込んでいた。


「げほっごほっ……何よ、ここ! 埃っぽい!!」

「確かにね。ここに居たら病気になりそうだな」

「そっちに階段がありますね……。天井を押せばどこかに出られるのかな?」


 ルークの目線の先には、石造りの壁で続きが途切れている木製の階段があった。レオはこれに似た光景を以前見た事がある。前回はしごだったのが、階段になっただけの事だ。


 遠目で見た所、天井を手で押せば上に出られそうだった。もちろん、出口になりそうな所はそこにしかなかった。行くしかない。


「まぁ、目の前に階段があるって事は、そこを上がって行けって事だよな」


 レオはいかにも怪しい階段を軋ませながら数段上がり、低い天井を押してみる。やはりここが出入り口だったようだ。重そうな石の天井に見えたが、そこだけが石によく似た別の素材で出来た張りぼてだった。

 少し浮いたのでそのまま押し上げてみた。


 すると、太陽の光が入って来て、目が順応し始めた。


 地下空間からよじ登って這い出ると、飛び込んで来たのは見た事の無い街の風景だった。頭上の空の色は変わらないのだが、肌に感じる空気が温かかった。冬の気配を感じさせない気候だ。


「なんでこんな路地裏の石畳の下に転移ポイント作ったんだよ……」

「そんなのレイヴンにでも聞きなさいよ……」


 上りにくそうにしていたシーナの手を取って、レオは彼女を地上へと引っ張り上げた。木製の階段と地上との間は大きな段差になっていたので、ロングスカートを穿いていたシーナは壁に足をかけると、長いスカートの丈のせいで次の足が出しにくかったのだ。彼女にとっては面倒な地形だった。


 シャルとルーク、それにジェナも誰かしらに引っ張り上げられて、路面の下から出て来た。最後にレオが完全に石の触感を持っている張りぼてで出口に蓋をした。


「ここどこー? ちゃんと着いたの~?」

「僕も分からないけど、ここであってるはず……。桟橋の方にグレンが居るらしいから、まずはそこに行こう」



 〈アシュタ〉は川沿いに出来た小さな街だった。至る所に桟橋が向こうから向こうへと架かっており、川を中心に発達して来た事が分かる。道から見える川では水鳥が魚を捕っていた。

 レオが住んでいる〈カネリア〉とは違った趣のある場所だ。


 気温も冬にしては温かく、目に映る街の人々も揃って薄着を着ていた。エレクシア北部である〈カネリア〉ではまず見られない光景だ。この時期に薄着で居たら確実に風邪をひいてしまうだろう。


 レオ達は路地を出てから川がある大通り沿いを右に進んで適当にグレンを探した。


「あ、居た」


 見当たらなければ街の反対側を探そうと思っていた所、シャルが見覚えのある老爺を見つけた。彼女の視力の良さのおかげで案外簡単に見つけられた。


 真っ先に気が付いたシャルは指を差してグレンの場所を皆に知らせた。


 生え際に傷のある白髪頭をした老人が橋の欄干に腰を掛けていた。逆立っている白髪は人の中でも目立っていた。分かりやすい風貌で助かった。


 近づいて行くと、グレンもレオ達に気付いた。「やっと来たか……」と聞こえないような声量で言葉を漏らしていた。長い間待たせていたのかも知れないと思うと、レオはなんとなく申し訳なく感じた。「なんとなく」なのは、本当に待たせてしまったのかが分からないからだ。


 4人の後ろをついて来ていたジェナは、そっぽを向いて明らかに祖父を見ないようにしていた。

 そんな孫娘の姿を見てグレンが大きく吸った息を吐き出す。


「ジェナまで連れて来たのか……」

「ついて来たいって言うから」


(レオ……私、そんな事言ってない……)


 ジェナの不満の声は届く事は無い。


 祖父に会う羽目になるので、本当ならば同伴したくはなかった。しかし、レオとシャルの事をもっと観察したかったのだ。まだまだ二人とは会ったばかりである。今回、二人と仕事が出来ると言う事でついて来た次第だ。


「不愛想で未熟者だが……何かあったら守ってやってくれ」

「心配しないで、何かあったら私が守るわ」

「頼んだぞ……」


 グレンがそのまま「じゃあな」と言ってどこかへ行ってしまいそうな空気だったので、すかさずレオが今回の依頼について切り出した。


「……んじゃ、どこ行けばいいか教えてくれよ」

「そうだな、この地図に書かれたバツ印に開口点があると思われる。そこに向かってくれ。行けば分かる」


 グレンは手の平から取り出した地図をレオに向けて見せた。確かに赤い色でバツ印が書いてあった。だが、それが一体どこなのかが分からなかった。不親切な地図だ。


 レオは『アシュタ』と書かれているであろう現在地を地図でくまなく探す。自分の居場所が分からなければ地図など貰っても、枕の使い方を知らない人に枕をプレゼントするくらい無意味だ。


 見かねたグレンが人差し指を向こうの山の方にやって大体の方角を伝えた。


「……分かった」

「よし、俺はもう行く。やる事はまだまだあるからな」


 そうしてグレンはレオに地図を渡し、人込みの中へと消えて行ってしまった。〈七賢人〉は色々と忙しいみたいだ。たった7人で大陸の安泰を守っているのだから当然とも言える。


「見せてよ」


 シーナが見たそうにしているので、レオは手に持っていた地図を手渡した。現在地を探すのが面倒なので彼女に探させようと思った。


 複雑な地形が描かれた紙を見終えると、シーナはそれを折り畳んでスカートのポケットにしまおうとした。そこへシャルがやって来て「見たい!」と目を輝かせて言うので、シーナは妹に地図を渡した。


「じゃ、そろそろ行こうか」



 一行はゆったりとした歩調でグレンが指差した方へと歩いて行った。地図を使う事無く、なんとなく川沿いを道なりに歩いた。


 カフェテラスでのんびりとくつろいでいる人々を横目にレオは歩いていた。美味しそうな茶菓子を食べているので、お腹が空きそうになった。


 今朝、レオは朝食を満足に食べられていない。と言うのも、〈スカーレット・ルナ〉の食堂に顔を出すのが遅かったせいか、朝食はほとんど食べられていたのだ。なんとか3人分の料理は確保出来たものの、それだけでは足りない、と姉妹がお腹を空かせてわめくので、レオは自分の分を二人に分けてやったと言う訳だ。


 レオは再び目を前に持って行った。前を歩くシャル達に任せておいていいのだろうか? と言う疑問が徐々に湧て来た。どう考えても適当に道を歩いているようにしか見えなかった。


「あれ? こっちであってんの? 地図は?」

「お姉ちゃんが持ってる」

「待って、今出すから……」


 シーナは紺色のロングスカートのポケットから地図を取り出した。


「……うーん、右行って下?」

「それ地図逆だぞ」

「……文句言うならアンタが見ればいいでしょー?」


 地図を胸に押し付けられたレオは、シーナによって半強制的に地図係となった。


「そう言われてもな……。いや、今自分達がどこに居るのかさっぱり分からん……ここ地元じゃないし。ルークこの辺り詳しい?」

「僕もこの辺りには馴染が無いので分からないです……」


 レオは聞いてから気が付いたが、そう言えばルークはこの街に来た事が無いような発言をしていた。それでは聞いた所で分かりはしない。


 そこで、自分の後ろに居たジェナにも聞こうとした。しかし、ジェナは通りの向かいに居る親子のやり取り見ているばかりで話しかけ辛かった。


 誰もが早速つまずいた事を確信した……。案内係が誰一人として居なかった。


 面倒だが地図を見てしっかり経路を探すしかないのか……と思っていると、レオの前腕をジェナがそっと触れた。


「まだ? 道分からないの?」

「ジェナ……分かるのか?」

「分からない」

「そう、か」


 ジェナが話しかけて来たものだから、レオはてっきり道順が分かっているのかと期待していた。だが、現実はそう甘くはなかった。彼女もまた、案内係の資格が無かったのだ。


 すると、ジェナはおもむろに向こうの山の方を指差した。


「でも、向こうの方から物凄い魔力が地面を伝って来てる……」

「向こうって言われてもね……向こうが目的地なのか分からないし……」

「む……」


 レオが納得してくれなかったので、ジェナは不満げな顔をしてほっぺたを膨らませた。


 決して嘘は言っていない。本当に地面からただならぬ魔力の気配を感じ取れていた。ただ、指摘の通り、その震源地が今回の目的の場所かは定かではなかった。


「――あたしお腹空いた」


 シャルが唐突に身体の状態を皆に告白して来た。開口点を探し出そうと言う今までの気持ちはどこへ行ってしまったのだろうか。


「シャルちゃん朝ご飯食べなかったの?」

「食べたけど、足りる訳ないじゃん」

「シャルは育ち盛りだもんね~。その辺の店にでも入る?」


 またシーナの妹原理主義的な甘々対応が始まった。そもそも、シャルは育ち盛りを終えているような気もするが、そこも姉には関係の無い事なのだろう。


「やった~、いいよね? レオ~?」

「店で目的地までの道のり聞くか……」


 そんな甘い声を出されたらレオも折れるしかなかった。レオだって、シーナが妹を甘やかしたくなる理由が分からない訳ではない。それはレオが一番よく分かっている。だからこそ、なるべく甘やかさないようにしているのだ。

 ただ、今回はよしとする事にした。



 自力で探すのは諦めて、一行は食事をしに店屋に入った。食事と言っても、お茶をするくらいの気持ちだ。


 幸いにも昼時ではなかった為、客席はかなり空いていた。全員で座る事の出来る店の奥の席へと進んで順に座った。そうやって5人で机を囲んでいると、共通した趣味を持つ集まりみたいにも見える。


 皆が飲み物と軽食を頼んだ後、レオは席を外して手洗いに行った。


 席に浅く座ったシーナは、両肘を机について両手であごを支える。


「大きな声じゃ言えないけどー、七賢ってまだ〈アビスゲート〉の解決が出来てなかったのね」

「まぁ……それだけ厄介なんじゃないですかね」

「確かにそうかも知れないわね」


 いくら〈七賢人〉が解決へと奮闘しているとは言え、それはそれは厄介な事だろう。何せ、〈アビスゲート〉がいつどこで出現するか不明だからだ。出現する理由も分からないとなっては、その手で幽霊を掴もうとしているのと同じ事である。


「――ただ、今回は何か掴めてるのかもね」

「何か……?」

「ほら、“開口点”って言う鍵が。今までに聞いた事無いでしょ?」


 ジェナの隣――通路側に座っていたルークは首をかしげた。


「聞いた事無いですけど、その文字通りの意味で捉えるのは時期尚早って感じじゃないですか?」

「うーん、まぁ、わざわざ“開かれる場所”なんて言ってるんだから、そう考えるのが普通よ」


 「開口点」と言う言葉が何か別の意味を暗示させる暗号だったとしたら話は別だが、そのような名称で〈七賢人〉から呼ばれている以上、〈アビスゲート〉の問題を解決する上で何か重要なヒントなのだろうと踏んでいた。


「ダンなら何か知ってるかも知れませんねー」

「知ってても言わないでしょ」


 そんなこんなでちょっとした議論を交わしていると、注文していた人数分の飲み物とフライドポテト2皿がやって来た。食欲を刺激して来る匂いと一緒に登場したので、今まで机に突っ伏して静かにしていたシャルのテンションも上がった。


「わーい、ぽってとぉ~」


 シャルは小皿にケチャップを大量に出し、フライドポテトの先を赤く塗って食べ始めた。


 自分の左隣でシーナがルークと難しい話をしていたので、すっかり気が滅入っていた。しかし、今やそのような感情は綺麗さっぱり無くなっていた。


「はい、ジェナちゃんの分」

「ありがと……」


 ジェナはルークから手渡されたベリージュースをストローで飲んだ。そして、フライドポテトをつまんで口に運ぶシャルの事を静かに見つめた。


(シーナとそっくり……食に関しては)


 そう、あくまで“食に関しては”である。それ以外に似ている所と言えば、互いに想い合っている所くらいだ。似ていると言われる銀髪も厳密に言えば色は違うし、髪の長さもシーナの方が長い。シャルの方が童顔で、背も低く、全体的に子供っぽい。大人びている姉のシーナとは正反対である。


 いくらシャルとシーナが姉妹でも、似通った点はそこまで多くはないのだ。


 ただ、食に関してはよく似ている。トマトこそ嫌いなシャルだが、シーナ同様なんでも食べる。二人共食欲旺盛で、一般男性でも敵わないほどだ。


「でも、あんまり食べすぎるとレオさんの分が……。それに、二人共せっかく体型がいいのに……」

「その時はその時よ。美味しいは正義なのよ?」

「そうだよ~、ルークもいっぱい食べなよー」

「いっぱいは食べられないかなぁ……」


 2皿頼んだフライドポテトを全員で食べていると、レオが地図を片手に戻って来た。シャルの右隣に座ったレオは、フライドポテトを手に取って食べ始めた。


「店のお姉さんが言うには、この街を出て東に進んで行くと遺跡があるらしいんだが、その遺跡を抜けて更に進んだ所らしいよ。ちゃんとルートも書いてもらったし」

「へぇー」


 ケチャップをつけたフライドポテトを頬張りながらシャルが適当な返事を返した。さっきまで開口点に行く気満々だったくせに、食べ物を目の前にするとシャルはそれに集中する。シーナもそうだ。二人共全くもって聞いていないようだった。


「もうちょっと興味持って欲しいな……」

「なに? 呼んだ?」

「話聞いてた?」

「とりあえず遺跡に行けばいいんでしょ?」

「なんだ聞いてるじゃんか!」


 ルークがポテトでしょっぱくなった指先をペーパーナプキンで拭いて食べる手を止めた。


「思うんだけど、遺跡ってそんなに簡単に抜けられるものなのかな……」

「心配無いでしょ。行き止まりだったら壊して進めばいいのよ」

「古代の遺産を壊して進むとか、なんて野蛮な……」

「仕方無いじゃない。私達の目的地を阻むようにして建てた奴が悪いのよ」


 シーナの十八番である〈破導〉ならそれが可能なのかも知れない――いや、可能だ。あの完全無欠で暴力的な魔法なら絶対に出来るだろう。しかし、本当に遺跡を破壊しながら進んでいいのだろうか……もしもそれが貴重な遺跡だったら、一体誰が責任を取って謝るのか? どうしてもレオはそっち方面の事を考えてしまう。


 席の隅っこに居たジェナが一言放つ。


「ただの遺跡ならそんな事しなくても通れると思う」

「ならいいけど? 道を作って進のも楽しいと思うんだけどね~」


 恐ろしくもたくましい言葉だった。だが、ジェナの言葉通りなら、シーナの出番は無さそうだ。むしろ無い方がいいくらいだ。



 軽い食事も終えたので、5人は川を挟んで活気づく街〈アシュタ〉を出て、目的地を目指して歩いて行った。



 ◆



 最初はそうでもないと思っていた道のりも、途中から坂が続く険しい道となっていた。周りを見渡せばいつの間にか林の中を進んでおり、右側が崖になっていて、もはや人工的に造られた物は見当たらない。舗装されていない砂利道がカーブを描きながら上の方まで伸びているので、修行僧にでもなった気分だ。


 まだまだ上り坂は続く。そろそろ〈マナ虫〉の鳴き声が鬱陶しく感じる頃合いだ。みゅーみゅー言っているのが耳の裏で鳴り響いて堪らない。


 一番に悲鳴を上げたのはシーナだった。持久力の無い彼女は、林道に入ってからずっと列の後方で歩いており、ジェナに付き添われてやっとついて来ていると言う状態だ。いつもは姿勢の良いシーナも、今は少し猫背気味になっていた。


 一方レオ、シャル、ルークの3人は過去の職歴からか、音を上げずに足を動かしていた。


「はぁ……はぁ、着いた?」


 少し歩く度にシーナは「着いた?」と口癖のように前を歩く仲間に元気無く問うた。残念な事に、林道を抜けない事には目的の遺跡には着かない。


 後ろから飛んで来るシーナの再三の悲鳴にシャルが振り向いて反応した。


「お姉ちゃんもう疲れちゃったの? シャルまだ動けるよ!」


 そう言ったシャルは後ろの方を歩いていた姉の所まで駆けて行き、癒しの声で励ました。シャルは飛んでいた〈マナ虫〉を追いかけたり、スキップをしたりとここに来る途中も無駄な動きを繰り返していたが、それでも疲れていないらしい。


「私は……みんなみたいに、鍛えてないからね……」

「でも、お姉ちゃんだって腕立て伏せとかして鍛えてるじゃん」


 シャルは自分の姉がリビングや二階の寝室で腕立て伏せをしている姿を頻繁に見た事があった。シャルからすると、それが鍛えているように見えていた。


(鍛えてるって言うよりは、筋力維持の為のものなんだけどね……)


 と言うのも、シーナの得意技である〈破導〉は、術者の筋力が高いほど威力が大きくなる。更に、シーナの武器である魔節槍は、ある程度の力が無ければ扱い辛くなってしまう。自身の身長よりも大きい槍を片手で振り回すには、それだけの筋力が必要になると言う事だ。


 ただし、シーナは腕しか強くしていないので、この通り持久力が無い。


「無理もないだろ……。大体シャルは元アサシンで、ルークは元傭兵、体力の差があるのは当然なんじゃないか? ジェナは疲れてたとしても、表情が変わらないから読めないし……」

「私だって疲れてる」


 レオの言葉を受けて、すかさずジェナが返して来た。


 そうは言っても、とても疲れた表情には見えなかった。息は若干上がっていたが、表情は変わらず、いつものように半目で見つめて来ていた。


「そっか……その顔は疲れてる顔なのね。覚えとくよ」


 レオが適当な受け答えをして来たので、ジェナは不満の情を抱いた。そして、自分だって時には気持ちを面に出すのに、と言わんばかりに不機嫌顔をレオに向けた。しかし、それもレオは「いつものジェナ」にしか捉えてくれなかった。


「……ふぅ……もう大丈夫、さぁ行くわよ」

「大丈夫かよ……心配だなぁ」

「お姉ちゃん休んでもいいんだよ?」

「ありがとう」


 レオとシャルからの心配の声もあったが、ここで立ち止まってしまっては、ローズマリー家の名が廃る。音を上げて迷惑をかけるくらいなら、足を痛くしてでも進むべきだと思っていた。

 しかしながら、レオとシャルだけと来ていたのなら、もしかしたら二人に甘えて休んでいたかも知れなかった。


(今日は頑張るしかないわね……)



 一行はその後も足を進めた。さすがのジェナも疲れが顔色に表れ始め、シーナと同様に息切れをしていた。かれこれ20分は歩いただろうか。


 皆、目的地が南の方の国と聞いてコートなどの厚着をして来なかったが、どうやら正解だったらしい。冬だと言うのに汗がじゃんじゃん出て来る。もう「冬」と呼ぶのがおかしいくらいだ。


 誰もが無言になってから数分、少し坂がなだらかになって来たのが分かった。そして、段々と坂が無くなって行った。


「見てください、遺跡ですよ!」

「やったー! 着いたよお姉ちゃん!」


 坂の頂上に、まさしく“遺跡”と言う印象の場所が広がっていた。一歩踏み込めば、小石転がる茶色の地面から、時代を感じさせる大きな石が敷き詰められた、人工的でなだらかな道となった。


 あちらこちらに崩れかけた建造物もあり、人が生活を営んでいたであろう痕跡が随所に残されている場所だ。乾いた色のいにしえの遺跡は、山麓の平地に繁栄の影を残したものだった。


 ただ、見た所、遺跡の保護だとか修繕だとかは一切されていないようだ。手を加えられていないありのままの歴史の姿が見る事が出来た。この古代の遺産も、時が来て朽ち果てるのを待っているらしい。


 5人は固い石の大通りを進んで行った。大通りではあるものの、活気の欠片も無い死んだ道だ。


「人が歩んだ歴史もさ、自然の前ではただの足跡にしか過ぎないってか」

「そうねー。しかも、条件が揃わないと足跡は消えちゃうもんね」


 シャルも同意見だった。自然の中では人間の営みなど全体の一粒にも満たない。維持する手を止めてしまえば、簡単に朽ちて行ってしまう脆弱なものだ。維持をして保たなければならない時点で、人間の営みは動植物同様に自然界に包まれ、翻弄される立場に居ると言っても過言ではないだろう。


 目の前の山の中へと続く洞窟が遺跡群の大通りの先にあった。これも人が加工した穴なので、ここの中にも遺跡がある事だろう。この洞窟の入り口を通って、それを抜けて行けば、目的地の開口点に辿り着けると言う。


 レオ一行がその洞窟に差し掛かろうとした時だった。



――待てお前ら。


 聞き慣れぬ声に呼び止められた。皆一斉に後ろを振り返り、相手の確認を急いだ。


 声の主は髭面、スキンヘッドで筋肉質の大男だった。左側頭部辺りに太陽をモチーフにしたと思われる刺青をしていた。


 相手は腕を組んでレオ達を鋭く睨み付けて来た。


「フェブレイさん!? どうしてここに!!」

「っ、知り合いか?」


 ルークには見覚えがあった。彼が言うには、かつて兄弟がエレクシア軍に所属していた頃、二人とは別の隊で指揮を執っていた軍人だと言う。知っていて当然だ。


 となれば、少し離れた所に立っているフェブレイは相当な手練れの可能性が高い。ただの軍人ならともかく、それを指揮する立場の人間であれば、それなりに強いはずだ。


 レオは身構えて、相手に問いただす。


「なんか用か!?」

「その先に行かせる訳にはいかない」

「どう言う意味ですか!?」

「開口点には近づかせないと言っているのだ」


 「開口点」は、開口点を潰さんと探し回っている〈七賢人〉しか知らないはずだ。実際こうして緋月メンバーの間では知られているので語弊があるかも知れないが、少なくとも、〈七賢人〉の側に立っている人物しか知り得ない。


 だとすれば、行かせまいと睨みを利かせている相手がどちらの立場に居るのか考えずとも明らかである。


 ルークは息が止まった――。人々を守る側に居たエレクシア軍の軍人が、世界の安寧を脅かす可能性がある存在に成り果ててしまった事に驚きを隠せずにいた。


(でも、驚いてる場合じゃない……)


 気持ちを切り替えねばならない。顔見知りであっても、時には情けをかけずに一戦を交える必要がある。相手に目的達成の為の戦う意思があるのなら、なおさら気は抜けない。


「それじゃあ……この人がダンの言ってた、〈アビスゲート〉を開けようとしているって言う悪者の1人?」


 シャルの口から出た言葉を聞いて、シーナは大きく息を吸ってそのまま吐き出した。どうやらこの軍人を倒さない限り、素直に開口点へと辿り着くのは不可能らしい。


「勘弁して欲しいわね……やっと休憩出来ると思ったのに……」

「もう少しだ、頑張れ。こいつ倒したら休憩にしよう。全員でかかればすぐ終わるだろ」

「だといいけど」


 戦闘開始が間近に迫っている事を感じ取ったジェナは、仲間の誰よりも早く自身の武器である棍を魔法で取り出した。いつも通りの顔つきのはずなのに、こうして敵を前にすると、どこか冷たい表情をしているようにも見える。


 ジェナの武器出しを合図に、残りの仲間もそれぞれの武器を手に持った。


 フェブレイはレオ達に向かって鼻で笑うと、鋼色をしたブラスナックルを拳に装備して構える。どちらも退く気は無いようだ。


「残念だが貴様らの思い通りにはならない」

「そいつはどうかなッ」



 5対1と数では圧倒的に有利。首尾よくやれば簡単に倒せる相手である。人数が多ければ、陽動作戦やら連係プレーやらで相手の注意を撹乱させる事も容易だろう。ただ、これだけの差があれば、わざわざ知恵を絞って緻密な作戦を練らずともごり押しが出来る。


 まずは前衛であるレオ、シャル、ルークの三人が斬り込んで行く。接近戦に強いこの3人は、誰に指示される事無く身構える敵へと向かった。三人共自分が何をすべきなのか分かっているのだ。


 フェブレイは拳にはめたブラスナックルを駆使し、3人の剣を横へ横へと弾いて行く。少なくともルークの斬撃だけは直接ガードせず、受け流すか避けるかに徹していた。ルークと同じエレクシア軍に所属していたフェブレイは彼の能力を知っているのだ。


 ルークの能力である〈攻撃透過〉は近接戦において最も効果が発揮される。その能力を知っているのであれば、それを受けないよう避けようとするのは当然の判断と言えるだろう。


(……やっぱり、簡単には当てさせてくれない、か)


 ルークがどれだけ剣を振って攻撃を当てようとしても、警戒している相手には届かない。フェブレイが〈攻撃透過〉から逃れる行動に出る事はルークも予想していた。しかし、ここまで徹底して避けられるとは思っていなかった。


 武器と一体となった軍人フェブレイの攻撃は素早く、なかなか隙を見せない。一見筋肉ダルマにも見えたが、身のこなし方が軽かった。エレクシア軍を指導する立場に居ただけの事はある。


 だが、人数には勝てない。


 フェブレイは、執拗に真正面から斬りかかって来るレオに集中砲火を浴びせすぎた。拳で反撃しなければ斬られてしまうので仕方が無かったと言えば仕方が無いが、今回ばかりはレオを突き放す事に集中しすぎた……。


 シャルがフェブレイのすぐ後ろに迫っていた。彼女は敵対者に対して容赦が無い。レオが作り出す剣の軌道に夢中になっていたフェブレイのほんの僅かな隙をシャルは見逃さなかった。


 銀髪の少女の姿が無くなっていた事に気付いたフェブレイは、左足を軸にして本能的に体を後ろへと反転させた。間一髪、ギリギリでシャルの斬撃を受け止めた。

 しかしまだ終わりではない。背後には一時中断させていたレオの剣がその身を斬り開こうと弧を描いて向かって来ている。


 レオもこれで決まると思っていた。敵に隙を作らせたシャルもそう思っていた。


 しかし、フェブレイの後ろに迫っていた剣は、その描いていた弧を崩した。レオの手元が狂ったと言えばそれまでだが、そうなった原因は彼の足場にある。


 レオが立っていた場所は少し前までは、遺跡が栄えた時代に敷き詰められたであろう石畳だった。今となってはその石の足場が沼地のように蕩けてしまっている。もはや水に近いかも知れない。


 立つ事がままならなくなったレオは、液状に変わった石の中で上半身だけは浸しまいと必死にもがいた。


「くっそ! なんでだよッ!!」


 冷たい液体が脚に纏わり付くので、本当に池にでも下半身を浸している感覚になった。その液体が石だとは到底思えない。しかも、既に石畳は敷かれていた地面と混ざってしまって、元の形がなんだったのかよく分からなくなっている。

 フェブレイの術か何かなのは明らかだ。それしか考えられない。


 空気に穴が出来る勢いのあるフェブレイの拳を躱したシャルは、レオを助けようと急いでそっちに向かった。そして、水面のように波打つ地面に飛び込むべく、思いっきりジャンプをした。


「レオー!」

「んあ!? バカ、お前泳げねぇだろ!!」

「はっ、そうだった!」


 空中で引き返そうとした所で既に遅い。シャルはお尻から落下し、液化した石と土が混ざったしぶきを辺りに飛び散らせた。


 泳げない事は本人が一番よく分かっている。水は嫌いではないが、足がつく場所でも溺れそうになるくらい泳ぎに関してはダメだった。しかし、レオを助ける事でいっぱいで、そこまで頭が回らなかった。


 助けを求めて必死になっているシャル。そこへレオがやって来て救助した。幸いにもシャルはレオの近くに飛び込んだので、大地へと沈まずに済んだ。


「うわーん、死ぬかと思ったぁ……」

「泳げないのに無茶しちゃダメだろ……」


 シャルは溺れないようにレオの上半身にしがみついてじっと耐えるしかなかった。レオを助けたい一心で飛び込んだ訳だが、かえって彼に迷惑をかける結果となってしまった。


「レオー、シャルー! 大丈夫!?」

「今の所はー」


 液化した足場に踏み入れる訳にはいかないらしく、少し離れた所からシーナが安否を確認して来た。


 心配されずとも、今の所なんともない。毒が湧いて来たり浸っている自分達が液化したりする訳でもなく、ただただ石と土の混合物で体が濡れるだけだった。


(どうやって抜け出そうか)


 現在ルークがフェブレイを一人で抑えてくれている。その間になんとか石と土の沼から抜け出したいものだ。


 面倒な事に、シャルが上半身にしがみついているおかげで、今レオは自分が溺れないように状態を維持するのに精一杯だ。そうなれば打つ手は一つしかない。地中にある足裏から魔法で徐々に氷を出して体を上へと持って行きつつ、液体と化した地面を凍らせて足場を硬くするのだ。


 レオは脳内で描いた脱出イメージを実行しようとした。だが、更に面倒な事に、状況が一変してしまった……つい先程まで水っぽさを含んだ大地だったが、途端に干からびた元の硬いものに戻っていた。


「えっ!?」


 思わずレオとシャルは辺りを何度も見回した。体がすっかり埋まってしまった二人は自由に動かせる部位が首くらいしか無かった。身動きが取れない密着したままの二人は、今やルークとフェブレイの戦闘を観戦するだけの傍観者だ。


 ルークの金の瞳が地中に埋まったレオとシャルの姿を横目で一瞬捉えた


「っ……フェブレイさんにそんな能力があったなんて……」

「正確には“魔法”だがな」


 確かにルークは対峙しているフェブレイと同じエレクシア軍に居た。しかし、相手の魔法を知っていた訳ではない。そもそもフェブレイとは別の部隊に所属していたのだ。事細かに知っている方がおかしい。


「お前も地中に埋まるといい」

「――!?」


 フェブレイが急に拳を向けて来たので、警戒したルークは宙返りをしてレオとシャルが埋まっている後方へと退避した。そして再び片刃の大き目の剣を構える。


「僕の足元を緩くすると、せっかくの足止めも徒労に終わっちゃいますよ」

「ふん、そう来たか」


(よく分かっていやがる……)


 戦える人数を減らして少しでも楽にしようとしていた狙いがバレた。

 液化と凝固を操る魔法で相手を仕留められるとはハナから思っていなかったが、動きを封じて一時的な足止めには出来るとは思っていた。ただ、こうして足止めをする為の条件を逆に利用される事になるとは予想外だった。



「レオさん、シャルちゃん、大丈夫?」

「まぁね」


 大丈夫だが……今はどうしようもない。誰かが助けてくれるまで待つしかないのだ。


 氷魔法でどうにかこの状況を打開出来る可能性はあるものの、それは魔法を鍛えていたらの話だ。特別魔法を鍛えていた訳ではないので、どうあがいても硬そうな地面を砕ける自信は無かった。

 ただの地面ならいいのだが、フェブレイが地面を固めているとなれば、それを砕く前に自分の氷が粉砕されてしまうだろう。今も見えていないだけで、フェブレイが硬化させる魔法をかけている可能性だってある。


 更に言えば、こうしてシャルと密着している状態で魔法を使うのは良策ではない。しがみついているシャルの体が見えないとなれば、それだけ危険が伴う。もちろん、体の正面に居る彼女に向かって魔法を放つ訳がない。


 問題は、シャルがしがみついた時に後ろに回していたであろう脚だ。二人共全身に石と土が混ざり合ったものを纏っていたせいか、冷たさ以外何も感じなくなっていた。それでは間違ってシャルの綺麗な脚を氷で穿ちかねない。


(そんな可能性があったら、なんにも出来ねぇっての)


 レオは自分よりも上の方にあるシャルの顔を見つめた。


「みっともないなぁ……オレ達」

「そうだねー……」


 シャルは力の抜けた低めの声でそう口からこぼした。敵前で地中に埋まって身動きが取れない自分達がすこぶる間抜けに思えた。


 見かねたジェナがレオとシャルの元へとやって来た。先端が太くなっている剥き出しの大地の色をした棍を肩に乗せ、随分と視線の低くなった二人を眺める。すると、何も言わずに棍を振り落とした。


 ジェナの棍は鈍い音を立てて地面に当たった。次の瞬間、棍と接触していた辺りを中心に大地が木端微塵に砕け散った。硬く凝固していた石と土の混合物は砂利程度の小ささにまで細かくなっていた。


 窮屈だったが、おかげで今までに比べれば結構な余裕が出来た。シャルはジェナに引っ張られながら砂利から這い出し、続いてレオも二人の少女に引っ張られてようやく土埋めの拷問から抜け出せた。


「理由も無く殴られるのかと思った」

「……理由も無くは殴らない」

「理由があったら殴んのかよォ……」


 ジェナの言葉を裏返すとそうなる。とりあえず、そう言う事は置いておいて、今は彼女の活躍に感謝である。


「それにしても、ジェナちゃん凄い力があるんだね!」

「え?」

「地面を一瞬で粉々にしちゃうなんて、筋肉ムキムキなんだねっ!」


 そう言う訳ではないのでジェナも反応がしづらい。仮に筋肉が凄かったとしても、筋肉だけで大地を砂利同然には出来ないだろうに。


 突然の光景を目の当たりにして、フェブレイの目付きが変わった。


「今ので分かった。茶髪の女……その武器、〈山砕きゼレー〉だろ……。なんでお前みたいな奴が持っている」

「持ってたからって何? そんなに気に食わない?」

「いや……」


 気に食わない所の話ではない。その武器の存在に驚きと疑いがごちゃ混ぜになった。


 大地の神であるゼレーが作ったとされる武器、それが〈山砕きゼレー〉だと聞いていた。当たった対象を粉々に粉砕する事が出来る武器、らしい……。それが今、自分のすぐ目の前で起こったのだから、フェブレイは驚きと疑いを隠せなかった。


(当然、あの武器に直撃すれば、人間だって砕け散るはずだ……)


 そう考えると身の底から恐ろしくなった。もしもその事を知らずにあの(むすめ)の棍を腕で受け止めていたらと想像すると、握力が抜けて生きた心地がしなかった。


 しかし、逃げる訳にはいかない。邪魔者を開口点へと向かわせる事は許されていないのだ。大地を砕いた要因が武器ではなく、茶髪の少女の能力か何かだと言う事を信じるしかなかった。


 フェブレイの頬に冷や汗がしたたり落ちる。


「心配しないで。人には使わないから」


 無表情でそう言い放つと、ジェナは地面を駆け、敵に飛びかかった。普段大人しい彼女だが、見事な棍術で相手を押している。その打撃は重く、受け止める者の骨にまで響いた。


 宣言通り、ジェナは棍の能力を使わなかった。しかし、警戒心が最高潮に達しているフェブレイは、すかさずジェナを突き放した。敵の放った言葉ほど信用出来ないものはない。先程の宣言もあっさりと撤回される可能性の方が大きいと見ていた。


 ジェナと距離を取ったフェブレイだが、彼の側面からシャルが鋭い一撃を加える。銀髪を揺らし、フェブレイの脇腹に斬り傷を与えた。音も無く接近されたのでフェブレイも反応が遅れたのだ。

 なんとか浅い傷で済んだものの、そこへレオとルークが迫って来た。フェブレイにとって着実に悪い方向へと進んでいる。


(だったら、こうだ!)


 フェブレイは筋肉質の腕を振りかざし、周囲の液化を試みた。いくら大勢で襲い掛かろうが、足元を取られれば勢いは殺される。動きが鈍った所で一人ずつ仕留めればいいのだ。わざわざ自分が不利となる状況で戦い続ける必要は無い。


 だが、何故か周りが液化しない……。


 レオもそう何度も相手の術中にはまるような間抜けではないと言う事だ。


 仕組みはいたって簡単である。フェブレイが足場を液化させる前に、自身の氷魔法で足元一帯を凍らせただけだ。


 「他人の魔法が発動している間は、自分の魔法で上書き出来ない」と言う魔法の原則をレオは利用した。氷魔法の発動が終わっていれば話は別だが、今現在レオは大地を凍らせ続けているので、フェブレイは地中で凍り続けている大地を液化出来ないのだ。


 さすがにフェブレイも隠されていた魔法への対処はすぐには出来なかった。


「残念だったな!」


 相手の焦った表情を見るとニヤニヤが止まらなくなった。


 こうなってしまっては4人の猛攻には耐えきれないだろう。次々と迫る刃を躱そうと、フェブレイは地面を蹴って跳ねた。


 見上げれば宙に浮いている相手の姿があった。


「ハァ!? そんなのありかよっ!!」


 宙に体を持って行ける人間は多少存在する。ただ、レオは今回見るのが初めてだった。


 これではあまりにも理不尽すぎる。厄介な事に、こうなってしまっては剣が届かない。斬撃でも飛ばせれば問題は無いだろう。しかし、そうは行かないのが現状だ。


 フェブレイは余裕の表情を浮かべる。腕を組んでレオ達を見下ろした。別に隠していた訳ではなかったが、新たな技をお披露目する形となった。


(なんかの魔法で俺の魔法が使えなくなっていたとしたら、誰の魔法だ……?)


 見下ろしただけでは大して周りに変化があるようには見えなかった。


「――ッ!?」


 地上を見ていた所、何かの武器が真っ直ぐ自分目がけて飛んで来るので、フェブレイは慌てて防いだ……シーナの槍だ。フェブレイの表情は打って変わって驚きと焦りの色になっており、逆に地上に居るシーナが余裕の表情を見せていた。


 シーナは体力的に槍を扱う事が厳しいと思い、今まで皆の後ろで休息を取っていた。戦闘に参加しなかった理由はそれだけではない。接近戦を繰り広げる仲間に混ざってしまっては、自慢の槍を振り回す事でかえって邪魔になる。しかも、魔節槍の長所である長いリーチも、彼女の十八番の魔法〈破導〉も味方を巻き込んでしまう。


 シーナは機をうかがっていたのだ。そして今訪れた。


 地を離れて宙に浮いているフェブレイにシーナの槍が幾度も直撃した。彼は地表に居る敵からの攻撃に苦しむ事になった。


 シーナが相手に向かって薙ぎ払う槍の威力は凄まじかった。波打つ鞭となった魔節槍は当たるもの全てを蹂躙せんとする暴力的な力を誇っていた。フェブレイは、シーナの一撃を受け流す度に体ごと持って行かれそうになった。


 敵が態勢を大きく崩した所で、シーナは相手の真上から振り下ろされるような軌道の槍撃を放った。フェブレイもこれを受け止める事しか敵わず、遂に彼を地面に叩きつける事に成功した。


(さすがはシーナさん)


 ルークが先行して、レオとジェナが彼に続く。


 レオ、ルーク、ジェナが落下した敵を抑えにかかる――が、フェブレイは渾身の拳を地面に打ち、辺り一帯の足場を砕いた。石畳で敷き詰められた大地は彼を中心にすり鉢状になり、袋に詰めすぎた物が底を破ってこぼれ落ちるように足元が崩れた。


 フェブレイのすぐ側に居たレオ達3人は暗闇に落ちて行った。



「うわあああぁぁっ――――」



 レオとルークの声が崩れた土砂の中へと消えた。舞い上がる土煙で陥没した所は視界が悪くなった。


 シーナは大穴の淵まで駆けつけて大声でレオの名前を叫ぶ……返答は無い。自分の声が跳ね返って来るだけだった。彼女の頭をよぎったのは「死」と言う光景だ。どこかにレオ達の痕跡は無いかと必死で目を動かした。


 ここぞとばかりに、窪みを覗き込むシーナに向かってフェブレイが攻撃を仕掛ける。危うく殴られる所だったが、シャルが割って入り、相手を蹴散らした。


「お姉ちゃん!! よそ見しちゃダメ!! 敵を見て!!」


 いつもは見せる事の無い強い口調だったので、シーナは面食らってしまった。今がどう言う状況なのか再認識したのは数秒後の事だった。


「っ――うん、ごめん!」


 シャルはシーナを背にし、双剣を持つ手を前に構えて敵を睨み付けていた。シーナは妹のその背中が記憶の中で重なり合い、どこか懐かしい香りを感じた。


「レオ達なら大丈夫。絶対にあんなのじゃ死なないから」

「……そうね」


 シーナは槍を支えにして立ち上がり、フェブレイをキツい目で見た。陥没した地面に居るであろうレオ達を助けるにしても、まずは目の前の敵をどうにかしなければならない。シャルの言葉でようやく気持ちを切り替えられた。


「下りて来なさい! 正々堂々と勝負よ!」


 仲間を傷付けた相手の事は許せなかった。気が立っていたシーナは全力を持って徹底的に痛めつけるつもりだ。彼女のキツい表情からもそれがうかがえる。


(残る奴は、すばしっこい奴と妙な槍を使う奴か……クソ、やっぱり分が悪い。あの方には申し訳ないが……ここは逃げるしか……)


 姉妹を見下ろしていたフェブレイだったが、急に方向転換をして、〈アシュタ〉がある方角へと飛んで行った。そして、すぐに林の陰で見えなくなった。


「あ、逃げた」


 相手があっけなく逃亡したので、シャルは微妙な顔を浮かべた。中途半端に終わってしまってがっかりしていた。


「みんなは!?」


 シーナは再び遺跡にぽっかり空いた大きな穴を覗いた。よくよく見れば、かなりの深さがある穴だ。シーナは落ちて行った3人の名前を順に呼んだが、やはり返事は無い。遅れて崩れた瓦礫だけが音を立てていた。




 魔法と能力について説明したいんですけど……まだまだ先なんです。別の章でまとめて話す事になっているので……。

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