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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第三十話 開口点

「ん……朝か……」


 レオは体を起こそうとした。どう言う訳か起き上がらない。体がやけに重く感じた――いや、本当に何かがレオの上に乗っかっていた。


 布団の中からシャルがひょっこり頭を出して来た。


「レオおはよー……」

「っ!? あれ!?」


 シャルが出て来た際に別の色の銀髪が見えた。レオは見間違いかどうかを確認する為、すぐさま自分の布団を剥いだ。


 そこには姉の方も居た。どうりで重い訳だった。


 しかし、どう言う事か。シャルが布団に潜り込んで来る事は度々あったが、これはレオも初めてだ。


 レオの疑問だらけの顔色を晴らすかのようにシャルが一言呟く。


「気付いたらお姉ちゃんも入ってた……」

「おいぃ……このベッドは3人用じゃないんだ。ぶっ壊れちまうぞ……」

「んー……なに? うるさい……」


 可愛らしい寝顔が鬼の形相になりかかっていた。シーナは寝起きが一番不機嫌だ。どんなに気持ちの良い朝がおはようを告げて来ても、寝覚めの彼女は機嫌が悪かった。朝食の気配を感じれば話は別だが……。


 ぼさぼさになったシーナの髪がレオとシャルの素肌をくすぐった。レオの左隣で寝ていたシャルは思わず笑いをこぼした。


「お姉ちゃんおはよー」

「ん……まだ寝たい……」

「大泣きした後って疲れるよな」

「っ――!!」


 今のを聞いて、シーナが飛び起きた。レオの両腕をがっしり掴んでベッドに押し付けるので、シーナの髪がレオの顔にかかりそうだった。


「他のみんなには泣いただなんて言わないでよね!?」


 緋月内で言いふらされたら堪ったものではない。もしそうなれば、マーリン辺りが大喜びをしていじり倒して来るに違いなかった。そんなのはシーナもごめんだ。


「あたしは言わないよ~」

「泣いたからって誰も笑ったりしないよ……気持ちを素直に出せる事は悪い事じゃない」

「怒ってる私をバカにしてるの?」

「お姉ちゃん、泣いてもいいんだよ?」

「もう、泣けないわよ……からっからよ……」


 腰を上げていたシーナだったが、レオの体を股に挟んで座り込んだ。そして、そのまま乱れた銀髪を一つにまとめて寝癖を直し始める。


(人の上に乗っかったまま髪を手櫛し始めるとか……信じらんねぇ)


 シャルではないので正直重いのだ。シーナは背が高いのでそれはそれは重い。そもそも、軽ければよしと言う問題ではない。ベッド(ここ)は個人の空間である。


「じゃあ二人共、オレのベッドから出て行ってくれ」

「えぇー!」

「ちょっとぉ、まだ寝る気!?」

「シーナだってさっきまで二度寝する気満々だったじゃないか。出ないと氷漬けにすんぞ!」


 朝から姉妹の非難の集中砲火を浴びたが、レオは一歩も退かない。ここは自分のプライベート空間だ。なんで寝室からの強制退去に反発するのか。


 レオの上に乗っかっていたシーナは、彼のお腹を軽く叩いた。


「朝食食べに行くわよ。レオも起きて」

「やったー! 食べに行くの? レストラン?」


 レオも最初はそう思ったが違うらしい。シーナは首を横に振っていた。


「そうじゃなくて、〈スカーレット・ルナ〉の食堂に行くのよ。まだ9時前でしょ? 今なら朝食の時間に間に合うわ」

「そっか……わざわざ作んなくても、向こうに行けば食べ物にありつけるのか! いい事聞いた!!」


 確かに緋月館内に食堂がある事は知らされていた。しかし、トラブル続きで一度も利用した事が無かったのが現状だ。いい機会かも知れない。


「あんまり遅い時間に行くとみんなに食べられちゃって好きなの選べないから、着替えてすぐ行くわよ~」


 ベッドから下りたシーナはレオの寝室を出て行った。姉を追ってシャルも元気よく部屋を出た。


(なんだか知らんけど、シーナ大丈夫そうだな)


 外出の準備をしている頃にはシーナはとてもスッキリした表情をしており、昨日泣き崩れていた彼女とは思えない爽やかっぷりだった。


 レオもシャルも明るいシーナが好きだ。場の雰囲気を整えてくれる彼女が暗くては、自分達も暗くなってしまう。逆に、こうして晴れた日の穏やかな海のように居てくれれば、二人はうららかな気持ちで過ごせるのだ。



 ◆



 朝日で溶けた雪を踏まないように進んで行き、レオ達はとりあえず緋月館内にある食堂に行ってみた。〈スカーレット・ルナ〉に顔を出すのは久しぶりだ。


 食堂にはメンバーの何人かが、長い机に好きな料理を置いて各々食べていた。雑談している者も居れば、静かに黙々と食べている者も居た。


 レオ、シャル、シーナの三人はビュッフェ形式になっている場所から好きな物を取り皿に山盛りにして行く。台の上に並べられている朝食はまだまだ残っていた。シーナの予想通りである。


 シャルとシーナはかなりの量を大皿に取っていた。スクランブルエッグを乗っけた皿を一旦保管して、手に持てない分も持って行くと言う荒業も駆使していた。二人にとって食事は何よりも大切なのだ。


 この姉妹は本当によく食べる。以前レオがレストランに連れて行った時もそうだ。気が付けば店の全品を制覇していた事もあった。


シャルとシーナが一通り全ての料理を皿に取った後、三人は長机へと向かった。ちょうどジェナの隣と彼女の正面に2席空いていたので、三人共そこに座る事にした。


「ジェナちゃん、おっはよー!」

「おはよう」

「もっと笑っていいんだぞ? ほらほら、スマイル!」

「今はいい……」


 相変わらず感情の無い表情だった。ただ、いつも通りのジェナだったので、レオは謎の安心感を得て満足していた。


 丸いパンを頬張るジェナの右隣りにシャルが真っ先に座った。なので、二人の前にレオとシーナが位置を取った。そして、全ての料理を目の前に並べた姉妹は、フォークを握って早速食べ始めた。


 レオが左の方の席に座っていたルークに話しかける。


「みんな館住みなんだっけ?」

「そうですよー」

「だからこうして朝食食べに来てるのね。ご苦労さん」


 やはり〈緋月〉に住んでいるメンバーはこうして食堂を頻繁に利用しているらしい。自分達で調理をしたり、余計な費用を出したりせずに済むので、有効活用をするのは当然と言えば当然である。


「でもよ、みんなして朝早く起きなくてもいいじゃんか」

「そりゃおめぇ、美味しいもんはすぐ無くなるからよ、朝食食う日は早めに起きないとな」


 ルークの正面に居たエルヴィスが自慢げにそう言った。確かに美味しそうな料理は、この食堂に来た時には既に無くなっていて、残りカスだけになっていた物もあった。


 エルヴィスの言い方から察するに、美味しい物は容赦無く奪われるのだろう。ここの連中は譲り合いを知らないらしい。


 黙って食べていたジェナがパンを飲み込んで珍しく話に入って来た。


「シーナがレオの所に行ってからは、少し遅く起きても大丈夫になった」

「――な!?」


 皆が静かに視線を集中させて来るので、シーナはその場から逃げ出したくなった。


 今の言葉を聞いて、ジェナの後ろの席に座って1人で食べていたマーリンが反応した。


「そうなんだよねー。シーナって朝苦手なくせに、食堂に朝一番に来て、好きな物全部食べて部屋に戻るんだもん……。あの頃は辛かったー……」

「――そんなの人の勝手でしょ! ちょっとでも遅く行くとみんな全部食べちゃってて、こっちはお腹空くのよ! 生き残るには仕方無いじゃない!」

「そんだけ食べても貧乳なのはなんでかなぁ~? 不思議不思議」

「貧乳じゃないわよ! 普通くらいでしょ!?」

「僕に言われても……」


 シーナがルークに目で訴えかけるので、彼は頬を少し赤くして顔を逸らした。胸の大きさなど聞かれても困るのだ。出来れば、食卓ではないどこか別の所で議論してほしかった。


 シーナは次に、自分の左に座っていたレオの顔を見て賛同を求めた。彼なら恐らく、自分が求める理想の答えを口から出してくれるに違いないと思っていた。レオなら先入観無しに公正な判断を下してくれるだろう、と。


 レオはシーナの胸を改めて見つめた。シーナも体をレオの方に向け、胸を張って見せつける。


「並乳だな」

「そうだねー」


 シャルもレオに続けてそう言った。


 二人からも貧乳ではない事の証明をされたシーナは、拳を誇らしげに高々と上げた。


「ほらね!」

「あー、シャルが言っても説得力ゼロ」


 その通りである。シャルは適当に返事をしただけだ。しかも、胸のボリュームで言えば、妹の方が遥かに勝っている。それではマーリンに説得力が無いと言われても仕方が無い。


 シーナとマーリンはジェナを挟んで激しく火花を散らしていた。いがみ合いに挟まれたジェナは物凄く迷惑そうにしているので、見ていたレオは気の毒になった。


(まぁ……これも仲間が居るからこそ見れる景色かな……)


 しかし、もう一人知っている顔が足りない事にレオはここで気付いた。そこで、メンバーの中では割とまともなルークに聞いてみる事にした。


「レイヴンは来てないんだな」

「レイヴンは朝早く来て、バナナチキンを食べたら書類をまとめに書斎に戻っちゃいますねー」

「へぇー」


 レオの今の返しはシーナとマーリンの争いにかき消された。


「マリンしつこい!!」

「ひんにゅー! ひんにゅー!」

「シーナちゃんに謝れ!」


 エルヴィスが席から勢いよく立ち上がり、二人の口論に介入して来た。


「確かに胸は大事だが……シーナちゃんはお前以上の美貌を持っている!! お前の負けだァ!!」

「あっそ、エロヴィスにはデブス女の方がお似合いだよ」

「それがどうしたァ!! エロくて何が悪い!!」


 今度はエルヴィスとマーリンの言い争いが勃発しそうだった。もう既に汚い泥沼に片足を突っ込んでいるようだが、誰かが引き止めれば今ならまだ間に合うだろう。


 しかし、残念な事にその誰かが居ない。いつも阻止してくれるルークは先程のシーナの質問で意気消沈しているし、シーナはそもそも止める気が無さそうな態度をしている。


 罵り合戦が始まると思われたその時、シャルが割り込んで来たので事無きを得た。


「あ、マリンのやつ一口食べたい!」

「いや“飲みたい”でしょ……これ飲むゼリーだし……」

「えー、ゼリーは食べるでしょー?」


(いいぞ、シャル! 狙ってやった訳じゃないと思うが、よくやった!)


 なんの脈絡も無いシャルの発言により場の空気がぶった切られ、マーリンも火の手を弱めた。


「では問題です。青銅は銅と何の合金でしょうか?」


 マーリンは急にゼリーを賭けた問題をシャルに投げかけた。ゼリーはもうこの一皿しか残っていない……それはシャルが一番よく分かっている。一口分けて欲しいとマーリンにねだったのも、実はそう言う訳があっての事だ。


 シャルは滅多に見せない真剣な表情で考えていた。


「えーっと……銀!」

「惜しい!」

「じゃあ金?」

「うーん残念」

「あ! アルミホイル?」

「ん?」


(それっぽいの言ってるだけだな……シャルにはむずいだろ……)


 とうとうシャルは答えを導き出せなかった。見かねたシーナがマーリンを軽く叱る。


「意地悪しないであげなさいよ!」

「ちぇっ……ほら、さっさと食べな」


 マーリンは後ろに居たシャルに、透き通った赤のゼリーが入った器を手渡した。


 確かにシーナの言葉は間違ってはいない。問題を投げかけた本人も少し意地悪だったと思っていた。シーナに先に言われたのはしゃくだったが、難問を投げかけておいてあげないままでは、もてあそばれたシャルが可哀想に思えた。


「ありがとー! マリン優しい!」

「別にぃ……」


 マーリンは照れ臭そうにしていた。――と、レオとマーリンの目が合った。


「てかレオ……なんでいつもダサい格好してんの?」

「何を言うかキサマぁー!! これは日本(にっぽん)の民族衣装であるぞ!!」


 レオは両方の親指を自分自身に向けてスタイリッシュに指した。マーリンは白けた表情を崩さない。


「ただのワイシャツじゃねぇか……。しかも“ニッポン(・・・・)”なんて伝説の小島じゃないか」

「もういいよ! オレ悲しくなった!」


 お気に入りの服装を否定されたレオはやけ食いを始めた。民族衣装とは言っても、ワイシャツと黒いズボン姿なので説得力は微塵も無い。


 ゼリーをシャルにあげてしまったのでマーリンは食べる物が無くなってしまった。彼女は食器を置いたまま椅子からおもむろに立ち上がる。片付けはレイヴンの館メイドかその辺に居る親切な人に任せようとしているようだ。


「じゃ私、日向ぼっこして来るから。じゃ~ね、シーナっ」

「くぅ……」


 シーナは悔しかった。またしてもマーリンに言われっぱなしで終わってしまったからだ。ほとんど胸の事しか言って来ないのだが、そこを巧みに突いて来るのでどうしようもなかった……。


 自信を無くしそうな顔をしているシーナに、ジェナが励まそうと声をかけた。


「あんまり気にしちゃダメ。私の方が小さいでしょ?」

「ジェナちゃんはおっぱい欲しくないの……?」

「別に……」


 小さく言葉をこぼすと、ジェナは再びパンを口に含み始めた。


 確かにジェナは緋月メンバー随一の貧乳だ。多少は山なりになっているものの、他の女性陣ほどではない。しかし、シーナのように胸の大きさであれやこれやと気にしている様子は先程のように皆無だった。


「えぇーっ!! もしかして胸で悩んでるの私だけぇー!? うわーん、もうやだ……」

「ジェナちゃんが巨乳になったら鬼に金棒だ! 俺は絶対に我慢出来ないね」

「兄さん……恥ずかしいからやめて……」


 ルークは面を下に向けながら立ち上がり、食べ終えた自分の食器とマーリンがやりっぱなしにした食器を両手に持った。そして、食事場から見える厨房に行き、皿やらフォークやらを全て流しに置いて片付けた。


 片付けに行ったルークの姿を見て、ジェナも静かに立ち上がった。


「ジェナちゃーん、俺が運んどくから座てていいよ~」


 好感度アップを狙ったエルヴィスは、ジェナが食べ終えた皿をいっぺんに引き受け、鼻歌を歌いながら台所へと向かって行った。


「アイツ、ホント女の子には甘々なんだな」

「マリン以外にはね」


 レオもシーナに同感だ。


 逆にマーリンの何がダメなのかエルヴィスに聞きたくなった。やはり彼女の性格が問題なのだろうか? 多少口は悪いが、大人しくしていれば普通に女の子である。むしろ、そこが許せないのだろうか? いくら考えても、レオには分からなかった。


「……じゃあ、私はもう行くから」

「仕事か?」


 レオの質問にジェナはうなずきもしなかった。


「宝石を磨いて来る」

「いってら~」


 レオはジェナにもう少し話を聞こうと思ったが、シャルがそう言い放ったおかげで逃げられてしまった。


「僕達も仕事があるから、お先にー」

「うん、またねーっ」


 ジェナに続いてグラシル兄弟も仕事をしに食堂を出て行った。広い食堂に残っているのはレオ達3人だけになってしまった。



 食堂を出ると、廊下を1人で歩くジェナの姿があった。


「おーい、ジェナちゃん! 戻って来なよぉう!」


 エルヴィスが廊下の先にまで声を響かせると、ジェナは立ち止まって後ろを振り向いた。何故自分が呼ばれたのか分かっていないような顔をしていた。


(あー……ジェナちゃん逃げてぇ……)


 ルークの思いも虚しく、ジェナは立ち止まったまま微動だにしなかった。とうとうエルヴィスが彼女に追いついてしまった。


「いやー、逃げなくっていいじゃない」

「逃げてないけど?」

「兄さん、ジェナちゃんもやる事があって食堂を出た訳だし」

「あぁ、そうだよな」


 兄弟がまた歩き始めたので、ジェナも間に挟まれながら足を進めて行った。


「え、じゃ、今日は一緒に仕事が出来ないって事かッ!? うわー、モチベーション下がるわー……。だってよぉ、ジェナちゃんが一緒に居ないとマジで辛いし、華が無いっつーか、ほらルークだけじゃ男しかいねーし――」


 エルヴィスの「いかにジェナが自分のモチベーションになっているか」と言う熱の籠った話はまだまだ続いていたが、ルークもジェナも全く聞いていなかった。静かな廊下にエルヴィスの熱弁だけが響き渡る。


 ルークは左で肩を並べて歩くジェナに向かって小声で話す。


「ジェナちゃん……悪いんだけど、兄さんに励ましの言葉を一言でいいから言ってほしいんだ……。ダメかな?」


 と言うのも、このままではエルヴィスのローテンションが長続きして、今日の仕事に支障が出ると感じたからだ。そうなってしまっては、簡単な依頼も難しいものになりかねない。無理な頼みなのは百も承知だ。ただ、今の兄の状態のまま仕事へ行けば、確実に面倒な事になる未来は目に見えていた。


 ジェナもルークの頼みを断るほど薄情ではない。彼がエルヴィスの扱いに苦労している事は、長い事遠くで眺めていたのでよく知っている。


「エルヴィス」

「ん、なんだジェナちゃん?」

「仕事頑張って」


 予想外の励ましの言葉だった。それに加え、ジェナの穏やかな表情のおかげで相乗効果が生まれた。これはときめかずにはいられない。エルヴィスの中で魂が燃え上がって来た。


「うぉぉおおー!! よっしゃ、俺頑張るぞ!!」



 食堂を出て紅い絨毯の廊下を辿り、地下階段がある大部屋に着いた。


「ん? ありゃ、ダンとグレン爺さんか?」


 大広間のある方面の右手の扉からちょうど出て来たのは、ダンとグレンの二人だった。その2人はゆったりとエルヴィス達の方に向かって来た。


 グレンの姿を目に入れた瞬間、ジェナは何一つ言わずに図書室がある下の階へと足早に行ってしまった。


「いつもの事だけど、ジェナには悪いな」

「悪いと思ってんなら、予告無しに爺さん連れて来てんじゃねぇ!」


 エルヴィスは少し顔を上げ、ダンの目に向かって強めに言った。ジェナが嫌がると分かっていてグレンを連れて来ているのなら憤慨は避けられない。


「で、お前達は今日暇か?」

「生憎だったな。今日はルークと仕事があんだ。他当たった方がいいぞ」


 エルヴィスの助言を聞いたグレンだったが、腕を組んでどうも渋い顔をしていた。顔のしわを更に深くしていた。


「それがだな……他に当てが無いのだ」

「――いや? あるだろ。まだ食堂の方に人は居るぜ?」


 エルヴィスが食堂に残っている人が居ると伝えると、グレンは生まれながらの鋭い目を少し大きくさせた。


「そうか、それならよかった」

「ホントだな爺さん。諦めて食堂に行こうとしてこれだもんな。運がいいぜ」


 ダンとグレンは諦めかけて朝食を食べに来た所だった。ジェナも逃げてしまい、エルヴィスとルークにも話を切り出す前に断られてしまったので、正直もうダメだと思っていた。


「でも……もうご飯は残ってないかも……」

「え?」


 ルークの残酷な告白に男2人の低い声が重なって響いた。



 ◆



 レオは既に食べ終わっていたのだが、銀髪姉妹が残りの料理を食い尽くす勢いで未だにお代わりをし続けており、それを静かに待つしかなかった。レオの胃にはもうご飯一口分も入らない。食べる事が出来ないので、もはや黙って座っている他無い。


 レオが姉妹の食べっぷりを眺めていると、後ろの扉から誰かが食堂に入って来た。その2人も朝食を食べに来たらしく、食堂の奥へと向かって行った。1人は190cmある赤茶の髪の男で、もう1人は180cmほどの白髪白髭の老人だ。


 ここへ来ていると言う事は〈スカーレット・ルナ〉のメンバーなのだろう。しかし、レオには見覚えが無かった。


「ん? 誰だあれ」

「ダンとグレンよ」

「だれ~?」


 紅イチゴのジャムが塗られたパンを飲み込んだシャルが興味を示した。当然ながら彼女も知らなかった。


「長身のダンは〈緋月〉のメンバーで、グレンはメンバーじゃないけど、ジェナのお爺ちゃん。二人共〈七賢人〉なの」

「どうしてメンバーじゃない七賢が居るんだよ……」

「なんかさ、探し物してるらしいけど、直接聞かないとよく分かんないわね」


 〈七賢人〉と言うと、大陸の秩序を守る活動をしている組織だ。具体的な活動内容は忘れてしまったが、講義などをして人々に尽くしている、とレオも聞いた事がある。故に大陸の人達からの信頼も厚く、尊敬の眼差しを常に向けられいるのだとか。


 〈七賢人〉には魔法使いの最高峰が集まって構成されている。その名の通り、構成員は全部で7人である。と言う事は、そのうちの2人がレオ達と同じ部屋に居る事になる。



 向こうの方からダンとグレンのやり取りが聞こえた。


「くそぉおおー! なんもねぇえええ!」

「ルークが言っていた通りだな。全部食べられてしまったか」

「まぁ、今となっちゃ、本命はこっちじゃないからな」


 耳がいいレオには丸聞こえだった。


(本命じゃないってどう言う――)


 考えている最中だったが、グレンがレオ達の方を見て「そこの三人」と言いながら向かって来た。「あ、目ぇつけられた……」と不良に絡まれたかのような口調でレオが食卓に呟いた。


 グレンは裾がボロボロになったコートを着ている、左目の上の生え際に古傷がついた老人だった。老人とは言え、そこらの年配組とは一線を画するオーラを放っている。さすがは〈七賢人〉である。近寄られるとなお凄かった。


 赤と黒のジャケットを着た無精髭の似合うダンもやって来た。一見すらりとしているが、胸板が厚く、ジャケットを全開にしていた。オーダーメイドでもすればいいのに、とレオは失礼ながら思ってしまった。


 グレンは腕を組んで低い声で続けた。


「人手を探していてな、俺の依頼受けんか?」

「依頼?」


 大陸全土の秩序を守る〈七賢人〉直々の依頼なんて喜べる気にはなれなかった。シーナもレオと若干似た気持ちだった。もっとも、彼女の方は、どうせろくでもない依頼なのだろうと思っていた。


 レオが少し嫌な顔をすると、ダンはその大きな手を座っていたレオのふさふさ頭に乗っけた。


「ああ。食堂にまだ人が居るって聞いてな」

「まぁ、引き受けてもいいんじゃない? 危険なのは勘弁してほしいけどー」


 シーナはフォークを置いて食べるのを一旦やめ、長机に頬杖をついてダンを横目で見つめた。


「そこまで危険じゃねぇよ。お前なんか敵無しって感じだもんな」

「そんな事ないわよ。〈七賢人〉には勝てる気はしないし……」

「またまたー。で、こっちの二人はニューカマーだったよな。レオとシャルウィンか」

「どうもー」


 レオとシャルは低い声で軽い挨拶をした。レオに至っては「早くこの重い手をどけろ」と目が言っていた。

 ダンはそのボサボサ眉毛の片方を持ち上げて、レオに乗っけた手を下ろした。


「お前らやってくれるのか?」

「やってくれるも何も、一体なんの依頼なのよ?」


 グレンが口を開いた。レオにはその動く口がゆっくりと遅く見えた。聞き漏らしてはいけない、と耳に神経を集中させる。グレンが発する単語が時間差で鼓膜に届いた。


 最初にそれを聞き取った時、レオは一瞬その言葉を理解出来なかった。だが、グレンの台詞を頭の中で反芻していると浮き上がって来た……。



――アビスゲート(・・・・・・)を探して欲しい。



(アビス、ゲート――!? なんで……それが……)


 目を見開いたまま冷や汗をかいているレオをよそに、ダンは説明を続けた。


「――とは言っても、ゲートの“開口点”を探すだけだがな」

「〈アビスゲート〉? なんでまたそんなものを……」

「事情は聞かんで欲しい……こっちの仕事と関係している。だから、他言は無用だ。いいな? 条件は以上だ。その分報酬は弾むぞ」


 グレンが報酬の内容を詳しく教えてくれなかったので、シーナはそっちが気になっていた。その勿体ぶった言い方から、ただの報酬ではない事は確かだ。しかし、自分だけならともかく、今は妹のシャルも居る。危険な事は出来ない。


シーナはさっきから静かにしている妹の方を見た。難しい単語が飛び交っていたので、ちんぷんかんぷんな様子だった。おまけにレオまで静かになってしまっていた。


シーナは改めてダンに聞く。


「まぁ……その、“開口点”を探すだけ、よね?」

「そうだ。見つけたら即座に報告してほしい。俺の携帯にでも電話をくれりゃそれでいい」


(〈アビスゲート〉……今まで穏やかな日常に浸っていて忘れてたけど、そう言えばオレは、コイツの調査をしてたんだった……。〈アビスゲート〉の原因を早く解決しねぇと……今なら遅くない…………)


 レオは今までにない使命感に駆られていた。一刻も早く解決しなければ、今後、もっと悪い方向へ流れて行くような気がした。


 〈アビスゲート〉と言う言葉を耳にした瞬間、下に埋まっていたはずの情報が再び取り出された。そして今、忌々しいその単語が頭の中でぐるぐると無限回廊のように回っている。


(開口点が文字通り“開かれる場所”なら、そこが〈アビスゲート〉の出現場所に違いない……)


 そう思えば、これはまたと無いチャンスだった。これまで数々の〈アビスゲート〉に関する情報を血眼で探していたが、何一つ有力な手がかりを手にする事は叶わなかった。

 だが今日、解決への糸口をようやく掴めた気がした。開口点と呼ばれる場所にヒントがある事は間違い無かった。


 運命の導きで再び〈アビスゲート〉へと続く足場の不確かな道に戻って来た。こうなるとやはり、自分は〈アビスゲート〉を解決する為に存在しているのだと感じざるを得なかった。


 放心状態で座っているレオの手をシャルが触って来たので、それでレオは我に返った。向かいのシャルは心配の目を向けていた。


「っ、大丈夫だよ」


 レオは安心させる為にシャルに優しく声をかけ、すぐにグレンの方に顔を向けた。


「その“開口点”ってどこにあるんだ? 早く行って解決しようぜ」

「いや、こっちにも色々と準備がある。開口点がありそうな場所の目星を付けたりな。出発の日時は後日連絡する。いつでも動けるように準備でもしておけ」




 レオ達はグレンの連絡を待ち続けた。気付けば数日が経っていた。


 常にどこにでも行ける状態だったので、レオ達三人は準備と言う準備は必要無かった。〈スカーレット・ルナ〉の館内を適当にうろうろしたり、大広間で暇を持て余したメンバーと駄弁ったり、武器の手入れなどをしたりしてその日が来るのを待った。



 そして、一報が入った――。



 前半は雑談ばっかでしたが、話しが動きますねー。

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