第85話 願わくは楽しいパーティーを
当たり前のようにタメ口
緋月館内の〈転移魔石〉を利用し、レオとシャルは早速パーティーの主催者の自宅へと赴く事にした。幸い、依頼主が住むと言う街は、魔石の転移先に登録されていた場所の近くだった。
視界に広がった白い光を抜けると――二人の目の前に知らない小部屋が現れた。
レオとシャルのすぐ後ろの〈転移魔石〉の他に明かりは無く、壁は石造りで仄暗い。そんな小さな空間に這う無数のツタ……。まるで古代遺跡に飲み込まれて幽閉された気分だった。
「うわ~、また狭くて暗いんだけど!」
そうは言いつつ、シャルは何故か楽しそう。だが、楽しそうでレオはむしろ安心した。極度の閉所恐怖症と暗所恐怖症の人がここへ突然飛ばされでもしたら、ショック死を起こすのはもちろん、抜け出た魂が天使の到着を待たずにその場で即消滅するに違いなかった。
ぱっと見、閉ざされた空間だったが、前方に不自然に金属製のはしごがかけられていた。
はしごを調べに向かうレオ。石の天井に、ちょうど人1人が通れるくらいの四角い切れ込みが入っており、光が薄っすら漏れていた。他に出口らしき出口は見当たらない。
「石をどかせば、ここから出られそうだな」
「じゃあ、シャルが先に行くね~」
「だめだめ。パンツ見えちゃうぞ」
「えぇー……」
一番乗りを取られたシャルがつまらなそうに口を曲げる。確かにスカートを穿いているが、それはレオが見ないようにすればいいだけの事である。シャルにはそう思えてならなかった。
冷たいはしごを上ったレオが、天井の重い蓋を押し上げる。すると、一気に日の光が差し込んだ。
暗がりの棲みかから出るとそこは、時の流れを感じさせる教会のような建物の中だった。
当時は綺麗な建築物だったのだろう。今やおんぼろで、場所によっては梁や支柱がもはや意味を成していない。見上げれば青空が何個もあった。
椅子や机は散乱しており、周囲は嵐でも通り去った後を思わせるあり様だった。しかし、破れた天井から差し込む光芒の下で、草花が小さく咲いており、静けさの中に美しさがあった。
「当時には無い美しさだろうな。知る人はもう居ないか」
頭をひょっこり覗かせていたシャルにレオは手を差し伸べて、上へと引っ張り上げた。蓋になっていた分厚い石床を戻すレオを待つ間、シャルは辺りをじっくり見回した。
「誰も来なそうな所だね~」
「まぁ、緋月はギルドの場所を隠しておきたいらしいから、こう言う所をわざわざ選んで転移ポイントを作ってあるんだろうな」
「じゃなきゃ変な趣味だよ」
レオとシャルは建物の出口を目指した。もちろん、健気に咲く草花を踏まないように注意しながら。
飛び石を渡った先。生い茂った緑から出ると、坂の下に広がる街が一望できた。目的地だ。
木々の中に佇む古びた建物を取り壊さないでいる所を考えると、自然の一部とみなされて自然に任されているのだろうとレオは思った。何か大事な遺産、あるいは街のシンボルだったなら、こうも放置されない。
手入れされ保全される事も無く、誰かが見物に訪れる事も無い。朽ち果てるのをひっそりと待つばかり。
物悲しい? いや、実に理想的な最期だった。
ただ、全ては見届けられない。レオ達は依頼主の待つ家へと向かった。
◆
依頼書に記されていた住所を頼りにレオ達は依頼主の住居を探した。――見つけるのにそれほど時間はかからなかった。
「これか……」
「いかにもパーティーの主催者の家って感じだね」
羽振りの良さがうかがえる邸宅だった。黒いフェンスに囲まれた敷地は大型犬を放っても十分すぎるほど広く、庭師によって現在進行形で草木が綺麗に剪定されており、なかなかの佇まいを誇っていた。
門の前で警備していた者に取り次いでもらい、二人は敷地内に入る事を許された。
白い玄関扉の前まで進むと、使用人と思しき女性が対応してくれた。依頼書を見せ、依頼を受けに来た事を知らせると、「お待ちしておりました」と二人は笑顔で中へと案内された。信頼の要である〈ウォッチャー〉と提携しているギルドでなかったら、こうもすんなり通されなかっただろう。……そもそも、依頼は来なかったと思われる。
レオとシャルは家の奥にある書斎まで連れて行かれた。使用人の女性がドアを開けてくれたので、二人は部屋の中へと入って依頼主と対面した。
「いやー、待っていたよ」
書斎に居た邸宅の主は、革張りの椅子に踏ん反り返って座るスーツ姿の男だった。眉無しの強面でマフィアのような怪しい雰囲気を放っているが、左腕にウサギのぬいぐるみを抱いていた。……何故? それを目の当たりにすれば疑問に思わずにはいられない。
「そろそろ別のギルドに頼むべきかと考えていてね。間に合ってよかった」
「遅くなってすみません。よろしくお願いします」
「よろしく~。なんでぬいぐるみなんか持ってるのー?」
(他人の趣味にはあんまり関心を持たないで欲しいんだが……)
依頼主は気にしていないようだったが、レオはかなりハラハラさせられた。見慣れた光景とは言え、いつかシャルの失言やタメ口で大変な事になるのではと懸念の色を滲ませる。
普通であれば、まず敬語や丁寧語を使い、依頼主との距離感を掴もうとするものだ。しかし、敬ったり謙ったりする概念がシャルには無い。ある種の“才能”と言えば聞こえはいいが、その物怖じしないマイペースな人懐っこい生き方は制御不能でレオも参った。
「ああ、これか。大切な相棒なんだ」
「あたし達と一緒だね!」
「……肯定しづらい」
人間とぬいぐるみの“相棒”と一緒だとか言われてもレオは困った。
「触ってもいい?」
「おいおい……」
(依頼主相手に興味津々すぎるだろ……。平然と地雷原を突き進みやがる……)
何が相手を苛立たせるか分からない。さくっと儀礼的な挨拶を済ませ、さくっと本題に入った方が危険は無い。それなのに、シャルと来たら……。
幸い、触らせてくれた。何事も無く、レオはなんだか助かった気分だった。
「可愛いねー。めっちゃ綺麗に手入れされてる」
「大事な商品だからね」
「商品?」
小さく首をかしげるシャル。尋ねられた男は深くうなずいた。
「チャリティーの為のね。今夜、その子はよその子になる。綺麗な状態で譲り渡すのが持ち主の義務だろう?」
「そうだったんだ。大事にしてくれる人の手に渡るといいね!」
「ありがとう」
ウサギのぬいぐるみが持ち主に丁寧に返されると、いよいよ本題が切り出された。
「依頼内容は見ているよね?」
「はい。誰から狙われているか心当たりは?」
「分からない。ただ先日、私の誘拐を仄めかす脅迫状が届いているのをうちの使用人が見つけた。軍に相談した所、当日まで周辺を警戒してくれるらしいが……嫌がらせの可能性もあり大勢は割けないと心もとない。そこで、君達に会場での警護を頼みたい」
「脅迫状」は依頼書には無かった情報だ。レオはそこに目を付けた。
脅迫状には、一方的な要求を突き付ける物、危害を加える予告の物がある。前者の場合、“脅迫”はあくまで目的達成の為の交渉手段である。そこでレオは考えた。それを上手く利用すれば、犯人をおびき出せるのでは――と。
「犯人の要求は?」
「……それが、書かれていなかった。だから困ってる。このままでは、パーティーを中止するか、主催者欠席で開くしかない。しかし、それでは集まってくれる皆に申し訳なくてね……」
「交渉できんなら、とっくに軍が動いてるか……」
「犯人にはパーティーを台無しにする意図があるのかなー? 許せないよ!」
まだそうと決まった訳ではないが、金の要求も無いとなると、嫌がらせやイタズラ目的ではと軍から思われても仕方がない。レオは軍による介入と誘い出せる可能性を諦めざるを得なかった。
「どうして狙われているんです? 誰かに恨まれているとか?」
「それも心当たり無いなぁ……。ま、恨み妬みは人を豹変させるからねぇ、あり得ない話ではない。もしくは、大金が集まるのを知っているのかも」
「ふむ……」
純粋に考えれば、依頼主の羽振りがいい所、もしくは大金が集まるチャリティーである事が原因の可能性は高い。……ただ、表情にこそ出さなかったが、レオにはこの依頼主にも何か裏がありそうな気がしてならなかった。何か、狙われるだけの理由があるのでは――と。
もっとも、この場で言及した所で何も明らかにならない。依頼を進めれば思い違いで終わるかも知れない。レオは脅迫犯を訝しむだけに留めた。
「てな訳で、警護を頼むよ。とは言っても、私の周りには選りすぐりのボディーガード達が居るから、君達は会場に溶け込んで怪しい人物が居ないか目を凝らして見張って欲しい。ちょっとでも不審な人物が居たら、即確保するように。分かったね?」
「お任せを」
異変が起きた瞬間に王国軍にバトンタッチ出来れば理想的だが難しい。頼まれたからには仕方ない。真面目に任務をこなすだけだった。
「ああ、そうだった。パーティーだからね。ちゃんと招待客に紛れる為に適度に楽しんでもらって構わない。遠慮しないでくれ。じゃないと逆に怪しまれる」
「美味しい料理が食べられるの!? 全部無料!?」
「ちゃんと働いてくれるのなら好きに食べてくれ」
「やったー!」
依頼そっちのけで煌びやかな料理を楽しむシャルの姿がレオには鮮明に見えてしまった。連れとして自分も妙な視線で見られるに違いない。レオは今のうちに心の準備をしておいた。
「あんまり食べ過ぎないでくれよ……?」
「やだなぁ、シャルってこう見えて太らない体質なんだよ!」
「体形よりも隊形を気にして欲しいんだが……」
楽しい美味しい思いが出来る一夜になりそう。
楽しむ美味しそうな姿を見る一夜になりそう。
しかし、この時二人はまだ知らなかった。これが簡単な任務ではない事を……。
美味しそうな料理を前にしてシャルがじっとして居られるはずもなく……
2025.7.26 文章改良&85話として追加




