第82話 館の案内ツアー
入浴中でもお構いなし
「探検、しゅっぱ~つ!」
ジェナを先頭に館内の案内ツアーが始まった。かなり広そうなのが大広間の造りから分かっている。シャルはもちろん、レオも柄にも無くわくわくしていた。
案内される先に何が待っているのだろうか。
現在地の大広間から、バーカウンターの両サイドにある階段を上がってそのまま廊下を進むと、新たな大部屋に出た。大広間ほどの規模ではないものの、広々とした空間で、ちょっとした集会であれば机やら椅子やらを並べて開催できそうだった。
大広間へ通ずる廊下の他に、左右と前方にも通路が存在した。この館の“交差点”と言った所か。
下りの階段もあったが、ジェナが左へ曲がるので、レオ達はそのまま彼女を追った。
「何があるのかな~!」
「毒蛇とか呪われた財宝とかだろうな」
「そんなギルドやだよ!」
紅色のカーペットが敷かれた廊下を引き続き進むと、長机がいくつか並べられた場所に着いた。部屋の左側は厨房となっており、どうやら〈緋月〉のカフェテリアのようだった。
さぞかし美味しい料理が出るのだろう。無人で食べ物の香りすら無かったが、昼食がまだだった事をレオとシャルはふと思い出す……。
「ここが食堂。ここで食べるの。席は適当」
「丁寧に補足してくれるのは嬉しいんだけどさ……。もうちょっとこう、どう言う仕組みか教えてくれないか……?」
ジェナから物言いたげな顔を向けられたレオはシャルを盾にしてやり過ごした。
「料理はレイヴンの館メイドが作ってくれたり、くれなかったりする。昼は自分達でなんとかするのが決まり」
「“レイヴン”ってのは、ここのギルドマスターの事か?」
「レイヴンはこの館の主で、メイド達の主人」
ここまで広いとやはり維持する為の人手が必要なようで、家が広いのも考え物だなとレオは思わされた。
「次行こ」
ジェナを追ってシャルも食堂を去ってしまう。説明がざっくりしすぎて利用方法が結局分からなかったが、レオは渋々その場を後にした。
一行は先程の大部屋に戻り、今度は反対側の通路の方へと向かった。
シャルがジェナと楽しそうに会話をする様子を、レオは後方から温かい目で見つめながら歩いた。
レオは思った。やはりシャルは同性の話し相手が欲しかったのかも知れない――と。隣人のエイルゥと接する時のように、いつも以上におしゃべりが多い気がした。
一方、ジェナは物静かな性格だ。自らは語らず終始聞き役。シャルから次々と話しかけられて、浅くうなずくだけの事が多い。同じ女子でもかなり違った。
(こうして見ると、ジェナは大人っぽいなぁ)
160cmくらいの平均的な身長で、そこまで長身ではない。シャルと比べると体付きは華奢。白いホットパンツ姿は歳相応な感じだが、しかし、物静かなせいか雰囲気がだいぶ大人びている。
シャルとジェナのやり取りをレオは聞いていたが、二人が同い年の17歳とはとても思えなかった。
脱衣所と思しき場所を通過し、ジェナが引き戸を開けると、そこには湯煙が立ち込めていた。
レオとシャルの目に飛び込んで来たのは、思いっきり泳げるほどの大きな浴場だった。造花で彩られ、薄緑の湯が4ヶ所から常に流れ込んでいる。このゴージャス感は一般家庭では味わえまい。
壁際にシャワーが並んでおり、見れば、あの兄弟が泡まみれになって汗を流していた。
「ここがお風呂」
「ひろーい! けど蒸し暑いぃ……」
右肩から垂らした髪を手櫛するジェナ。そんなジェナを見つめて、レオもシャルも蒸された空間の中でじっと説明を待っていたのだが……。
「じゃあ、次」
「説明無し!?」
「だって、何を説明すればいいのか分からない……。ただのお風呂だよ」
「利用時の注意事項とかは?」
「常識の範囲内で利用すれば平気。まさか体を洗う前に入ったりしないよね?」
どうして質問した側が常識を疑われなければならないんだ、とレオはジェナに微妙な顔を返す。
「レオは知りたがりなんだよ~」
「そりゃ知っておきたいだろ。初めてなんだし」
知りたがりのレオに、じとー……っとした視線をジェナは送った。ここは浴場だ。見ての通り。説明してくれと言われても、具体的に何を説明すればいいのかジェナには何も浮かばなかった。
「お湯に浸かって疲れを癒すの。入る前にシャワーを浴びて……」
「さすがにそう言う説明はレオには必要無いんじゃないかなー? 赤ちゃんじゃないし」
「シャル視点の赤ん坊、理解力高すぎだろ……」
「あっ、そっか」とシャルが照れた笑いを見せるので危うくスルーしそうになったが、指摘されるまで気付かなかったのか……とレオは思わずにはいられなかった。
「子供」より下の「赤ちゃん」を出す事で不要である事を強調する意図があった。そうした反論があれば笑えたのだが、素で言っていた様子でシャルの世界観にレオは若干戸惑った。
「……せめて教えてくれ。男湯と女湯ってどうなってんだ? 時間帯で変わるとか? まさか混浴……じゃないよな?」
「変態……」
「オレは可能性の話をしただけさ。ジェナこそ何考えてたのかな?」
「……」
「……すまん」
時間帯などの決まりは特に無く、脱衣所の入り口に札を出す事で、使用している人の性別の湯になる仕様がようやく判明した。
質問が来ないと判断した途端にジェナは次の場所へと案内しようとする。館内のどこに何があるのか案内してくれるのはありがたい。大変ありがたいのだが……もう少し利用法等を詳しく教えて欲しいと言うのがレオの正直な気持ちだった。
ジェナの扱いに悩むレオと正反対だったのがシャルだ。
シャルはジェナの説明不足など全く気にしていなかった。ギルドの未知のエリアを案内されるだけで十分楽しく、満点の評価。じっくり採点中のレオとは大違いだった。
レオとシャルは大浴場の近くにあるトイレの場所を案内された後、来た道を辿って大部屋へと戻り、今度は下の階へと下りてゆく。
仄かな明かりが灯った廊下を進むと、一際大きく立派な扉が現れた。
古びた音を立てながら開かれる扉。その先に広がっていたのは――なんとも美しく気品のある図書室だった。金属装飾が施されたシャンデリアを有した様はまさに貴婦人。窓から差し込む陽光がまた幻想的な雰囲気を高めていた。
そんな灯火を吊るした静謐な森のような空間に、大量の本が本棚と共に部屋の奥までずらーっと並んでいた。二階も一面本だらけ。読書スペースらしき中央の長机には、本が何冊も積まれていた。
「ここが図書室」
「凄い数の本だな……」
「本棚多いねー」
「あれはマリン」
なんの事やらとジェナが指差す方に目をやると、誰かが居た事にレオとシャルは今になって気付いた。一帯を埋め尽くさんばかりの本に気を取られて発見が遅れた。
「マーリン・ハミルトン。大体ここに居る」
黒のタートルネックを着た、ふんわりボブヘアの女子が長机の椅子に座って本を読んでいた。ジェナよりも濃い茶髪の人物で、机に積まれた大量の本の原因は彼女と思われた。
見ず知らずの男女の存在に気付いたマーリンが二人に一瞥を向ける。歓迎してくれるのかなと思いきや、彼女の第一声は「誰そいつら」だった。
(なんか生意気そうなの来たーっ)
レオとシャルの心の声が共鳴した。小柄で童顔。黙々と本を読んでいた姿に騙され、温和な性格だとばかり思っていた。二人は見事に予想を裏切られた。
口調と言い態度と言い、一度でも下手に出たら、未来永劫上から目線で物を言って来そう……。こんなの初見で分かるはずがない。「人は見かけによらない」とは言うが、レオは真正面から衝突事故に遭った気分だった。
「新しく入って来た人」
「へぇ。書庫の掃除でもしてくれるの?」
「今は館を案内してるだけ」
手元の本から視線を離さず、マーリンは心底興味が無さそうだ。それでも、レオはタイミングを見て自己紹介を始める。
「レオだ。こっちがシャルね」
「よろしくね、マリン~」
「ふーん。で?」
(マジでオレ達に興味無ぇなコイツ……)
「で?」と聞かれた所で聞きたい事は1つも無い。強いて言うなら、年齢を聞き出して、年上である事をしっかり印象付けておくくらいか。
だが、彼女の態度からして、そんな事で棘が取れて柔和になる確率は僅かだろう。思惑を見透かされれば「ハァ? こっちの方が先輩だし。舐めんなよカス」と罵倒されるのがオチ。レオは無言でジェナに対応を任せた。
「じゃあ、次行こ」
「あいよ。読書の邪魔して悪かったな」
「じゃあね、マリンっ」
図書室にいつもの静けさが戻った。その点については大歓迎だったが、あまりにも早い案内終了にマーリンは閉じられた扉を訝しく見つめる。
(何しに来たんだアイツら……)
ジェナの案内で、レオとシャルは上の階へ。
初めてのレオとシャルにとっては“2階”にやって来た気分だった。しかし、厳密には“1階”である。その事実を二人が知ったのは、廊下の窓から中庭が見えた後の事だった。
「おー! 戻って来たね!」
吹き抜けにより、下の階――出発地点の大広間が俯瞰できる。わくわく感に突き動かされたシャルが手すりに駆け寄るのも無理もない。
上からは、茶を淹れてくつろぐ、風呂上がりのルークの姿が見えた。シャルはそれを見つけるや否や、手すりから身を乗り出して「おーい!」と手を振った。
そんなシャルの様子を、ジェナは早く追いついて欲しそうにじーっと見つめて待った。案内係としては、二人が揃ってついて来てくれないと困るのだ。
察したレオがやむなくシャルの名を呼ぶ。すると、シャルは寄り道をやめてすっ飛んで来た。
「……犬みたい」
「んー?」
「なんでもない」
大広間の吹き抜けをぐるっと囲むように存在するこの階層には、一定間隔で扉が並んでおり、ホテルの客室フロアを思わせる。その何ヶ所とある扉のうちの1つの前でジェナが立ち止まった。
「ここが次の案内ポイントか?」
「そう。メンバーによっては緋月に住んでる。その人達の部屋がこの階にある」
「ジェナちゃんもここに住んでるの?」
「うん」
ギルドが所属するメンバーに住む場所を提供してくれるとは随分と良心的である。それもこれも、構成員が少ないが故の福利厚生なのだろう、とレオは少人数ギルドの利点を新たに発見した。
「シャル達はお家あるから必要無いね~」
「そうだな」
「ここが私の部屋……」
「いや、そう言うのは案内しなくてもいいんじゃ……」
「そうなの?」
メンバー一人ひとりの部屋を案内するつもりだったのだろうか……? さすがにそこまでは求めていない。レオは遠慮しておいた。
「不用心だぞ」
「……変態」
「変態!?」
「そう言う事考えてたって事でしょ……?」
浴場での仕返しと言わんばかりに、レオはジェナから不審者を牽制するかのような眼差しを向けられた。発端は自分だと思うと、「その不審がるジト目をやめてくれ」とは言うに言えないレオだった。
「余計な親切心だったか……」
「あたしはいつも助かってるよ? 洗濯した下着とか畳んでくれて」
「今言うのは逆効果だぞ」
シャルの余計な親切心により、ジェナのじっとりレベルが増したのは言うまでもない……。
レオ:一緒に住んでるんだからしょうがないだろ……
2025.7.19 文章改良&82話として追加




