第80話 腕試し
vsグラシル兄弟
「オレが勝ったら、ギルドに推薦を出してくれよな」
「勝てたらな――!」
最初に仕掛けて来たのはやはりエルヴィスだった。武器を魔法で取り出し、レオに襲い掛かかった。
5本の長い刃を持つ一対の武器――鉄爪が獲物に振り下ろされる。180cmの長身をバネのように使ってレオに飛びかかる姿は、まさに長い爪を持った猛獣だった。
エルヴィスからの爪撃を避けたレオは、振り抜いた剣で相手を弾き飛ばす。――新手の気配。いつの間にか弟の方が後ろから迫って来ていた事をレオは今になって知る。
先程までルークが居た場所に彼の姿は無く、黄色い蝶だけが平和に舞っていた。
ルークにも当然レオは注意を払っていた。……はずだったのに、音も無く回り込まれてしまった。思いがけない素早い立ち回り。それでも、レオはなんとか剣でのガードを間に合わせた。
(――っ!? なんだ……!?)
ガードした直後の事だった。切っ先がかすったかの如く、レオは右腕に浅い斬り傷を負った。
攻撃は確かに防いだ。にもかかわらず……。片手で扱うには大きい、中型の剣。ルークのその剣に何か仕掛けがあるのかも知れない、とレオはすぐさま鍔迫り合いを跳ね除け、距離を取らせる。
レオにも何がどうなっているのか分からなかった。ルークの魔能か、はたまた剣の力なのか。今の所、推測の域を出ない。そして、思考する時間を相手は与えてはくれない。
出来た隙を狙ってレオの左側方からエルヴィスが攻めて来た。レオが目で捉えた時には、姿勢を低くし、エルヴィスは既に武器を構えていた。
(こう何度も死角を取られるのは、シャルとの一戦以来だな……!)
幸い、相手は彼女ほどの素早さは持ち合わせていなかった。エルヴィスが構えてから始動するまでの動作がレオには随分と遅く見えた。
レオは鉄爪を食らう直前に氷を纏って攻撃を受け止めると、その氷を成長させて即席のおもりをプレゼントしてやった。
片方の鉄爪を封じてももう片方ある。ただ、それを弾いてしまえば、正面はがら空きとなった。
好機到来。
レオは振り抜き直後の体勢から銀の刃を繰り出した。全身を使ったあまりにも強引な斬り返しだった為に、剣を放った勢いで体が宙に浮いてしまっている。
エルヴィスもこの曲芸的な反撃は全く予期していなかった。レオから一旦距離を取る為に体重移動をし始めたばかり。迫り来る刃から逃れる術は無かった。ある方法を除いては――。
(――ッ!)
レオの斬撃が当たるかに思えたその時、まるで元からそうだったかのように、不自然なくらいレオとエルヴィスとの間に距離が出来ていた。錯覚などではない。この時、レオは元居た地点から場所を“動かされていた”。
術を受けた感覚は一切無かった。だが、何が起きたかレオにはハッキリと分かった。攻撃の動作に入った自分が、数メートル離れて立っていたルークの方に寄っていたとなれば、想像は容易だった。
(面倒な能力だ……!)
おかげでレオの斬撃は空振りに終わった。格好悪い事この上ないが、もはやレオにはどうにも出来なかった。
こうなる事を読んでいたか、ルークが大振りした剣をレオにぶつける。
橙の火花を散らして重い一撃をいなすレオ。刹那の鍔迫り合いだけでも良くないとの予感から、レオはすぐさま体勢を変えて受け流した。するとその直後、岩を斬り付けたかのような金属音がレオの後方から響いて来た。
攻撃を受け流したすれ違いざまに、レオは金属音の発生源をチラリと確認する。後方の壁――綺麗に積まれたレンガ造りの壁に、レオの予想通りの真っ直ぐな傷跡が出来ていた。
よろけたルークを、レオは蹴飛ばして兄の所まで遠ざけた。
受け身を取ってルークはすぐに立ち上がり、邪魔な氷塊を砕き終えた兄エルヴィスと肩を並べた。驚いた黄色い蝶が周囲を慌ただしく舞う。
強い――。兄弟、互いに頭に浮かんだ言葉は同じであった。
(こっちも本気じゃないとは言え……僕達の連携攻撃で全く崩れないだなんて……!)
兄弟もただの一般人ではない。エレクシア軍学校を中退こそしたものの、困難を極める数々の依頼をこなして来た元傭兵である。戦闘慣れしたそこらの同業者よりも確かな実力を有していた。
しかし、相手が悪かった。
いくら兄弟二人が対人戦闘に慣れていようと、相手は元デリーター。到底及ばない。……経験値の“質”が違うのだ。人並み以上の身体能力がある、人並み以上の魔能を持っている、それだけでは、その差を埋めて互角に渡り合うのは容易ではなかった。
(ただの闇の住人ならこうも圧倒されねぇ……! 噂のデリーター……。ここまで差があるのか……!)
元デリーターとして始末されずに生き延びている事実が、対峙する男の強さを既に物語っていた。そして、それをまざまざと見せつけられた。大口を叩いていたエルヴィスも、敵わない相手かも知れないといよいよ認識を改めざるを得なかった。
闘志は依然、胸の中で燃えていた。しかしエルヴィスは、どこか無意識の奥底で、臆病風に吹かれて押し倒されそうになっている自分が居る気がしてならなかった。
「弟の方は、当てた自分の攻撃を貫通させる能力か……。シンプルかつ強力。だが、一度見破られると回避されて厳しい。その心配も加減も必要の無い魔物には持って来いの力だな」
愛剣を肩に担いだレオが“答え合わせ”と称して語り始めた。
「兄貴の方は……さっきからオレが感じてる違和感を作り出してるな? 急に背後を取られたり、突然あり得ないほどお前との距離が離れたり……。あの時、オレに斬られる寸前、自分じゃなく真っ先にオレを遠ざけたって事は、相手のみを任意の場所に転移させられる的な能力だな? そうだろ?」
「へっ、教える訳ねーだろ! バ~カ!」
分析が合っていようがいまいが、敵対者に教えるほどエルヴィスは親切な間抜けではなかった。しかし、今の食い付き具合で、レオの中で70%ほどだった予想がさらに上昇した。
連携攻撃を捌いた上に魔能の推測まで……。ルークは思わず唾を飲んだ。
(僕の“攻撃透過”と兄さんの“位置操作”をもう……。さすがによく見てる……)
感心も束の間、魔能が判明した点では五分五分のはずなのに、ルークは追い詰められた気分だった。
相手が能力を予想して来た以上、次に刃をぶつけ合う時には、そう動くと念頭に置いて仕掛けて来る。的外れな予想だったなら脅威ではないが、その仮説はほぼ合っている。高まった警戒を破っての早期決着が求められた。簡単な事ではない。
「いいコンビネーションだ。次はどんな手品を観せてくれるんだ?」
「生憎これ一本で食って来た。代金はいらねぇ。次観たら帰ってもらうぜ。敗北を手土産にな」
「なら、こっちも応えないとな」
剣を肩に担いで余裕げなレオをエルヴィスは一睨み。黒いTシャツを伸ばし、顎にしたたる汗を拭う。引き締まった腹筋をチラ見せさせられたレオは、無性にひんやりとした一撃を彼にお見舞いしたくなった。
やはり炎天下の中での戦闘は面倒だった。いくら路地裏が陰っているとは言え、体を動かせば熱気が溜まって汗も出る。おかげでやる気も集中力も削がれてしまう。
次で最後にしたい――。それは両者共に同じであった。
(手の内がバレた? だったら、その上を行くまでだ……!)
駆け出したルークの正面にレオはパッっと位置を移動させられた。かと思えば、今度はルークをレオの後方に出現させ、エルヴィスはあっという間に挟撃の陣形を作り上げてしまった。
シャッフルされて挟み撃ち。目まぐるしく状況が変化してもレオは動じなかった。何故なら……。
路地裏に氷咲く。レオは挟み撃ちを仕掛けられたと察知するや否や、即座に双方向に氷撃を放った。兄弟を分断すると同時に、視界を遮る事で相手の能力の弱点を把握しようとした。
(視界内に捉えていないと発動しない……か?)
氷の陰からエルヴィスの背後に回り込んだレオは、その苦しげな表情からそう推測した。
(くっそ……コイツ、もう俺の弱点を……!?)
いや、恐らく偶然が重なっただけ……。発動条件の確認。エルヴィスは悪く考えないようにした。
もしも事前に能力を調べて弱点を知っていたのなら、わざわざ“答え合わせ”をするだろうか? 術を受けた時点で、既に答えを確認できていたはずである。相手は能力の詳細を知らない――そう見るのが妥当だった。
心理的に揺さぶる狙いがある。遊んでいる。そうした意図があるのでなければ、相手はまだ手探り状態。勝機はあるとエルヴィスは前向きに捉えた。
しかし、状況は良くなかった。
偶然だろうと、活かせば勝ち、呑まれれば負け。“条件”が不十分な今の状況は、エルヴィスにとっては非常に苦しいものだった。それだけは気持ちでは変えようがなかった。
応戦するも、目前まで迫るレオの斬撃。エルヴィスはやむを得ず鉄爪を構え、防御態勢に入って直撃の威力軽減を試みる。手数の差を物ともしないレオの素早い剣術に、それ以外に打つ手が無かった。
鉄爪が甲高い悲鳴を上げる――。
レオの重い一撃が命中。守りを固めて踏ん張ったエルヴィスだったが、それでも後方へと真っ直ぐ吹き飛ばされた。――運悪く、その先に氷塊を砕いて姿を現したルークが。
「ぐわっ!」
正面から飛んで来たエルヴィスにぶつかり、兄共々ルークは路面に転がった。
(推測のしがいがあるな。氷撃が来ると分かった瞬間、オレを氷撃の進路上に移動させれば、難無く有利に立てたはずだ。でもしなかった。確実な有効打をみすみす逃すだろうか……? 術の連続使用後は再使用に一定の時間が必要なのか、あるいは、視界に対象の全体が入っていないと能力が発動しない……とか?)
一連の流れでレオは一つ確信を強めた事柄がある。
(……氷をわざわざ防いでたな。同じ“モノ”でも魔法は操作できないってか?)
制約が無いなら、氷撃や氷塊を移動させ、術者の頭上から降らせる事も可能なはず。もっと遡れば、くっつけてやった氷の重しをわざわざ砕いていた。
“位置操作”で剣を奪われないのは、〈保管魔法〉によって所有権が付与されているからなのでは。もしもそうなら、魔法関係は単品では移動させられない事を裏付ける。
レオは冷静に分析を続けた。相手の能力の可不可が見えて来た。……もっとも、それらはもう必要の無い情報かも知れなかった。
日陰に満ちた物言わぬ路地裏が、“決着”の静けさを青空の下で確かに漂わせていた。
「終わりか」
「……いいや」
幸運を見つけ、エルヴィスがニヤリと笑みをこぼす。
「マジックショーは最後まで油断するな」
「――っ!」
レオが瞬きを終えると、視界からルークが消えていた――。
煌めく氷片の中、ひらりと舞う黄色い蝶だけがそこに――。
(そう言う事か……。最初のアレもあの蝶が起点……。ふっ、オレもまだまだ詰めが甘いな)
送り込こまれたルークは、その切っ先をレオの背後で鋭く閃かせていた。最後の最後で幸運を掴み、兄弟は土壇場で見事レオを追い詰めた。
これにはレオもお手上げ。諦めた様子で笑みを浮かべるしかなかった。
勝利を確信したエルヴィスが高笑いを響かせる。げらげら笑うのでハンサムな顔が台無しだったのは言うまでもない。
「おいおい、大した事ねぇな! 何が元デリ――ッ!?」
銀の一閃。シャルの奇襲。突如として上空から降って来たシャルに頭を踏みつけられ、エルヴィスの頭部は石畳にめり込んだ。
靡いた黒いスカートからチラリと見えた桃色に、ルークは思わず役目を忘れて見入ってしまう。
「っ……!? 今パンツが見――ぇがっ」
シャルの高速の蹴りがルークの王子様フェイスに炸裂。蹴り際にまたしても桃色の下着が見え、ルークには手痛いご褒美となった。
シャルから蹴りを入れられたルークは鼻血を噴きながら壁に顔面を強打し、足の先からその場に崩れ落ちた。
レオの救出を終えると、シャルはハイタッチを連打してレオに喜びをぶつけた。
「あたしの出番あったね!」
「ああ、さんきゅーシャル。形勢逆転じゃねぇか?」
相手の魔能や立ち回りを分析し、然るべき時に加勢してもらう。屋根の上からシャルに戦闘の一部始終を見させていたレオの作戦勝ちだった。人知れず観戦していたシャルには、奇襲を仕掛けるタイミングはバッチリだった。
「痛っー……」
エルヴィスが路面から引き抜いた頭をさすりながら、ふらふらと立ち上がる。そこへルークが、溢れ出そうな鼻血を押さえながら兄の元へ駆け寄った。自分でも情けない姿だと思いつつも、鼻の下に赤い筋を作ってしまうよりはずっといい。そう思い、ルークは鼻を摘まんだままレオ達と対峙した。
これで2対2の形となった。
レオとの戦闘に初めから乗り気でなかったルークは、力量の差を味わい、新手の出現もあり、今となってはほぼ戦意喪失状態であった。両手を上げて早く降参したい。そんな本音がふとこぼれる。
「兄さん、もう負けを認めようよ。勝てないよ……」
「まだだ……。まだ戦え――女の子!? おいテメェ!! そこの可愛い子から離れろ!!」
「は?」
エルヴィスが突然訳の分からない事を叫び出したかと思えば、今度は目を限界まで見開いて唸り始めたではないか。
「くっそぉぉおお!! 可愛子ちゃんを人質に取りやがって! 外道、畜生、悪魔!! もう許せねぇ!!」
「人質じゃねぇ!」
反射的にツッコミを入れたレオは、シャルの肩を抱いて仲の良さを証明してみせた。嫉妬に狂ったエルヴィスが遠吠えを上げる。もはや女肌に飢えた獣だった。
「待てよ……。今なら隣の女の子もついて来るって事かッ……!? よし、メンバー入り決定だな! ついて来い!」
「切り替え早ぇな」
あれだけ拒んでいたくせに、シャルを理由に180度変わったではないか。「そんなのでいいのか……?」とレオはエルヴィスの危機管理能力に疑問を持たざるを得なかった。
「元デリーターの男を仲間にすれば、おまけで銀髪の少女もついて来る。だからギルドに招待する」なんと変わり身の早い。あまりの軽さに気味の悪さまで覚えた。加入目的で接触した立場としては助かる話だが、こうもあっさり態度を変えられてはレオもやりにくかった。
仮にも“疑わしい”レッテルが貼られている男である。シャルの正体が同じく“デリーター”の可能性をこの男は考えないのだろうか。素性が確かでない人間をそのまま招くとは、レオは思いもしなかった。
謎のギルド……想像と違う。難攻不落の城がレオの中で一気に崩れ去った。
レオの予想が外れ、あっさり仲間にしてくれそうな雰囲気に
2025.7.5 文章改良&80話として追加




