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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第79話 傭兵兄弟

シャルは割と好戦的



 季節外れの炎天下が容赦無く降り注ぐ。それでも、レオとシャルは青空市場が開かれている広場へと急いで向かった。例の傭兵兄弟がまだそこに居てくれる事を願い、とにかく駆けた。


 自宅から王都まで走りっぱなし。レオもシャルも目的地に着いた頃には汗だくになった。幸い、レオが氷魔法で冷やせばどこでもオアシスに変えられる。二人とも辛うじて直射日光に溶かされずに済んだ。


 シャルが兄弟を目撃したと証言する王都の広場には、まだまだ大勢の人で賑わっていた。こんな中でよく見つけられたな、とレオは感心しながら、そのエルヴィスとルークを探して歩いた。


「まだ居ると思うか?」

「わかんなーい。けど、居るといいね」

「どの辺りに居たんだ?」

「あそこに居るよ。多分あれ」


 立ち止まり、シャルが指差す方へ目をやると……確かに人気が無い路地に人影があった。しかし、あまりにも遠い。目を細めてもレオには顔までは見えなかった。


「あれがそう……なのか? 相変わらずお前、目がいいな」


 レオの中では既知の特技だったのだが、レオは改めてシャルの視力の良さに驚かされた。


 木の上から野原を見渡して魔物を見つけ出してくれたりと、シャルの眼は依頼で度々役立っていた。それが平和な市街地でも何気なく発揮されていたとは、まったく恐ろしい視力と注意力の持ち主である。


「あっ、路地裏に入って行った! 早く追いかけなきゃ!」

「待った」


 シャルが今にも走って行きそうだったので、レオはシャルの両肩を押さえて留まらせた。


 フライングしかけたシャルは、不思議そうな顔をしてレオの方を振り向いた。すぐにでも追いかけた方がいいはずである。見失う前に。どうして行ってはダメなのかとシャルは聞かずにはいられなかった。


「確実な勝利を得るには準備も大切だ」

「準備いる? え、てか戦うつもりなんだ……!」

「ハナからそのつもりさ。だからシャル、ちょっと耳貸してくれ」


 腰をかがめたレオはシャルに耳打ちして作戦を確認させた。


 二人がかりで突っ込んで行っても、相手の魔法ないし能力が判明するまでは、戦局がどうなるかは分からないものである。シャルとのコンビネーションがあれば負けない……と言いたい所だったが、ジリ貧になる可能性は捨てきれない。万が一の保険をかけておく必要があった。


 対峙する前に作戦を立て、局面を覆せる一手を先に仕込んでおく。そうする事で勝利を掴めるのなら、“シャル”と言う強力無比な布石を打たない手は無かった。


「くむむ……! あたしも戦いたかったけど、しょうがないなぁ」

「いずれ出番が来るって」

「うーん……レオ苦戦しないで倒しちゃいそう。まぁいいや」


 レオの指示通り、シャルが行動を開始した。さすがの身のこなし。シャルは細く入り組んだ路地を形成している家々の屋根に飛び乗ると、あっという間に気配を消してしまった。


(さぁて……。いっちょやるか)


 陰った路地へと足を踏み入れ、レオは単独で標的との接触を図った。



 ◆



 騒ぎになるのは面倒だ。レオは雑踏から十分遠ざかるまで、目の前を歩く2人組を足音一つ立てずに尾行した。


 歴史ある石畳の路地裏が続く――。建ち並ぶ家々に挟まれ、そのほとんどは日陰になっていた。涼しくはないが、直射日光が頭上から降り注ぐよりは遥かにマシだった。何より、人気が無い方へと標的が自ら進んでくれている。レオとしてはありがたい限りだった。


 着々と仕掛ける条件が整いつつあった。


 『エルヴィス・グラシル』と『ルーク・グラシル』……接触する前に、2人の身なりから何か情報が得られないかとレオは後方から鋭く観察した。


 兄エルヴィスの方はすらっとした長身で、金色の長い髪を後ろで束ねているのが印象的だ。スタイルの割に肩幅があり、それなりに戦えるとレオは見た。


 一方、弟のルークは兄よりも頭一つ分背が低く、やや地味。普通の黒髪で、恐らく兄の方も元は黒髪なのではと思われた。背中にエレクシア軍の紋章が描かれた服から筋肉質な腕が露になっており、こちらも鍛えている事がうかがえた。


 残念ながら、後ろから見ているだけでは有益な情報は一握りも得られなかった。


 彼らが武器を携帯していたなら、レオの気分は今ほど億劫ではなかっただろう。だが、〈保管魔法〉で保管しているようでそれも不明。ぶっつけ本番で情報収集しなければならない。その点だけが懸念だった。


(相手が使う魔能だけでも分かってれば、攻め方を変えたかも知れないんだよな……。まぁ、何度も通って来た道だ。一歩ずつ確かめるしかねぇか)


 そろそろ頃合いだ。気付く様子も無いので、レオの方から声をかける事にした。


「よぉ」

「んあ、なんだお前?」


 エルヴィスが訝しげな表情で振り向いて来た。レオから見てもハンサムガイだった。しかし、長い金髪と両耳のピアス、ジャラジャラさせた金のネックレスのせいで、ただの「チャラい男」と言う印象を真っ先に受けた。紅と橙のグラデーションに染まった、仄かに光を帯びた羽根のネックレスがチャラさを増強している。


 兄とほぼ同じタイミングで振り向いて来たルークは、デリーター時代に手渡された写真で見た通りの童顔だった。チャラいエルヴィスとは対照的。爽やかな雰囲気を持った、どこか頼りがいのある「王子様系」だ。


 ルークは現れた人物の姿を目にすると、途端に焦った表情を見せた。


「わっ!? ヤバいよ兄さん! あの人、“デリーターのレオ”じゃない!?」

「だいぶ昔に抜けたけどな」


 知らなかったようなのでレオが親切に教えてやると、ルークはまたしても驚きの声を上げて目を見開いた。


 そんなに驚くほどの事なのだろうか? とレオ本人は思っていたが、〈ベイン・デリーター〉を抜けた者はかつての同胞によって漏れなく殺されるとされている。生き永らえていると知れば、ルークが驚くのも当然だった。


「デリーターの狂犬が鎖を噛み千切って放浪してるって噂は本当だったんだな」

「犬じゃなくて猫なんだって気付いたのさ」

「んで、元デリーターのにゃんこが俺らになんの用だ?」

「お前らん所のギルドで、研いだ爪を活かそうと思ってな……入れてくれよ」

「へっ、お前みたいな怪しい奴、誰が入れるかバーカ!」


 勝ち誇った幼稚な罵倒を受けてもレオは涼しい顔で聞き流せた。何故なら、シャルの話に信憑性が増したからだ。


 レオは彼らがなんらかのギルドに入っている体で話を進めた。「入れる」か否かはギルド加入者でなければ出し得ない答えだ。噂の謎のギルドかはさておき、シャルの話と照らし合わせると、やはりこの二人は“スカーレット・ルナ”のメンバーの可能性が高い。レオはそう結論付けた。


「兄さん、不用意すぎるって……。相手が情報を確認しようとしたのかも知れないのに」

「あ……。……気にすんな!」


 エルヴィスはレオの物言いから、自分達がギルドに所属している人間だと既に知られているとまんまと思い込んでしまっていた。そうでなければ、元デリーターに自ら素性を明かすはずがなかった。


(交渉決裂、か……。まぁ、当然こうなるよな)


 謎多きギルドであるなら、なおさら新人選びには慎重だろう。あっさりメンバーに入れてくれるとはレオもハナから期待していなかった。――その為に作戦を準備した。


 率直に言うと、この展開はレオの予定通りである。


 ギルドにはそれぞれ得意分野があり、武力を必要としない“穏和な分野”を専門としているものがある一方で、中には悪党や魔物を狩る事を生業としているギルドがある。後者の場合、戦力になるかどうかを事前に試す事が往々にしてあるとレオは聞いている。


 情報が確かなら、兄弟二人はかつて傭兵だったはず。そんな彼らが所属しているギルドとなれば、特別な技術や資格が求められるギルドではないと思われた。レオとしては大助かり。腕っ節の強さが求められるギルドであるなら単純でやりやすい。打ち勝てば採用に大きく近づく。


 戦う気の無い、礼儀正しい相手に襲い掛かっては逆効果。荒っぽい態度で歓迎されていない今の状況はむしろ好都合だった。あともう一押し――。


「即戦力になれると思うんだけどな〜」

「だとしても、こっちから願い下げだっつーの。やっぱ可愛い女の子じゃないとな!」

「可愛い女の子が相手じゃないと満足に戦えないってか? クソみてぇな筋肉だな」

「ンだとコラァ!」


 怒りを露にしたエルヴィスに、レオは不敵な笑みを向けて挑発続行。「まだ来ないのか?」と言わんばかりに肩をすくめる。


「どうした? 通用するか試してみないのか?」

「上等じゃねぇか!」

「えぇー! やめようよ……! 勝てる気がしないんだけど……」

「ばっきゃろお!! 相手は1人だ、弱気になるな! 返り討ちにすんぞ!」


 兄弟二人の正反対なやり取りを見届けたレオは気持ちが楽になった。ここからはベストを尽くすのみ。二人を倒せば、否が応でも実力を示せる。その先は一本道だ。


 レオとシャル。二つの人生を左右する戦いが今始まる。

 王都の路地裏で、人知れず――。



シャル待機で1対2

勝利の女神が微笑むのは……?


2025.6.29 文章改良&79話として追加

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