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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第77話 疑わしきは罰せず

餌付けしておいて正解だった



 肝が瞬間凍結。図らずも虚偽の申告をしてしまったレオは目を見開いて固まった。


 このままでは女王の面前で嘘をついた事になる。疑いをかけられ、ただでさえ立場が危うかったと言うのに、渡っていた吊り橋の板が抜けて大ピンチ。最悪の状況としか言いようがなかった。


 何か打開の一手は無いかとレオは頭をフル回転させ、シャルの国籍が無い理由、もとい嘘言い訳をなんとか捻り出そうとする。


「あー、まだこっちに国籍を移す話をしただけだったかもな……! 後日すぐ移させますから、どうかお見逃しを!」

「なんの事?」


 シャルがぽかんとした様子でレオに首をかしげる。


((「なんの事?」じゃねぇ! お前の命がかかってんだぞ!!))

((あたし、ちゃんとこの国で育ったんだけどなぁ……。何がダメだったんだろ))


 王の間に、一転して鋭さを秘めた不穏な空気が漂い始めた。敏感に感じ取ったエレクシアは、忌まわしい物でも見下ろすかのような顔をしたザイカンの説得を試みる。


「もういいのではないですか? 手錠を外しても」

「その小娘の身元が分からない以上、それには応じられません。危険です」

「まぁまぁ。髪色から考えてロスマリヌスの人でしょう。それでいいではないですか」

「っ……。念の為に身体検査をして、所持品も調べておけ!」


 ザイカンから重厚感のある命令が発せられ、衛兵達が機敏に動き出した。


 エレクシア国籍との事だったが、国籍不明の少女の連れである以上、もはや男の話も信用できない。ザイカンの疑念は晴れるどころか増していた。


「まずは身体検査だ。立て」

「はいはい」


 どうせ凶器は隠し持っていないし、やるだけ無駄なのに。そんな風にレオは思いながら、やれやれと言った様子で手錠の付いた両手を頭部まで上げて衛兵からのボディチェックを受けた。


 一方、シャルの方は手間取っていた。シャルの身体検査を任された衛兵の顔がニヤニヤ嫌らしい。本人は隠しているつもりだったが、スケベ心が駄々漏れだ。シャルが唸って警戒するのも無理もない。


 当然、エレクシアが黙って見ていなかった。衛兵が検査を始めようとした所、すかさず止めに入った。


「こちらは私が検査します」

「女王様……!」


 ザイカンの制止を横目に、エレクシアはシャルに両腕を上げるよう指示した。美味しい物で餌付けされていた事もあり、シャルはエレクシアに対しては聞き分けが良かった。


「では……」


 専門外なので見よう見まね。エレクシアは自信無げな手つきでシャルの脇腹をさすった。


「くすぐったいぃ」

「あの、ちょっと……じっとしていてください」

「あっははっはあ、だめっ」


(シャル楽しそうだなー……)


 身体検査を終えたレオに、対象の保管物を調べられる〈所持品検査機〉が向けられた。


 黒いリングに持ち手が付いた機械で、リングの中に魔力で出来た幕が張られている。底の無いフライパン……あるいは、近未来感のある金魚すくいのポイのよう。これもアルシオン産の技術である。


「次は所持品チェックだ。手を中まで通せ」

「保管してる物も見られちゃうのね。恥ずかしいなー」


 レオは衛兵の指示通り、両手をリングの幕の中に通した。すると、機械からホログラムの画面が浮かび上がり、レオが保管している物の詳細が表示された。


「――なんだお前!?」


 危機感を含んだ驚愕の声が上がる。何事かと皆の視線がレオの方へと瞬時に集まった。


「この者、剣を所持しています!!」

「貴様ッ!!」


 エレクシアに見向きもされず、すっかり大人しかったザイカンだったが、検査結果を聞いた途端に鬼の形相ですっ飛んで来た。そして、剥き身の大太刀がレオの首元に添えられた。


 そんな状況でもレオは終始冷静だった。大太刀の持ち主にふっと余裕の笑みを向ける。


「護身用に決まってんだろ。今時おかしくもない」

「戯言を抜かすな!!」

「剣を納めなさい。考えすぎです」

「ですが!!」

「ザイカン」


 二人に危害を加える意思は無いと証明するかのように、エレクシアがシャルの頭を優しく撫でる。


「彼らには、我が軍の者を窮地から救ってくれた借りがあります」

「知ってたんですか」


 レオの言葉ににっこり笑みを返し、エレクシアは言葉を続ける。


「彼らの善い行いに、こちらも応じるべきだと思いませんか?」


 二人が本当に刺客の類であったのなら、とっくの昔に自分は襲われていただろうとエレクシアは考えた。手錠の効果で魔能が使えないとは言え、腕や脚で殺せない訳ではない。もしくは、事前に仕込んだ武器でいつでも殺せたはずである。しかし、そんな事にはなっていない。


 接触し気に入られる事が目的だと考えても、どうも疑問が残った。ふさふさ髪の青年がふとした時に帰りたそうな表情を滲ませていた。


 もしも信頼を勝ち取って「女王」に近づきたかったのなら、もっと他の手を使ったはずである。わざわざ敷地内に飛び込んで捕まるような事はまずしない。罰金を科せられてなんの成果も得られないのがオチだ。


 仮に、全て織り込み済みで計画通りだったのなら、どうして国籍をあらかじめ取っておかない? そこまで計画しておいて初歩的なミスをするだろうか? 余計な疑念を生じさせないよう、銀髪の少女の国籍も準備しておくのではないか?


 二人は単に城内を覗いていただけ。女王に相まみえるとは初めから予期していなかった可能性が高い。エレクシアはそう結論付けた。


「私を狙っていたのなら、襲う機会はいくらでもありました。こちらの少女も双剣を所持していますが、敵意の欠片も無いではないですか」

「さすがオレ達の女王様だ! 暗がりが逃げ出すほど聡明であらせられる!」


 ザイカンは今のでキレそうになったが、女王の手前、深呼吸をしてこらえた。


 女王からそこまで言われては、ザイカンは一旦剣を下ろすしかなかった。しかし、側近としての立場、何より見聞きした情報が、安易に信用するなとザイカンを留まらせた。


 レオを一瞥し、ザイカンは女王に真剣な眼差しを送る。


「襲う事が目的とは限りません。城内の下見役、密偵への連絡、取り入る為……」


 エレクシアが小さな息を漏らす。


「物事を疑う……多角的に“視る”上では必要な事です。ですが、人を疑いすぎるのは良くありません。見抜こうとするあまり不審な点ばかりに注目しては、時に人の心を見誤ります」

「エレクシアめっちゃいい人だね~」


 まさか呼び捨てにして来るとは思わず、エレクシアが苦笑いをこぼす。もっとも、彼女が咎める事は無かった。身分を気にせずフレンドリーに接する事が出来るのは一概に悪い事ではない。エレクシアはそう思っていた。


 だが、周囲の者はそうではなかった。


 表裏無さすぎ、フレンドリーすぎ。「呼び捨て、かよ……」とレオから引き気味のツッコミ、ザイカンからは叱責が飛んだ。なお、当の本人は首をかしげて、何故呼び捨てを咎められたのか分かっていない様子だった。


「私は気にしていません。ともかく、この二人を自由にしてあげてください」


(だがこの娘は……。今は泳がせておけとおっしゃるのですか……?)


 ザイカンの視線が何を言わんとしているのかエレクシアは理解していた。


(管轄外です。専門の者に任せましょう。“疑わしきは罰せず”ですよ)


 女王の命令とあらば逆らえない。衛兵達は互いに顔を見合わせた後、レオとシャルの手錠を取り外して二人を解放した。


 邪魔な拘束具が外され、レオもシャルも手首を入念にほぐして一つ伸びをした。


「ふーっ、やっと疑いが晴れたか」

「窮屈な思いをさせてしまってすみませんでした。次は無いようにお願いしますね」


 女王エレクシアはレオとシャルに向かって一礼した。高貴な身分でありながら、彼女はそれを鼻にかけたりしない。あまりにも恐れ多く、レオは咄嗟に頭を深く下げて謝り返してしまった。


「あ、ブドウ食べますか?」

「あはは……ありがとうございます」


 レオはエレクシアから差し出された籠からブドウの実を一つもぎ取ると、そのまま口の中に入れて転がした。手錠が外されて自由になったはいいが、女王から食べさせてもらえる貴重な体験を目前で逃した事だけは悔やまれた。


「それで、お二人は仕事を探しに来たのでしたね?」

「そうなんだー」

「噂の獣人達を退けたとなると、お二人は相当腕が立つのでは?」

「全っ然! 命からがら逃げたんだよ……!」

「いずれにせよ、その実力を必要としている所がどこかにあるはずです。腕っ節に自信があるのなら、ギルドに入るのはどうでしょう? 生憎うちは人手が足りていますし」

「ギルドか……どこかに属して剣を活かすってのは盲点だったな」


 街の人のちょっとした依頼から、王国軍から直々に要請される依頼まで。それぞれの得意分野を活かして依頼をこなす生業。それが“ギルド”である。


 技能を活かせるギルドを探し出し、所属するのも一つの手だった。


「あたし、ギルドってイマイチ分かんないんだよね。“ウォッチャー”とか言うのに従わないとヤバいんだっけ?」

「ヤバいって言うより、切っても切れない関係だな」


 大抵のギルドと依頼主は〈ウォッチャー〉と呼ばれる仲介組織を使って依頼のやり取りをする。


 〈ウォッチャー〉には人々からの依頼が多く寄せられ、ほとんどのギルドがこの組織の下に入り、連携を取って活動している。


 加盟せずとも違法行為ではないので、取り締まり等の規制は受けない。ただし、彼らを仲介せねば、どんな依頼が出回っているか掴みづらいのが実情だ。また、信用と実績作りに時間を要してしまう為、実質的には不利になってしまう。


 協力関係を築いた方が恩恵が大きく、余程ひねくれていなければ普通のギルドは加盟を望む。


 依頼主からの諸々の指定もあるが、ざっくりと依頼の工程を説明すると以下のようになる。


 依頼主はまず〈ウォッチャー〉に依頼書を提出。無事に審査を通れば、〈ウォッチャー〉から依頼に合ったギルドへと情報が送付されたり、〈ウォッチャー〉の建物内に依頼が掲示されたりする。そして、依頼を引き受けたギルドの人間が依頼内容を完遂させる。


 〈ウォッチャー〉を介した依頼、〈ウォッチャー〉に加盟しているギルドは、十分な安心と信頼が保証されている。言わば“不動の架け橋”。レオが「切っても切れない関係」と口にしたのはその為だった。


 ギルドに所属すれば自らアンテナを張らずとも多くの情報を仕入れられる。女王の提案はまさに求めていた1ピースだった。


「民を守る刃となってくださるのなら、とても心強い。もしもその道に進むのでしたら、共に頑張りましょう」

「はい。全力を尽くします」


 それを聞いたシャルは何故か不満そうな顔をしていた。


「えーっ、お城……」

「中に入れたからいいじゃんか。それでは、お邪魔しましたー」

「あ、ちょっと待ってください」


 レオがシャルの手を取って帰ろうとした所、エレクシアに呼び止められた。


 にこやかなエレクシアが「お土産です」の一言と共に何かを手渡そうとして来たので、レオとシャルはそれに応じた。


 差し出した手に、重みのある金色の物が置かれる――。貰ったシャルは手の中を覗きながらその場でぴょんぴょん跳ね始めた。


「金貨チョコ!? やったー!」

「いえ、金貨です」

「なーんだぁ……」


 くれた本人の目の前で露骨にテンションを下げないでくれないか、とレオはシャルに眉根を寄せる。


「ただの金貨ではありません! この国に500枚しかない私の肖像入りの特別な金貨です!」

「超プレミアムなんだ……!」

「使うもよし、コレクターに高く売りつけるもよし、飾って眺めてよしの三拍子揃っています!」


(もったいなくて使えん……)


 その“超プレミアムな金貨”を1枚ずつプレゼントしてくれたのは、不公平感を抱かせないようにとの配慮だろうか。レオとシャルの女王に対しての好感度がまた一つ上がった。


「どうしてシャル達に?」

「会った方に1枚、時々渡しているんです。集めた枚数で景品と交換できますので、ぜひ集めてください」

「エレクシアって意外と面白い事するの好きなんだね」


 そんなキャンペーンがあるとはレオも初耳だった。エレクシアが国民から愛されている理由には、こうした遊び心もあるのではとレオは勝手に想像した。


「ちなみに、全部集めると何が貰えるんですか?」

「それは秘密です」


 彼女が国民から愛される理由が今レオには分かった気がした。その笑みには、不思議と心を惹き付けられる――。


「お二人の健闘を祈っています」



剣術を活かせるギルドが見つかればベストだが果たして……


2025.6.21 文章改良&77話として追加

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