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緋月-スカーレット・ルナ-  作者: 白銀ダン
1.アビスゲート編

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第74話 王城周辺ではマナーを守りましょう

暑い日にはレオ



 シャルがレオの生活に馴染むのにそれほど時間はかからなかった。


 レオとシャルは四六時中、行動を共にした。仕事を見つけては協力してこなし、暇な日にはそこらへ出かけたり釣りを楽しんだり。戦場では良き相棒。日常生活では良きパートナー。より一層信じ合える関係を築き、互いに理解と絆を深めた。


 いい意味で代り映えしない穏やかな毎日だった。


 掛け替えの無い人と過ごす日々と言うのは、なんて事の無い一日でも、その日だけの味があり色彩があるものだ。濃密な時間はあっという間に過ぎてゆく。


 気付けば互いに誕生日を迎えており、レオが〈エクーリア大陸〉に来てからすっかり季節が一周していた。



『――北部に限らず、各地で同じような気温の高い朝を迎えている模様です』


 〈エレクシア王国〉の北部は秋口に入ると一転して涼しくなる。しかし例年と異なり、今日は珍しく真夏のような暑さに包まれていた。暑さとは無縁の山間部だったならどれだけ極楽だった事か。あいにく〈カネリア〉は港街。海からの風が生暖かく、気持ち悪くなっていた。


 天気予報の人曰く、明日は急激に涼しくなって薄着では肌寒くなるとの事。よっぽど人間を困らせるのが好きらしい。天候の気まぐれさにはレオも参った。


 参ったと言えば……。


「レオぉ……暑いぃ」

「バカ、暑いだろ……。早く離れろって……!」


 ソファーに座ったレオに跨る、エメラルドグリーンのキャミソール姿のシャル。互いの汗が混じろうとお構いなし。くっついて離れようとしない。今朝からこんな感じでレオは困り果てていた。


「レオぉ……冷やしてぇ……」

「……ったく」


 シャルが求めていたのはこれだった。レオの氷魔法は暑い日には持って来いなのだ。それをシャルは知っていた。だから暑い部屋でわざわざレオに抱き付いて密着していた。


 どうして冷房を入れないんだ? と疑問に思ったかも知れない。夏場の酷使のせいか、老朽化か、最近になって空調が故障したばかりだった。


 これから秋に向かうからセーフ。冬前までに直しておけば平気だろう。そうやって油断したのが運の尽き。タイミング悪く夏の暑さが戻って来てしまった。


 レオが適度に冷気を放出して部屋を涼しくしなければ、家は常夏の亜熱帯。シャルが縋るのも無理もなかった。


「そもそも、ニーソ脱げばいいんじゃないか? 見てて暑苦しいぞ……」

「やだ……」


 仕方ない。自分以上に暑がりなシャルの為を想い、レオは全身から冷気を放った。冷たくしすぎると「寒い!」と注文を付けられてしまうので、ほどよく冷やす事を求められた。


「あぁ~涼しぃ~」


 ひんやりとした冷気が二人の火照った身体を包み込む。氷属性の魔法でよかったと心の底から実感する日になりそうだった。


 今レオが観ているのは、魔石の新たな運用法について考え検証する『魔石実験室』と言う番組だ。


 魔石――様々な効果を持つ石の特徴を実験も織り交ぜて丁寧に教えてくれるので、意外と為になる番組である。教授でありパーソナリティを務める、元気いっぱいでお茶目なおじさんが、リアクションの薄い助手と魔石を掘りに行ったりもする。かなりクレイジーだ。


 しかし、酷暑のクレイジーさには遠く及ばない。外を想像しただけでレオはうんざりさせられた。


 それも今日までの辛抱。天気予報を信じ、今日と言う過酷な日を乗り越えようではないか。レオはクーラー役を頑張って務めた。


 汗も引き、部屋の温度も下がって来たので、レオは冷気を発するのを一旦やめた。十数分後には室温が戻ってしまうのだが、魔法を使い続けるのは疲れるのでやむを得なかった。


(それにしても、いい匂いしてるよなぁ……。同じシャンプー使ってんのに。なんでこんないい匂いしてるんだ? シャル本体の匂いってやつか?)


 密着されると特に分かりやすい。シャルの銀髪からふわりと香る、心安らぐ仄かな甘い匂いがレオに幸せなひと時をもたらした。淡い銀色の誘惑に、レオは思わず鼻先をうずめる。


「んー?」

「シャルの匂いって安心する」

「えへへ、レオ好きっ、大好きだよっ」

「そんなに好き好き言われたら、脳みそとろけちまう……」


(シャルって行動の割に、意外と「愛してる」って言わないんだよな……。シャル的には、行動でそれを示せれば十分なのか……?)


 レオの記憶する限りでは、シャルから「愛してる」と言われた記憶が無かった。「一生愛す」とは伝えて来た事はあったが、直接その気持ちを言葉でぶつけて来た事は無いのでは。


 「愛」があるのはシャルの日頃の振る舞いから明らかだ。言われずとも伝わって来るのでレオはそれほど着目して来なかったのだが、感情のままに、思ったままの事を言葉にしがちなシャルにしては不思議である。


「なぁ、“好き”とかは普通に言うのにさ、“愛してる”はあんまり言わないよな?」

「うん、だって大切にしたいもん。あんまり言うと、本当に愛してるのかなってなっちゃうよ」

「なるほどね」


 安売りはしない。それなりに考えている事が明らかとなった。


(好き好き言い続けると、「好き」の価値が下がってしまうって発想にはならないのか。……まぁ、そこはシャルだからなぁ)


「レオ、聞いてるー?」

「確実に少しは聞いてた」

「“少し”……!?」


 レオの脚の上に乗ったシャルが不満げな顔を見せる。話を聞いていなかった事を見抜かれたレオはシャルの頭を撫でて誤魔化した。


 レオの股の間にちょこんと座り直し、胸板に寄りかかってシャルが改めて問う。


「ねぇー、これからどーするの?」


 シャルの言う「これから」とは、二人の遠い未来の話ではない。今後の生活についてだった。


 本格的に夏を迎えてからと言うもの、レオとシャルは全く仕事をしていない。食糧を求めて外出する事はしばしば。しかし、その程度。過酷な暑さから逃れるように、二人は家で過ごす日々を続けていた。


 ただ、さすがのシャルもこんな生活を続けるのは健全ではないと思っていた。暑いのも嫌いだが、退屈なのも好きではない。何か案は無いかとレオに尋ねたのはその為だ。


 実はレオの方も、このままでいいとは思っていなかった。ようやく夏も終わる。動かねば身体が鈍ってしまう。シャルの言う通りそろそろ頃合いなのは確かだった。


「ふむ……。でも、今日はずっと暑いみたいだし、考えるのだりーな……。そんな事より、食材のストックが――」

「あたし、お城で働いてみたい! 二人でやろーよ!」

「城……かよ」


 依頼を探しに行くならまだしも「お城」……。唐突すぎてレオは反応に困らされた。


 最近テレビで『王城で働くメイド特集』を観たせいかも知れない。どうして城で働きたいと言い出したのかは結局謎のままだったが、大方そんな所だろうとレオは推測した。


 シャルに押されて炎天下の外出が決まってしまった。



 ◆



 レオとシャルは近くの駅から列車に乗り、王都へと向かった。


 たった1駅。なんなら王都へは歩いて行ける距離。だが、この炎天下である。歩いて行くのは自殺行為である。乗り物に頼るのが賢明だった。


 列車の中は涼しくて快適だった。が、外は真逆。どうしようもないほど暑かった。その温度差を体感する度に「暑いって嫌だなぁ……」とレオは愚痴をこぼした。


 いつもニコニコ元気なシャルも、今日と言う日はさすがにバテていた。言い出しっぺのシャルからも暑さへの文句が止まらない。



 ここ〈エレクシア王国〉には主要都市が4つあるが、ちなみに王都はそれらに含まれていない。「王都+主要4都市」とするのが一般的である。


 王都はそれらの都市と比べると規模が一回り小さく、高層建築物が建つような発展の仕方をしていない。その分、昔ながらの城下街に囲まれて成り立っており、歴史的価値と風情がある。人口も多く、王国を代表する都市である。「主要」と呼ぶには申し分ない。


 しかしながら、人々にとって「王都は王都。唯一無二の存在」なのだ。


 王都が有する機能は他のどの都市とも異なる。第一、王都が“要”なのは分かり切った事。一括りにする事は、王家への敬愛と愛国心が許さなかった。


 これは〈エレクシア王国〉に限った話ではない。



 北の大国〈エレクシア王国〉――その女王の居城が街の中心の高台にそびえ立っている。


 王家の住居と言うだけあって、そこらの豪邸など比べ物にならないほどの広大な敷地の中央に、重量感のある壮麗な建物が粛々とした空気に包まれて佇んでいた。


 尖塔が何本か青空に向かって伸びているが、おとぎ話の世界にありがちな“城”と言うよりは、神殿のような幻想的な外観をしている。西洋の水道橋に似た構造物が王城を囲っているが、なんの為の物かはレオには想像もつかない。


(遠くから見た事はあったけど、こうして相対すると綺麗で圧倒されるなぁ……。まるで巨大な美の女神だ)


 レオがこれまでに見たどの建物とも毛色が違う。知らない世界に迷い込んだかのようだった。


 王城の周辺は王都を一望できる広場として人々に開放されており、皆の憩いの場となっている。芝生の絨毯に座って写生するもよし。恋人と景色を眺めるもよし。さすがにこんな日に汗だくになってまで訪れるカップルは居ないみたいだったが。


 なお、人々が自由に歩き回って観光できるのは、王城の広大な敷地の“外周”のみ。許可された範囲より内側は一般人の立ち入りが禁止されており、離れて鎮座する王城へは近づいてはならない。


 ルールを破ればどうなるかは、周辺を警備する衛兵の真剣な表情を見れば言うまでもないだろう。


 そんな決まりがあるとは露知らず、シャルは王城へと一直線。衛兵に見つかるのではと冷や冷やさせられながらレオは追うしかなかった。


 レオとシャルは植え込みの陰から城内の様子をうかがった。中ではメイド衣装を身に纏った清楚な女性がせっせと職務に励んでいた。


「ふむふむ。さすがは女王の侍女だな。雑務をこなす姿も様になってら」


 シャルは城で働きたいと言ったが、公募がありそうなメイド業でさえ大変そうだった。大体、これと言った訓練を受けていない一般人が城で働けるのかレオは甚だ疑問だった。


(ここで働くにはそれなりの知識と経験が必要なんじゃ……)


 悪いがシャルにそれ相応の教養があるとは思えない。もちろん自分にも。どこかの専門学校で一通り学ばねば、そのスタートラインにすら立てないのでは……とレオは諦め気味に興味津々のシャルの方を一瞥する。


「あ、あの人花瓶割ったー」

「くっそー、見てなかった!」


 並んで城内を覗き込むレオとシャル。王城のメイド業を観察できた貴重な時間は長くは続かない――。


「――お前らそこで何してる!?」

「げっ!」


 マズいと思った時にはもう遅かった。レオとシャルに鋭い槍が突き付けられた。


 敷地内の巡回をしていた衛兵のなんと嗅覚の鋭い事。それもそのはず。彼らはエレクシア王国軍から抜擢された、王城の警備を任されている選りすぐりのエリートである。街の見回りで歩いている軍人とは一味も二味も違う。


 女王の住まう城周辺や城内部の警備を担っている者達だ。個々の技量はもちろん、使命感と責任感が違う。警備網を掻い潜った怪しい人物を見逃さなかった。


「抵抗せず地面に伏せろ!」

「いやだなぁ、ただの善良なエレクシア国民ですよ」


 レオは両手を挙げながら笑顔を作って答えた。しかし、波風立てずなだめようとするレオの思惑とは裏腹に、騒ぎを聞きつけて他の衛兵が続々と集まって来た。


 最悪の事態になってしまった。完全に不審者扱い。「興味本位でただ覗いていただけ」そう釈明しても少しも聞く耳を持ってもらえなかった。


 しかし、ここで逃げてしまえば後々厄介な事になる。こうなってしまっては、素直に従って、今後の成り行きに身を任せるしかないとレオは観念した。


 十分怪しかったレオとシャルは、その場で衛兵に拘束されて城内へと連行された。


 二人の運命やいかに……。



結果的に王城内の見学が出来てしまう


2025.6.14 文章改良&74話として追加

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